はじめに――建設業界で静かに加速するM&Aの波

建設業界にM&Aの波が押し寄せている。

国土交通省のデータによれば、建設業就業者数は1997年の685万人をピークに減少を続け、2024年には約477万人まで縮小した。約27年で210万人、率にして30%超が業界から消えた計算である。一方、建設投資額は2024年度に73兆円を突破し、2025年度は75兆4,500億円規模に達する見通しで、仕事量は底堅い。「仕事はある。しかし担い手がいない」という構造矛盾が、業界全体に重くのしかかっている。

この矛盾を背景に、M&Aの件数は増加の一途をたどっている。2024年に業界全体で年間約34件のM&Aが実施されたとされ、2025年の件数は過去最多水準で推移している。後継者不在を理由とする事業承継型M&Aだけでなく、人材ごと企業を取り込む「人材獲得型M&A」や、特定の技術・資格を目的とした「技術補完型M&A」も増えており、再編の動機は多様化している。

しかし、M&Aを急ぐあまり見落とされがちな論点がある。それが「建設業法に特有の法的リスク」である。建設業法は規制範囲が広く、かつ違反が発覚しにくい構造を持っている。この点を軽視したまま買収・譲渡を進めると、取引成立後に深刻な法的ペナルティを抱え込むことになる。本稿では、建設業M&Aにおける法務デューデリジェンスの要点を、売り手・買い手それぞれの視点から整理する。


建設業のM&Aが急増する背景

後継者不在と「もったいない廃業」の連鎖

帝国データバンクの2025年版調査によれば、建設業の後継者不在率は57.3%に達し、全業種平均の50.1%を上回ってワースト水準が続いている。2025年の建設業休廃業・解散は1万283件と調査開始以来初めて1万件を突破した。倒産(2,021件)の5倍もの企業が、倒産ではなく静かに市場から退場しているのである。

代表者の年齢に目を向けると、休廃業企業のうち60代以上が90.6%を占め、80代以上が初めて30%を超えた。後継者不在のまま高齢化した経営者が一線を退く動きが本格化しており、「廃業しなければならない理由はない。ただ後を継ぐ人間がいない」という企業が大量に存在する。この「もったいない廃業」を回避する手段として、M&Aへの関心が急速に高まっている。

「2024年問題」がM&Aを後押しする

2024年4月から建設業にも時間外労働の上限規制が本格適用された。原則として月45時間・年360時間、特別条項を締結した場合でも年720時間以内という制約であり、従来の長時間労働に依存してきた現場運営の抜本的な見直しが求められている。

ある調査では、建設業経営者の72.7%が人手不足を実感しており、6割以上が「自社単独での人手不足解決は困難」と回答している。競争環境についても約6割が「今後3〜5年でさらに厳しくなる」と予測し、その理由の8割以上が「人手不足の深刻化」である。こうした状況が、単独経営から脱却しスケールメリットを確保するためのM&Aを選択肢の中心に押し上げている。

大手から中小まで、再編は全層で起きている

2025年5月、インフロニアホールディングスが三井住友建設との経営統合を公表した(買付代金総額約940億円)。両社の2024年度売上を単純合算すると約1.3兆円規模に達する大型案件であり、大手ゼネコンも単独経営の限界を意識し始めていることを示す象徴的な事例である。一方、地域密着型の中小専門工事業者を地元ゼネコンやファンドが取り込む小規模M&Aも増加しており、再編は業界の全層で同時並行的に進んでいる。


建設業M&Aに特有の法的リスク――建設業法という「見えない地雷」

一般のM&Aでは気づかない落とし穴

通常のM&Aでも法務デューデリジェンスは行われる。労働法令の遵守状況、契約上の不利な条項、係争中の訴訟リスクなどを買収前に調査するのは標準的な実務である。しかし、建設会社を対象とするM&Aには、これに加えて一般的な業種では生じない特有のリスクが存在する。

