一 条文原文
消防法第8条(防火管理者)
第八条 学校、病院、工場、事業場、興行場、百貨店(これに準ずるものとして政令で定める大規模な小売店舗を含む。以下同じ。)、複合用途防火対象物(防火対象物で政令で定める二以上の用途に供されるものをいう。以下同じ。)その他多数の者が出入し、勤務し、又は居住する防火対象物で政令で定めるものの管理について権原を有する者は、政令で定める資格を有する者のうちから防火管理者を定め、政令で定めるところにより、当該防火対象物について消防計画の作成、当該消防計画に基づく消火、通報及び避難の訓練の実施、消防の用に供する設備、消防用水又は消火活動上必要な施設の点検及び整備、火気の使用又は取扱いに関する監督、避難又は防火上必要な構造及び設備の維持管理並びに収容人員の管理その他防火管理上必要な業務を行わせなければならない。
② 前項の権原を有する者は、同項の規定により防火管理者を定めたときは、遅滞なくその旨を所轄消防長又は消防署長に届け出なければならない。これを解任したときも、同様とする。
③ 消防長又は消防署長は、第一項の防火管理者が定められていないと認める場合には、同項の権原を有する者に対し、同項の規定により防火管理者を定めるべきことを命ずることができる。
④ 消防長又は消防署長は、第一項の規定により同項の防火対象物について同項の防火管理者の行うべき防火管理上必要な業務が法令の規定又は同項の消防計画に従つて行われていないと認める場合には、同項の権原を有する者に対し、当該業務が当該法令の規定又は消防計画に従つて行われるように必要な措置を講ずべきことを命ずることができる。
⑤ 第五条第三項及び第四項の規定は、前二項の規定による命令について準用する。
消防法第8条の2(統括防火管理者)
第八条の二 高層建築物(高さ三十一メートルを超える建築物をいう。第八条の三第一項において同じ。)その他政令で定める防火対象物で、その管理について権原が分かれているもの又は地下街(地下の工作物内に設けられた店舗、事務所その他これらに類する施設で、連続して地下道に面して設けられたものと当該地下道とを合わせたものをいう。以下同じ。)でその管理について権原が分かれているもののうち消防長若しくは消防署長が指定するものの管理について権原を有する者は、政令で定める資格を有する者のうちからこれらの防火対象物の全体について防火管理上必要な業務を統括する防火管理者(以下この条において「統括防火管理者」という。)を協議して定め、政令で定めるところにより、当該防火対象物の全体についての消防計画の作成、当該消防計画に基づく消火、通報及び避難の訓練の実施、当該防火対象物の廊下、階段、避難口その他の避難上必要な施設の管理その他当該防火対象物の全体についての防火管理上必要な業務を行わせなければならない。
② 統括防火管理者は、前項の規定により同項の防火対象物の全体についての防火管理上必要な業務を行う場合において必要があると認めるときは、同項の権原を有する者が前条第一項の規定によりその権原に属する当該防火対象物の部分ごとに定めた同項の防火管理者に対し、当該業務の実施のために必要な措置を講ずることを指示することができる。
③ 前条第一項の規定により前項に規定する防火管理者が作成する消防計画は、第一項の規定により統括防火管理者が作成する防火対象物の全体についての消防計画に適合するものでなければならない。
④ 第一項の権原を有する者は、同項の規定により統括防火管理者を定めたときは、遅滞なく、その旨を所轄消防長又は消防署長に届け出なければならない。これを解任したときも、同様とする。
⑤ 消防長又は消防署長は、第一項の防火対象物について統括防火管理者が定められていないと認める場合には、同項の権原を有する者に対し、同項の規定により統括防火管理者を定めるべきことを命ずることができる。
⑥ 消防長又は消防署長は、第一項の規定により同項の防火対象物の全体について統括防火管理者の行うべき防火管理上必要な業務が法令の規定又は同項の消防計画に従つて行われていないと認める場合には、同項の権原を有する者に対し、当該業務が当該法令の規定又は同項の消防計画に従つて行われるように必要な措置を講ずべきことを命ずることができる。
⑦ 第五条第三項及び第四項の規定は、前二項の規定による命令について準用する。
二 趣旨・立法背景
1 自主防火管理という設計思想
