1 条文
第3条 消防長(消防本部を置かない市町村においては、市町村長。第六章及び第三十五条の三の二を除き、以下同じ。)、消防署長その他の消防吏員は、屋外において火災の予防に危険であると認める行為者又は火災の予防に危険であると認める物件若しくは消火、避難その他の消防の活動に支障になると認める物件の所有者、管理者若しくは占有者で権原を有する者に対して、次に掲げる必要な措置をとるべきことを命ずることができる。
一 火遊び、喫煙、たき火、火を使用する設備若しくは器具(物件に限る。)又はその使用に際し火災の発生のおそれのある設備若しくは器具(物件に限る。)の使用その他これらに類する行為の禁止、停止若しくは制限又はこれらの行為を行う場合の消火準備
二 残火、取灰又は火粉の始末
三 危険物又は放置され、若しくはみだりに存置された燃焼のおそれのある物件の除去その他の処理
四 放置され、又はみだりに存置された物件(前号の物件を除く。)の整理又は除去
② 消防長又は消防署長は、火災の予防に危険であると認める物件又は消火、避難その他の消防の活動に支障になると認める物件の所有者、管理者又は占有者で権原を有するものを確知することができないため、これらの者に対し、前項の規定による必要な措置をとるべきことを命ずることができないときは、それらの者の負担において、当該消防職員(消防本部を置かない市町村においては、消防団員。第四項(第五条第二項及び第五条の三第五項において準用する場合を含む。)及び第五条の三第二項において同じ。)に、当該物件について前項第三号又は第四号に掲げる措置をとらせることができる。この場合において、物件を除去させたときは、消防長又は消防署長は、当該物件を保管しなければならない。
③ 災害対策基本法(昭和三十六年法律第二百二十三号)第六十四条第三項から第六項までの規定は、前項の規定により消防長又は消防署長が物件を保管した場合について準用する。この場合において、これらの規定中「市町村長」とあるのは「消防長又は消防署長」と、「工作物等」とあるのは「物件」と、「統轄する」とあるのは「属する」と読み替えるものとする。
④ 消防長又は消防署長は、第一項の規定により必要な措置を命じた場合において、その措置を命ぜられた者がその措置を履行しないとき、履行しても十分でないとき、又はその措置の履行について期限が付されている場合にあつては履行しても当該期限までに完了する見込みがないときは、行政代執行法(昭和二十三年法律第四十三号)の定めるところに従い、当該消防職員又は第三者にその措置をとらせることができる。
2 趣旨・立法背景
本条は第2章「火災の予防」の冒頭に置かれ、屋外で現に生じている火災危険を、その場で排除するための権限を定める。第4条の立入検査、第5条の防火対象物に対する措置命令、第5条の2の使用禁止命令、第5条の3の防火対象物内の物件に対する措置命令と並ぶが、規制の場を屋外に限る点と、消防長・消防署長のみならず一般の消防吏員に命令権を認める点で、他の予防規定と性格を異にする。屋外の危険は、建築物の構造や設備の不備のように時間をかけて是正させる性質のものではなく、たき火の炎が壁体に迫り、あるいは駐車場にガソリン入りの容器が放置されているといった、その場で断たなければ意味をなさない類型が中心を占める。現場に居合わせた吏員が即座に命令できる仕組みは、この性質に対応している。
昭和23年制定時の本条は、命令権者を消防長又は消防署長に限り、対象も「屋外において火災の予防に危険であると認める行為者又は消防の活動に支障になると認める物件の所有者、管理者又は占有者で権原を有する者」とされていた。各号の措置も「火遊び、喫煙、たき火の禁止若しくは制限又はたき火の場合の消火準備」「残火、取灰又は火粉の始末」「放置せられた危険物その他の燃焼の虞のある物件の処理」「みだりに存置又は放置せられた物件の整理、移動又は撤去」という簡素なものであり、確知不能時の措置や代執行に関する規定は置かれていない。自治体消防が発足した直後の段階で、まず現場権限の骨格だけを定めたものと読める。