それが「建設業法違反に基づく監督処分リスクの承継」である。

建設業法上の監督処分には「指示処分」「営業停止処分」「許可取消処分」の3種類がある。これらは許可行政庁に設置された建設業者監督処分簿に記録され公表される。そして、事業譲渡や株式取得によって建設業許可を承継した場合、譲受人は「譲渡人と同じ地位に立つ」とされ、過去の監督処分の効力もそのまま引き継ぐことになる(建設業法第17条の2関係)。

つまり、買収した会社が過去に不正を行っていた場合、その責任を丸ごと抱え込む可能性があるのである。

違反の多くは「悪意」ではなく「法の不知」から生まれる

実際の調査では、買収対象企業に建設業法違反が発覚する割合は決して低くない。しかしその多くは、意図的な不正ではなく、建設業法の規制範囲の広さと複雑さから生じる「知識不足」に起因している。あとは「怠慢」だ。

建設業法が規制する事項は多岐にわたる。許可要件(経営業務管理責任者・専任技術者の配置)、一括下請負の禁止、建設工事の請負契約書面への必要記載事項、下請代金の支払期日・方法、主任技術者・監理技術者の専任義務、施工体制台帳の整備……。これらをすべて正確に把握し、日々の業務に反映できている建設会社は、残念ながら多数派とは言えない。

経営層でさえ「そのような規制があるとは知らなかった」という事案が珍しくない。しかし、「知らなかった」は法的免罪符にならない。違反が発覚すれば監督処分の対象となり、それを承継した買い手企業も無傷ではいられない。


許可承継の落とし穴――手続きを誤ると事業が止まる

建設業許可は「会社とセット」ではない

M&Aスキームの選択によって、建設業許可の取り扱いは大きく異なる。

株式譲渡の場合、法人格はそのまま存続するため、原則として建設業許可も引き継がれる。一方、事業譲渡(営業譲渡)や会社分割の場合、法人格が変わるため、建設業許可を自動的に引き継ぐことはできない。令和2年(2020年)の建設業法改正により事業譲渡・合併・分割に係る許可承継制度が創設されたが、認可を受けるには一定の要件を満たし、国土交通省または都道府県に対する認可申請が必要である。

国土交通省のデータによれば、この承継認可件数は年間1,000件を超えており、制度の活用は広がっている。しかし手続きが煩雑であることに変わりはなく、認可が下りるまでの標準処理期間も考慮したスケジュール管理が不可欠である。

経営業務管理責任者・専任技術者の引き継ぎ問題

許可承継においてもう一つの難関が、人的要件の承継である。建設業許可を維持するには、営業所ごとに「経営業務管理責任者(経管)」と「専任技術者」を置かなければならない。これらの要件を満たす人物が、M&A後の企業に引き続き在籍することが前提条件となる。

しかし実際には、M&Aをきっかけに前オーナー(経管要件を満たしていた人物)が退任したり、専任技術者が離職したりするケースが少なくない。その場合、許可要件を満たせなくなり、最悪の場合は許可取消という事態にもなりかねない。事業継続の生命線である許可が失われれば、工事受注ができなくなり、買収によって取得したはずの事業価値が実質的に消滅する。

こうした人的要件の引き継ぎ可能性は、デューデリジェンスの段階で必ず確認しなければならない核心的論点である。

経営事項審査(経審)の承継

公共工事の入札参加に必要な経営事項審査(経審)についても注意が必要である。経審の結果(総合評定値=P点)は許可と同様に承継されるが、承継後の審査申請のタイミングや結果によっては、入札参加資格に空白期間が生じる可能性がある。公共工事を主な収益源とする会社を買収する場合、この点は事業価値評価に直結する重要事項として事前に精査しなければならない。


「売り手」が知っておくべきこと――自社をクリーンにしてから動く

M&A仲介会社に駆け込む前にすべきこと

後継者不足や体力の限界を感じ、「自社を誰かに引き継いでほしい」と考える経営者が増えている。しかし、いきなりM&A仲介会社に相談し、相手先が見つかってから法的問題が発覚するという失敗パターンが後を絶たない。