第3条から第7条までが消防機関による外からの規制であるのに対し、第8条以下は防火対象物の側に体制の構築を義務づける規定である。立入検査や措置命令は消防機関の人員に規模を制約されるため、全国百万件を超える防火対象物を網羅的に監視することはできない。そこで、建物を管理する者自身が日常的に火災予防を担う仕組みを法定し、消防機関はその体制が機能しているかを検査・指導するという役割分担が採られている。
2 制定時の防火責任者制度
昭和23年法律第186号の制定時、第8条は次の一条であった。
第八條 学校、工場、興行場、百貨店、危險物の製造所又は処理所その他市町村長の指定する建築物その他の工作物の所有者、管理者又は占有者は防火責任者を定め、消防計画を立ててその訓練を行わなければならない。
対象は市町村長の指定に委ねられ、資格要件の定めもなく、消防計画や訓練の内容も規定されていなかった。義務者も「所有者、管理者又は占有者」とされ、現行の「管理について権原を有する者」とは異なる。
出典:名古屋大学法令データベース「消防法(昭和23年法律第186号)」https://jahis.law.nagoya-u.ac.jp/lawdb/l/323a0186
3 昭和35年改正による防火管理者制度への転換
昭和30年代に劇場、飲食店、映画館、旅館、学校、病院等の火災で多数の犠牲者が生じたことを受け、昭和35年の消防法改正により従来の防火責任者制度が防火管理者制度に改められた。防火管理者を置かなければならない対象物の範囲と、防火管理者が果たすべき業務内容が拡大された。これと同時に消防用設備等の技術基準が政令に委任され、翌昭和36年に消防法施行令が制定されて全国統一的な運用が始まった。
出典:総務省消防庁「予防行政の沿革」https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/kento255_06_sankou1_2.pdf
4 昭和43年改正による共同防火管理制度の創設
昭和43年の消防法改正により、管理系統の分かれる高層建築物、地下街及び地階を除く階数が5以上の複合用途防火対象物において、共同して防火管理を行わなければならないこととされた。これが第8条の2の原型である。同じ改正で防炎規制も導入されている。
5 平成24年改正による統括防火管理者制度への改組
共同防火管理協議制度は、管理権原者のうち主要な者を代表者とする共同防火管理協議会を設け、消防計画の作成その他必要な業務に関する事項を協議して定め、共同で防火管理を行うという仕組みであった。平成27年版消防白書は、この制度では統括防火管理者の役割や権限が法令上明確でなく、防火管理を一体的・自律的に行う体制が構築できなかったと説明している。
消防法の一部を改正する法律(平成24年法律第38号)により、統括防火管理者の選任が義務づけられ、統括防火管理者に各防火管理者への指示権が付与された。施行日は平成26年4月1日である。複数の管理権原者が入るテナントビル等で多数の死者を伴う火災被害が続いたこと、及び東日本大震災における高層ビルの被害が背景にある。
出典:総務省消防庁「平成27年版 消防白書」第1章第1節「3.防火管理制度」https://www.fdma.go.jp/publication/hakusho/h27/1/1/cat1/310.html
三 文理解釈
1 第8条第1項
義務者
「管理について権原を有する者」であり、実務では管理権原者と呼ばれる。第2条第4項の「関係者」(所有者、管理者又は占有者)のうち、防火管理上必要な業務を実施する法律上の地位にある者を指す。防火管理者ではなく管理権原者が義務者であり、命令の名宛人も罰則の対象も管理権原者である。防火管理者を選任すれば管理権原者の責任が消滅するわけではない。
対象となる防火対象物
条文は学校、病院、工場、事業場、興行場、百貨店、複合用途防火対象物を例示し、「その他多数の者が出入し、勤務し、又は居住する防火対象物で政令で定めるもの」と受ける。範囲を実質的に画するのは施行令第1条の2第3項である。
施行令第1条の2第3項第1号は、収容人員によって三段階に区分する。
- 別表第一(六)項ロ(自力避難困難者入所施設等)及びこれを含む(十六)項イ・(十六の二)項の防火対象物は収容人員10人以上
