はじめに:地方都市で増える「お墓のある実家」の相続問題
地方都市や郊外では、ご実家を相続した際に、敷地内に先祖代々のお墓が含まれているケースが少なくありません。近年、少子高齢化やライフスタイルの変化に伴い、相続したものの、その土地に住む予定がない、管理が難しいといった理由から売却を検討される方が増えています。
しかし、敷地内に墓地が存在する場合、その売却は一筋縄ではいきません。買主にとって心理的な抵抗感があることが多く、売却活動が難航する可能性があります。
京都で「相続おもいやり相談室」を運営し、相続問題に長年携わってきた経験から、本稿では、中川総合法務オフィス代表の中川が、このような「墓地付き相続不動産」を円滑に売却するための具体的な方法と、関連する法律上の注意点について解説します。単に法律手続きだけでなく、関係者の心情や現実的な課題にも配慮した解決策を探ることが重要です。当職は、法律や経営といった社会科学分野のみならず、歴史や思想といった人文科学、さらには広く社会情勢にも目を配り、多角的な視点から最善のアドバイスを提供することを信条としております。
墓地付き不動産売却の課題:買主の心理的抵抗
まず理解しておくべきは、土地にお墓が付いているという事実は、多くの買主にとって大きな心理的ハードルとなる点です。たとえ法的に問題がなくとも、「お墓のある土地」というだけで敬遠されたり、大幅な価格低下交渉の要因になったりすることがあります。この心理的な側面を考慮せずに売却を進めることは困難です。
解決策1:通行権を設定して売却する
一つ目の方法として、お墓を残したまま土地を売却し、買主との間で「通行権」を設定するというものです。これは、売却後も元の所有者(相続人)やその親族が、お墓参りのために敷地内を通行することを買主に認めてもらう契約を結ぶ方法です。
- メリット:
- 先祖代々のお墓を維持できる。
- 墓じまいや改葬の手間と費用がかからない。
- デメリット:
- 買主がお墓の存在と通行権の設定を承諾する必要がある。
- 承諾が得られたとしても、お墓があることを理由に売却価格が低くなる可能性がある。
- 通行権付きの物件を希望する買主は限られるため、売却期間が長期化する可能性がある。
この方法は、買主の理解と協力が大前提となります。
解決策2:墓じまい(改葬)を行ってから売却する
現状、最も現実的で、買主を見つけやすくする方法が「墓じまい(改葬)」です。
- 墓じまい(はかじまい)とは?
- 現在のお墓から遺骨を取り出し、墓石を撤去・処分して更地に戻すこと。
- 改葬(かいそう)とは?
- 墓じまいに伴い、取り出した遺骨を別の墓地や納骨堂などに移して供養すること。
手順の概要:
- 親族間の合意形成: まず、関係する親族間で墓じまい・改葬について合意を得ます。
- 移転先の確保: 遺骨の新しい納骨先(別の墓地、納骨堂、樹木葬など)を決定し、契約します。
- 行政手続き: 現在の墓地がある市区町村役場で「改葬許可証」を取得します。(墓地、埋葬等に関する法律に基づく手続き)
- 閉眼供養(魂抜き): 僧侶などにお願いし、墓石から魂を抜く儀式を行います。
- 遺骨の取り出し・墓石の撤去: 石材店などに依頼し、遺骨を取り出し、墓石を解体・撤去・処分してもらいます。
- 移転先への納骨: 新しい納骨先に遺骨を納め、開眼供養などを行います。
- メリット:
- お墓という心理的・物理的な障害がなくなるため、買主が見つかりやすくなり、通常の土地として売却しやすくなる。
- 将来的なお墓の管理負担がなくなる。
- デメリット:
- 墓石の撤去費用、移転先の費用、供養に関する費用など、まとまった費用がかかる。
- 親族間の合意形成や行政手続きに時間と手間がかかる場合がある。
- 先祖代々のお墓をなくすことへの感情的な抵抗感を持つ親族がいる場合がある。
私も京都で石材店の方々と連携し、この墓じまい・改葬のお手伝いをさせていただいた経験がありますが、売却をスムーズに進める上では非常に有効な選択肢であると感じています。
解決策3:土地を分筆して売却する
三つ目の方法として、土地を物理的に分割する「分筆(ぶんぴつ)」があります。これは、土地全体の中からお墓のある部分を切り分け、残りの部分を独立した土地として売却する方法です。
- メリット:
- お墓を残しつつ、土地の一部を売却して現金化できる。
- 売却する土地にはお墓が含まれないため、買主の心理的抵抗が軽減される。
- デメリット:
- 分筆には測量や登記のための費用がかかる。
- お墓部分の土地は手元に残るため、その管理は継続する必要がある。
- 分筆後の土地の形状や面積、接道状況によっては、売却価格が想定より低くなる可能性がある。
- お墓へアクセスするための通路(専用通路や、売却する土地の一部を通行するなど)を確保する必要がある場合がある。
分筆も有効な選択肢の一つであり、土地の広さや形状、買主の意向などを総合的に勘案して検討する価値があります。
相続に関する注意点:相続放棄と所有権放棄の誤解
相続に関連して、しばしば誤解されている点についても触れておきます。
- 相続放棄は「オール・オア・ナッシング」: 「借金は放棄したいが、価値のある不動産だけは相続したい」といった選択はできません。相続放棄をする場合は、プラスの財産(不動産、預貯金など)もマイナスの財産(借金など)も、すべての相続権を放棄することになります。一部の財産だけを選んで放棄することはできません。
- 土地の所有権は原則として放棄できない: 民法の基本原則として、「所有権」を一方的に放棄することは、原則として認められていません。(民法第239条第2項は無主の不動産が国庫に帰属する規定ですが、所有者が能動的に放棄する手続きを定めたものではありません)。不要な土地だからといって、簡単に「いらない」と権利を放棄できるわけではないのです。この点は多くの方が勘違いされています。
- 近年、「相続土地国庫帰属制度」が創設されましたが、これは一定の要件を満たす土地について、審査の上で国が引き取る制度であり、無条件に放棄できるものではありません。管理が極めて困難な山林や農地などの扱いは、依然として大きな社会課題となっています。
相続した山林・田畑の難しさ
講演でも触れましたが、特に管理が難しく、買い手も見つかりにくい山林、田んぼ、畑などの相続は深刻な問題です。これらの土地については、あらかじめ残しておきたい実家の土地と家屋は生前贈与を活用して特定の人に引き継いでもらっておいて、他の山林などの財産について相続開始後に法律上の「相続放棄」を検討する、といった複雑な対応が必要になるケースも考えられますが、法的な有効性や税務上の問題など、専門家と慎重に検討すべき高度な問題となります。(安易にお勧めできる方法ではありません。)
まとめ:専門家への相談が解決の鍵
敷地内にお墓がある不動産の売却は、法律的な手続きだけでなく、買主の心理、親族間の感情、費用負担など、様々な要素が絡み合う複雑な問題です。
ご紹介した「通行権設定」「墓じまい(改葬)」「分筆」のいずれの方法が最適かは、個々の状況によって異なります。土地の状況、ご親族の意向、費用面などを総合的に考慮し、最善の策を検討する必要があります。
中川総合法務オフィスでは、相続問題に関するご相談を全国から承っております。相続、不動産売却、墓じまい、コンプライアンス、さらにはそれに伴う人間関係や心理的な側面まで、長年の経験と法律・経営・社会科学・人文科学にわたる幅広い知見に基づき、皆様の状況に寄り添った「思いやり」のある解決策をご提案いたします。
初回のご相談は無料にて承っておりますので、どうぞお気軽にお問い合わせください。