はじめに:なぜ今、ISO 22000が重要なのか?
近年、食のグローバル化と消費者の安全意識の高まりを受け、食品に関する安全確保とコンプライアンス遵守は、企業経営における最重要課題の一つとなっています。BSE(牛海綿状脳症)や鳥インフルエンザ、食品偽装、異物混入といった過去の事例は、食の安全がいかに社会的な信頼と直結しているかを浮き彫りにしました。
このような背景の中、食品安全マネジメントシステムの国際規格として広く認知されているのが「ISO 22000」です。ここでは、ISO 22000の基本概念から、その根幹をなすHACCP、2018年の重要な改訂内容、取得によるメリット、そして2025年現在の日本における最新動向までを、深く掘り下げて解説します。
また、中川総合法務オフィスは、「食のコンプライアンス」については、これまでの全国の都道府県庁から依頼で多数行ってきました。その経験も含めて解説していきます。
ISO 22000とは? – 食品安全を世界標準で管理する仕組み
ISO 22000は、正式名称を「食品安全マネジメントシステム-フードチェーンに関わる組織に対する要求事項」とし、食品の安全を確保するための組織的な仕組み(マネジメントシステム)に関する国際規格です。
その最大の目的は、農場から食卓まで、すなわち原材料の生産から加工、流通、保管、販売、そして最終消費者に届くまでのフードチェーン全体を通じて、安全な食品供給を保証することにあります。これは、食品安全を目的とした初の国際的なマネジメントシステム規格であり、世界共通の枠組みを提供します。
ISO 22000の根幹:HACCP原則の統合
ISO 22000の科学的・技術的な基盤となっているのが、HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point:危害要因分析・重要管理点)の考え方です。HACCPは、国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)が合同で設立したコーデックス委員会によって策定された、食品の衛生管理手法です。
HACCPでは、食品製造工程における潜在的な危害要因(生物的、化学的、物理的)を科学的根拠に基づいて特定・分析し、それらを効果的に管理するための重要管理点(CCP)を設定・監視します。
ISO 22000は、このHACCPの7原則12手順を、品質管理で広く知られるISO 9001など他のマネジメントシステム規格と共通の枠組み(ハイレベルストラクチャー:HLS、後述)に統合しています。これにより、単なる工程管理に留まらず、組織全体の目標設定、資源管理、コミュニケーション、継続的改善といったマネジメントシステムとして機能させることが可能になります。
【参考】HACCP導入のための7原則12手順
HACCPの実施には組織全体で適切に実施することが不可欠であることから、企業方針としてHACCP導入を決定の後、HACCPチームを編成して7原則12手順に沿って進めます。手順1~5は原則1~7を進めるにあたっての準備。(日本食品衛生協会参照:https://www.n-shokuei.jp/eisei/haccp_sec05.html)
手順1 | HACCPのチーム編成 | 製品を作るために必要な情報を集められるよう、各部門から担当者を集めます。HACCPに関する専門的な知識を持った人がいない場合は、外部の専門家を招いたり、専門書を参考にしてもよいでしょう。 |
手順2 | 製品説明書の作成 | 製品の安全について特徴を示すものです。 原材料や特性等をまとめておくと、危害要因分析の基礎資料となります。レシピや仕様書等、内容が十分あれば様式は問いません。 |
手順3 | 意図する用途及び対象となる消費者の確認 | 用途は製品の使用方法(加熱の有無等)を、対象は製品を提供する消費者を確認します(製品説明書の中に盛り込んでおくとわかりやすい)。 |
手順4 | 製造工程一覧図の作成 | 受入から製品の出荷もしくは食事提供までの流れを工程ごとに書き出します。 |
手順5 | 製造工程一覧図の現場確認 | 製造工程図ができたら、現場での人の動き、モノの動きを確認して必要に応じて工程図を修正しましょう。 |
手順6 【原則1】 | 危害要因分析の実施 (ハザード) | 工程ごとに原材料由来や工程中に発生しうる危害要因を列挙し、管理手段を挙げていきます。 |
手順7 【原則2】 | 重要管理点(CCP)の決定 | 危害要因を除去・低減すべき特に重要な工程を決定します(加熱殺菌、金属探知等)。 |
手順8 【原則3】 | 管理基準(CL)の設定 | 危害要因分析で特定したCCPを適切に管理するための基準を設定します。 (温度、時間、速度等々) |