- (一)項から(四)項まで、(五)項イ、(六)項イ・ハ・ニ、(九)項イ、(十六)項イ及び(十六の二)項((六)項ロを含むものを除く)は収容人員30人以上
- (五)項ロ、(七)項、(八)項、(九)項ロ、(十)項から(十五)項まで、(十六)項ロ及び(十七)項は収容人員50人以上
同項第2号及び第3号は、新築の工事中の一定規模以上の建築物と、建造中の旅客船を対象に加える。完成前の建築物や船舶が対象となる点は見落とされやすい。工事中の建築物については、地階を除く階数11以上かつ延べ面積1万平方メートル以上、延べ面積5万平方メートル以上、地階の床面積合計5千平方メートル以上のいずれかに該当し、収容人員50人以上で総務省令の定めるものが該当する。
施行令第2条は、同一敷地内に管理権原者が同一の防火対象物が2以上あるときは、第8条第1項の適用についてこれらを一の防火対象物とみなす。この擬制は第8条第1項に限られ、第8条の2には及ばない。
防火管理者の資格
施行令第3条第1項が定める。甲種防火対象物と乙種防火対象物に区分され、乙種は施行令第1条の2第3項第1号ロ・ハの防火対象物のうち、延べ面積が300平方メートル未満(特定用途系)又は500平方メートル未満(非特定用途系)のものである。
甲種の資格は、甲種防火管理講習の修了者、大学・高等専門学校で総務大臣指定の防災に関する学科又は課程を修めて卒業し1年以上の防火管理実務経験を有する者、市町村の消防職員で管理的又は監督的な職に1年以上あった者、これらに準ずる者として規則第2条が定める者である。
資格に加えて、「当該防火対象物において防火管理上必要な業務を適切に遂行することができる管理的又は監督的な地位にあるもの」という地位要件が課される。講習を修了しただけでは足りない。
業務内容
消防計画の作成、消火・通報・避難の訓練の実施、消防用設備等の点検及び整備、火気の使用又は取扱いに関する監督、避難又は防火上必要な構造及び設備の維持管理、収容人員の管理その他防火管理上必要な業務である。施行令第3条の2がこれを防火管理者の責務として再掲し、規則第3条が消防計画に定めるべき事項を列挙する。
2 第8条第2項
選任及び解任の届出義務である。届出義務者は管理権原者であり、防火管理者本人ではない。「遅滞なく」とされ、具体的な日数は定められていない。届出を怠った場合は第44条第8号により30万円以下の罰金又は拘留に処せられる。
3 第8条第3項・第4項
第3項は防火管理者選任命令、第4項は防火管理業務適正執行命令である。いずれも名宛人は管理権原者である。
第4項は、防火管理者が選任されていても、その業務が法令の規定又は消防計画に従って行われていない場合に発動される。消防計画が作成されていない、訓練が実施されていない、避難施設の管理がなされていないといった状況が典型である。
第3項違反は第42条第1項第1号により6月以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金、第4項違反は第41条第1項第2号により1年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金である。両罰規定(第45条第3号)により法人にも各本条の罰金刑が科される。
4 第8条第5項
第5条第3項及び第4項を準用し、命令をした場合の公示義務と標識設置の受忍義務を課す。公示の方法は規則第1条により公報への掲載その他市町村長が定める方法である。
5 第8条の2第1項
対象
高層建築物(高さ31メートルを超える建築物)でその管理について権原が分かれているもの、政令で定める防火対象物でその管理について権原が分かれているもの、及び地下街でその管理について権原が分かれているもののうち消防長若しくは消防署長が指定するものである。
施行令第3条の3が政令で定める防火対象物を列挙する。(六)項ロ及びこれを含む(十六)項イは地階を除く階数3以上かつ収容人員10人以上、(一)項から(四)項まで等の特定用途系の(十六)項イは地階を除く階数3以上かつ収容人員30人以上、(十六)項ロは地階を除く階数5以上かつ収容人員50人以上、(十六の三)項(準地下街)はすべてである。
地下街のみが消防長又は消防署長の指定を要件とする。他の類型は要件該当により当然に義務が生じる。
選任の方法
「協議して定め」とされ、複数の管理権原者の合意によって選任される。誰が発議し、合意が調わない場合にどうなるかは規定されていない。
