導入:著作権とイノベーションの狭間で生まれた歴史的判決
昭和30年代、日本経済が高度成長期を迎え、有線放送という新たなメディアが登場した時代。札幌で始まった「ミュージックサプライ」事業は、人々の音楽へのアクセスを革新し、瞬く間に繁盛を極めました。しかし、その陰でレコード業界は売上減少に直面し、著作権を巡る前例のない法廷闘争が勃発しました。この「ミュージック・サプライ事件」は、8年にも及ぶ激しい裁判を経て、最終的に最高裁の判断を仰ぐことになります。本記事では、この歴史的判決が著作権法、ひいては社会に与えた影響を、法律・経営学の視点から深く掘り下げ、さらに現代における著作権の課題と未来について、哲学的な考察を交えながら解説します。
ミュージック・サプライ事件の概要と背景:音楽とビジネスの新たな衝突
昭和30年代初頭、札幌で「ミュージックサプライ」と称する有線音楽配信サービスが始まりました。市内の飲食店や喫茶店にレコード音楽を有線で提供するこのビジネスは、当時としては画期的なサービスであり、瞬く間に人気を博しました。しかし、この新たな音楽利用形態は、既存のレコード販売モデルに大きな影響を与え、売り上げ減少に直面したレコード業界9社が、「レコード使用禁止と損害賠償」を求めて提訴するに至ります。これが「ミュージック・サプライ事件」の始まりです。
この事件の核心には、当時の著作権法が予期していなかった技術革新とビジネスモデルの出現がありました。レコード製作者や実演家の権利が不明確な中、有線放送という「無形的複製」の行為が、既存の著作権の枠組みにどう位置づけられるのかが大きな争点となりました。
旧著作権法下の主要な争点:未整備な法と新たな利用形態
ミュージック・サプライ事件において、最高裁が直面したのは、主に以下の三つの法的な問いでした。当時の著作権法(旧著作権法)が、有線放送という新たな利用形態をどのように規定していたのかが不明瞭であったため、これらの問いに対する明確な解釈が求められました。
- 著作権法第22条ノ7に規定する録音物著作権は有形的複製権のみを内容とするか?
- 旧法第22条ノ7は、録音物(レコード等)の「写調」(複製)に関する権利を定めていましたが、これが、物理的な複製(有形的複製)だけでなく、有線放送のような非物理的な利用(無形的複製、すなわち興行権)を含むのかが問われました。これは、音楽コンテンツの利用形態が多様化する中で、録音物製作者の権利範囲をどこまで認めるべきかという、著作権の本質に関わる問題でした。
- レコードの有線放送は著作権法第30条第1項第8号の興行に該当するか?
- 旧法第30条第1項第8号は、特定の条件下における「脚本又ハ楽譜ヲ収益ヲ目的トセズ且出演者ガ報酬ヲ受ケザル興行」を著作権侵害から除外していました。しかし、ミュージックサプライ事件における有線放送は、営利目的で行われ、実質的には興行に準ずるものであり、この条項の適用範囲が争点となりました。有線放送が「興行」に該当するか否かで、著作権者の権利行使の可否が大きく左右されることになりました。
- 録音物著作権と著作物の出所明示義務の範囲は?
