消防法
目次
第一章 総則
第二章 火災の予防
第三章 危険物
第三章の二 危険物保安技術協会
第四章 消防の設備等
第四章の二 消防の用に供する機械器具等の検定等
第四章の三 日本消防検定協会等
第五章 火災の警戒
第六章 消火の活動
第七章 火災の調査
第七章の二 救急業務
第八章 雑則
第九章 罰則
附則
1 条文
第1条 この法律は、火災を予防し、警戒し及び鎮圧し、国民の生命、身体及び財産を火災から保護するとともに、火災又は地震等の災害による被害を軽減するほか、災害等による傷病者の搬送を適切に行い、もつて安寧秩序を保持し、社会公共の福祉の増進に資することを目的とする。
2 趣旨・立法背景
消防法(昭和23年法律第186号)は、昭和23年7月24日に公布された。前年に公布された消防組織法(昭和22年法律第226号)が消防の任務と組織を定めたのに対し、本法は火災の予防・警戒・鎮圧、危険物の規制、消防用設備等の設置維持、火災の調査、救急業務といった消防作用の実体を定める。組織法と作用法という役割分担が、両法の第1条の書き分けに表れている。消防組織法第1条の主語は「消防」であり制度そのものの任務を宣明するのに対し、本条の主語は「この法律」であって、法律自体が何を実現しようとするかを述べる目的規定である。
制定の経緯には固有の事情がある。消防法案は第1回国会で衆議院を通過したものの参議院で審議未了となり、政府部内の意見や警視庁消防部の意向を踏まえて修正のうえ第2回国会に再提出された。この過程で危険物、消火設備、火災警戒に関する章が新設され、全47条に拡充されて、消防組織法との整合が図られている。自治体消防の発足と歩調を合わせ、市町村消防が現実に行使する権限の根拠を用意したのが本法である。
本条は、消防法全体の解釈指針を提供するとともに、同法が課す多数の義務と規制の正当化根拠を示す位置にある。防火管理者の選任義務、消防用設備等の設置維持義務、危険物施設の許可制、立入検査の受忍といった負担は、いずれも私人の財産権や営業の自由に対する制約であり、その正当化は本条が掲げる目的に依拠する。
3 文理解釈
本条は、手段、直接の目的、究極の目的という三つの層を一文で連結している。
手段に当たるのが「火災を予防し、警戒し及び鎮圧し」である。この三語は、消防法の章立てとほぼそのまま対応する。予防は第2章(火災の予防、第3条から第9条の4まで)、警戒は第5章(火災の警戒、第22条から第23条の2まで)、鎮圧は第6章(消火の活動、第24条から第30条の2まで)である。条文の並びが偶然の産物ではなく、目的規定の語順に従って構成されていることは、個別条文の位置づけを確認する際の手がかりになる。
直接の目的は三つある。火災からの国民の生命、身体及び財産の保護、火災又は地震等の災害による被害の軽減、災害等による傷病者の搬送の適切な実施である。第一の目的が火災に限定される一方、第二の目的は災害一般に広がり、第三の目的は救急業務に及ぶ。
究極の目的が「もつて安寧秩序を保持し、社会公共の福祉の増進に資すること」である。「もつて」以下は、直接の目的が達成された結果として実現されるべき状態を示す。個別の権限の適否を判断する際、直接の目的との結び付きが問われるのであって、究極の目的を持ち出せば広い権限行使が許されるという読み方はできない。
消防組織法第1条が「水火災又は地震等の災害」と定めるのに対し、本条が「火災又は地震等の災害」とする点は、単なる表記の揺れではない。両者の相違は、後述する水防法制定に伴う改正の帰結である。
4 用語解説
予防とは、火災の発生自体を防ぐための事前の作用をいう。火気の使用に関する規制、防火管理、消防用設備等の設置維持、危険物の規制がここに含まれる。警戒とは、火災がまだ発生していないものの発生の危険が高まった段階における措置をいい、気象状況を踏まえた火災警報の発令(第22条)、たき火・喫煙の制限(第23条)、ガス等の漏えい事故に際しての火災警戒区域の設定(第23条の2)がこれに当たる。鎮圧とは、発生した火災を消し止める作用であり、消火活動と延焼の防止を指す。
安寧秩序は、公共の安全と社会の平穏を意味する語であり、戦前の警察法制で用いられた表現が引き継がれたものである。消防が警察の一部門から分離した後も目的規定の末尾に残された点に、本法の沿革が刻まれている。
社会公共の福祉の増進は、憲法第29条第2項が財産権の内容を公共の福祉に適合するよう法律で定めるとしていることに対応する。消防法上の各種義務が財産権の制約として合憲性を保つ拠り所は、この文言に集約される。
災害等による傷病者の搬送は、第2条第9項に定義される救急業務に対応する。同項は、災害による事故等その他政令で定める事由による傷病者のうち、医療機関その他の場所へ緊急に搬送する必要があるものを救急隊によって搬送することと定義し、傷病者が医師の管理下に置かれるまでの応急の手当を含むとしている。本条の「適切に行い」という文言は、第7章の2(第35条の5以下)が定める都道府県の実施基準と、それに対する消防機関の遵守義務(第35条の7第1項)へ接続する。
5 改正の沿革と内容