建設業法違反が発覚した段階でM&A自体が破談になった事例は実際に報告されている。信頼性の高い企業として評価されるためには、M&Aに向けた活動を始める前に、建設業法に精通した専門家に依頼して「自社の法務デューデリジェンス(セルフDD)」を実施することが不可欠である。

セルフDDで確認すべき主なポイント

セルフDDでは、少なくとも以下の事項を確認・整理しておきたい。

許可要件の充足状況については、経管・専任技術者の配置が現在も適法であるか、継続的に要件を満たしてきた記録があるかを確認する。請負契約書面については、建設業法第19条が要求する必要記載事項がすべて盛り込まれているか、書面(電磁的記録を含む)で締結されているかを点検する。下請関係については、一括下請負の禁止違反がないか、下請代金の支払期日・方法が法定要件を満たしているか、見積条件の提示が適切に行われているかを確認する。施工管理については、主任技術者・監理技術者の配置・専任が適法であるか、施工体制台帳・再下請負通知書の整備が適切かを検証する。

違反が発見された場合は、すべて是正してからM&Aの活動を開始する。この「クリーン化」プロセスが、買い手企業の信頼を得てスムーズな取引成立に直結する。

売却価格にも影響するコンプライアンス水準

コンプライアンス水準は、買収価格の算定にも影響する。法務リスクが高い企業は価格交渉で大きく値引きを求められるか、あるいはリスクが表明保証違反として事後的に損害賠償請求の対象になる。M&Aにおける表明保証条項は、「自社は建設業法その他の法令を遵守している」という保証を含むのが通常であり、事後的に違反が発覚した場合、売り手は損害賠償責任を負う可能性がある。自社のコンプライアンス態勢を整えることは、売却価格を守るためにも重要なのである。


「買い手」が知っておくべきこと――引き継ぐリスクを精密に把握する

売上5億円以上の建設会社はすでに「買収ターゲット」

買収する側の立場にある企業も、自社がいつ買収対象になるかわからない。売上規模が5億円以上の建設会社であれば、経営状態が良好であってもM&Aの対象となり得る時代である。逆に言えば、経営が安定しているからこそ、他社を買収して規模を拡大したり、特定の技術・地域基盤を取り込んだりする選択肢が現実味を帯びてくる。

買収によるメリットは明確である。後継者難に直面した優良企業を取り込むことで、許可・技術者・施工ネットワーク・既存顧客を一括して獲得できる。人材の一から採用・育成コストを大幅に節減しながら即戦力を確保できる点は、人手不足が深刻な現在の建設業界において特に大きな価値を持つ。

瑕疵担保責任(契約不適合責任)リスクを見逃すな

買い手側が特に注意しなければならないのが、買収先企業が過去に施工した建物や構造物に関する「契約不適合責任(旧・瑕疵担保責任)リスク」の承継である。

建設工事の瑕疵に関する責任期間は、民法上の原則として引渡しから10年(構造躯体については品確法上20年)とされている。買収した会社が過去10年〜20年に施工した案件に重大な欠陥があった場合、買い手はその責任を負う立場に置かれることになる。特に、大規模な改修・建替えが必要となるような構造上の欠陥が発覚した場合、損害賠償額は事業価値を超えることすらあり得る。

買収に際しては、過去の施工案件の品質管理記録、施主からのクレーム履歴、保険加入状況(建設工事賠償責任保険・完成工事保険等)を精査することが必須である。

デューデリジェンスの実施体制

建設業に特化した法務DDを実施するには、建設業法令に精通した専門家の関与が不可欠である。一般的な法務DDを担う弁護士事務所であっても、建設業法の細則や国土交通省の監督処分基準・下請指導ガイドラインを深く理解しているとは限らない。建設業許可を扱う行政書士、あるいは建設業専門の弁護士を交えたチーム体制でDDに臨むことが望ましい。

また、国土交通省の「建設業者・宅建業者等企業情報検索システム(ネガティブ情報等検索システム)」を活用し、対象企業の過去の監督処分履歴を必ず確認しておきたい。このシステムには、指示処分・営業停止処分・許可取消処分の情報が公表されており、DDにおける基礎情報として活用できる。