資格
施行令第4条が定める。第3条第1項第1号の者(甲種)を原則とし、一定の小規模な防火対象物については第3条第1項第2号の者(乙種)でよい。加えて、全体についての防火管理上必要な業務を適切に遂行するために必要な権限及び知識を有するものとして総務省令で定める要件を満たすことが求められる。防火管理者の地位要件が「管理的又は監督的な地位」であるのに対し、統括防火管理者は権限と知識で規律される。建物全体を横断する立場上、特定の管理権原者の下での地位では要件を構成できないためである。
業務
全体についての消防計画の作成、これに基づく消火・通報・避難の訓練の実施、廊下・階段・避難口その他の避難上必要な施設の管理その他全体についての防火管理上必要な業務である。共用部分の管理が明示されている点が、部分ごとの防火管理者との分担を画する。
6 第8条の2第2項
統括防火管理者の指示権である。各管理権原者がその権原に属する部分について定めた防火管理者に対し、業務の実施のために必要な措置を講ずることを指示できる。平成24年改正の中核であり、共同防火管理協議制度で不明確であった権限関係を法定したものである。
7 第8条の2第3項
部分ごとの消防計画は、全体についての消防計画に適合しなければならない。整合性を確保する規定である。
8 第8条の2第4項から第7項まで
第4項は選任・解任の届出義務、第5項は統括防火管理者選任命令、第6項は業務適正執行命令、第7項は公示に関する準用である。第8条第2項から第5項までと対応する構成をとる。
四 用語解説
管理権原者:法文上の「管理について権原を有する者」。法律に定義規定はない。建物の所有者、賃貸人、テナント事業者など、防火管理上必要な業務を実施しうる法律上の地位にある者を指す。一棟に複数存在しうる。
防火管理者:管理権原者が選任し、防火管理上必要な業務を実際に行う者。施行令第3条の資格と地位要件を満たす必要がある。
統括防火管理者:管理権原が分かれる防火対象物について、管理権原者が協議して定め、建物全体の防火管理上必要な業務を統括する者。
甲種防火対象物・乙種防火対象物:施行令第3条第1項の区分。乙種は同条第1項第2号に掲げる小規模な防火対象物で、乙種防火管理講習の修了者を防火管理者とすることができる。
収容人員:施行令第1条の2第3項第1号イの括弧書により「当該防火対象物に出入し、勤務し、又は居住する者の数」と定義される。算定方法は規則第1条の3による。
複合用途防火対象物:第8条第1項括弧書。防火対象物で政令で定める2以上の用途に供されるもの。施行令第1条の2第2項が定め、従属的な部分は主たる用途に含まれるものとする従属部分の擬制を置く。
地下街・準地下街:地下街は第8条の2第1項括弧書に定義がある。準地下街は令別表第一(十六の三)項に掲げるもので、建築物の地階で連続して地下道に面して設けられたものと当該地下道を合わせたものをいう。
防火管理者の外部委託:施行令第3条第2項及び規則第2条の2に基づき、管理的又は監督的な地位にある者のいずれもが遠隔の地に勤務していること等により防火管理上必要な業務を適切に遂行できないと消防長又は消防署長が認める場合に、地位要件に代えて権限・知識の要件を満たす者を防火管理者とする取扱い。
五 改正の経緯と内容
| 改正法 | 主な内容 |
|---|---|
| 昭和23年法律第186号(制定) | 第8条に防火責任者制度を規定。対象は市町村長の指定、資格要件なし |
| 昭和35年法律第117号 | 防火責任者制度を防火管理者制度に改める。対象範囲と業務内容を拡大し、資格を政令に委任。翌昭和36年に消防法施行令を制定 |
| 昭和43年法律第95号 | 共同防火管理制度を創設。管理系統の分かれる高層建築物、地下街、地階を除く階数5以上の複合用途防火対象物について共同防火管理を義務づけ |
| 平成14年法律第30号 | 第8条第5項に第5条第3項・第4項を準用し、命令をした場合の公示を義務づけ。罰則を強化。避難上必要な施設の管理義務(第8条の2の4)を新設 |
| 平成19年法律第93号 | 防災管理制度の導入。第36条で防火管理の諸制度を地震等の災害に準用 |
| 平成24年法律第38号 | 共同防火管理協議制度を統括防火管理者制度に改組。統括防火管理者の選任義務、指示権(第2項)、消防計画の適合義務(第3項)、届出義務(第4項)、選任命令及び業務適正執行命令(第5項・第6項)を規定。平成26年4月1日施行 |
