はじめに

現代の企業経営において、株主や顧客、従業員、地域社会といった多様なステークホルダーとの信頼関係を構築し、持続的な成長と中長期的な企業価値向上を実現することは、最重要課題の一つと言えるでしょう。その実現に向けた実効的な枠組みとして機能するのが「コーポレートガバナンス・コード」です。

本記事では、2021年6月11日に改訂されたコーポレートガバナンス・コード(以下、本コード)の「5つの基本原則」を中心に、改訂の背景、主要な変更点、そして企業が具体的にどのように対応すべきかについて、中川総合法務オフィスの知見を交えながら深く掘り下げて解説します。

当オフィスの代表は、法律や経営といった社会科学の専門知識に加え、長年の実務経験と幅広い人生経験に裏打ちされた深い洞察力を持ち、哲学思想などの人文科学や、地球環境問題にも通じる自然科学の領域にまで及ぶ学識を有しています。本記事においても、その多角的な視点から、単なる制度解説に留まらない、企業経営の本質に迫る考察をお届けします。

なぜ今、コーポレートガバナンス・コードが重要なのか?

グローバル化が加速し、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資が拡大する現代において、企業が社会の一員として信頼され、持続的に発展していくためには、透明性の高い経営体制と、ステークホルダーに対する説明責任を果たすことが不可欠です。本コードは、まさにそのための「ソフトロー(自主的な規範)」として、上場企業に実効的な企業統治の実現を促しています。

特に2021年の改訂では、取締役会の機能発揮、中核人材の多様性確保、サステナビリティ課題への取り組みといった、現代社会が企業に求める要請がより明確に反映されました。これは、企業が短期的な利益追求だけでなく、長期的な視点に立ち、社会全体の持続可能性に貢献することへの期待の表れと言えるでしょう。


1.コーポレートガバナンス・コード改訂の背景と歴史的意義

本コードは、2015年に初めて策定されて以来、日本企業のガバナンス改革を促す上で重要な役割を果たしてきました。その背景には、グローバルな投資家の視点の変化や、企業の社会的責任(CSR)から、より包括的なESG経営への潮流があります。

  • 改訂の経緯とグローバルな要請:
    • 2018年の改訂では、金融庁および東京証券取引所が事務局を務める「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」における提言を踏まえ、企業と投資家との建設的な対話を通じたガバナンス改革の深化が目指されました。
    • ESG要素を含む非財務情報の開示の重要性が増す中で、第3章「考え方」においてその点が明確化されました。これは、企業価値を財務情報だけで測る時代から、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)への取り組みを含めて総合的に評価する時代への移行を象徴しています。
    • 株主の国際化が進み、欧米諸国のガバナンス基準への対応は不可避となっています。これは、明治維新以降の西欧文化導入という大きな流れの中で捉えることもできますが、同時に、日本型経営の長所を活かしつつ、グローバルスタンダードとどう調和させていくかという、日本企業自身の主体的な変革が問われていると言えるでしょう。
  • 代表 中川の視点:歴史と哲学から見るガバナンス 「企業統治の議論は、単に経営効率や株主利益の最大化という経済合理性のみで語られるべきではありません。企業は社会の公器であり、その活動は地域社会、国、そして地球環境全体と不可分に結びついています。古代ギリシャのポリスにおける市民の責務や、江戸時代の近江商人の『三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)』の精神にも通じる、普遍的な倫理観が求められているのではないでしょうか。本コードの改訂は、そうした原点に立ち返り、企業が真の社会的価値を創造するための道しるべとなるべきです。」
  • 2021年改訂のポイント: 2021年6月11日に東京証券取引所から公表された改訂版では、特に以下の点が重視されました。
    1. 取締役会の機能発揮: 社外取締役の質の向上や、指名委員会・報酬委員会の独立性強化など。
    2. 企業の中核人材における多様性の確保: 女性・外国人・中途採用者の登用目標設定や情報開示。
    3. サステナビリティを巡る課題への取り組み: 気候変動リスク(TCFD提言などに基づく開示)、人権尊重、サプライチェーン管理など、ESG課題への積極的な対応。
    4. その他: プライム市場上場企業に対するより高い水準のガバナンス構築の要請など。
    これらの改訂は、企業が直面するリスクと機会をより的確に把握し、持続的な成長戦略に繋げることを促すものです。

2.コーポレートガバナンス・コード「5つの基本原則」2021年版詳解

本コードは、「基本原則」「原則」「補充原則」から構成されています。ここでは、その根幹をなす「5つの基本原則」について、2021年改訂の趣旨や企業の対応ポイントを解説します。

