条文原文
第百条の二 普通地方公共団体の議会は、議案の審査又は当該普通地方公共団体の事務に関する調査のために必要な専門的事項に係る調査を学識経験を有する者等にさせることができる。
現行法において、本条は平成18年の地方自治法改正により新設されて以降、条文の実質的な改正を経ていない。令和7年及び令和8年の地方自治法改正においても、本条自体への変更は行われておらず、創設時の文言がそのまま維持されている。もっとも、本条と同時に新設された第100条第12項(議案の審査又は議会の運営に関し協議又は調整を行うための場、いわゆる全員協議会等の協議等の場)や、後年整備された議会のICT活用に関する規定など、議会機能の強化に関する周辺制度は累次の改正で拡充されてきており、本条もその一連の議会機能強化策の中に位置づけて理解する必要がある。
趣旨・立法背景
本条は平成18年法律第53号による地方自治法改正で新設された。この改正は、平成11年の地方分権一括法による機関委任事務制度の廃止以降、条例制定権の拡大や自治事務の範囲拡大に伴って議会の担うべき責任と役割が格段に重くなったことを背景に、議会の政策立案機能及び監視機能を強化する目的で行われた一連の制度整備の一環である。
具体的な立法過程としては、地方分権改革推進会議や地方六団体からの要望を受け、総務省が「議会のあり方に関する研究会」等での検討を経て制度化した経緯がある。同時期の改正では、第100条第12項による各派代表者会議・全員協議会等の協議等の場の法的位置づけの明確化、罰金額の引上げ(百条調査権に係る証言拒否罪等の罰金を5千円から10万円に引上げ)なども行われており、本条の新設は、これらと並んで議会の調査・審議機能を実質的に補強する措置として位置づけられる。
立法の直接の狙いは、専門的・技術的な事項について、議会が自前の知見だけでは十分な審査・調査を尽くせない場面において、外部の学識経験者等の専門知識を制度的に活用できる道を開くことにある。地方分権の進展により条例制定権の対象が拡大し、環境影響評価、都市計画、情報システム調達、公共施設マネジメント、感染症対策など専門性の高い政策領域が議会審査の対象となる場面が増加したことも、制度創設の実質的な背景である。
第100条の百条調査権が、選挙人その他の関係人の出頭・証言・記録提出を強制し、正当な理由のない拒否や虚偽陳述に罰則を科す強い権限であるのに対し、第100条の2は、学識経験者等に対して任意の協力を求める仕組みであり、法的な強制力を伴わない点に本質的な違いがある。両者は「議会の調査権」という共通の外形を持ちながら、権限の性質、対象、手続、費用負担のいずれの面でも異なる制度として設計されている。
用語解説
議案の審査 議会に提出された条例案、予算案、その他の議決事件について、委員会又は本会議において内容を検討する行為をいう。本条による調査は、審査対象となっている個別具体の議案に関連して必要となる専門的事項を対象とする。
当該普通地方公共団体の事務に関する調査 第100条第1項の百条調査権における「当該普通地方公共団体の事務に関する調査」と文言上は同一であるが、第100条の2の調査は強制的な出頭・証言請求を伴わない点で、百条調査とは別個の調査類型である。委員会の所管事務調査(第109条)や、議会の一般的な監視機能の一環として行われる調査も対象に含まれ得る。
専門的事項 議員自身の知識や議会事務局の調査能力のみでは十分な検討が困難な、高度に技術的・専門的な内容を指す。典型例としては、公共施設の耐震診断や老朽化評価、情報システムの調達仕様の妥当性、都市計画や環境アセスメントの技術的評価、財政指標や公会計に関する分析、感染症対策や医療政策の専門的知見などが挙げられる。
学識経験を有する者等 大学教授等の研究者、弁護士、公認会計士、技術士、建築士等の専門資格保有者、シンクタンク研究員などが典型例として想定されている。「等」とあることから、個人に限らず、複数の専門家から構成される合議体(調査委員会形式)に調査を依頼することも制度上排除されていないと解されている。
