序論:遺言―それは、遺された家族への最後の思慮深き贈り物

遺言とは、単に財産の分配を決める法律行為ではありません。それは、自らの人生の集大成として、愛する家族へ想いを伝え、無用な争いを防ぎ、感謝の念を形にする、極めて人間的で崇高な営みです。私たち中川総合法務オフィスは、これまで京都や大阪を中心に1000件を超える相続のご相談をお受けしてまいりました。その中で痛感するのは、一枚の遺言書が、遺されたご家族の絆を守る灯台の光となり得るという事実です。

当オフィスの代表は、法律や経営といった社会科学の領域に留まらず、哲学や歴史などの人文科学、さらには自然科学にも深い造詣を有しております。その多角的な視座から見れば、遺言の作成は、個人の意思が法という社会システムと交差し、後世へと影響を及ぼす、時空を超えたコミュニケーションの一形態と捉えることができます。

本稿では、2019年より順次施行された改正相続法で、より利用しやすくなった「自筆証書遺言」に焦点を当て、その本質と具体的な作成方法について、実務家の視点から詳説いたします。

1.遺言書作成の第一歩:魂の棚卸し

遺言作成は、まず自らの内面と向き合うことから始まります。法的な手続きに入る前に、ご自身の財産と人間関係、そしてそこに込める「想い」を整理する、いわば「魂の棚卸し」とも言うべきプロセスが不可欠です。

(1) 「誰に」「何を」「なぜ」遺すのかを明確にする

まずは、白紙の紙をご用意ください。そこに、ご自身の財産を託したい方の名前を、一人ひとり思い浮かべながら書き出してみましょう。そして、それぞれの名前の横に、どの財産を、どれくらい遺したいのかを記します。この時点では、法律的な正確さよりも、ご自身の素直な気持ちを書き出すことが肝要です。これは、後の法的な文書作成における羅針盤となるだけでなく、ご自身の人生で誰が、何が大切であったかを再確認する貴重な機会となるでしょう。

(2) 法的要件を満たすための資料収集

想いが定まったら、次はその想いを法的に有効な形で実現するための準備に入ります。具体的には、以下の資料を収集する必要があろう。

  • 人に関する資料: 財産を渡す相手(受遺者)や相続人の正確な情報(氏名、住所、生年月日、本籍地など)が必要です。行政書士に依頼すれば、職務上請求により戸籍謄本やその附票、住民票などを円滑に収集することが可能です。
  • 財産に関する資料:
    • 不動産: 登記事項証明書(登記簿謄本)や固定資産税の納税通知書
    • 預貯金: 通帳や残高証明書(銀行名、支店名、口座種別、口座番号がわかるもの)
    • 有価証券: 証券会社の取引残高報告書
    • その他: 生命保険証券、自動車の車検証など

これらの資料は、財産を特定し、後の相続手続きを円滑に進めるために不可欠なものです。

2.失敗しない自筆証書遺言の具体的作成フロー

準備が整えば、いよいよ遺言書の作成です。自筆証書遺言は手軽な反面、民法が定める厳格な要件を一つでも欠くと無効となる危険性をはらんでいます。細心の注意を払って進めましょう。

(1) 下書きの重要性

いきなり清書にかかるのは賢明ではありません。当職の経験上、作成途中で考えが変わったり、財産の記載漏れが発覚したりすることは日常茶飯事です。まずは下書きを作成し、全体の構成を練り上げることが肝要です。パソコンで下書きを作成するのも効率的ですが、手書きで推敲を重ねる過程で、文章に血肉が通い、独特の息遣いが生まれるという側面も看過できません。

