序文
イノベーションの火花が、画期的な製品やサービスとして結実したとき、経営者は重大な岐路に立たされます。その創造の果実である知的財産を、いかにして守り、育て、企業価値の源泉とするか。この問いに対する答えは一つではありません。特許を取得し、その権利を世界に知らしめる「公開戦略」が王道である一方で、自社のノウハウとして秘匿し、競争優位を確立する「非公開戦略」もまた、深遠な経営判断です。
私たち中川総合法務オフィスは、法務が単なるリスク回避の手段ではなく、企業の未来を切り拓くための羅針盤であるべきだと考えます。代表者は、法律や経営といった社会科学の領域に留まらず、哲学思想や自然科学にも通じる多角的な視点から、クライアントの皆様にとって最適な道筋を照らし出します。
この記事では、「非公開戦略」を選択した場合に極めて重要な役割を果たす「先使用権」制度について、その本質と戦略的活用法を、当オフィスの思想を交えながら深く解説します。
京都の老舗企業での先使用権獲得支援と知的資産経営報告書作成で、社長がコンテストで1千万円の補助金(助成金)を獲得しました。(詳細は別稿参照)
1.発明保護の二大戦略:公開か、非公開か
新たな発明や創作物を生み出した際、その保護戦略は大きく二つに分かれます。
(1) 公開戦略:特許権による強力な保護 発明を特許庁に出願し、審査を経て登録されれば、独占排他権である「特許権」が得られます。これは、他者による模倣を法的に排除し、ライセンス供与による収益化も可能な、非常に強力な戦略です。グローバルな事業展開を見据えるならば、海外での権利化も視野に入れるべきでしょう。
(2) 非公開戦略:ノウハウとしての秘匿 一方で、特許出願は発明の内容を社会に公開することが前提です。公開することで模倣のリスクが高まったり、権利期間(出願から20年)が終了した後のことを考えたりすると、あえて出願せず、ノウハウとして社内に秘匿する戦略が有効な場合があります。この戦略を支える法的根拠が、「先使用権」と「営業秘密」です。
2.先使用権制度とは?- 静かなる強力な防衛策(特許法79条)
他社があなたの発明と同一のものを偶然にも発明し、特許を取得してしまったらどうなるでしょうか。「非公開戦略」が裏目に出て、事業継続が不可能になるのでしょうか。
その絶体絶命の状況を救うのが「先使用権」です。
これは、他者が特許出願する前から、その発明を事業として実施していたり、その準備をしていたりした場合に、特許権者からライセンス料を支払うことなく、無償でその事業を継続できる権利です。まさに、誠実な事業者を守るための、法が定めたセーフティネットと言えます。
<先使用権が認められるための要件>
先使用権を主張するためには、以下の要件をすべて満たし、かつそれを客観的な証拠で立証する必要があります。
- 独自の発明であること: 他者の特許出願とは無関係に、自ら発明したか、発明者から正当に知得したこと。
- 事業の実施または準備: その発明を用いて製品を製造・販売しているか、あるいはそのための設備投資や人員確保など、具体的な準備を進めていること。
- 出願時の先行性: 他者の特許出願の「時点」で、既に上記の事業またはその準備を「現に」行っていたこと。
- 国内での実施: 上記の事業または準備が日本国内で行われていること。
【重要】先使用権の成否は「証拠」がすべて
非公開戦略の成否は、この「証拠の確保」にかかっています。タイムスタンプが付与された電子データ、公証役場で確定日付を得た書類、研究開発日誌、議事録、図面、試作品、製造記録、販売実績など、第三者が見ても「いつ、誰が、何をしていたか」が明確にわかる資料を、時系列で整理・保管しておくことが生命線となります。
3.ブランドを守るもう一つの先使用権(商標法32条)
先使用権は、発明だけでなく、商品やサービスの顔である「商標(トレードマーク)」にも存在します。
他者が後から同じような商標を登録したとしても、一定の要件を満たせば、引き続きその商標を使い続けることができます。
<商標の先使用権が認められるための要件>
- 他者の商標登録出願前から、不正競争の目的なくその商標を使用していること。
- その結果、出願時において、その商標が自社のものとして需要者の間で広く認識されている(周知性がある)こと。
- 継続してその商標を使用していること。
特許の先使用権と異なり、商標の場合は「周知性」という、市場での認知度が要件となる点が大きな特徴です。
4.先使用権と営業秘密の関係
営業秘密とは
- 定義
企業が営業上または技術上の情報を「秘密として保有」し、価値ある情報資産として管理しているもの。 - 例
顧客リスト、販売マニュアル、財務データ、製造技術、設計図、ノウハウなど。 - 法律による保護
主に不正競争防止法によって保護される。漏えいや不正取得に対し民事・刑事措置の対象となる。 - 営業秘密の要件
両者の違いと関係
先使用権 | 営業秘密 | |
---|---|---|
本質 | 他人の後発特許権に対して事業継続等を守る法定権利 | 秘密情報の自主管理による法的保護 |
根拠 | 特許法等知的財産関連法 | 不正競争防止法 |
要件 | 特許出願時点での実施または準備 | 秘密管理性・有用性・非公知性 |
効力 | 他人の特許権発生後もその実施を継続可 | 秘密情報漏洩等に対する差止・損害賠償 |
期間 | その事業が継続する限り | 秘密が保持されている限り |
相互の関係
- 発明を特許出願せず営業秘密とした場合、他社が同様の内容で後から特許取得をしてしまうリスクがあるため、この際に先使用権が有効に働く可能性がある。
- しかし、「営業秘密」として秘密管理したこと自体は、すぐに「先使用権」を成立させる条件にはならず、あくまで発明を事業で実施・準備していた客観的証拠が必要。
- 営業秘密のための管理措置と先使用権主張の証拠準備とは区別して考える必要がある。
実務上のポイント
- 特許化せず秘匿する場合は、発明の利用実態や準備の証拠(設計図、仕様書、日付記載の記録など)を確実に保管しておくことが、将来の先使用権主張に繋がる。
- 営業秘密は管理が不十分だと法的保護を受けにくい。そのため、秘密としてのマーク付与やアクセス制限等の管理が求められる。
両者は知財戦略上よく比較されますが、「先使用権」は特許権対策、「営業秘密」は情報漏洩対策として、それぞれ異なる側面で自社の技術やノウハウを守る重要な制度です。
中川総合法務オフィスが知的財産権・著作権実務で選ばれる理由
当オフィスは、単に法律条文を解説するだけではありません。企業の歴史、事業内容、そして未来のビジョンを深く理解し、その魂を守るための最適な法務戦略を構築します。
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