| 令和4年法律第68号 | 刑法等の一部改正により懲役を拘禁刑に改める。令和7年6月1日施行 |
施行令及び規則の側でも、防火管理者の外部委託の要件が段階的に整備されてきた。施行令第3条第2項は共同住宅その他総務省令で定める防火対象物について地位要件の読替えを認め、規則第2条の2第1項がその対象を、同条第2項が具体的な要件を定める。要件は、管理権原者から必要な権限が付与されていること、業務の内容を明らかにした文書の交付を受け十分な知識を有していること、防火対象物の位置・構造・設備の状況その他必要な事項について説明を受け十分な知識を有していることの三つである。文書の交付が条文上の要件とされている点が、口頭の合意で足りるとする誤解を防ぐ意味を持つ。
六 法的性格と解釈上の論点
1 命令と罰則の非対称
第8条については、第3項の選任命令違反に第42条第1項第1号(6月以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金)、第4項の業務適正執行命令違反に第41条第1項第2号(1年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金)、第2項の届出義務違反に第44条第8号(30万円以下の罰金又は拘留)がそれぞれ用意されている。
これに対し、第8条の2第5項の統括防火管理者選任命令、同条第6項の業務適正執行命令、同条第4項の届出義務については、消防法の罰則規定に対応する条項が置かれていない。統括防火管理の義務違反に対して直接の刑事罰は存在しない。
この空白を埋めているのが第5条の2第1項である。同項第1号及び第2号は、先行命令として第8条の2第5項及び第6項を引用しており、統括防火管理に関する命令が履行されない場合には防火対象物の使用禁止・停止・制限の命令へ移行しうる。刑事罰による担保に代えて、より強力な行政処分への移行という形で実効性が確保される構造である。
もっとも、使用禁止命令は建物全体の営業に及ぶ重大な処分であり、統括防火管理者が選任されていないという形式的な違反のみを理由に発動することは比例原則の観点から容易でない。統括防火管理者の選任率が令和6年3月31日現在で69.0パーセントにとどまっていることの背景には、この担保手段の構造も関係していると考えられる。この非対称を正面から論じた解説は多くない。
2 統括防火管理者の指示権の性質
第8条の2第2項の指示は、行政庁が私人に対して行う行政処分ではない。統括防火管理者も各防火管理者も私人であり、両者の間には法律上の指揮命令関係が当然に存在するわけではない。統括防火管理者は複数の管理権原者の協議によって定められるため、自らを選任していない管理権原者が定めた防火管理者に対しても指示することになる。
指示に従わない場合の効果は規定されていない。指示に従わないことが第8条の2第6項の「防火管理上必要な業務が法令の規定又は消防計画に従つて行われていない」状態に当たると評価される余地はあるが、その場合の命令の名宛人は管理権原者であり、指示に従わなかった防火管理者本人ではない。
実務上は、全体についての消防計画に指示の対象事項と手続を明記し、管理権原者間の協議書や賃貸借契約の中で協力義務を定めることで、私法上の根拠を補うことが行われている。
3 消防計画の適合義務の時間的構造
第8条の2第3項は、部分ごとの消防計画が全体についての消防計画に適合しなければならないと定める。どちらが先に作成されるかは規定されていない。
現実の建物では、テナントごとの防火管理者と消防計画が先に存在し、後から統括防火管理者が選任されて全体についての消防計画が作成されることが多い。この場合、既存の部分の消防計画は全体の消防計画の作成後に見直しを要する。規則第4条の2の2が全体についての消防計画に定める事項を列挙しているが、既存の部分計画との調整手続までは規定していない。統括防火管理者の選任時に部分計画の一斉点検を行う運用が必要となる。
4 管理権原者概念の不確定性
法律に定義がなく、個々の建物の権利関係と管理実態から判断される。区分所有建物では共用部分について管理組合が、専有部分について区分所有者又は賃借人が管理権原者となるのが通例である。賃貸ビルでは、共用部分について所有者又は建物管理会社が、専有部分についてテナント事業者が該当する。