現在の姿は、大きく二つの改正によって形づくられた。昭和40年法律第65号は、消防吏員に命令権を広げ、物件について「火災の予防に危険であると認める物件」という要件を加えるとともに、名宛人の氏名及び住所を知ることができない場合に消防職員に第3号・第4号の措置をとらせる規定と、除去物件の保管について災害対策基本法を準用する規定を新設した。平成14年法律第30号は、新宿区歌舞伎町の雑居ビル火災(平成13年9月1日、死者44名)を契機とする一連の予防行政強化の一環として、防火対象物内の物件を対象とする第5条の3を新設し、これと平仄を合わせる形で本条の要件と手続を整えた。同時に第4項の行政代執行規定が置かれ、命令が履行されない場合の帰結が条文上明示された。
3 文理解釈
命令の主体
第1項の主体は「消防長、消防署長その他の消防吏員」である。階級を問わず消防吏員であれば命令できる。これに対し、第2項の略式代執行、第3項の保管、第4項の代執行の主体は消防長又は消防署長に限られる。現場吏員は命令を発する権限を有するが、その命令を自ら強制的に実現する権限までは与えられていない。総務省消防庁の違反処理標準マニュアルも、代執行権を有するのは消防長又は消防署長のみであり、消防吏員は命令権を有する行政庁ではあるが代執行権は有しない旨を明記している。
例えば平成合併前の富山県平村のように、消防本部を置かない市町村では、括弧書きにより消防長の読替えとして市町村長が主体となる。第2項の実行主体である「当該消防職員」も、同じ市町村では消防団員と読み替えられる。
場所的限界
本条は「屋外において」の危険に限られる。防火対象物の内部で同じ行為や物件が問題となる場合は第5条の3が適用され、同条第1項は措置内容として本条第1項各号を引用する。両条は要件の書きぶりと措置の内容を共有しつつ、規制の場と罰則の重さで分かれている。敷地内であっても建築物の外部空間は屋外であり、屋内階段や共用廊下は防火対象物の内部であるから第5条の3の領域に入る。この切り分けは、命令書の根拠条項の誤りが取消事由に直結するため、現場判断の出発点となる。
名宛人
名宛人は二系統である。行為に対しては「行為者」、物件に対しては「所有者、管理者若しくは占有者で権原を有する者」である。行為者については権原の限定がなく、現に危険な行為をしている者がそのまま名宛人となる。物件については、第2条第4項の「関係者」より狭く、当該物件について措置を実行できる法的地位を備えた者に限られる。所有権を有していても賃貸借等により現実の支配を離れている場合、あるいは占有していても処分権限を欠く場合には、名宛人の選定を誤ることになる。命令の客体を誤って履行義務者でない者を名宛人とした場合、瑕疵ある処分として取消しの対象となり得る。
要件
要件は「火災の予防に危険であると認める」場合と「消火、避難その他の消防の活動に支障になると認める」場合の二つである。行為については前者のみが要件とされ、物件については両者が並列する。物件が可燃物でなくとも、消防隊の進入路や避難経路を塞ぐのであれば後者に該当し得る。
「消火、避難その他の」という限定は平成14年改正で加えられたもので、それ以前は単に「消防の活動に支障になると認める物件」とされていた。改正は支障の内容を例示によって具体化し、命令要件の輪郭を明確にする趣旨と解される。
各号の措置
第1号は行為に対する措置である。禁止、停止、制限という強度の異なる三つの手段と、行為を行う場合の消火準備を命ずる手段が並ぶ。設備・器具については「(物件に限る。)」という限定が付されている。土地に定着する設備は防火対象物又はこれに属する物に当たり、その位置・構造・管理を問題とする限り第5条の対象となるため、本号は可動の物件としての設備・器具に絞られる。
第2号は既に発生した燃焼の残余物の始末を求めるものであり、行為の終了後に残る危険を対象とする。