M&Aと並行して整えるべきコンプライアンス態勢

M&Aは「ゴール」ではなく「スタート」

M&Aが成立した後、真の課題が始まる。異なる組織文化・業務慣行・コンプライアンス意識を持つ2つの会社を統合し、法令遵守の水準を統一することは容易ではない。特に建設業法のような広範な規制法令については、買収先の従業員が「当たり前」として行ってきた慣行の中に、違法な行為が混入している可能性がある。

M&A後のPMI(Post-Merger Integration統合後プロセス)において、コンプライアンス研修を早期に実施することは、潜在的な法務リスクの顕在化を防ぐうえで極めて重要である。特に、建設業法に基づく適正な下請取引(委託事業者・中小受託事業者間の取引適正化)、適正な工期設定、技術者の適法配置、書面締結義務などは、現場レベルまで浸透させなければならない。

内部通報制度の整備も急務

M&Aを経て組織規模が拡大するほど、経営層による直接管理が困難になる。不正や法令違反の芽を早期に摘み取るための仕組みとして、内部通報制度の整備が求められる。令和2年(2020年)に改正された公益通報者保護法の下、従業員300人超の事業者には内部通報体制の整備が義務付けられており、M&Aによって規模が拡大した場合はこの閾値を超える可能性がある。

外部窓口の設置は、通報者の匿名性・独立性を担保し、内部通報制度の実効性を高めるうえで有効な手段である。経営者に直接つながる内部窓口だけでは、通報者が「報復を恐れて通報をためらう」という事態を防ぎきれない。外部専門家による窓口運営を組み合わせることが、コンプライアンス態勢の強化に直結する。


まとめ――建設業M&Aを成功に導く三つの原則

建設業のM&Aにおいて、法務デューデリジェンスとコンプライアンス態勢の整備は不可分である。最後に、本稿の要点を三つの原則として整理する。

第一に、売り手は「自社のクリーン化」を先行させることである。M&A仲介会社に相談する前に、建設業法に精通した専門家によるセルフDDを実施し、違反があればすべて是正する。コンプライアンス水準の高い企業は、高値での売却と円滑な取引成立を同時に実現できる。

第二に、買い手は「引き継ぐリスクの全体像」を把握することである。監督処分歴の承継リスク、許可・経審の引き継ぎ可能性、人的要件の維持可能性、瑕疵担保責任リスク、そして組織統合後のコンプライアンスリスクを、建設業法に精通した専門家チームで精査する。

第三に、M&A後の「コンプライアンス統合」に早期着手することである。組織文化・業務慣行の差異を放置すると、法的リスクと従業員の離反が同時に生じる。早期の研修実施と内部通報体制の整備が、M&Aの果実を守る。


中川総合法務オフィスのコンプライアンス支援

当オフィスは、これまでに850回を超えるコンプライアンス研修を全国各地で担当してきた。建設業をはじめ、IT、地方公共団体、スポーツ団体など、多様な業種・規模の組織において、法令遵守の実践的な定着を支援してきた実績を持つ。

また、不祥事が発覚した組織のコンプライアンス態勢再構築についても豊富な経験を持ち、コンプライアンス体制が崩壊した組織の立て直しを内部から支援した事例も多い。さらに、内部通報の外部窓口を現に複数の組織で担当しており、実務的な観点から内部通報制度の設計・運用を支援する体制を整えている。コンプライアンス問題についてはマスコミから不祥事企業の再発防止策に関する意見を求められることもあり、社会的に高い視点からの問題把握・解決提案に取り組んでいる。

M&Aの準備段階における自社の法令遵守状況の確認、買収後のコンプライアンス研修の設計・実施、内部通報外部窓口の設置といった課題に対して、実務に即した支援を提供する。

研修の標準的な費用は1回30万円(消費税別途・内容・規模等により応相談)である。

まずはお気軽にお問い合わせいただきたい。

電話でのお問い合わせ:075-955-0307(中川総合法務オフィス)

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建設業のM&Aとコンプライアンスに関するご相談を随時受け付けている

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