管理権原者の特定を誤ると、選任命令や業務適正執行命令の名宛人を誤ることになり、命令自体が違法となる。第5条第1項の「権原を有する関係者」と同じ問題構造であり、命令に先立つ権利関係の調査が不可欠である。
5 施行令第2条のみなし規定の射程
同一敷地内に管理権原者が同一の防火対象物が2以上あるときは、第8条第1項の適用についてこれらを一の防火対象物とみなす。収容人員を合算して選任義務の有無を判断する趣旨である。
このみなし規定は第8条第1項の適用についてのみ働き、第8条の2には及ばない。管理権原が分かれているかどうかは、みなし後の一の防火対象物ではなく、個々の防火対象物ごとに判断される。条文の文言上明らかであるが、実務で混同されることがある。
6 外部委託と管理権原者の責任
施行令第3条第2項の読替えにより外部の者を防火管理者とした場合でも、第8条第1項の義務者は管理権原者のままである。選任命令及び業務適正執行命令の名宛人も、罰則の対象も管理権原者である。外部委託は防火管理者の地位要件を緩和する制度であり、管理権原者の責任を移転する制度ではない。
規則第2条の2第2項第2号及び第3号が、業務内容を明らかにした文書の交付と防火対象物の状況の説明を要件としているのは、外部の者が実効的に業務を行いうる情報基盤を管理権原者が用意すべきことを意味する。委託契約を締結しただけで要件が充足されるわけではない。
7 防火管理と刑事責任
防火管理義務の違反は、消防法上の罰則にとどまらず、火災が発生して死傷者が出た場合の業務上過失致死傷罪(刑法第211条)の過失認定において重要な要素となる。後述する一連のホテル・デパート火災の刑事裁判では、消防計画の作成、避難誘導訓練の実施、防火戸の維持管理といった防火管理業務の懈怠が過失の内容として認定されている。第8条は行政上の義務を定める規定であるが、その履行状況は刑事責任の判断に直結する。
七 裁判例
1 千日デパートビル火災事件(最判平成2年11月29日)
昭和47年5月13日午後10時頃、大阪市南区の千日デパートビル3階売場部分で夜間工事中に出火し、客ら118名が死亡、42名が負傷した。ビルの防火管理者、同ビル内のキャバレーの管理権原者及び防火管理者が業務上過失致死傷罪で起訴された。
大阪地判昭和59年5月16日はいずれも無罪としたが、大阪高判昭和62年9月28日は原判決を破棄し、ビルの防火管理者に禁錮2年6月(執行猶予3年)、キャバレーの管理権原者及び防火管理者にそれぞれ禁錮1年6月(執行猶予2年)を言い渡した。最高裁第一小法廷は上告を棄却し、有罪が確定した。
管理権原者と防火管理者の双方について、防火管理業務の懈怠を理由とする刑事責任を肯定した点に意味がある。
2 川治プリンスホテル火災事件(最判平成2年11月16日)
昭和55年11月20日午後3時頃、栃木県川治温泉の川治プリンスホテルで工事作業中の切断機の炎が壁間に入って出火し、宿泊客ら45名が死亡、21名が負傷した。
東京高判昭和62年2月12日は、ホテル会社の取締役に消防計画の作成、避難誘導訓練の実施及び防火戸・防火区画を設置すべき義務があるとした。最高裁第一小法廷は上告を棄却した。防火管理者に選任されていない経営者についても、防火管理体制を構築すべき義務が認められた事案である。
3 ホテルニュージャパン火災事件(最判平成5年11月25日)
昭和57年2月8日午前3時過ぎ、東京都千代田区のホテルニュージャパン9階客室から出火し、宿泊客32名が死亡、24名が負傷した。東京地判昭和62年5月20日は代表取締役に禁錮3年の実刑、防火管理者である支配人に禁錮1年6月(執行猶予5年)を言い渡し、東京高判平成2年8月15日、最高裁第一小法廷とも控訴・上告を棄却した。
ホテルを経営する会社の代表取締役に業務上過失致死傷罪の成立を認めた。管理権原者の頂点に立つ者の責任を明確にした事案として参照される。
4 長崎屋尼崎店火災事件(神戸地判平成5年9月13日)
平成2年3月18日午後0時30分頃、長崎屋尼崎店4階カーテン売場から出火し、買物客等15名が焼死、2名が負傷した。管理権原者としての店長及び防火管理者である総務マネージャーについて、防火戸の維持管理と避難誘導訓練の義務懈怠が認められ、それぞれ禁錮2年6月(執行猶予3年)となった。
