条文原文
(消去禁止命令)
第十六条 本案の発信者情報開示命令事件が係属する裁判所は、発信者情報開示命令の申立てに係る侵害情報の発信者を特定することができなくなることを防止するため必要があると認めるときは、当該発信者情報開示命令の申立てをした者の申立てにより、決定で、当該発信者情報開示命令の申立ての相手方である開示関係役務提供者に対し、当該発信者情報開示命令事件(当該発信者情報開示命令事件についての第十四条第一項に規定する決定に対して同項に規定する訴えが提起されたときは、その訴訟)が終了するまでの間、当該開示関係役務提供者が保有する発信者情報(当該発信者情報開示命令の申立てに係るものに限る。)を消去してはならない旨を命ずることができる。
2 前項の規定による命令(以下この条において「消去禁止命令」という。)の申立ては、当該消去禁止命令があった後であっても、その全部又は一部を取り下げることができる。
3 消去禁止命令を受けた開示関係役務提供者は、当該消去禁止命令に対し、即時抗告をすることができる。
(当事者に対する住所、氏名等の秘匿)
第十七条 発信者情報開示命令事件に関する裁判手続における申立てその他の申述については、民事訴訟法第一編第八章(第百三十三条の二第五項及び第六項並びに第百三十三条の三第二項を除く。)の規定を準用する。
(非訟事件手続法の適用除外)
第十八条 発信者情報開示命令事件に関する裁判手続については、非訟事件手続法第二十二条第一項ただし書、第二十七条、第四十条及び第四十二条の二の規定は、適用しない。
(最高裁判所規則)
第十九条 この法律に定めるもののほか、発信者情報開示命令事件に関する裁判手続に関し必要な事項は、最高裁判所規則で定める。
趣旨・立法背景
第16条から第19条は、第4章「発信者情報開示命令事件に関する裁判手続」の最後の部分にあたる。第8条から第15条までが開示命令、国際裁判管轄、提供命令といった手続の骨格を定めるのに対し、この4か条は手続を安定的かつ適正に運用するための補完的な規定である。
情報流通プラットフォーム対処法は、令和3年法律第27号による改正(施行日令和4年10月1日)によって、旧法である特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(プロバイダ責任制限法)に発信者情報開示命令事件という非訟手続を新設した法律である。令和6年法律第25号による改正で法律名が現在の名称に改められ、令和8年5月21日にはさらに整備法が施行されているが、第16条から第19条の内容自体は令和4年の新設時から実質的な変更を受けていない。
消去禁止命令は、開示命令の審理には一定の期間を要するため、その間に開示関係役務提供者側の通信ログが通常の運用によって消去されてしまうと、発信者を特定する手段が失われるという問題に対応するために設けられた。開示命令の本案が終了するまでログの保存を義務付けることで、開示命令が認められた後に発信者情報そのものが存在しないという事態を防ぐ趣旨である。
第17条は、被害者となった申立人が、発信者情報開示命令事件の手続の中で自らの住所や氏名を相手方に知られることによって二次被害を受けることを防ぐための規定である。民事訴訟法第133条以下の秘匿制度は、令和4年法律第48号による民事訴訟法等改正で新設され、令和5年2月20日に施行された。ストーカー被害やDV被害の申立人が訴訟提起をためらう事態を解消する目的で作られた制度であるが、これを発信者情報開示命令事件にも準用することで、誹謗中傷の被害者が加害者に住所氏名を知られる不安なく手続を利用できるようにしている。
第18条は、発信者情報開示命令事件が非訟事件手続法の適用を受ける非訟事件でありながら、通常の非訟事件とは性質が異なる部分について、特定の条文の適用を除外する規定である。発信者情報開示命令事件は当事者対立構造を持つ実質的紛争解決手続であるため、非訟事件手続法上の職権探知や検察官関与などの規定をそのまま適用すると手続の性質になじまない場面が生じる。このため個別に適用除外を定めている。
第19条は、法律に定めのない手続の細目を最高裁判所規則に委任する規定である。これに基づき発信者情報開示命令事件手続規則(令和4年3月15日最高裁判所規則第11号)が制定され、その後も改正を重ねている。
用語解説
本案の発信者情報開示命令事件とは、第8条に基づく発信者情報開示命令の申立てそのものに係る事件をいう。消去禁止命令は、この本案事件に付随する保全的な性質を持つ。
即時抗告とは、裁判に対する不服申立ての方法の一つであり、一定の期間内に上級裁判所に対して行うものをいう。消去禁止命令に対しては、命令を受けた開示関係役務提供者の側にのみ即時抗告が認められている。
秘匿決定とは、民事訴訟法第133条第1項に基づき、申立人等の住所や氏名の全部又は一部を相手方や第三者から秘匿する旨の裁判所の決定をいう。秘匿事項届出書面という別の書面に住所氏名を記載し、通常の記録とは切り離して保管する扱いがとられる。
非訟事件手続法第22条第1項ただし書は事実の調査の通知に関する規定、第27条は検察官の関与に関する規定、第40条は録音・録画に関する規定、第42条の2は電子情報処理組織による申立てに関する規定であり、これらが発信者情報開示命令事件には適用されない。
実務上の運用状況と関連する裁判例
消去禁止命令については、開示関係役務提供者が任意にログを保存する運用を行っていることが多く、実際に消去禁止命令の発令にまで至る例は少ないとする実務家の指摘がある。もっとも、接続プロバイダのログ保存期間が短い場合には、開示命令の申立てと同時に消去禁止命令の申立てを行っておくことが実務上推奨されている。1つの申立書で開示命令の申立てと消去禁止命令の申立てを併せて行うことも可能である。
秘匿制度そのものについては、民事訴訟法133条が新設されて日が浅いこともあり、発信者情報開示命令事件における秘匿決定を正面から扱った公表裁判例は現時点では限られている。もっとも、秘匿決定の対象となるのは申立人又はその法定代理人の住所及び氏名等であって、証人や親族の住所氏名は直接の対象とならない点は、通常訴訟における秘匿決定の解釈がそのまま妥当する。発信者情報開示命令事件では、申立人が誹謗中傷等の被害者であることが多いため、相手方である開示関係役務提供者に対してもこの秘匿決定を及ぼすことができる点に実務上の意義がある。
非訟事件手続規則との関係では、発信者情報開示命令事件手続規則第9条が、秘匿事項届出書面の閲覧等の手続について民事訴訟規則の該当規定を読み替えて準用する形を採用しており、通常の非訟事件よりも当事者対立構造を意識した手続設計になっていることがうかがえる。
これらの規定は令和4年10月1日の施行以来、実務の蓄積を通じて運用が固まりつつある段階にあり、今後の裁判例の集積が注目される分野である。
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