手順9 【原則4】 | モニタリング方法の設定 | CCPが正しく管理されているかを適切な頻度で確認し、記録します。 |
手順10 【原則5】 | 改善措置の設定 | モニタリングの結果、CLが逸脱していた時に講ずべき措置を設定します。 |
手順11 【原則6】 | 検証方法の設定 | HACCPプランに従って管理が行われているか、修正が必要かどうか検討します。 |
手順12 【原則7】 | 記録と保存方法の設定 | 記録はHACCPを実施した証拠であると同時に、問題が生じた際には工程ごとに管理状況を遡り、原因追及の助けとなります。 |
適用範囲:フードチェーンに関わる全ての組織
ISO 22000の適用対象は、フードチェーンに直接的または間接的に関与する、あらゆる規模・種類の組織に及びます。具体的には、以下のような組織が含まれます。
- 第一次生産者: 農業、漁業、畜産業者など
- 飼料生産者
- 食品製造・加工業者
- 輸送・保管・流通業者
- 下請け業者 (食品接触資材の供給など)
- 小売業者、食品サービス業者 (外食産業など)
- 関連サービス提供者:
- 食品製造機械・設備のメーカー
- 包装材料メーカー
- 洗浄剤・殺菌剤メーカー
- 添加物・原材料メーカー
- ケータリング業者
- 清掃・害虫駆除サービス業者 など
このように、非常に広範な組織が対象となる点が、ISO 22000の特徴の一つです。
2018年改訂のポイント:より実践的、統合的に
ISO 22000は、社会情勢や他のISO規格との整合性を図るため、2018年6月に大幅な改訂が行われました(ISO 22000:2018)。この改訂による主な変更点は以下の通りです。
- ハイレベルストラクチャー(HLS)の採用: ISO 9001(品質)、ISO 14001(環境)、ISO 45001(労働安全衛生)など、他の主要なマネジメントシステム規格と共通の章立て、用語定義、構成を採用しました。これにより、複数のISO規格を導入・運用している組織は、システムの統合や効率化を図りやすくなりました。
- リスクに基づく考え方の強化: 組織が直面するリスクと機会を特定し、それらに基づいて食品安全マネジメントシステムを計画・実行することが、より明確に要求されるようになりました。これは、単に危害要因(ハザード)を管理するだけでなく、事業継続や目標達成に関わる、より広範なリスクを考慮に入れることを意味します。
- PDCAサイクルの明確化: Plan(計画)- Do(実行)- Check(評価)- Act(改善)のPDCAサイクルを、以下の2つのレベルで適用することが明確化されました。
- 組織全体のマネジメントシステム: 組織運営レベルでの継続的改善
- オペレーション(HACCP等): 製造現場等における具体的な管理策の改善 これにより、戦略レベルと現場レベルの両方で継続的な改善を回していく仕組みが強化されました。
- 前提条件プログラム(PRP)とオペレーションPRP(OPRP)の区別: 食品安全ハザードを管理するための手段として、重要管理点(CCP)に加えて、前提条件プログラム(PRP)と、より具体的なオペレーションPRP(OPRP)の役割と区別が明確になりました。
これらの改訂により、ISO 22000は他のマネジメントシステムとの親和性を高め、より戦略的かつ実践的な規格へと進化しました。
ISO 22000認証取得のメリット
企業がISO 22000認証を取得することには、多岐にわたるメリットがあります。
- 消費者・取引先からの信頼性向上: 国際基準に則った食品安全管理体制を構築・運用していることの客観的な証明となり、ブランドイメージ向上に繋がります。
- 法令遵守(コンプライアンス)の強化: 各国の食品安全規制(日本では2021年から完全施行された食品衛生法に基づくHACCP制度化など)への対応がより確実になります。
- 業務効率の改善とコスト削減: フードチェーン全体でのリスク評価、管理策の明確化、コミュニケーションの円滑化により、食品事故の未然防止、不良品の削減、工程の最適化、ひいてはコスト削減に繋がる可能性があります。
- 国際的な市場アクセスの向上: グローバルなサプライチェーンにおいては、ISO 22000認証が取引条件となる、あるいは有利に働くケースが増加しています。
- 従業員の意識向上と組織能力の強化: 食品安全に対する組織全体のコミットメントが高まり、従業員の衛生意識やリスク管理能力が向上します。
- 他のISOマネジメントシステムとの統合運用: HLSの採用により、ISO 9001やISO 14001などとの統合マネジメントシステム構築が容易になり、運用効率を高めることができます。
2025年現在の日本におけるISO 22000
2025年現在、日本においてもISO 22000及び関連規格(FSSC 22000など)の重要性はますます高まっています。その主な背景としては、以下の点が挙げられます。