5 大洋デパート火災事件(最判平成3年11月14日)
昭和48年11月29日午後1時頃、熊本市の熊本大洋デパートで出火し、買物客ら104名が死亡、67名が負傷した。熊本地判昭和58年1月31日は防火管理者、火元責任者及び本社人事部長をいずれも無罪としたが、福岡高判昭和63年6月28日は有罪とした。最高裁第一小法廷は控訴審判決を破棄し、全員を無罪とした。
防火管理業務の懈怠があっても、具体的な結果回避可能性や因果関係が証明されなければ過失犯は成立しないことを示す。防火管理義務違反がそのまま刑事責任に直結するわけではない点で、前記各事案と対比して読むべきものである。
出典:日本消防設備安全センター「違反データベース・判例事例索引」https://www.fesc.or.jp/ihanzesei/owner/pdf/hanrei120726.pdf
八 実務上の留意点
1 選任義務の判定
用途(令別表第一)、収容人員、階数の三点で判定する。収容人員は規則第1条の3の算定方法により算出し、算定根拠を記録に残す。複合用途防火対象物については、施行令第1条の2第2項の従属部分の擬制により用途判定が変わりうるため、各部分の管理権原、利用形態その他の状況を確認する。
工事中の建築物及び建造中の旅客船(施行令第1条の2第3項第2号・第3号)が対象に含まれることは見落とされやすい。大規模建築物の新築工事に際しては、竣工前の段階で防火管理者の選任と消防計画の作成が必要となる。
2 防火管理者の地位要件
講習修了証を持つ従業員を形式的に選任するだけでは要件を満たさない。防火管理上必要な業務を適切に遂行できる管理的又は監督的な地位にあることが必要である。実質的な決裁権限を持たない者を選任している事例は、立入検査で指摘の対象となる。
地位要件を満たす者を置けない場合は、施行令第3条第2項による外部委託を検討する。ただし対象は規則第2条の2第1項に列挙された類型に限られ、かつ消防長又は消防署長が個別に認めることが前提である。事前に所轄消防本部と協議する。
3 消防計画の実質化
規則第3条が定める事項を網羅した計画書を作成し、届出を行うだけでは足りない。第8条第4項の業務適正執行命令は、消防計画に従って業務が行われていない場合に発動される。計画に記載した訓練回数、点検頻度、自主検査の項目は、実施記録によって裏づけられる必要がある。計画と実態が乖離している状態は、それ自体が命令の対象となる。
特定防火対象物では消火訓練及び避難訓練を年2回以上実施し、実施前に所轄消防長又は消防署長に通報することが規則第3条に定められている。
4 統括防火管理者の選任手続
協議による選任であるため、管理権原者間の協議の記録を残す。選任届出書には統括防火管理者の資格を証する書面を添付する(規則第4条の2第2項)。
全体についての消防計画には、規則第4条の2の2第1項が定める事項、すなわち各管理権原者の権原の範囲、業務の受託者に関する事項、訓練の定期的実施、避難施設の維持管理、消火活動・通報連絡・避難誘導、消防隊への情報提供及び誘導などを定める。特に各管理権原者の権原の範囲を明記することが、責任の所在を明確にする上で要となる。
5 部分の消防計画との整合
統括防火管理者の選任又は全体についての消防計画の変更に際しては、各テナントの防火管理者が作成した消防計画を点検し、第8条の2第3項の適合義務を満たすよう調整する。テナント入替えのたびに同様の確認を行う運用を、全体についての消防計画に手続として組み込んでおく。
6 命令の名宛人の特定
第8条第3項・第4項及び第8条の2第5項・第6項の命令は、いずれも管理権原者を名宛人とする。防火管理者本人や建物管理会社の担当者に宛てた命令は違法となる。区分所有建物や複数テナントが入る建物では、命令に先立って権利関係と管理実態を調査し、命令書に権原の根拠を記載する。
7 選任率の現状
令和6年3月31日現在、防火管理者を選任しなければならない防火対象物は全国に107万3,739件あり、そのうち84.0パーセントに当たる90万1,725件について選任と届出がなされている。統括防火管理者については、対象9万1,099件のうち69.0パーセントに当たる6万2,887件で選任と届出がなされ、全体についての消防計画を作成・届出している防火対象物は6万514件で66.4パーセントである。