第3号と第4号は物件に対する措置であり、両者は物件の性状によって分かれる。第3号は危険物と燃焼のおそれのある物件を対象とし、措置は「除去その他の処理」である。第4号は第3号以外の物件を対象とし、措置は「整理又は除去」にとどまる。可燃物であれば火災の発生・拡大の危険を理由に命じ得るのに対し、不燃物については消防活動や避難の支障という理由づけによらざるを得ない。この区別は、後述する東京高裁判決が物件ごとに危険性を判断した際の実質的な分岐点でもある。
なお第3号にいう「危険物」は第2条第7項の定義によるものであり、指定数量以上であることを要しない。指定数量以上の危険物が屋外に投棄されている場合には第10条第1項違反や第16条の6の措置と場面が重なるが、これは後述のとおり重複適用の問題として整理される。
第2項の略式代執行
第2項は、権原を有する者を「確知することができない」ため命令を発し得ない場合に、消防職員に第3号又は第4号の措置をとらせる規定である。行政代執行法に基づく正式の代執行で必要とされる戒告及び代執行令書による通知を欠く点で略式であり、実務上も略式の代執行と呼ばれる。措置の対象は第3号・第4号の物件に限られ、第1号の行為や第2号の始末は含まれない。行為者が現場にいなければ行為そのものが存在しないという構造による。
費用が「それらの者の負担において」とされる点は平成14年改正で加えられた。物件を除去させたときは保管義務が生ずる。
第5条の3第2項が同種の措置について相当の期限を定めた公告を要求しているのに対し、本条第2項には公告の要求がない。屋外の危険は建物内部の物件よりも緊急性が高い場面が多いという想定に基づく差異と解される。もっとも、権利侵害を伴う実力行使である以上、事案の性質に応じて所有者の探索を尽くすべきことに変わりはない。
第3項の保管手続
災害対策基本法第64条第3項から第6項までを準用する。保管した物件の公示、滅失・破損のおそれがある場合等の売却、費用の負担と徴収、公示の日から6か月を経過してもなお返還できないときの所有権の市町村への帰属という一連の処理が、これによって本条にも及ぶ。公示の内容と方法は消防法施行令第50条を通じて災害対策基本法施行令第25条・第26条により、売却は同令第27条第1項により競争入札を原則とする。
第4項の代執行
第4項は行政代執行法の定めるところに従う旨を規定するが、要件の書きぶりは代執行法第2条と異なる。代執行法第2条は、義務の不履行に加えて、他の手段によって履行を確保することが困難であること、及び不履行を放置することが著しく公益に反すると認められることを求める。これに対し本条第4項は、履行しないとき、履行しても十分でないとき、期限までに完了する見込みがないときという三つの場合を掲げるにとどまる。消防庁マニュアルは、本条の措置命令が火災予防上の具体的又は現実的な危険を要件としており、かつ行政指導等の手段を尽くした後に発せられるものであることから、代執行法第2条の後二要件を改めて判断することなく代執行できると整理している。第5条第2項及び第5条の3第5項による準用を通じて、同じ特則が第5条第1項及び第5条の3第1項の命令にも及ぶ。
4 用語解説
屋外 建築物その他の工作物の内部に当たらない空間をいう。敷地内の駐車場、空地、工事現場、道路上などが含まれる。防火対象物の内部については第5条の3が対応する。
消防吏員・消防職員・消防団員 消防吏員は消防本部の職員のうち階級を有し消防事務に従事する者をいい、第1項の命令権はこれに与えられる。第2項の実行主体である消防職員には消防吏員以外の職員も含まれ、消防本部を置かない市町村では消防団員が読替えにより実行主体となる。
権原を有する者 物件について、命令された措置を適法に実行し得る法律上の地位を有する者をいう。所有者、管理者、占有者という地位の呼称と権原の有無は別個に判断される。
