はじめに:1億総孤独時代の相続を見つめる
現代は、スマートフォン一つで資産を管理できる、極めて便利なデジタル社会です。しかし、その利便性の陰で、相続の現場は新たな困難に直面しています。金融機関が「スマホだけで口座開設」を謳う一方で、所有者が亡くなった後、ご家族を含めた第三者がその資産をどう把握するかという視点が抜け落ちてはいないでしょうか。堅牢なパスワードに守られたデジタルの壁は、時として残された者にとって絶望の壁となり得ます。
これに、古くからの課題である不動産の把握の難しさ、そして希薄化する親族関係が絡み合い、「1億総孤独時代」とでも言うべき状況が相続財産調査を一層複雑にしています。当職のような専門家でさえ、故人が遺した資産の全貌解明に途方に暮れることがあるのです。
この記事では、社会科学の領域たる法律や経営のみならず、哲学や思想といった人文科学の視座も持ち、人生経験豊富な専門家として、京都・大阪で1000件超の相談実績を誇る中川総合法務オフィスが、最新の法改正(令和6年4月1日施行の相続登記義務化など)も踏まえ、実務の最前線から相続財産調査の核心を解説します。
第1章:デジタル時代の金融資産調査-見えない資産をどう探すか
オンラインでの財産管理が主流となった今、金融資産の調査は新たな局面を迎えています。
1. 調査の第一歩は「故人の生活空間」から まず基本となるのは、故人が生活していた空間を丁寧に調べることです。机の引き出し、書棚、金庫の中などを確認し、以下のものを探します。
- 通帳、キャッシュカード、クレジットカード: 取引金融機関を特定する最も直接的な手がかりです。
- 金融機関からの郵便物: 取引報告書、満期案内、セミナーの案内状など。
- ノベルティグッズ: カレンダー、ティッシュ、ボールペンなど。意外な金融機関との接点が見つかることがあります。
ネット銀行やネット証券の場合、物理的な手がかりは乏しくなります。故人のPCのブックマーク、スマートフォンのアプリ、メールの受信履歴などを確認することが極めて重要です。
2. 生命保険-民法と税法で異なる「顔」を持つ資産 生命保険金は、民法上は受取人固有の財産とされ、原則として遺産分割の対象外です。しかし、相続税法上は「みなし相続財産」として課税対象に含まれます。この違いを理解せず調査を怠ると、後に思わぬ税負担やトラブルに発展しかねません。実務家としては、受任者としての善管注意義務に基づき、生命保険協会への照会(支払済みや共済を除く)を慎重に行うべきです。
3. 株式と暗号資産(仮想通貨)-現代の厄介な課題 株式については、証券保管振替機構(ほふり)に照会することで、上場株式の保有状況を把握できます。しかし、問題は暗号資産です。特に海外の取引所に預けていた場合、日本の法律や手続きが及ばず、相続税の納税義務だけが発生し、肝心の資産は引き継げないという悲劇も起こり得ます。一部の資産だけを放棄することは民法の規定上できず、相続人は泣き寝入りを強いられかねません。これは、国境を越えるデジタル資産に対する法整備が追いついていない、現代社会の構造的欠陥とも言えるでしょう。
第2章:不動産調査の難しさと【令和6年最新情報】
不動産は依然として相続財産の中心ですが、その調査には特有の難点が存在します。
1. 名寄帳の有用性と限界 市区町村役場で取得できる「名寄帳」は、被相続人がその自治体内に所有する不動産の一覧であり、調査の要です。しかし、非課税の私道や共有名義の不動産の一部は記載されないことがあり、また、自治体をまたいで横断的に調査することはできません。
2. 法務局の検索制度と2024年の大変革 法務局では、地番や家屋番号が分からないと登記情報を取得できず、個人名での検索ができないという制度上の不備が長年指摘されてきました。 こうした状況に大きな変化をもたらしたのが、令和6年(2024年)4月1日から施行された相続登記の義務化です。これにより、相続によって不動産を取得した相続人は、取得を知った日から3年以内に相続登記を申請することが義務付けられました。この法改正は、所有者不明土地問題の解消を目的としており、今後の不動産調査のあり方に大きな影響を与えるでしょう。
第3章:未来の相続調査とマイナンバー制度への期待
個別の資産を一つずつ調査する現状から、一括調査への道は拓けるのでしょうか。その鍵を握るのがマイナンバー制度です。
現在、高額な資産を持つ方が税務署に提出する「国外財産調書」や「財産債務調書」がありますが、これは一部の富裕層に限られます。 将来的には、金融機関の口座とマイナンバーの紐付けが進むことで、相続時にマイナポータル等を通じて被相続人の金融資産を一覧で照会できる制度の導入が期待されています。これは単なる行政の効率化に留まらず、国民一人ひとりの財産権を死後も守るという、国家の責務を果たすための重要な一歩となるはずです。
結び:財産目録付き遺言の重要性
これまで見てきたように、相続財産の調査は複雑化の一途をたどっています。だからこそ、財産目録を付けた公正証書遺言を作成しておくことの重要性が、かつてなく高まっています。自らの意思で財産の行き先を定め、残された家族が途方に暮れることのないよう準備しておくことは、現代社会を生きる者の、未来への思いやりと言えるでしょう。
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