はじめに

建設現場では、元方事業者(元請)の指揮のもと、複数の関係請負人(下請)が混在して作業を行う。この混在環境こそが、建設業の労働災害を誘発する構造的な要因の一つである。

労働省(現・厚生労働省)は1995年(平成7年)4月、「元方事業者による建設現場安全管理指針」(基発第267号の2)を策定・通達した。本指針は、現場の安全管理の実態に即した好事例を集約したものであり、法的義務の列挙ではなく、元請企業が自主的に取り組むべき安全管理の具体的手法を示している点に特徴がある。

本稿では、同指針の内容を整理し、建設業に携わる企業が押さえておくべきポイントを解説する。


指針の位置づけ――法令と自主管理の橋渡し

本指針は、労働安全衛生法に基づく義務を前提としつつ、その上乗せとして「望ましい安全管理の手法」を示すものである。

特に注目すべきは、「中小建設業者において中長期的な取組みが必要とされる事項が含まれている」という通達文言だ。すなわち、大手ゼネコンだけでなく、地場の中小建設業者にとっても段階的な実践が想定されており、コンプライアンス体制の整備水準を問わず参照できる実務的な指針となっている。


建設現場における安全管理――元方事業者が取り組むべき14項目

1. 安全衛生管理計画の作成

元方事業者は、現場の基本方針・安全目標・重点事項を明記した安全衛生管理計画を作成する。共同企業体(JV)の場合は、全構成事業者による委員会等で審査・連携のうえ策定する。

2. 過度の重層請負の改善

重層的な下請構造は、安全衛生指導の浸透を妨げ、事故防止のための経費確保を困難にする。指針は、①単純労務提供のみを行う業者への一部請負禁止、②仕事の全部を一括して請け負わせることの禁止、という2点を明示する。この要請は関係請負人に対しても同様に及ぶ。

3. 請負契約における安全対策の実施者・費用負担の明確化

見積条件への安全事項の明示、請負代金内訳書への安全対策費の明記が求められる。具体的には、防網の設置費、誘導員の配置費用、安全大会への参加費用などが例示されている。安全コストを「暗黙の負担」にしないための仕組みといえる。

4. 関係請負人・労働者の把握

元方事業者は以下の情報を適時に把握・管理する。

  • 関係請負人の名称・請負内容・安全衛生責任者名
  • 毎作業日の就業労働者数
  • 免許・資格・特別教育・職長教育の受講状況
  • 安全衛生責任者の現場駐在状況
  • 持込機械設備の内容と点検実施状況

5. 作業手順書の作成指導

関係請負人に対し、労働災害防止に配慮した作業手順書を作成するよう指導する。手順書のない現場では、労働者ごとの判断のばらつきが事故を招く。

6. 協議組織(安全協議会)の設置・運営

協議組織は毎月1回以上開催する。構成員には統括安全衛生責任者、現場職員、店社安全衛生管理者のほか、関係請負人の経営幹部・職長も含める。協議事項は工程計画・機械配置・有機溶剤の管理・避難訓練の方法など17項目にわたり、議事は記録・配布・朝礼での周知まで行う。

7. 作業間の連絡・調整

混在作業の開始前および安全施工サイクル活動時に、関係請負人の安全衛生責任者全員と、作業計画・機械配置・巡視結果・具体的な災害防止対策について十分な調整を行う。

8. 作業場所の毎日巡視

統括安全衛生責任者および元方安全衛生管理者(またはこれに準ずる者)に、毎作業日1回以上の現場巡視を実施させる。

9. 新規入場者教育の支援

元方事業者は、新規入場者教育に必要な場所・資料を関係請負人に提供し、実施状況の報告を受けて把握する。

10. 新規参加業者への事前周知

新たに作業を開始する関係請負人に対し、それ以前の協議組織会議の内容および作業間調整の結果のうち関係する事項を、作業開始前に周知する。

11. 作業開始前の安全衛生打合せの徹底指導

関係請負人に対し、毎日・作業開始前に労働者を集め、安全衛生打合せを実施するよう指導する。

12. 安全施工サイクル活動の実施

施工管理と安全管理を一体化した活動サイクルを展開する。朝礼・作業前点検・危険予知活動・作業後の片付けと確認などが典型的な構成要素となる。

13. 職長会(リーダー会)の設置指導

職長の安全衛生意識の向上、職長間の連携強化、現場労働者からの安全情報の吸い上げを目的として、関係請負人に職長会の設置を促す。

14. 関係請負人に求められる対応

指針は元方事業者の責務を中心に構成されているが、関係請負人が果たすべき役割も明確に列挙している。主なものは以下のとおりである。

  • 過度の重層請負を自社においても排除すること
  • 安全衛生責任者を常駐させ、その職務の実施状況を管理すること
  • 新規入場者教育を混在作業場所の実態に即して実施し、結果を報告すること
  • 毎日の作業前安全衛生打合せを実施すること
  • 職長会を自社内に設置すること

店社(支店・本社)における安全管理――現場を超えた組織的関与

本指針が特徴的なのは、現場レベルだけでなく、支店・本社といった店社レベルでの安全管理体制整備を求めている点である。

具体的には以下の取組みが求められる。

安全衛生管理計画の策定 店社として年間の基本方針・目標・重点事項を定める。

重層請負抑制のための社内基準設定 重層の程度についての上限基準を社内ルールとして設ける。

統括安全衛生責任者・元方安全衛生管理者の適切な選任 対象となる工事(ずい道・圧気工法・特定橋梁・鉄骨造建築物等)では、原則として事業場専属の者を選任し、統括安全衛生管理に関する教育を受けた者から選ぶ。

