事件の概要と発覚までの経緯

株式会社豊田自動織機(以下、豊田自動織機)におけるエンジンの排出ガス試験不正問題は、日本の製造業界に大きな衝撃を与えた。この問題は段階的に発覚し、企業コンプライアンスの脆弱性を浮き彫りにした重大な事案となった。

フォークリフト用エンジンでの不正発覚

豊田自動織機は令和5年(2023年)3月17日、国内認証での排出ガス規制に違反する不正が発覚したことを公表した。フォークリフト用エンジン4機種について、型式指定申請時に不適切行為があり、うち2機種は排出ガス基準を満たしていない状況が明らかとなった。

この発覚により、同社は対象機種の出荷を停止し、フォークリフトのリコール対応を進めることとなった。経済産業省も同日、この事態について「ユーザーの安全確保の観点から極めて遺憾」として、同社に対し事実関係の究明等の指示を行っている。

自動車用エンジンでの追加不正判明

問題はさらに深刻化した。令和6年(2024年)1月29日、豊田自動織機に自動車用ディーゼルエンジンの開発を委託していたトヨタ自動車も、同社から重大な報告を受けることとなった。

特別調査委員会による調査の結果、トヨタが認証申請手続き用に豊田自動織機に委託した自動車用ディーゼルエンジン3機種の出力試験において、違反行為があったことが判明した。具体的には、出力試験時に量産用とは異なるソフトを使ったECU(エンジン制御ユニット)を用いてエンジンの出力性能を測定し、測定数値が安定するように操作していたのである。

この結果、トヨタ自動車の10車種が出荷停止となり、同社の豊田章男会長(当時)が謝罪記者会見を開く事態となった。

特別調査委員会による徹底調査

調査体制の構築

豊田自動織機は外部有識者からなる特別調査委員会を設置し、徹底的な調査を実施した。井上宏委員長をはじめとする弁護士14人と事業者1人の計15人からなる独立した調査委員会が、事実関係の究明にあたった。

調査報告書の公表

調査委員会は2024年1月29日に調査報告書を公表した。報告書は概要版(67ページ)と公表版(203ページ)の2つが存在し、同社のウェブサイトでも公開されている。この報告書により、不正の詳細と背景要因が明らかとなった。

不正の背景要因と組織的問題

品質管理体制の脆弱性

特別調査委員会の調査により、豊田自動織機の品質管理体制には重大な問題があったことが判明した。同社の品質管理担当者へのヒアリングでは、2020年から2021年以降は品質保証にテコ入れをしているものの、それまでは品質管理・品質保証が弱かったことが認められている。

組織風土の問題

調査では、同社内に「現場に任せきりな風土」があったことも明らかとなった。伊藤浩一社長(当時)も記者会見で、この組織風土の問題を認めている。また、現場では「何とかしろ」という雰囲気があり、適切な相談や報告ができない環境があったことも指摘されている。

再発防止策の具体的内容

豊田自動織機は、調査結果を踏まえて包括的な再発防止策を策定した。これらの対策は、単なる手続きの改善にとどまらず、組織文化の根本的な変革を目指すものとなっている。

1. 開発認証プロセスの標準化・明確化

これまで現場に任せきりだった開発認証プロセスを標準化し、明確なガイドラインを整備した。認証に関わる全ての手続きについて、誰が、いつ、どのような基準で判断するかを明文化することで、属人的な判断を排除している。

2. 監視機能の強化

内部監査機能を大幅に強化し、定期的なモニタリング体制を構築した。特に認証関連業務については、独立した第三者による監視機能を導入している。

3. リスクマネジメント体制の整備

リスクマネジメントの観点から組織体制を見直し、潜在的なコンプライアンスリスクを早期に発見・対処できる仕組みを整備した。

4. コンプライアンス意識強化のための文化改善

最も重要な取り組みとして、コンプライアンス意識を強化する文化改善に着手した。従業員一人ひとりがコンプライアンスの重要性を理解し、疑問や問題を気軽に相談できる環境作りを進めている。

企業への影響と社会的責任

信頼性とサステナビリティへの影響

豊田自動織機の不正行為は、企業の信頼性や持続可能性に深刻な影響を与えた。グローバル市場において、日本企業の品質に対する信頼を損なう結果となり、同社だけでなく、日本の製造業全体の競争力に影響を及ぼしている。

ステークホルダーへの配慮

不正により生産停止となった期間中、顧客をはじめとするステークホルダーに多大な迷惑をかけることとなった。同社は2024年3月4日から一部生産ラインの稼働を再開したが、失った信頼の回復には長期間を要することが予想される。

コンプライアンス体制強化の重要性

実効性の確保が不可欠

豊田自動織機の事例が示すように、不祥事の再発防止には、単なるルールの整備だけでは不十分である。犯罪と刑罰の関係と同様に、不祥事再発防止を実効性を持って行うためには、制度の構築とその確実な運用の両方が不可欠である。

組織文化の変革

真のコンプライアンス体制の構築には、組織文化の根本的な変革が必要である。上司に対して気軽に相談できる環境、問題を報告しやすい仕組み、そして何より「正しいことを正しく行う」という価値観の浸透が重要である。

継続的なモニタリング

コンプライアンス体制は一度構築すれば終わりではない。継続的なモニタリングと改善を通じて、常に実効性を保つ必要がある。

他企業への教訓

豊田自動織機の事例は、他の企業にとっても重要な教訓を提供している。どれほど優秀な企業であっても、コンプライアンス体制の維持には継続的な努力が必要であることを示している。

特に、以下の点について、すべての企業が自社の体制を見直すべきである:

  • 現場への過度な権限委譲による監視機能の空洞化
  • 品質管理・品質保証体制の定期的な見直し
  • 従業員が安心して相談・報告できる環境の整備
  • 経営陣のコンプライアンスに対するコミット

中川総合法務オフィスのコンプライアンス支援

豊田自動織機の事例が示すように、現代企業におけるコンプライアンス体制の構築と維持は、単なる法的要求への対応を超えた、企業存続に関わる重要課題です。組織風土の改善、心理的安全性の確保、そして実効性のあるコンプライアンス体制の構築には、専門的な知識と豊富な経験が不可欠です。

中川総合法務オフィスの代表である中川恒信は、850回を超えるコンプライアンス研修を担当し、多数の不祥事組織のコンプライアンス体制再構築を支援してきた豊富な実績を有しています。組織風土の改善における心理的安全性と相談型リーダーシップの導入、ハラスメントやクレーム対応のためのアンガーマネジメント導入など、実践的なアプローチで企業のコンプライアンス強化をサポートしています。

また、内部通報の外部窓口を現に担当し、マスコミからも不祥事企業の再発防止について意見を求められるなど、コンプライアンス分野における高い専門性と信頼性を確立しています。

サービス内容

  • コンプライアンス研修(1回30万円)
  • コンプライアンス体制構築コンサルティング
  • 組織風土改善支援
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真のコンプライアンス体制構築をお考えの企業の皆様は、ぜひ中川総合法務オフィスまでご相談ください。

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