- 旧法第30条第2項は、著作物を利用する際の「出所明示義務」を定めていました。録音物著作権者が自身の録音物の利用について出所明示を求める場合、その対象は「当該録音物が写調にかかること」を明示すれば十分なのか、それともその録音物に写調された「原著作物」(作詞・作曲)の出所まで明示する必要があるのかが争われました。これは、二次的著作物(録音物)と原著作物の関係性における、権利者の保護と利用者の利便性のバランスを問うものでした。
これらの争点は、当時の著作権法が直面していた、新たな技術とビジネスモデルへの対応という、まさに黎明期の課題を浮き彫りにしています。最高裁の判断は、その後の著作権法の解釈と改正に大きな影響を与えることとなりました。
最高裁判決の要旨とその画期性:著作権を財産権として確立
昭和38年12月25日に下された最高裁判決は、ミュージック・サプライ事件における上記争点に対し、以下のように判示しました。
- 一、著作権法第22条ノ7の規定する録音物著作権は、機器から機器に機械的に複製する、いわゆる有形的複製権のみを内容とするものではなく、興行権をも含む。
- 二、レコードに録音された音楽等を再生して有線放送することは、著作権法第30条第1項第8号の興行に該当する。
- 三、著作権法第22条ノ7の規定する録音物著作権につき著作権法第30条第2項に従う出所明示義務を履行するにあたっては、当該録音物が右録音物著作権の写調にかかることを明示すれば足り、これに写調された原著作物の出所まで明示する必要はない。
この判決は、特に「録音物著作権が興行権を含む」とした点において画期的でした。これは、録音物を単なる「物理的な複製物」としてではなく、それ自体が享受されるべき「著作物」としての価値を持つことを認め、その利用形態に広がりがあることを示したものです。また、有線放送を「興行」と認定したことにより、著作権者の権利保護の範囲が、当時の法律の文言を超えて拡大される道筋をつけました。
さらに、この判決は、最高裁が「著作権が憲法第29条にいう財産権に当たる」という理解を前提としていることを示した、極めて重要な判例としても評価されています(明治大学の分析より)。憲法レベルで著作権の保護を位置づけることで、その後の著作権法改正や、知的財産権全般の保護強化の流れに大きな影響を与えました。これは単なる法律解釈を超え、著作物を創造する者の努力と経済的価値を、国家の基本法によって保障するという、哲学的な意義をも持つ判断であったと言えるでしょう。
判決理由の詳細と法解釈の深淵:多角的な視点からの考察
最高裁判決の「理由」部分では、上記の判断に至るまでの詳細な法解釈と論理展開が示されています。上告人側の主張、すなわち「録音物著作権は有形的複製権のみであり、興行権は含まれない」という見解に対し、最高裁はこれを「独自の見解として採用できない」と明確に退けました。
判決は、旧法第22条ノ7の「其ノ機器ニ付テノミ著作権ヲ有ス」という文言を、単なる物理的複製に限定するものではなく、その機器を通じて音楽が公衆に享受される権利、すなわち興行権をも包含すると解釈しました。これは、法律の条文を文言通りに解釈するだけでなく、その立法趣旨や社会経済状況の変化をも考慮した、柔軟かつ発展的な法解釈の好例と言えます。
また、旧法第30条第1項第8号の「興行」の解釈においても、単に「収益を目的とせず且つ出演者が報酬を受けざる」場合に限定されず、レコードに録音された音楽を有線で公衆に聴かせる行為が、実質的に「興行」に該当すると判断しました。これは、当時まだ未発達であった有線放送のビジネスモデルに対し、著作権法が適用されるべき領域を明確にしたもので、著作権者の正当な利益保護の必要性を強く認識していたことを示唆しています。
出所明示義務の範囲に関する判断も、著作権法における「二次的著作物」と「原著作物」の関係性を明確にする上で重要です。本件は、レコード製作者(写調権者)の権利侵害が争われたものであり、原著作権者(作詞・作曲家)の権利侵害が直接の争点ではなかったため、出所明示義務は「当該録音物が写調にかかること」を明示すれば足りるとされました。これは、法が保護しようとする権利の対象を明確にし、不必要な負担を利用者に課さないという、実務的な配慮も見て取れます。