放置・みだりに存置 消防庁マニュアルは、本条にいう「みだりに存置」を、物件の所有者等にその場所に置いておく意思が現在もあり、当該物件について多少の管理もされていると認められるものの、それを置くことに正当な理由が認められず、ほぼ放置と同様の状態にあることをいうものとする。第5条の3については別途、物件を置くことが法令に違反している状態、又は正当な理由があると認められない状態をいうものとしており、両条で説明が異なる点に注意を要する。
確知することができない 物件の所有者等が現場に居合わせず、かつ氏名、住所等その者を特定する情報がない状態をいう。昭和40年改正時は「氏名及び住所を知ることができない」と表現されていたものが、平成14年改正で「確知することができない」に改められた。
略式の代執行 行政代執行法に基づく正式の代執行における戒告及び代執行令書による通知の手続を省略した手続をいう。本条第2項及び第5条の3第2項がこれに当たる。
5 改正の経過と内容
昭和23年法律第186号(制定、昭和23年8月1日施行)
命令権者は消防長又は消防署長。単項構成で、第1号から第4号までの措置を定める。罰則は第44条第1号により2千円以下の罰金又は拘留とされた。
昭和40年法律第65号(昭和40年5月14日公布)
本条に関する改正規定は公布の日から施行された。主な内容は次のとおりである。
第一に、括弧書きを「消防本部を置かない市町村においては、市町村長。第六章及び第三十五条の三の二を除き、以下同じ」に改め、命令権者に「その他の消防吏員」を加えた。現場の吏員による即時の命令が可能となったのはこの改正による。
第二に、物件に係る要件に「火災の予防に危険であると認める物件若しくは」を加えた。それまでは消防活動の支障だけが物件に対する命令の根拠であり、可燃物の集積そのものを理由とする命令には条文上の疑義があった。
第三に、第1号の対象行為に溶接その他これらに類する行為を加え、第3号・第4号を現行に近い文言に改めた。
第四に、第2項として、名宛人の氏名及び住所を知ることができない場合に消防職員に第3号又は第4号の措置をとらせる規定と、除去物件の保管義務を新設し、第3項として災害対策基本法第64条第3項から第6項までの準用を置いた。略式代執行と保管の枠組みはこの時点で成立している。
平成14年法律第30号(平成14年4月26日公布、平成14年10月25日施行)
新宿区歌舞伎町の雑居ビル火災を受けた改正である。防火対象物における物件除去の権限を消防吏員に与える第5条の3が新設され、措置命令等を発した場合の公示が制度化された。本条についての改正内容は次のとおりである。
第1項では、物件に係る要件に「消火、避難その他の」を加え、名宛人の列挙を「所有者、管理者若しくは占有者」に改め、柱書きの「左の各号に」を「次に」に改めた。第1号については「溶接」を「火を使用する設備若しくは器具(物件に限る。)又はその使用に際し火災の発生のおそれのある設備若しくは器具(物件に限る。)の使用」に改めた。
第2項では、「の氏名及び住所を知ること」を「を確知すること」に改め、「それらの者の負担において」を加え、消防団員に係る括弧書きに第4項及び第5条の3第2項における読替えを明示した。
第4項として行政代執行法による代執行の規定を新設した。
あわせて第44条について「二十万円」を「三十万円」に改め、命令違反に対する制裁を引き上げた。
なお、第1項第1号の「禁止、停止若しくは制限」のうち「停止」は、平成15年法律第84号による改正まで反映した時点の条文には見当たらず、その後の改正により加えられたものである。命令書の記載を検討する際は、e-Govの現行条文により確認されたい。
現行の罰則
第44条第1号は、第3条第1項の規定による命令に従わなかった者を30万円以下の罰金又は拘留に処する。第45条第3号により両罰規定が適用され、法人に対しても各本条の罰金刑が科される。令和7年6月1日施行の刑法改正により懲役及び禁錮は拘禁刑に一本化されたが、拘留は刑の種類として存置されており、本条違反の法定刑に変更はない。公訴時効は刑事訴訟法第250条第2項第6号により3年である。