調査をさせる 議会が学識経験者等に調査の実施を委嘱する行為を指す。法的性質としては、業務委託契約又は非常勤の特別職としての委嘱のいずれの形式を取ることも可能であり、いずれの構成を採るかは各自治体の実務運用に委ねられている。第100条の百条調査権のように罰則による担保を伴わないため、学識経験者等が調査を拒否したとしても法的な制裁はない。
全国的な活用状況
本条は創設から長期間が経過しているにもかかわらず、全国的に活用実績が乏しい制度として知られている。全国都道府県議会議長会が令和元年に総務省の「地方議会・議員のあり方に関する研究会」に提出した意見書では、専門的事項に係る調査(地方自治法第100条の2)について、制度創設以降、都道府県議会での活用事例がなく、市町村議会においてもほとんど活用されていない実態が指摘され、専門的知見の活用は重要であるとしつつも、制度が実際に機能するよう検証と改善が必要であるとの問題提起がなされている。
全国市議会議長会が実施している「市議会の活動に関する実態調査」でも、専門的知見の活用状況及びその具体的事例が調査項目の一つとして継続的に設けられており、地方自治法第100条の12項に基づく協議等の場の設置状況と並んで、議会機能強化の指標として位置づけられている。同調査で報告される活用事例の多くは、大学との連携協定に基づく政策討論の実施や、審議会類似の合議体への意見聴取という形で行われており、第100条の2そのものを明示的な根拠として調査を委嘱した例として全国調査に具体的に名前が挙がる自治体は限定的である。
活用が進まない要因としては、実務上、次のような点が指摘されている。第一に、委嘱する学識経験者等への謝金・報酬の予算措置が必要となり、財政規模の小さい町村議会では予算確保自体が容易でないこと。第二に、議会側に専門家を探索し委嘱手続を主導する事務局機能が十分整備されていない例が多いこと。第三に、参考人制度(第115条の2)や委員会での専門的知見を有する者からの意見聴取など、既存の類似制度との使い分けが実務上明確でないこと。第四に、第100条の2による調査結果を政策形成や議案審査にどう反映させるかという制度的な運用ルールが整備されていない自治体が多いことである。
具体的な活用事例
数少ない活用事例の中でも、奈良県生駒市議会は、平成23年の議会改革の取組の一環として、地方自治法第100条の2に基づく専門的知見の活用による調査を実施したことを明示的に公表している。同市議会は、年間の会期日程をホームページに掲載するなど議会改革を積極的に進める中で、専門的事項に係る調査の活用を改革メニューの一つとして位置づけていた。
滋賀県大津市議会は、議会活性化検討委員会の答申に基づく政策立案機能強化策の一環として、龍谷大学とのパートナーシップ協定を締結し、専門的知見の活用に取り組んでいる例として全国調査に報告されている。大学との包括連携協定という形式を取ることで、個別の調査案件ごとに謝金・契約手続を都度講じる負担を軽減しつつ、継続的に専門的知見へアクセスできる体制を構築した点に特色がある。
また、地方議会の実務では、総合教育会議に関する事務処理の適正性が問題となった事案において、当該事務についての調査を第100条第1項に基づき特別委員会を設置して行った例のように、専門性の高い事務に関する調査が百条委員会形式で行われる例も見られる。もっとも、この種の事案は強制力を伴う百条調査権の発動事例であり、任意の学識経験者等への委嘱による第100条の2の活用事例とは法的性質を異にする点に留意を要する。
このように、本条を明示の法的根拠として活用した公表事例が少ない一方、実質的に専門家の知見を政策形成に取り込む取組(大学との連携協定、有識者検討会の設置、審議会への参考人的な招致など)は各地で行われており、これらが第100条の2の枠組みによるものか、参考人制度や事実上の意見聴取によるものかは、個々の自治体の運用実態を精査する必要がある。議会基本条例を制定した自治体の一部では、政策討論会や委員会における参考人招致、専門家を講師とする議員研修会の実施など、専門的知見の活用に関連する取組を条例上の制度として整備している例も見られる。