(1) 【基本原則1:株主の権利・平等性の確保】

上場会社は、株主の権利が実質的に確保されるよう適切な対応を行うとともに、株主がその権利を適切に行使することができる環境の整備を行うべきである。また、上場会社は、株主の実質的な平等性を確保すべきである。少数株主や外国人株主については、株主の権利の実質的な確保、権利行使に係る環境や実質的な平等性の確保に課題や懸念が生じやすい面があることから、十分に配慮を行うべきである。

  • 解説と企業の対応: 株主は企業の所有者であり、その権利(議決権、情報取得権、剰余金配当請求権など)は最大限尊重されなければなりません。特に、株主総会における権利行使環境の整備(招集通知の早期発送・電子化、議決権電子行使プラットフォームの利用、英文開示の充実など)は重要です。 2021年改訂では、プライム市場上場会社に対し、機関投資家向けに議決権電子行使プラットフォームを利用可能とすべきこと(補充原則1-2④)などが明記されました。 また、政策保有株式については、保有の合理性や議決権行使基準の開示(原則1-4)、買収防衛策の導入・運用における株主への説明責任(原則1-5)も引き続き求められています。
  • 代表 中川の視点:所有と経営の調和 「株式会社制度における株主の権利は、資本主義経済の根幹をなすものです。しかし、その権利行使が短期的な利益追求に偏り、企業の長期的な価値創造を損なうことがあってはなりません。経営者は、株主との建設的な対話を通じて、短期的な要請と長期的な視点のバランスを取り、企業全体の持続可能性を高める責務があります。これは、個人の自由と共同体の調和という、社会全体の普遍的な課題とも通底しています。」

(2) 【基本原則2:株主以外のステークホルダーとの適切な協働】

上場会社は、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の創出は、従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会をはじめとする様々なステークホルダーによるリソースの提供や貢献の結果であることを十分に認識し、これらのステークホルダーとの適切な協働に努めるべきである。取締役会・経営陣は、これらのステークホルダーの権利・立場や健全な事業活動倫理を尊重する企業文化・風土の醸成に向けてリーダーシップを発揮すべきである。

  • 解説と企業の対応: 企業価値は株主のためだけにあるのではなく、従業員の働きがい、顧客満足、取引先との公正な関係、地域社会への貢献といった、多様なステークホルダーとの良好な関係性の上に成り立っています。 2021年改訂では、この原則の「考え方」に、SDGs(持続可能な開発目標)やTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への言及が加わり、サステナビリティ課題への積極的・能動的な対応の重要性が強調されました(原則2-3、補充原則2-3①)。 また、中核人材の多様性確保(原則2-4、補充原則2-4①)や、内部通報制度の実効性確保(原則2-5、補充原則2-5①)も重要なテーマです。
  • 代表 中川の視点:共生と循環の経営 「企業が社会の中で生き続けるためには、生態系における生物多様性のように、多様なステークホルダーとの共存共栄が不可欠です。従業員の能力開発やウェルビーイングへの投資は、創造性と生産性の源泉となります。環境負荷の低減や人権尊重といったサステナビリティへの取り組みは、地球という共有資本を守り、次世代への責任を果たす行為であり、長期的な視点では企業のレジリエンスを高める投資とも言えるでしょう。これは、経済活動が自然の摂理や循環から乖離してはならないという、自然科学的な教訓とも重なります。」

(3) 【基本原則3:適切な情報開示と透明性の確保】

上場会社は、会社の財政状態・経営成績等の財務情報や、経営戦略・経営課題、リスクやガバナンスに係る情報等の非財務情報について、法令に基づく開示を適切に行うとともに、法令に基づく開示以外の情報提供にも主体的に取り組むべきである。その際、取締役会は、開示・提供される情報が株主との間で建設的な対話を行う上での基盤となることも踏まえ、そうした情報(とりわけ非財務情報)が、正確で利用者にとって分かりやすく、情報として有用性の高いものとなるようにすべきである。