6 法的性格と論点
処分性と事前手続
第1項の命令は、名宛人に作為又は不作為の義務を課す行政処分であり、行政手続法上の不利益処分に当たる。したがって弁明の機会の付与が原則として必要となるが、同法第13条第2項第1号により、公益上緊急に不利益処分をする必要があるため意見陳述の手続をとることができないときは省略できる。屋外の危険が切迫している場面はこの類型に当たることが多く、現場で口頭により命令し、事後に命令書を交付する運用が想定されている。消防法上の命令は要式行為ではないため口頭命令も法的には有効であるが、命令の存否や内容をめぐる紛争を避け、告発時の立証資料とするため、緊急やむを得ない場合を除き文書によるべきものとされる。
不服申立期間・出訴期間の特則が及ばないこと
第5条の4は、第5条第1項、第5条の2第1項又は第5条の3第1項の命令についての審査請求期間を命令を受けた日の翌日から起算して30日と定める。第6条も、これら三つの命令について出訴期間を命令又は裁決を受けた日から30日に短縮する。本条第1項の命令はいずれの列挙にも含まれていない。したがって審査請求期間は行政不服審査法第18条第1項の3か月、出訴期間は行政事件訴訟法第14条の6か月が原則として適用される。教示の記載を第5条系の命令書から流用すると誤教示となるため、書式の使い分けが必要となる。
公示義務がないこと
第5条第3項の公示規定は、第5条の2第2項、第5条の3第5項、第8条第5項などを通じて多くの命令に準用されているが、本条第1項の命令には準用されていない。消防庁マニュアルが公示を要する命令として列挙する条項にも本条は含まれない。屋外の物件や行為に対する命令は即時の履行を求めるものが大半であり、違反状態が継続する防火対象物のように第三者への周知を要する場面が想定されていないためと解される。
損失補償規定がないこと
第6条第2項及び第3項は、命令を取り消す旨の判決があった場合等の損失補償を第5条第1項及び第5条の2第1項の命令に限って定めている。本条の命令については同様の規定がなく、違法な命令によって損害を受けた場合は国家賠償法によることになる。
危険物規制との関係
屋外の空地に指定数量以上の危険物が投棄されている場合、本条第1項第3号による除去命令と、第16条の6による災害防止措置命令のいずれによるべきかが問題となる。従来の実務では、貯蔵の形態を有していれば第16条の6が優先的に適用され、その適用が及ばない場合に本条によるという理解、すなわち第16条の6を特別法として位置づける理解が採られていた。これに対し、違反処理研究会は、本条第1項が現場の消防長・消防署長・消防吏員に火災予防上の危険や消防活動上の支障を排除させる趣旨であるのに対し、第10条第1項以下は市町村長等による危険物の貯蔵・取扱いの安全規制であって規制目的が本来的に異なるから、両者を一般法と特別法の関係で理解するのは適切でないとする。消防署長等が本条により除去を命じ、併せて市町村長等が第16条の6により措置を命じたとしても、それぞれの権限行使が誤りとなるものではない。他方、投棄された危険物が地中に浸透してしまったような場合には本条による措置はなし得ず、投棄行為自体を第10条第1項違反として処理することが適切とされる。
火災予防条例との関係
火災に関する警報の発令中における火の使用の制限は第22条第4項により市町村条例に委ねられ、たき火又は喫煙の制限は第23条により市町村長の権限とされている。屋外でたき火が行われている場面では、本条第1項第1号の命令要件を満たすかどうかとは別に、条例で定める火の使用制限違反が成立している場合がある。消防庁マニュアルも両者を並列的に検討すべき旨を示す。火災の危険が既に切迫している場合には、命令ではなく消火活動として対処することも選択肢に入る。
7 裁判例