統括防火管理の実施率が防火管理より15ポイント程度低い。複数の管理権原者の合意を要する制度設計上の難しさと、前記の罰則の非対称が反映されていると考えられる。
出典:総務省消防庁「令和6年版 消防白書」第1章第1節「3.防火管理制度」https://www.fdma.go.jp/publication/hakusho/r6/chapter1/section1/para2/68008.html
8 直通階段が一つの建築物への対応
令和3年12月17日の大阪市北区ビル火災(死者26名)を受け、総務省消防庁と国土交通省は合同で検討会を設置し、令和4年6月28日に報告書を取りまとめた。火災シミュレーションによる検証の結果、火災発生場所と避難場所を閉鎖の確実性に配慮された扉で区画することが効果的であるとされた。これを踏まえ、国土交通省は令和4年12月16日に「直通階段が一つの建築物等向けの火災安全改修ガイドライン」を公表している。
直通階段が一つの建築物では、階段室への煙の流入を防ぐ扉の閉鎖確保が避難の成否を左右する。消防計画における防火戸の維持管理と避難上必要な施設の管理は、この類型の建物では特に重みを持つ。令和4年11月21日付け消防予第598号は、立入検査標準マニュアルにおいて「直通階段が一つの防火対象物」を火災予防上の対応の必要性が高い防火対象物に位置づけ、重点的な立入検査を計画することとしている。
出典:総務省「大阪市北区ビル火災を踏まえた今後の防火・避難対策等に関する検討会報告書の公表」https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01shoubo01_02000580.html
参考文献・資料
- e-Gov法令検索「消防法」(昭和23年法律第186号)https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC1000000186
- 名古屋大学大学院法学研究科 法令データベース「消防法(昭和23年法律第186号)」https://jahis.law.nagoya-u.ac.jp/lawdb/l/323a0186
- 総務省消防庁「予防行政の沿革」https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/kento255_06_sankou1_2.pdf
- 総務省消防庁「令和6年版 消防白書」第1章第1節「3.防火管理制度」https://www.fdma.go.jp/publication/hakusho/r6/chapter1/section1/para2/68008.html
- 総務省消防庁「平成27年版 消防白書」第1章第1節「3.防火管理制度」https://www.fdma.go.jp/publication/hakusho/h27/1/1/cat1/310.html
- 総務省消防庁「大阪市北区ビル火災に係る消防庁長官の火災原因調査結果報告書」https://www.fdma.go.jp/pressrelease/houdou/items/220621_yobou_1.pdf
- 総務省「大阪市北区ビル火災を踏まえた今後の防火・避難対策等に関する検討会報告書の公表」https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01shoubo01_02000580.html
- 国土交通省「大阪市北区ビル火災を踏まえた火災安全改修に関するガイドラインの公表」https://www.mlit.go.jp/report/press/house05_hh_000947.html
- 総務省消防庁 消防予第598号(令和4年11月21日)「『立入検査標準マニュアル』及び『違反処理標準マニュアル』の改訂について」https://www.fdma.go.jp/laws/tutatsu/items/9198c34fea5e6a809306adf7356f8f1fa5358b15.pdf
- 日本消防設備安全センター「違反データベース・判例事例索引」https://www.fesc.or.jp/ihanzesei/owner/pdf/hanrei120726.pdf
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