  • 解説と企業の対応: 財務情報だけでなく、経営戦略、リスク情報、ガバナンス体制、そしてESG情報といった非財務情報の開示の質と量が、企業価値評価においてますます重要になっています。 2021年改訂では、特にサステナビリティに関する取り組みや、人的資本・知的財産への投資等について、経営戦略との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に開示・提供すべきであるとされました(補充原則3-1③)。プライム市場上場会社に対しては、TCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく気候変動関連情報の開示の質と量の充実が求められています。 また、英語での情報開示・提供の推進も、グローバルな投資家との対話促進のために不可欠です(補充原則3-1②)。
  • 代表 中川の視点:真実と信頼のコミュニケーション 「情報開示の本質は、単なる義務の履行ではなく、ステークホルダーとの信頼関係を構築するためのコミュニケーションです。開示される情報は、正確であることはもちろん、企業の置かれた状況や将来展望を誠実に伝えるものでなければなりません。特に非財務情報は、企業の個性や価値観を映し出す鏡であり、その質を高める努力は、企業文化そのものを洗練させるプロセスとも言えるでしょう。これは、古代哲学における『真・善・美』の追求にも通じる、普遍的な価値を内包しています。」

(4) 【基本原則4:取締役会等の責務】

上場会社の取締役会は、株主に対する受託者責任・説明責任を踏まえ、会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を促し、収益力・資本効率等の改善を図るべく、①企業戦略等の大きな方向性を示すこと、②経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うこと、③独立した客観的な立場から、経営陣・取締役に対する実効性の高い監督を行うことをはじめとする役割・責務を適切に果たすべきである。

  • 解説と企業の対応: 取締役会は、経営の意思決定機関であると同時に、経営陣の監督機関でもあります。その実効性を高めるためには、構成員の多様性(スキル、経験、ジェンダー、国際性など)の確保(原則4-11、補充原則4-11①)、独立社外取締役の適切な活用(原則4-7、原則4-8)、指名委員会・報酬委員会の設置と独立性確保(補充原則4-10①)などが求められます。 2021年改訂では、プライム市場上場会社に対し、独立社外取締役を3分の1以上(場合によっては過半数)選任することや、指名委員会・報酬委員会の構成員の過半数を独立社外取締役とすることなどが推奨されています。 また、CEO等の後継者計画の策定・運用への主体的な関与(補充原則4-1③)や、サステナビリティを巡る取り組みに関する基本方針の策定(補充原則4-2②)も、取締役会の重要な責務とされています。
  • 代表 中川の視点:叡智と勇気のリーダーシップ 「取締役会は、企業の未来を左右する羅針盤の役割を担います。そのためには、多様な知見と経験を結集し、自由闊達な議論を通じて最善の意思決定を行うことが不可欠です。社外取締役には、経営陣から独立した立場で、時には耳の痛い意見も述べる勇気と見識が求められます。また、CEOの後継者育成は、企業の永続性を左右する最重要課題であり、長期的な視点に立った計画的な取り組みが必要です。これは、国家や組織のリーダーシップ論にも通じる、普遍的な課題と言えるでしょう。」

(5) 【基本原則5:株主との対話】

上場会社は、その持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資するため、株主総会の場以外においても、株主との間で建設的な対話を行うべきである。経営陣幹部・取締役(社外取締役を含む)は、こうした対話を通じて株主の声に耳を傾け、その関心・懸念に正当な関心を払うとともに、自らの経営方針を株主に分かりやすい形で明確に説明しその理解を得る努力を行い、株主を含むステークホルダーの立場に関するバランスのとれた理解と、そうした理解を踏まえた適切な対応に努めるべきである。

  • 解説と企業の対応: 株主との建設的な対話(エンゲージメント)は、企業の経営戦略や課題に対する理解を深めてもらうと同時に、株主の意見や懸念を経営に活かすための重要な機会です。 企業は、株主との対話を促進するための体制整備(IR担当部署の設置、対話方針の策定・開示など)を行い、経営陣幹部や取締役が積極的に対話に臨むことが求められます(原則5-1、補充原則5-1①)。 対話においては、インサイダー情報の管理に留意しつつ、経営戦略、事業ポートフォリオの方針、資本コストを的確に把握した上での収益計画や資本政策などを分かりやすく説明する必要があります(原則5-2、補充原則5-2①)。
  • 代表 中川の視点:傾聴と共感のガバナンス 「真の対話は、一方的な説明ではなく、相手の声に真摯に耳を傾けることから始まります。株主の意見は、時に厳しいものもあるかもしれませんが、それは企業をより良くするための貴重なフィードバックです。経営者は、多様な株主の視点を理解し、共感する努力を怠ってはなりません。そして、その対話を通じて得られた気づきを、企業経営の改善に繋げていくことが重要です。これは、他者との相互理解を深め、より良い社会を築いていくという、人間社会の根源的な営みとも言えるでしょう。」