本条第1項の命令それ自体の適法性が正面から争われた公刊裁判例は乏しい。実務上の指針となっているのは、措置内容を本条第1項各号に依拠する第5条の3第1項命令に関する次の事案である。
東京高判平成27年6月10日(最決平成28年9月1日により確定)
東京消防庁管内の7階建て複合用途防火対象物について、消防署長が、屋内階段の5階部分に存置された木製本棚2台及び収納された書籍等の除去(命令A)と、塔屋階部分に存置されたスチール製ロッカー及び収納された冊子等の除去(命令B)を、第5条の3第1項に基づき占有者に命じた。占有者が命令の取消しと損害賠償を求めて出訴し、第一審は損害賠償10万円を認容したが、控訴審は命令Aを適法、命令Bを違法として取り消し、損害賠償請求を棄却した。双方が上告受理を申し立てたが、最高裁が受理しない旨の決定をしたため高裁判決が確定した。第5条の3第1項に基づく命令の適法性が争われた最初の事案である。
高裁が示した判断枠組みは次のとおりである。「火災の予防に危険である物件」とは、火災発生の危険があると認められる物件のほか、何らかの原因によって火災が発生した場合に延焼・拡大の危険があると認められる物件をいい、「消火、避難その他の消防の活動に支障になると認める物件」とは、消火、避難等の消防活動の支障になると認められる物件一般をいう。措置命令が罰則によって履行を強制する性質のものであることを踏まえると、危険性や支障が一般的・抽象的に認められるだけでは足りず、①当該物件の性状及び設置状況、②当該防火対象物の状況、③当該防火対象物の防火上の管理の状況などを勘案したうえで、火災の発生ないし延焼・拡大に至る危険、又は避難・消火など消防活動上の支障が具体的に認められることを要する。ただし、現実的な危険があることや支障が著しいことまでは必要でない。
この枠組みを当てはめ、命令Aについては、守衛による入退場の管理がなく不特定の第三者が侵入し得る小規模な雑居ビルの共用通路に、扉もなく手の届く状態で約300冊の書籍が収納されていたことから放火等による火災発生の可能性が具体的に認められ、また燃焼した場合には比較的狭い5階通路と上方階の階段室に熱と煙が充満して唯一の避難経路である屋内階段の通行が困難となることから避難の支障も具体的に認められるとして、適法と判断した。
命令Bについては、ロッカーが施錠されたガラス製及びスチール製の引き戸を備えており、心理的にも物理的にも放火の障害となる事情があるから放火の具体的可能性は認められず、他の居室や5階の本棚から出火しても塔屋階のロッカーに火炎が到達することは容易に想定できないとして、収納された冊子等が「火災の予防に危険である物件」に当たらないとした。ロッカー自体についても、屋上へ避難する際に通常人が容易に通行できる空間が確保されていたことから、消防活動の支障になるとまでは認められないとした。
さらに同判決は、第8条の2の4に基づく避難施設の管理義務違反そのものには罰則が設けられていないことを考慮し、同条違反に当たる行為があれば直ちに措置命令の発令要件を満たすとはいえないとしたうえで、命令Bの対象となった物件については、第5条の3の要件を欠くとしても、火災予防上の危険性や避難の支障となる可能性が一般的・抽象的に認められないとまではいえないから、第8条の2の4及び条例に違反する状態にあると判示した。命令要件を欠く場合であっても管理義務違反として是正を求める余地が残ることを示したもので、違反処理の段階的運用に直接影響する。
損害賠償については、適法な処分に係る公示は行わざるを得ず、適法な処分と並んで違法な処分に関する公示がされていても、適法な処分のみが公示された場合と比較して社会的評価が低下したとは認められないとして、慰謝すべき損害の発生を否定した。
なお本判決は防火対象物内の物件に関するものであるが、命令の対象となる措置は本条第1項各号そのものであり、要件文言も物件に関する部分が共通する。屋外の物件について本条により命令する場合にも、物件ごとに具体的危険を認定するという判断構造は同様に妥当する。