施行令・施行規則との関係
地方自治法施行令及び施行規則には、第100条の2そのものを直接の委任根拠として具体的な手続を定める規定は置かれていない。この点は、同じく議会に置かれる専門的知見活用の仕組みである第174条の専門委員制度(普通地方公共団体の長が学識経験を有する者の中から選任し、委託を受けた事項を調査させる制度)についても同様であり、いずれも実施細目は各自治体の条例・会議規則・要綱に委ねられている構造となっている。
もっとも、第100条の2に基づき委嘱される学識経験者等の処遇については、実務上、地方自治法第203条の2(非常勤職員の報酬及び費用弁償)の枠組みで整理されることが一般的である。学識経験者等を非常勤の特別職として委嘱する構成を採る場合には、当該報酬・費用弁償の額や支給方法を規則又は条例で定める必要があり、この点で地方自治法施行規則に定める各種様式や、財務会計に関する地方自治法施行令の随意契約に関する規定(施行令第167条の2)が、委嘱に伴う契約手続の局面で間接的に関係してくる。
参考として、地方自治法施行令第167条の10の2に基づく総合評価落札方式における学識経験者からの意見聴取の実務(地方自治法施行規則第12条の4に規定)は、第100条の2とは別の制度(執行機関による契約手続上の意見聴取)であるが、学識経験者の委嘱・報酬支給という実務プロセスの参考例として、各自治体の要綱整備において参照されることがある。実際、千葉県の総合評価落札方式に係る学識経験者選定要領では、学識経験者を2名以上委嘱すること、報償費を日額で定めること等が規定されており、議会が第100条の2に基づき学識経験者等を委嘱する際の要綱整備においても、同種の枠組みが参考にされる例が見られる。
地方公務員法との比較
第100条の2に基づき委嘱される学識経験者等の身分の位置づけを検討する際には、地方公務員法との整理が問題となる。学識経験者等を委嘱する構成としては、地方公務員法上の非常勤の特別職(地方公務員法第3条第3項第3号等が想定する、専門的な知識経験等に基づき、随時、市町村の事務を補助する職)として位置づける方法と、業務委託契約の受託者として純粋な私法上の契約関係とする方法の双方があり得る。前者を採る場合には、地方公務員法上の服務規律や身分保障の適用関係を条例・規則で整理する必要が生じるが、地方公務員法第3条第3項に列挙される特別職は、同法上の分限・懲戒等の規定(同法第27条以下)の適用が原則として除外される点に留意を要する。第174条の専門委員についても同様の整理がなされており、非常勤性(第174条第4項)が明記されている点で、第100条の2の学識経験者等の取扱いを検討する際の参考となる。
実務上の留意点
第100条の2の活用を検討する自治体においては、まず議会基本条例や会議規則において、専門的事項に係る調査を委嘱する場合の手続(委嘱の決定機関、対象事項の範囲、報酬・費用弁償の基準、調査結果の議会への報告方法)をあらかじめ整備しておくことが望ましい。全国的な活用実績が乏しい制度であるからこそ、いざ専門的知見が必要な事案(大規模な公共施設整備の技術評価、情報システム調達の妥当性検証、感染症対策の政策評価等)に直面した際に、根拠規定はあっても運用ルールがなく機動的に活用できないという事態を避ける必要がある。
また、学識経験者等への謝金・報酬について、地方自治法第203条の2に基づく非常勤職員の報酬として条例で定める場合と、契約に基づく委託料として支出する場合とでは、予算科目、契約手続、政治的中立性の担保といった観点で実務上の取扱いが異なるため、あらかじめどちらの構成を採るか整理しておくことが実務上重要である。
◆自治体研修850回超の行政書士が、係長・課長昇任試験の論文を1本から添削します。 https://compliance21.com/promotion-examination-lg/

