消防組織は、住民の生命と財産を守るという重大な責務を負い、その職務の性質上、厳格な規律と強固な上下関係が求められます。しかし、その特殊性が一歩間違えば、深刻なパワー・ハラスメント(パワハラ)の温床となる危険性も孕んでいます。

今回ご紹介するのは、まさにその「指導」と「いじめ・しごき」の境界線が問われ、最終的に最高裁判所が懲戒免職を「妥当」と判断した、糸島市消防本部の事案です。これは、全国の消防組織におけるコンプライアンス体制のあり方を考える上で、極めて重要な判例と言えます。

特に、中川総合法務オフィスではこれまでに、多数の消防組織におけるコンプライアンス研修を担当してきました。この判決は今後の研修で非常に参考になるものです。
 ※実績参照⇒https://compliance21.com/case/compliance-case/

1. 事案の概要:十数年にわたる執拗な非違行為

本件は、糸島市消防本部で小隊長を務めていた消防職員が、部下への不適切な言動(パワハラ)を理由に懲戒免職処分を受け、その取消しを求めたものです。

非違行為(本件各行為)の内容: 問題となった行為は、平成15年頃から平成28年までの十数年間、少なくとも10人の部下に対して執拗に繰り返されました。

  • 動機: 部下に対する嫌悪、苛立ち、悪感情など、感情の赴くままに行われた側面が大きいと認定されました。
  • 過酷な指導・訓練:
    • ロープで身体を縛って懸垂をさせ、力尽きた後も数分間宙づりにし、さらに懸垂を指示。
    • 部下が熱中症の症状を呈し、一時意識を失い失禁して病院に運ばれるまで訓練を繰り返させる。
    • 倒れ込んだ部下にペナルティとして面体(呼吸用保護具)を装着させたまま腕立て伏せをさせる。
  • 人格否定・侮辱的な発言:
    • 「ぶっ殺すぞ、お前。」「死ね。」「このストレッサーが。」
    • 「お前を恐怖で支配するけん。」「俺を中心に仕事をしろ。」
    • 部下の親や娘を侮辱する発言。

組織への影響: これらの行為が問題化した結果、数年間で若手職員6人が退職、3人が休職に追い込まれていました。第1審で処分の取消しが認められた後には、消防職員66人が被上告人(小隊長)の職場復帰に反対する書面を提出する事態にまで発展しました。


2. 最高裁判所の判断:懲戒免職は「裁量権の逸脱ではない」

控訴審(二審)は、「免職処分は重きに失する」として処分を違法と判断しました。しかし、最高裁判所はこ の判断を破棄し、消防長の行った懲戒免職処分を「適法」と結論づけました。

最高裁が重視したポイント:

  1. 非違の程度は「極めて重い」 個々の行為もさることながら、①指導的立場にある者が、②十数年もの長期間、③少なくとも10人もの部下に対し、④執拗に不適切な行為を繰り返した点を「極めて重い」と評価しました。
  2. 指導としての範ちゅうを大きく逸脱 各指導は、傷害の有無にかかわらず「指導としての範ちゅうを大きく逸脱」しており、各発言は部下の人格を否定し家族をも侮辱するものであり、酌むべき事情はないと断じました。
  3. 消防組織の秩序を著しく乱した 最高裁は、本件各行為が「消防組織の秩序や規律を著しく乱し、職場環境を甚だしく害した」と指摘。特に消防組織は、「職務の性質上、職員間の緊密な意思疎通が重要」であり、その悪影響は看過できないとしました。

裁判官の補足意見では、まさにこの消防組織の特殊性に踏み込み、以下のように述べています。

(消防組織は)上下関係を基に、厳しい訓練が必要となる場合がある反面、職場内での優位性を背景とした不適切な言動が行われる危険を孕んでいる。 (中略) 火災等の危険な現場で職務を安全、確実かつ迅速に遂行するためには、職員同士の緊密な意思疎通を図ることが不可欠であり、本件各行為が組織の規律や秩序に及ぼした悪影響は、特に大きい。

控訴審が個々の行為を単体で評価しがちだったのに対し、最高裁は、長期間・多数回・多数人にわたる行為が、消防という「緊密な意思疎通」を生命線とする組織全体に与えた「悪影響の総体」を重視しました。若手職員の大量退職や、全職員の多くが復帰に反対した事実は、その悪影響の深刻さを裏付けるものとされました。

これらの事情を総合すれば、任命権者が最も重い懲戒免職を選択したことは、社会観念上著しく妥当を欠くものとは言えず、裁量権の逸脱・濫用には当たらないと結論づけたのです。


消防組織のコンプライアンス体制構築・研修を中川総合法務オフィスへ

本判例が示すように、消防組織におけるハラスメントは、一般企業以上に組織の根幹を揺るがし、住民の安全を守るという使命の遂行を危うくします。「指導」と「パワハラ」の境界線が曖昧になりがちな組織風土こそ、今すぐ見直さなければなりません。

中川総合法務オフィス代表の中川恒信は、こうした組織風土の改革とコンプライアンス態勢の再構築を専門としています。

  • 850回を超えるコンプライアンス・ハラスメント研修の豊富な登壇実績
  • 不祥事発生組織におけるコンプライアンス態勢の再構築コンサルティング経験
  • 現に複数の企業・団体の内部通報外部窓口を担当し、実態把握に精通
  • マスコミ(テレビ・新聞)から、不祥事企業の再発防止策について頻繁に意見を求められる高い専門性

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