命令の瑕疵に関する一般法理
消防庁マニュアルは、命令に瑕疵がある場合の争訟に備え、行政処分の瑕疵が重大かつ明白である場合に限り無効となるとする最判昭和34年9月22日(民集13巻11号1426頁)を引く。また、不利益処分の理由提示(行政手続法第14条)については、根拠法令の規定内容、処分基準の存否及び内容並びに公表の有無、処分の性質及び内容、原因となる事実関係の内容等を総合考慮して示すべき程度が決まるとする最判平成23年6月7日(民集65巻4号2081頁)を引き、処分基準が定められている場合にはその適用関係を示す必要があるとしている。屋外の措置命令であっても、命令書には根拠条項と処分要件に該当する原因事実を具体的に記載すべきことになる。
権限不行使に対する国家賠償
火災により死傷者が発生し、当該建物に消防法令違反が存在して死傷との因果関係が認められる場合には、消防機関が行政処分を実施しなかった不作為について国家賠償法第1条第1項に基づく請求が提起され得る。火災発生時点における火災予防上の知見の下で、法の目的及び付与された権限の性質等に照らし、許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは違法と判断されることがある。屋外の危険を現認しながら措置命令に移行しなかった場合にも、この枠組みが働く余地がある。
8 実務上の留意点
命令の要否の判断
たき火や火入れを現認した場合、消防庁マニュアルは、気温、湿度、風速、人家、可燃物など周囲の事情を勘案して具体的な火災危険性が認められるときに第1項の禁止等措置命令を行うものとし、林野火災警報は一定の気象状況を踏まえたものであるため具体的火災危険の重要な指標になるとする。危険性が認められなければ命令要件に該当しない。
同マニュアルの違反処理基準①は、命令に至る具体的事例として、可燃性蒸気が発生又は滞留している場所での火花を発する行為、工事現場で不燃シート等の養生をせずに火花を発する行為、たき火の炎が木造家屋の壁体に接して炭化している状態、林野火災警報発令中など火災予防上危険な気象環境下での屋外のたき火、危険物又は可燃物の付近での花火、どんど焼き後の後始末が不完全なまま行為者が現場を離れた状態、廃車のオートバイのタンクからガソリンが漏れて蒸気が発生している状態、焼却炉に接して可燃物が大量に放置されている状態、少量危険物が無届でかつ条例の基準に適合せず貯蔵されている状態、避難器具の避難空地から道路等に通ずる避難通路が通行不能となる物件の存置、敷地内の店舗出入口前に置かれた避難上通行不能となる大量の物品を挙げる。履行期限はいずれも原則として即時とされる。
命令書の作成と交付
現場では、命令の主体である吏員が命令書を作成し、命令者欄に自署又は記名押印する。名宛人に直接交付して受領書を求め、口頭による場合は原則として事後に命令書を交付する。この場合の命令書の日付は、命令を実施した日付とする。名宛人が受領を拒否したときは配達証明付き内容証明郵便により送達する。命令の効力は命令が受領者に到達したとき、すなわち社会通念上一般に了知し得る客観的状況に置かれたときに生ずる。
略式代執行の手順
権原を有する者を確知できない場合、本条第2項により第3号又は第4号の措置をとらせる。防火対象物における第5条の3第2項と異なり公告は要求されていないが、物件を除去したときは適切に保管し、返還のための公示を行うとともに保管物件一覧簿を備え付け、関係者が自由に閲覧できるようにしておく必要がある。公示は保管を始めた日から起算して14日間、消防本部又は消防署に掲示し、期間が満了してもなお権原を有する者の氏名及び住所を知ることができない場合は、公示の要旨を市町村の公報又は新聞に掲載する。滅失若しくは破損のおそれがあるとき、又は保管に不相当な費用や手数を要するときは売却でき、売却は競争入札を原則とする。公示の日から起算して6か月を経過してもなお返還できないときは、物件又は売却代金の所有権は当該消防長等の属する市町村に帰属する。