制定時の本条は「この法律は、火災を予防し、警戒し及び鎮圧し、国民の生命、身体及び財産を火災から保護するとともに、水火災又は地震等の災害に因る被害を軽減し、もつて安寧秩序を保持し、社会公共の福祉の増進に資することを目的とする。」であった。
最初の改正は、水防法(昭和24年法律第193号)の附則によるものである。同附則は、消防法第1条中「水火災」を「火災」に改め、あわせて第36条及び第40条第2項第2号中「水災その他の災害」を「水災を除く他の災害」に改めた。洪水や高潮への対応は水防管理団体が担う水防法の体系へ切り出され、消防法の作用の対象からは水災が外されたことになる。他方で消防組織法第1条は「水火災」の語を保っており、制度としての消防の任務には水火災が含まれ続けている。両法の第1条を並べて読むと、任務としては水火災に及ぶが、消防法上の権限行使の対象からは水災が除かれるという構造が見えてくる。実務では、水防活動と消防活動の指揮系統や費用負担の切り分けを検討する際の出発点となる。なお「に因る」の表記は、その後「による」に改められている。
現行の姿を決めたのは、平成21年法律第34号(消防法の一部を改正する法律、平成21年5月1日公布、同年10月30日施行)である。同法は「第一条中「被害を軽減し」を「被害を軽減するほか、災害等による傷病者の搬送を適切に行い」に改める」と定め、あわせて附則第2条により消防組織法第1条にも同旨の文言を加えた。改正の本体は、都道府県に傷病者の搬送及び受入れの実施基準の策定を義務付け(第35条の5)、消防機関・医療機関等で構成する協議会を設ける(第35条の8)という救急搬送体制の制度化である。
改正の背景には、受入医療機関の選定が難航する事案の増加がある。消防庁は平成19年から平成20年にかけて救急業務高度化推進検討会に作業部会を設けて検討し、平成21年3月の報告書が実施基準の策定と協議組織の設置を提言した。消防審議会も同年2月に消防機関と医療機関の連携のあり方に関する答申を消防庁長官へ提出している。法案は同年3月3日に閣議決定され、4月17日に衆議院、4月24日に参議院でいずれも全会一致で可決された。
本条は平成21年改正以後、文言に変更がない。現行法は令和7年6月1日施行のものである。
6 論点──目的規定の機能と限界
目的規定は、それ自体が権限を創設せず、また私人に義務を課すものでもない。消防長又は消防署長が資料の提出を命じ、立入検査を行う権限は第4条に、防火管理者の選任を命ずる権限は第8条第4項に、消防用設備等の設置を命ずる権限は第17条の4に、それぞれ個別の根拠がある。本条を直接の根拠として関係者に義務を課すことはできない。
もっとも、目的規定は次の三つの場面で実務的な意味を持つ。
第一に、権限行使の必要性判断における基準として機能する。第4条第1項が「火災予防のために必要があるとき」、第4条の2第1項が「火災予防のため特に必要があるとき」と要件を書き分けているように、権限発動の要件は抽象的な文言で定められることが多い。その充足を判断する際、本条が掲げる目的が判断の枠を与える。
第二に、裁量統制の基準となる。立入検査や措置命令の権限は、必要性と相手方の私的利益との比較衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、消防機関の合理的な裁量に委ねられると解されている。本条の目的と無関係な動機による権限行使は、目的外行使として違法の評価を受ける。
第三に、規制権限の不行使が国家賠償法第1条第1項の適用上違法となるかの判断において、権限の趣旨・目的を確定する起点となる。防火対象物への是正措置や危険物施設への規制が争われる訴訟では、当該権限が誰のいかなる利益を保護するために与えられたのかが問われ、その解釈に本条が用いられる。
罰則との関係も見落とせない。消防法は第9章に罰則を置き、命令違反や義務違反に刑罰を科す。構成要件の解釈にあたって処罰範囲を画する際、本条の目的が限定解釈の根拠として援用されうる。
7 裁判例
最判昭和34年1月29日(昭和29年(オ)第391号)は、消防法第7条による消防長の同意の法的性質を扱った。建築許可に対する消防長の同意、同意の拒絶、同意の取消しが行政処分に当たるかが争われた事案で、最高裁は、消防長の同意は知事に対する行政機関相互間の行為であって、国民の権利義務を直接形成しまたはその範囲を確定するものではないとし、抗告訴訟の対象となる処分性を否定した。消防同意をめぐる紛争は、建築主事の確認処分や特定行政庁の是正措置命令を対象として争うほかないという処理は、現在の実務でも維持されている。
最判昭和47年5月30日(第三小法廷)は、消防法第29条第3項にいう延焼の防止のために緊急の必要があったと認められた事例である。同項に基づく破壊消防は、適法な公権力の行使に伴って生じる特別の犠牲であり、損失補償の対象として処理される。違法行為に対する損害賠償とは法律構成が異なる点は、消防行政の基本的な整理項目となる。