施工計画の事前審査体制の確立 安全衛生面からの事前評価(セーフティー・アセスメント)の仕組みを整備する。

安全衛生パトロールの実施 混在作業で重要な工程に着手する時期などに、店社安全衛生管理者等が現場を巡視する。

労働災害発生時の原因調査・再発防止体制 店社が関係請負人と連携して災害調査を行い、必要に応じて労働安全コンサルタント等の専門家を活用する。

関係請負人の安全管理状況の評価制度 竣工時等に統括安全衛生責任者等が評価を実施し、工事発注時には店社の安全管理部門が関係請負人の店社レベルの安全管理状況を評価する。評価項目は現場の行動実績(協議組織参加状況、保護具着用状況など15項目)と店社の管理水準(安全衛生推進者の選任、健康診断の実施状況など12項目)に分かれており、関係請負人の選定・育成に活用することが想定されている。


現在の実務への示唆

本指針は1995年制定であるが、その内容は現在の建設業安全衛生管理の実務に直結する。労働安全衛生法の特定元方事業者としての義務(第30条等)とあわせて参照することで、現場の安全管理体制の網羅的な点検ツールとして機能する。

また、2024年以降の建設業法改正(労務費の適切な転嫁・下請保護の強化)の文脈でも、本指針が求める「安全対策費の請負代金内訳への明示」という要請は再び注目されている。安全コストの適正な価格への反映は、取適法(中小受託取引適正化法)が求める適正な取引条件の確保とも通底する問題である。

◆労働安全衛生法30条
(特定元方事業者等の講ずべき措置)

 特定元方事業者は、その労働者である作業従事者(当該労働者である作業従事者のほか、労働者以外の当該特定元方事業者に係る作業従事者がある場合には、当該者を含む。)及び関係請負人に係る作業従事者の作業が同一の場所において行われることによつて生ずる労働災害を防止するため、次の事項に関する必要な措置を講じなければならない。
一 協議組織の設置及び運営を行うこと。
二 作業間の連絡及び調整を行うこと。
三 作業場所を巡視すること。
四 関係請負人が行う労働者の安全又は衛生のための教育に対する指導及び援助を行うこと。
五 仕事を行う場所が仕事ごとに異なることを常態とする業種で、厚生労働省令で定めるものに属する事業を行う特定元方事業者にあつては、仕事の工程に関する計画及び作業場所における機械、設備等の配置に関する計画を作成するとともに、当該機械、設備等を使用する作業に関し関係請負人がこの法律又はこれに基づく命令の規定に基づき講ずべき措置についての指導を行うこと。
六 前各号に掲げるもののほか、当該労働災害を防止するため必要な事項
2 特定事業の仕事の発注者(注文者のうち、その仕事を他の者から請け負わないで注文している者をいう。以下同じ。)で、特定元方事業者以外のものは、一の場所において行われる特定事業の仕事を二以上の請負人に請け負わせている場合において、当該場所において当該仕事に係る二以上の請負人に係る作業従事者(労働者及び労働者と同一の場所において仕事の作業に従事する労働者以外の作業従事者に限る。)が作業を行うときは、厚生労働省令で定めるところにより、請負人で当該仕事を自ら行う事業者であるもののうちから、前項に規定する措置を講ずべき者として一人を指名しなければならない。一の場所において行われる特定事業の仕事の全部を請け負つた者で、特定元方事業者以外のもののうち、当該仕事を二以上の請負人に請け負わせている者についても、同様とする。
3 前項の規定による指名がされないときは、同項の指名は、労働基準監督署長がする。
4 第二項又は前項の規定による指名がされたときは、当該指名された事業者は、当該場所において当該仕事の作業に従事する全ての作業従事者に関し、第一項に規定する措置を講じなければならない。この場合においては、当該指名された事業者及び当該指名された事業者以外の事業者については、同項の規定は、適用しない。


まとめ

元方事業者による建設現場安全管理指針は、建設現場の安全統括に関する実務的なガイドラインである。その要点を整理すると以下のとおりだ。

  • 元方事業者は現場・店社の両レベルで組織的な安全管理体制を整備する
  • 過度の重層請負の抑制と安全対策費の可視化が構造的課題への対応策となる
  • 関係請負人の把握・指導・評価を継続的に行う仕組みが求められる
  • 現場の日常活動(巡視・打合せ・協議組織)と店社の管理機能が一体であることが重要である

安全管理は法令遵守の問題であると同時に、企業としての信頼と持続可能性に直結する経営課題でもある。

※「元請負人」との違い
 元請負人は、発注者と直接契約した事業者で、主に契約上の義務(工程・品質管理など)を負う。それに対して、上述のように元方事業者は現場での安全衛生の責任を負う事業者で安衛法上の定義である。もっとも、ふつうは元請負人は元方事業者でもあることが多いが、重層下請構造の中で現場の安全を統括する中心的な役割を担う。


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中川総合法務オフィスでは、建設業に特化したコンプライアンス研修を全国で実施している(研修実績850回超)。元方事業者の安全統括責任、取適法(中小受託取引適正化法)への対応、労務費・安全対策費の適正確保といったテーマを中心に、現場の実態に即した内容でプログラムを構成する。

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