費用については、除去・運搬等の執行費用は本来の義務者に請求するものとされ、その根拠として公法上の不当利得返還請求権の考え方が示されている。保管、公示、売却等に要した費用は災害対策基本法第64条第5項・第6項の準用により義務者の負担となり、その徴収については行政代執行法第5条及び第6条が準用される。いずれについても、費用の額及び納期日を定めて文書により納付を命ずる。
代執行に至る場合
命令を発したうえで履行がない場合には第4項の代執行が可能となる。代執行を行うのは消防長又は消防署長であり、戒告と代執行令書による通知を経て執行する。マニュアルは本条に基づく代替的作為義務の例として、屋外の駐車場に存置されたガソリン入りのポリタンクの除去命令を挙げる。代執行要件に該当しても直ちに実行するのではなく、法令違反の程度や緊急性を総合的に判断して要否を決定する。代執行の戒告、代執行令書による通知及び代執行費用納付命令はいずれも行政処分であり、審査請求及び取消訴訟の教示を要する。
告発
命令に従わない場合は第44条第1号違反として告発の対象となる。告発は違反地を管轄する司法警察員又は検察官に告発書を提出して行う。両罰規定の適用を検討する場合には、法人等の事業に関して違反行為が行われたことを供述等により特定しておく必要がある。公訴時効が3年であることから、命令の履行期限経過後は速やかに捜査機関と協議することが望ましい。
記録と証拠保全
屋外の危険は時間の経過によって現場が変化するため、実況見分調書と写真による記録が後の争訟や告発における中心的な証拠となる。マニュアルは、違反の状態が客観的に判別できる写真と、全体の中で当該違反場所の位置が判別できる写真の双方を撮影すること、重要部分の寸法測定にはメジャー等を添えて撮影すること、デジタルカメラで撮影した写真を資料に貼付する場合には公判等で真正を疑われないよう改ざん防止用SDカードを使用することを求めている。
他制度との連携
屋外に堆積した物件の問題は、廃棄物の処理及び清掃に関する法律、空家等対策の推進に関する特別措置法、道路法、各自治体のいわゆるごみ屋敷条例など複数の制度と重なることが多い。本条による措置は火災予防上の危険又は消防活動上の支障を要件とするから、生活環境上の支障や景観の問題のみを理由として発動することはできない。他方、火災危険が具体的に認められる限り、他の制度による手続が並行していることは本条の適用を妨げない。関係部局との事前協議により、どの機関がどの根拠でいつ動くかを整理しておくことが、実効的な危険排除につながる。名宛人の特定にあたっては、第35条の13に基づく関係官公署への照会を活用できる。
参考資料
- 消防法(昭和23年法律第186号)e-Gov法令検索
- 法律第百八十六号(昭23・7・24)消防法(制定時本文)衆議院・制定法律
- 消防法(昭和23年法律第186号)名古屋大学大学院法学研究科 法令データベース
- 消防法及び消防組織法の一部を改正する法律(昭和40年法律第65号)衆議院・制定法律
- 消防法の一部を改正する法律(平成14年法律第30号)衆議院・制定法律
- 総務省消防庁予防課「違反処理標準マニュアル」
- 総務省消防庁「違反処理マニュアル(第1 違反処理要領)」
- 総務省消防庁「消防法第5条の3命令取消等請求訴訟等に係る行政対応に関する記録」(平成30年度予防業務優良事例)
- 「月刊フェスク」2017年3月号「消防法第5条の3第1項に基づく物件除去命令に係る訴訟」(一般財団法人日本防火・防災協会)
- 違反処理研究会「考えながら学ぶ違反処理法学」第26回(月刊消防2014年7月号、近代消防社)
- 災害対策基本法(昭和36年法律第223号)、同法施行令
- 行政代執行法(昭和23年法律第43号)、行政手続法、行政不服審査法、行政事件訴訟法
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