(2) 心を込めた清書 ― 自筆であることの価値

下書きが完成したら、いよいよ清書です。

  • 用紙と筆記具: 長期保管に耐えうる、質の良い紙を選びましょう。筆記具は、鉛筆や消えるボールペンは絶対不可。時間が経っても色褪せず、改ざんが困難な黒のボールペンや万年筆、あるいは毛筆が望ましいでしょう。
  • 全文の自書: 改正法により財産目録はパソコンでの作成が可能となりましたが、それ以外の遺言の本文、日付、氏名は、必ず全文を自筆で書かなければなりません。 これは、筆跡によって本人の意思を確認するという、民法の大原則に基づくものです。一文は短く、誰が読んでも解釈に迷いが生じないよう、簡潔かつ明確に記載することが最も重要です。
  • 押印: 署名の下には、必ず押印が必要です。実印である必要はありませんが、印鑑登録された実印を使用することで、より真正性が高まります。
(3) 財産目録の作成(改正法のポイント)

改正相続法により、不動産や預貯金などの財産リスト(財産目録)は、パソコンで作成したり、通帳や登記事項証明書のコピーを添付したりすることが認められました。これにより作成の負担は大幅に軽減されましたが、非常に重要な注意点があります。それは、その目録の「全ページ」に遺言者本人が署名・押印しなければならない、ということです。(両面印刷の場合は裏面にも必要です)。これを怠ると、その財産目録は無効となってしまいます。

(4) 訂正方法 ― 原則は「書き直し」

万が一、書き損じた場合の訂正方法は民法で定められていますが、これが実務上、非常に煩雑です。変更箇所を二重線で示し、押印し、欄外に「何字削除、何字加入」などと付記して署名する、という手続きを踏まねばなりません。この方式を誤ると、訂正そのものが無効となります。したがって、当職が実務で指導する際は、些細な間違いであっても、面倒がらずに最初から全文を書き直すことを強く推奨しております。

3.作成後の重要なポイント:保管と死後の手続き

遺言書は、作成して終わりではありません。それが確実に発見され、意思が実現されるまでが遺言作成です。

(1) 遺言書の保管方法

自宅で保管する場合、仏壇や金庫などが一般的ですが、紛失や、相続人による隠匿・破棄のリスクが伴います。貸金庫は安全ですが、本人の死後は相続人全員の同意がなければ開けられず、発見が遅れるというジレンマがあります。

そこで強く推奨したいのが、2020年7月10日から開始された「法務局における自筆証書遺言書保管制度」です。

  • メリット:
    • 全国の法務局で原本を保管してくれるため、紛失・改ざんの恐れがない。
    • 保管申請時に、形式的な要件(自署、日付、署名押印など)を法務局の職員がチェックしてくれるため、方式不備による無効のリスクが激減する。
    • 死後の家庭裁判所における「検認」手続きが不要となり、相続人の負担が大幅に軽減される。
  • 手数料: 1通あたり3,900円と、比較的安価です。

この制度を利用する場合、遺言書は封筒に入れずに法務局へ持参する必要があります。

(2) 封印と検認

法務局の保管制度を利用しない場合、遺言書を封筒に入れて封印することが一般的です。これは偽造等を防ぐためですが、法律上の要件ではありません。封筒には「遺言書」と明記し、「開封せずに家庭裁判所で検認手続きを受けること」と書き添えておくと、相続人が誤って開封してしまう事態を防げます(過料の対象となります)。

「検認」とは、遺言書の存在と内容を相続人全員に知らせ、その時点での状態を確定させるための家庭裁判所での手続きです。これにより偽造・変造を防ぎますが、遺言の有効・無効を判断するものではありません。

結語:専門家への相談という選択肢

自筆証書遺言は、ご自身の想いを直接文字にできる、温かみのある方式です。しかし、その作成には厳格な法的要件が伴い、一歩間違えれば無効となり、かえって争いの種を生むことにもなりかねません。

本当にご自身の想いを実現し、遺されたご家族が円満に相続手続きを進められるようにするためには、やはり相続実務に精通した専門家にご相談いただくのが最善の道であると、当職は確信しております。


相続に関するお悩みは、一人で抱え込まず、私たち専門家にお聞かせください。

中川総合法務オフィスが運営する「相続おもいやり相談室」では、初回のご相談(30分~50分)を無料で承っております。ご自宅、病院や介護施設への出張相談、オンラインでのご相談にも柔軟に対応いたします。京都、大阪をはじめ、近畿一円の皆様からのご連絡を心よりお待ちしております。

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