基本原則:厳しい指導とパワハラの境界線
厚生労働省の定義によると、パワーハラスメントとは「優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されるもの」です。つまり、業務上必要かつ相当な範囲内であれば、厳しい指導は適法であり、むしろ管理職の責務として求められます。
判断の基準は以下の2点です:
- 業務上の必要性:なぜその指導が必要なのか明確な理由があるか
- 手段の相当性:指導の方法や程度が社会通念上適切な範囲内か
パワハラ6類型を踏まえた適切な指導方法
1. 身体的な攻撃との境界
【NG行為】
- 殴る、蹴る、物を投げつける
- 机を叩く、椅子を蹴るなどの威嚇行為
- 至近距離での威圧的な態度
【適切な厳しい指導】
- 声のトーンは強めても、身体的な威嚇は一切行わない
- 物理的距離を適切に保ち、冷静な姿勢を維持する
- 感情的になりそうな場合は、時間を置いてから指導する
2. 精神的な攻撃との境界
【NG行為】
- 「無能」「給料泥棒」「辞めろ」などの人格否定
- 大勢の前での見せしめ的な叱責
- 長時間にわたる詰問や説教
【適切な厳しい指導】
- 人格ではなく行動・事実を指摘する:「あなたはダメだ」ではなく「この報告書に3箇所の重大な誤りがある」
- 事実・影響・期待の3点セットで伝える:
- 事実:「納期を3回連続で遅延している」
- 影響:「クライアントの信頼に関わる重大な問題だ」
- 期待:「次回からは進捗を週2回報告し、問題があれば早めに相談してください」
- 個室での指導を基本とし、短時間で要点を明確に伝える
3. 人間関係からの切り離しとの境界
【NG行為】
- 業務上必要な会議や情報共有から排除する
- 組織的な無視や孤立化
- 懲罰的な隔離
【適切な厳しい指導】
- 厳しい指導中でも「チームの一員」であることを明言する
- 業務上必要な連絡や会議参加は継続する
- 一時的な別室指導の場合は、目的と期間を明確に説明する
4. 過大な要求との境界
【NG行為】
- 明らかに達成不可能な業務量や期限の設定
- 能力を無視した無理な担当替え
- 「終わるまで帰るな」といった無制限の残業強要
【適切な厳しい指導】
- ストレッチゴールの設定:困難だが達成可能な範囲での目標設定
- サポート体制の明示:「この案件は難しいが、○○さんと協力して進めてほしい」
- 優先順位と限界ラインの明確化:「最優先はA案件、残業は月30時間以内で」
5. 過小な要求との境界
【NG行為】
- 懲罰的に単純作業のみを長期間継続させる
- 能力に見合わない低レベルの業務への恒常的な配置転換
【適切な厳しい指導】
- 一時的なリハビリ業務は合理的:「基礎を固めるため今月はデータ入力に集中し、来月から元の業務に復帰」
- 期間と目的を明確に説明し、キャリアへの悪影響がないことを保証する
6. 個の侵害との境界
【NG行為】
- 私生活への過度な詮索
- 家庭事情や思想信条への踏み込み
- 勤務外の行動監視
【適切な厳しい指導】
- 業務関連性に限定した確認:「最近遅刻が多いが、体調面で何かサポートが必要か?」
- 勤務時間中の行動・成果に焦点を当てた指導
実務で活用できる指導のポイント
指導の記録化と客観性の確保
- 指導の日時、内容、部下の反応を簡潔に記録する
- 後日「理由なく怒鳴られた」と主張されるリスクを軽減
- 改善が見られた際の評価もセットで記録し、フィードバックする
段階的アプローチの実践
- 即座の対応:ミス発覚時は簡潔に事実確認のみ
- 冷静な指導:時間を置いて別室で詳細な振り返りと改善策検討
- 継続的フォロー:改善状況の確認と必要に応じた追加支援
平等性の確保
- 同レベルのミスには誰に対しても同じ基準で指導
- 特定の部下のみを厳しく扱うことは避ける
- 差をつける場合は合理的理由を本人に説明する
トップから現場管理職へのメッセージ案
- 「厳しい指導」は会社として推奨するが、「パワハラ」は一切認めない
- 業務改善のための指導は管理職の重要な責務
- ただし、6類型に該当する行為は処分対象
- 指導の目的は「萎縮」ではなく「成長」
- 叱ることがゴールではなく、改善と再発防止が目的
- 具体的な支援策とセットで指導を行う
- 迷った時は早期相談を
- 「厳しく指導したいが適切な方法がわからない」段階での相談を歓迎
- 人事・コンプライアンス部門との連携を強化
まとめ:適切な厳しい指導の3つの条件
パワハラにならない厳しい指導とは、以下の3つの条件を満たすものです:
- 事実に基づくこと:憶測や感情ではなく、具体的な業務上の問題を指摘
- 改善・育成が目的であること:相手の成長と業務改善を真の目的とする
- 手段が相当であること:社会通念上許容される範囲内の方法を選択
一言で表現すると:「部下を成長させたい熱心さを論理で包み、人格を尊重しながら行動の変化を促す」ことが、コンプライアンス遵守と組織力強化を両立させる鍵となります。
◆さらに詳しくは、中川総合法務オフィスオリジナルの下記のパワハラ早見表も説明した下記ページ参照
https://compliance21.com/harassment-quick-reference-chart/