3.コーポレートガバナンス・コード策定の経緯と適用の考え方

  • 前提となる社会状況:
    • スチュワードシップ・コードとの両輪: 本コードは、機関投資家向けの行動規範である「スチュワードシップ・コード」と対をなすものであり、両者が適切に機能することで、企業と投資家の間の建設的な対話が促進され、企業価値向上に繋がることが期待されています。
    • 会社法改正との連携: 社外取締役の設置義務化(令和元年改正会社法で、金融商品取引法の適用会社である監査役設置会社(公開会社かつ大会社)に義務付け)など、会社法におけるガバナンス関連規定の整備も、本コードの実効性を支える重要な要素です。
    • グローバルな潮流: OECDコーポレート・ガバナンス原則などを踏まえ、国際的なベストプラクティスを意識した内容となっています。
  • 本コードの目的:「攻めのガバナンス」の実現: 本コードは、不祥事防止といった「守りのガバナンス」だけでなく、健全な企業家精神の発揮を促し、持続的な成長と中長期的な企業価値向上を目指す「攻めのガバナンス」を志向しています。透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を可能にする仕組みを構築することが重要です。
  • 「プリンシプルベース・アプローチ」と「コンプライ・オア・エクスプレイン」:
    • プリンシプルベース・アプローチ(原則主義): 詳細なルールを定めるのではなく、企業が各々の状況に応じて実効的なガバナンスを実現できるよう、大局的な原則を示しています。
    • コンプライ・オア・エクスプレイン: 各原則を実施するか、実施しない場合にはその理由を説明するかのいずれかを選択する手法です。これにより、形式的な遵守ではなく、各社が主体的に自社のガバナンスを考えることを促しています。
  • 適用対象と機関設計: 原則として国内の取引所に上場する全ての会社が対象ですが、市場区分(プライム、スタンダード、グロース)や会社の規模・特性等に応じた考慮がなされる場合があります。また、監査役会設置会社、指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社のいずれの機関設計を採用する場合でも、本コードの趣旨を踏まえた対応が求められます。

4.企業はコーポレートガバナンス・コードにどう対応すべきか?

本コードへの対応は、単なる「やらされ仕事」ではなく、自社の企業価値を向上させるための能動的な取り組みと捉えるべきです。

  • 経営トップのコミットメント: ガバナンス改革は、経営トップの強いリーダーシップとコミットメントが不可欠です。
  • 自社に合ったガバナンス体制の構築: 「コンプライ・オア・エクスプレイン」の原則に基づき、自社の事業特性、規模、企業文化などを踏まえ、実効性の高いガバナンス体制を主体的に構築することが重要です。
  • 形式から実質へ: 各原則の文言を遵守するだけでなく、その趣旨を理解し、実質的な機能向上を目指すべきです。取締役会の実効性評価や、ステークホルダーとのエンゲージメントの質を高める努力が求められます。
  • 情報開示の戦略的活用: 情報開示を、単なる義務ではなく、自社の強みや将来性をアピールし、ステークホルダーとの信頼を深めるための戦略的なツールとして活用しましょう。
  • 継続的な改善: ガバナンス体制は一度構築したら終わりではありません。事業環境の変化や社会の要請を踏まえ、定期的に見直し、継続的に改善していく姿勢が重要です。
  • 代表 中川の提言:未来を創造する企業統治 「コーポレートガバナンス・コードは、企業にとって遵守すべきルールであると同時に、自社の未来をデザインするための指針でもあります。その原則一つひとつには、先人たちの知恵と、より良い社会を目指す願いが込められています。企業がこれらの原則を真摯に受け止め、自らの言葉で解釈し、実践していく中でこそ、真の企業価値が創造されるのではないでしょうか。それは、短期的な株価の変動に一喜一憂するのではなく、100年後も社会から必要とされ、尊敬される企業を目指す、壮大な挑戦と言えるでしょう。当オフィスは、そのような志を持つ企業の皆様を、法律、経営、そしてより広範な知見をもってサポートしてまいります。」

おわりに

コーポレートガバナンス・コードへの対応は、一朝一夕に成し遂げられるものではありません。しかし、その取り組みは、企業の透明性と公正性を高め、ステークホルダーからの信頼を獲得し、ひいては持続的な成長と中長期的な企業価値向上に不可欠な投資です。

中川総合法務オフィスは、本コードの趣旨を深く理解し、各企業様の状況に応じた最適なガバナンス体制の構築・運用をサポートいたします。法律や経営の専門知識はもちろんのこと、社会全体の大きな潮流や、企業が本質的に持つべき倫理観・価値観といった視点も踏まえ、貴社の持続的な発展に貢献できることを願っております。ご不明な点やご相談がございましたら、お気軽にお問い合わせください。

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