この判決は、単に個別具体的な事件を解決するだけでなく、著作権という財産権の性質、その保護範囲、そして変化する社会における法の役割について、深い示唆を与えています。まさに、法律が社会の動態にどう適応し、あるべき姿を模索していくかを示す、哲学的な問いかけでもあったと言えるでしょう。
現代著作権法への影響と進化:デジタル時代の課題と展望
ミュージック・サプライ事件判決は、その後の著作権法改正に大きな影響を与え、現在の著作権法(昭和45年法律第48号)の礎となりました。現行法では、作詞・作曲家(著作権者)には「放送権・有線放送権」が、またレコード製作者・実演家(著作隣接権者)には「商業用レコードの二次使用に係る報酬請求権」が明確に定められています。これは、ミュージック・サプライ事件で問題となった「有線放送」のような利用形態に対して、著作権者と著作隣接権者の双方が適切に権利を行使できるよう、法が整備された結果です。
特に、現行著作権法では、デジタル化・ネットワーク化の進展に対応するため、様々な権利制限規定が設けられています。例えば、著作権法第30条の4に規定される「柔軟な権利制限規定」は、AIによる機械学習のような、著作物の享受を目的としない利用について、著作権者の利益を不当に害さない範囲で利用を認めるものです。これは、旧法下では想定し得なかった新たな技術の出現に対し、法がどのように対応していくかを示す好例と言えるでしょう(文化庁の資料を参照)。
ミュージック・サプライ事件が問うた「有線放送」は、今やインターネットを通じたストリーミング配信へと形を変え、音楽の利用形態はさらに多様化しています。著作権法の進化は、常に新たな技術とビジネスモデルの出現との間で、権利者の保護と文化の発展という二律背反的な課題と向き合ってきました。人工知能(AI)の台頭は、新たな著作物の創造、利用、そして権利保護のあり方について、さらなる議論を巻き起こしています。生成AIによるコンテンツ生成が普及する中で、原著作権との関係、AI生成物の著作物性、そしてその利用における倫理的・法的な課題は、人類が直面する新たなフロンティアと言えるでしょう。
著作権と創造的活動の未来:社会と科学の視点から
ミュージック・サプライ事件が示した教訓は、著作権が単なる法的な権利に留まらず、文化、経済、技術、そして社会全体の進歩と密接に intertwined(絡み合っている)関係にあるという事実です。著作権法は、創造的な活動を促進し、その成果が社会全体に還元されるための基盤を提供する一方で、過度な権利保護がイノベーションや文化の享受を阻害する可能性も秘めています。
このバランスをいかに見出すかという問いは、社会科学、特に法学と経済学の重要なテーマです。同時に、著作物という「情報」が、物理的な制約を超えて伝播し、新たな価値を生み出す現象は、情報科学や複雑系の科学の観点からも考察され得るでしょう。さらに、著作物の創造と享受の根源にある人間の「表現欲求」や「美意識」は、哲学や心理学の領域にも深く関わってきます。
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中川総合法務オフィスが提供する専門的知見
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【判決文原文】………………………………………………………………………………………
●参照法条 旧法…著作権法22条ノ7,著作権法30条1項8号,著作権法30条2項
■主 文
原判決中、上告人敗訴の部分を左のとおり変更する。
上告人は、被上告人らとの間において、第一審判決添付別紙目録記載の各レコードを有線放送に使用する場合、その使用の都度、当該レコードがそれぞれ被上告人らの写調にかかる旨を明瞭に有線放送しなければならない。
被上告人らのその余の請求を棄却する。附帯上告に関する分を除き訴訟の総費用は、これを四分し、その三を被上告人らの負担とし、その一を上告人の負担とする。附帯上告人らの附帯上告を棄却する。附帯上告費用は、附帯上告人らの負担とする。
■理 由
上告代理人小林尋次の上告理由一ないし八、同庭山四郎の上告理由第三点の三ないし七および上告人Aの上告理由第一点について。