- HACCP制度化の完全施行: 2021年6月より、原則として全ての食品等事業者を対象にHACCPに沿った衛生管理が制度化されました。ISO 22000はHACCPの考え方を包含し、さらに組織的なマネジメントシステムとして運用する枠組みであるため、HACCP制度化への対応を超え、より高度で体系的な食品安全管理を目指す企業にとって、有力な選択肢となっています。
- 消費者の安全・安心への関心の高まり: 度重なる食品関連の不祥事や健康志向の高まりを受け、消費者は食品の産地、原材料、製造工程、品質管理体制などに対し、以前にも増して厳しい目を向けています。ISO 22000認証は、こうした消費者の要求に応える有効な手段となります。
- ESG経営とサプライチェーン管理の重視: 近年、企業経営においてESG(環境・社会・ガバナンス)への配慮が不可欠となっています。食の安全・安心の確保は、「S(社会)」の重要な要素であり、サプライヤーを含めたサプライチェーン全体での管理体制構築が求められています。ISO 22000は、この要求に応えるための具体的な枠組みを提供します。
- グローバル化の進展: 食品の輸出入が増加する中で、国際標準であるISO 22000への準拠は、海外の取引先との信頼関係構築や、規制当局への対応において、ますます重要になっています。
こうした状況を受け、大手食品メーカー、流通業者、外食産業のみならず、そのサプライヤーである中小企業や、食品関連のサービスを提供する企業においても、ISO 22000や、GFSI(世界食品安全イニシアチブ)承認スキームの一つであるFSSC 22000などの認証取得を目指す動きが活発化しています。かつて日経新聞(2009年4月11日付)で報じられたような黎明期から、ISO 22000は日本の食品産業に深く浸透し、その重要性を増していると言えるでしょう。
食の安全を多角的に捉える視点の重要性 – 中川総合法務オフィスの視座
食の安全という課題は、単に微生物学的、化学的な危害要因を管理するという技術的な側面だけに留まるものではありません。中川総合法務オフィスの代表は、法律や経営管理といった社会科学分野における深い専門性に加え、哲学、倫理学といった人文科学、さらには生命科学や環境科学などの自然科学分野に至るまで、広範な領域にわたる知見と、物事の本質を見抜く洞察力を有しております。
この多角的な視座から食の安全を捉えると、それは以下の要素が複雑に絡み合う領域であることがわかります。
- 科学的合理性(自然科学): 危害要因の特定、リスク評価、管理手段の有効性など、科学的根拠に基づいた判断。
- 法的・社会的要請(社会科学): 食品衛生法などの法規制遵守、企業の社会的責任(CSR)、サプライチェーン管理、公正な取引。
- 倫理的・価値的判断(人文科学): 生命倫理、消費者の知る権利と選択の自由、食文化の尊重、信頼という無形の価値。
ISO 22000のような国際規格は、これらの複雑な要求に応え、食品安全を体系的に管理するための非常に有効な「ツール」です。しかし、そのツールを真に有効活用するためには、規格の要求事項を表層的に満たすだけでなく、その背景にある科学的、法的、倫理的な意味合いを深く理解し、自社の状況に合わせて主体的に運用していく姿勢が不可欠です。
これは、単なるコンプライアンス(法令遵守)を超え、社会からの信頼を得て持続的に発展するための経営基盤(ガバナンス)を構築することに他なりません。当オフィスの代表が重視する「啓蒙」――すなわち、複雑な事象の中から本質を照らし出し、より良い方向へと導くこと――は、まさにこうした深い理解に基づいた実践を目指すものです。
まとめ:未来へ繋ぐ食の安全 – ISO 22000の戦略的活用
ISO 22000は、食品事業者がグローバル化と社会的要求の高まりに対応し、消費者の信頼を獲得し、持続的な成長を達成するための、強力な経営ツールです。HACCP制度化への対応はもちろんのこと、より高度な食品安全マネジメントシステムを構築し、リスク管理能力を高め、企業価値を向上させるために、ISO 22000の導入・運用は極めて有効な戦略と言えるでしょう。
生鮮品の原産地表示に加え、加工食品の信頼性確保は今後ますます重要となり、ISO 22000認証の取得が取引条件となる場面も増えていくことが予想されます。
中川総合法務オフィスでは、代表の広範な知見と深い洞察に基づき、ISO 22000認証取得支援、HACCP制度化対応、食品表示法務、サプライヤー管理体制の構築、危機管理広報など、食の安全とコンプライアンスに関する包括的かつ専門的なサポートを提供しております。 貴社の状況に合わせた最適なアプローチをご提案いたしますので、どうぞお気軽にご相談ください。