最判昭和53年7月17日民集32巻5号1000頁(第二小法廷)は、消防署職員が残り火の点検を怠ったことにより再出火した事案について、国家賠償法第4条にいう「民法」に失火の責任に関する法律が含まれるとし、公権力の行使に当たる公務員の失火による国又は公共団体の賠償責任には当該公務員の重大な過失を要すると判示した。鎮圧という手段の遂行過程で生じた損害について、責任要件が加重される。
救急搬送の場面では、神戸地裁令和元年12月3日判決が参照される。兵庫県川西市の救急隊が119番通報を受けて出動しながら、飲酒による酩酊の可能性が残ると判断して搬送せずに引き揚げ、後に脳梗塞と診断された事案で、裁判所は後遺障害との因果関係を否定しつつ搬送義務違反を認め、市に慰謝料等約110万円の支払を命じた。平成21年改正で本条に加えられた「傷病者の搬送を適切に行い」が、現場の観察義務と搬送判断の水準として問われる。
消防関係の裁判例については、一般財団法人日本消防設備安全センターの違反是正支援センターが消防関係等判例集を公開しており、消防長の同意と特定行政庁の是正措置権限の不行使が争われた神戸地裁平成15年5月20日判決なども収録されている。実務で類似事案を検討する際の索引として有用である。
⇒ https://www.fesc.or.jp/
8 実務上の留意点
火災予防条例や規則を立案する際、根拠となる委任規定の解釈は本条の目的に照らして行う必要がある。市町村条例に委ねられた事項(第9条、第9条の4など)についても、条例の目的が消防法の目的の枠内にあることが前提となる。
立入検査の運用では、消防庁の立入検査標準マニュアル及び違反処理標準マニュアルが基準を示している。令和4年11月21日付け消防予第598号による改正では、直通階段が一つの防火対象物を火災予防上の対応の必要性が高いものと位置づけ、重点的な立入検査を計画することとされた。これらの通知が消防組織法第37条の助言として発出されている点も、組織法と作用法の関係を確認する材料になる。
救急業務では、実施基準の遵守(第35条の7第1項)が法律上の義務であることを踏まえ、地域の実施基準と自本部の救急業務規程との整合を定期的に点検すべきである。不搬送とした事案の記録の作り方、メディカルコントロール協議会による事後検証の運用は、目的規定に基づく搬送の適切性を組織として説明するための基盤となる。
次回は第2条、防火対象物、消防対象物、関係者、救急業務などの定義規定を扱う。
参考資料
- 消防法(昭和23年法律第186号)e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC1000000186
- 消防組織法(昭和22年法律第226号)e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000226
- 衆議院「法律第百八十六号(昭二三・七・二四)消防法」 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/houritsu/00219480724186.htm
- 衆議院「消防法の一部を改正する法律(平成21年法律第34号)」 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/17120090501034.htm
- 名古屋大学「法令データベース 水防法(昭和24年法律第193号)」(附則による消防法第1条の改正) https://jahis.law.nagoya-u.ac.jp/lawdb/l/324a0193
- 総務省消防庁「平成21年版消防白書 3 消防法の改正」 https://www.fdma.go.jp/publication/hakusho/h21/cat1/cat1040/2295.html
- 厚生労働省「消防法の一部を改正する法律の公布について(平成21年5月1日医政発第0501001号・消防救第95号)」 https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb5453
- 消防庁予防課長「立入検査標準マニュアル及び違反処理標準マニュアルの改正について(令和4年11月21日消防予第598号)」 https://www.fdma.go.jp/laws/tutatsu/items/9198c34fea5e6a809306adf7356f8f1fa5358b15.pdf
- 一般財団法人日本消防設備安全センター 違反是正支援センター「消防関係等判例集」 https://www.fesc.or.jp/ihanzesei/data/index09.html
- 裁判所「裁判例検索」 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/search1
- 総務省「消防関係法令一覧」 https://www.soumu.go.jp/menu_hourei/shoubou.html
- 総務省消防庁 https://www.fdma.go.jp/
- 中川総合法務オフィス https://compliance21.com/
無料相談をご利用ください。 https://compliance21.com/contact/