論旨は、レコード写調者(録音者)の有する著作権に関する薯作権法の規定としては、同法二二条ノ七が存するのみであり、同条の認める録音物著作権は、機器から機器に機械的に複製(いわゆる有形的複製)する権利のみを内容とし、その機器により興行する権利を包含せず、同条規が「其ノ機器ニ付テノミ著作権ヲ有ス」というのはその意に解すべきであつて、そのことは、原著作物の著作権に関する 同法二二条ノ六の規定文言と対照すれば明らかであるという。
又、論旨は、従つて同法三〇条一項八号も、原著作物の著作権者の権利(同法二二条ノ六)の制限を規定するに過ぎず、録音物著作権者の権利(同法二二条ノ七)の制限を規定するものでないから、同条項八号があることを以て原判決の如き結論を導くことは誤りであり、著作権の内容は複製権であり複製権さえあれば興行権も含まれるとする原判決の解釈は、著作権法一条の一項と二項の対照からも誤りであることが判る(小林尋次代理人の所論八は、被上告人らの当事者適格の欠缺をいうが、その実質は、同所論一ないし七と同趣旨のこと、すなわち被上告人らにレコードによる興行権のないことをいうに帰すると解せられる。)と主張する。
しかし、レコードに録音された音楽等を再生してこれを本件の如く有線放送することはレコード著作権のなかに含まれるとし、同著作権は興行権をも含むとした原審判断は、正当であり、この点に異を唱える論旨は、独自の見解として採用できない。
レコード写調者の有する著作権すなわち、レコード自体につき有する著作権については、著作権法三〇条一項八号の適用の余地はないとする所論は、レコード写調者の著作権には興行権を含まないとする見解を前提とするものであるが、この前提論が独自の見解として是認されないこと前示の如くである以上、所論は採用の限りでない。又、原判決が、本件有線放送が同法のいう「放送」には該当しないが「興行」には該当するとして、同法三〇条一項八号、同条二項の適用ありとしたことは、正当である。
従つて、右の論旨は、すべて採用できない。
上告代理人庭山四郎の上告理由第一点について。
論旨は、原判決添付の本件レコード目録の不備を以て、原判決の主文の不特定ないし原判決の理由不備をいうが、記録上明らかなとおり、この点の瑕疵は、既に原審の更正決定によつて是正されているから、所論は採用できない。
同第二点について。
所論は、原判決は訴訟当事者でないものに判決を言い渡した違法があるという。しかし、記録を検するに、本件は当初より上告人A個人を当事者とする訴訟であり、原判決もまた同個人に対するものであつて、所論違法は全く存しない。同人の個人営業が廃止され、従来の事業が所論会社の常業に移されたことを以て上告人が正当な当事者たる適格を失つたとする所論は、本訴請求ならびに原判決の認定判断を正解しないことによる見解であつて、採るに足らない。 所論中、原判決が本件著作権侵害行為を上告人個人の行為と認定判断したことの誤りをいう点は、原審の専権たる事実認定に異を唱えるか、ないしは独自の見解に基づき原判決を非難するに過ぎないものであつて、採用できない。
上告人Aの上告理由第三点について。
所論は、原審の専権たる証拠の取捨判断を非難するに尽きるものであつて、採用の限りでない。
上告代理人庭山四郎の上告理由第三点の一、二および上告人Aの上告理由第二点について。
所論は、原判決が出所明示義務の内容として、本件レコードを有線放送に使用の都度、その楽曲の作曲者、編曲者、作詞者、演奏者、歌唱者の氏名までも明示すべきであるとした点の違法を指摘する。 本件有線放送がレコード著作権者の興行権に含まれるとする原審判断が正当であることは、前示のとおりであるから、上告人とレコード著作権者たる被上告人らとの間に著件権法三〇条一項八号及び同条二項の適用があり、従つて、上告人は本件レコードを有線放送に使用の都度、当該レコードの出所明示義務を被上告人らに対して負うものとする原審判断は、正当といわねばならない。
しかして、訴訟において、その命ずべき右出所明示義務の範囲を決定するにあたつては、その請求における侵害の対象たるべき著作権が何かということを明確にしなければならない。すなわち、当該対象たるべき著作権が原著作物の著作権であるか第二次的著作物たる録音物の著作権(写調権)であるかによつて、出所明示義務の範囲もまた異るものといわねばならない。
本件は、原著作権者の著作権に基づく請求ではなく、ただ、第二次的著作権者たる被上告人らの請求なのであるから、本件における出所明示義務の範囲は、有線放送に使用される当該レコードがそれぞれ被上告人らの写調にかかる録音著作物であることを明示すれば足り、これに写調された原著作物の出所まで明示する必要はないといわねばならない。
よつて、原著作権者のレコードによる興行権を取得したことを主張して、その権利の侵害をも請求原因とする旨の特段の主張なく、従つてその認定判断のない本件としては、右論旨指摘の点で、原判決は法律の解釈適用を誤つたものというべく、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点で原判決は上告人敗訴部分中、右違法を是正すべき部分につき破棄を免れない。しかして、本件は、原審の確定したところに従つて直ちに判決をなしうべく、当裁判所は、上述の理由により、主文第二項掲記の方法による出所明示義務の履行をもつて十分と考えるから、その余の被上告らの請求は棄却すべきものと判断する。
しかし、上告人の上告は右以外につき理由がない。
附帯上告代理人城戸芳彦名義、同松井正道の附帯上告理由第二点について。
所論は、著作権法三〇条一項八号にいう「興行」に本件有線放送を含むとした原判決の解釈の違法をいう。
しかし、原審の右解釈適用は、正当として首肯できるところであり、所論は独自の見解であつて採用できない。
同第三点について。
原判決は、所論の場合著作権者は単に出所明示請求権を有するにすぎないと解する旨判示してはいないのであるから、原判決が右解釈をとつたことを前提とする所論は当らない。 原判決が、その認定の事実関係のもとで、附帯被上告人の有線放送が使用レコードの出所不明示のまま今後反復される可能性のあることを判定し、これによる附帯上告人らの著作権に対する侵害行為を防止するにつき必要にして十分な給付義務として、今後本件レコードを有線放送に使用の場合、その使用の都度出所明示の放送を行うべきことを以て足りるとした判断は、正当として首肯できる。所論は、独自の見解であつて採用できない。
同第四点について。
所論は、原判決が附帯被上告人に出所の明示をする意思が全くないとも認められないと判示した点と著作権侵害が同人によつて今後反覆される虞ありと判示した点との間に理由説示が前後矛盾することをいう。 しかし、原判決は、所論の如く、出所明示をなす意思の存在することを肯認しているのでもなく、又その存在が未だ不明であるとも判示していないのであつて、右判示はいずれも未然の可能性ある事実を認定判示したものであつて、前後に毫も矛盾はない。従つて、右を以て原判決に理由そごありとする所論は採用できない。
附帯上告代理人勝本正晃の附帯上告理由について。
論旨中、権利濫用をいい、よつて憲法一二条違背をいう所論は、附帯被上告人の有線放送がレコードによる興行として極めて異状な方法を用い、かつその結果第三者に不当な被害を与える行為であり、単にレコード製作販売会社の営業上の利益を害することのみを目的とする行為であるとして、それが権利濫用を来たすことをいうが、右は原審において主張なく従つて認定判断のない事項に基づくか独自の所見に基づく主張であつて採用できず、右権利濫用を前提とする違憲の論旨は、その前提を欠くものとしてとり上げる余地がない。 所論中、附帯被上告人の本件有線放送が不正競争防止法に反する行為であるとの点、及び、それが物価統制令一二条に違反する虞ないし疑いありとする点は、原審において全く主張判断のない事項にかかり、附帯上告理由として採用できない。
なお、附帯上告代理人城戸芳彦名義、同松井正道の附帯上告理由第一点の理由がないことは前記大法廷判決の判断したところであり、本件附帯上告は棄却すべきである。よつて、訴訟費用の負担については、民訴法九六条、九二条、九三条、八九条を適用のうえ、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
最高裁判所第二小法廷
裁判長裁判官 奥 野 健 一
裁判官 山 田 作 之 助
裁判官 草 鹿 浅 之 介
裁判官 石 田 和 外