「知らなかった」が最も高くつく法律

独占禁止法の罰則規定は、日本の経済法の中でも最も重い部類に入る。私的独占・不当な取引制限(談合・カルテル)を行った個人には5年以下の懲役または500万円以下の罰金、法人には5億円以下の罰金が科される。課徴金は違反行為の実行期間最長10年分の売上額を基礎として算定される。

しかし多くの経営者・管理職は、「どの行為がどの条文に引っかかり、いくらの制裁を受けるのか」を数字で把握していない。コンプライアンス研修の現場で「課徴金がどう計算されるか知っていますか」と問うと、正確に答えられる参加者はほとんどいない。

罰則を抽象的に「重い」と認識しているだけでは、予防にならない。本稿では第89条から第95条の罰則規定を逐条解説し、課徴金算定の実務も含めて「数字で理解する独禁法リスク」を整理する。


独禁法の3つの柱の制裁体系―全体像の把握から

個別条文の解説に入る前に、独占禁止法の制裁体系全体を整理する。独禁法の制裁は大きく三つの柱から成る。

(1)行政上の措置として排除措置命令(第7条・第8条の2・第20条)がある。違反行為の差止め・再発防止措置を命じる行政処分であり、課徴金とは別に発令される。確定した排除措置命令への違反は、それ自体が刑事罰の対象となる(第90条)。

(2)行政上の制裁として課徴金(第7条の2〜第7条の9・第8条の3・第20条の2〜第20条の7)がある。違反行為に係る商品・役務の売上額に算定率を乗じた金額を国庫に納付させる制度であり、刑事罰とは別個に発動される。

(3)刑事罰として罰金・懲役(第89条〜第95条)がある。公正取引委員会の告発を経て検察が起訴し、刑事裁判で確定する。個人(役員・従業員)と法人の双方に科される(両罰規定・第95条)。

これら三つに加え、民事上の救済として損害賠償(第25条・民法709条)と差止請求(第24条)がある。制裁は累積する。同一違反行為について、排除措置命令・課徴金・刑事罰・損害賠償が同時並行で進む場合がある。


第89条(不当な取引制限等の罪)逐条解説

条文

第89条 次の各号のいずれかに該当する者は、5年以下の拘禁刑若しくは500万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

一 第3条の規定に違反して私的独占又は不当な取引制限をした者

二 第8条第1号又は第2号の規定に違反した者

解説:最重の刑事罰が適用される行為類型

第89条は独占禁止法の刑事罰の中で最も重い条文であり、適用対象は二つの行為類型に限定されている。

第1号は第3条違反、すなわち私的独占と不当な取引制限(談合・カルテル)である。第2号は事業者団体による競争の実質的制限(第8条第1号)と国際的協定(第8条第2号)である。

刑の内容は「5年以下の拘禁刑若しくは500万円以下の罰金、またはこれを併科」である。懲役と罰金を同時に科すことができる「併科」規定が置かれている点に注目すべきである。

「拘禁刑」は令和4年刑法改正(令和7年施行)により「懲役」「禁錮」を統合した新たな自由刑の名称であり、実質的な重さは従来の懲役刑と変わらない。

第89条の適用対象は「した者」であり、法人の従業者・代理人・役員が業務に関して違反行為を行った場合、その個人が第89条の対象となる。法人自体への罰則は第95条(両罰規定)が別途規定する。

建設会社の取締役が入札談合を主導した場合、その取締役個人が5年以下の拘禁刑の対象となる。「会社の指示でやった」「慣行に従っただけ」という弁明は、刑事責任を免れる事由にはならない。

実際の刑事処分の運用

公正取引委員会は、国民生活に広範な影響を及ぼすと考えられる悪質かつ重大な事案等について積極的に告発を行う方針を取っている。

独占禁止法89条では5年以下の懲役刑が法定されているものの、過去に有罪判決が下された事例では執行猶予付きの判決となっており、実刑判決が下されたことはない。もっとも、実刑判決がないのはこれまでの運用上の話であり、今後、実刑判決が下される可能性は否定できない。

刑事罰の発動は公正取引委員会の告発が前提となる。告発に至るまでの流れは、まず公正取引委員会の審査部門による調査(立入検査・関係者のヒアリング・書類提出要求等)があり、次に審査の結果として排除措置命令・課徴金納付命令が発令され、並行して刑事告発の検討が行われ、告発後に検察による捜査・起訴・刑事裁判という流れをたどる。

なお独占禁止法違反は、司法取引制度の対象犯罪に含まれている。独占禁止法違反で告発された企業・個人は、他の共犯者の事件について協力することで自らの処分の軽減を受けられる可能性があるという点は、コンプライアンス研修において経営者・法務担当者に伝えるべき重要な情報である。


第90条(確定排除措置命令違反等の罪)逐条解説

条文

第90条 次の各号のいずれかに該当する者は、2年以下の拘禁刑若しくは300万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

一 第7条第1項(第8条の2第2項において準用する場合を含む。)の規定による確定した排除措置命令に違反した者

二 第17条の2の規定による確定した排除措置命令に違反した者

三 第20条の規定による確定した排除措置命令に違反した者(第19条の規定に違反する行為をした者に限る。)

解説:排除措置命令への違反は新たな犯罪を構成する

第90条は、公正取引委員会が発令した排除措置命令が確定した後、その命令に違反した場合の刑事罰を定める。

第89条が独占禁止法の実体規定違反に対する刑罰であるのに対し、第90条は「行政命令への違反」という手続的側面の刑罰である。刑の内容は2年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金(併科可)と、第89条より軽い設定になっている。

実務上の重要性は次の点にある。排除措置命令を受けた段階で事業者が命令内容を無視・放置すれば、それ自体が新たな刑事罰の対象となる。「行政処分だから刑事問題にはならない」という認識は完全に誤りである。

建設業者が談合について排除措置命令を受けた後、再び同様の情報交換・受注調整を行えば、第90条の刑事罰の対象となる。IT企業が不公正な取引方法について排除措置命令を受けた後、同様の排他条件付取引を継続すれば、同様の問題が生じる。


第91条・第91条の2(その他の刑事罰)逐条解説

第91条(銀行業・保険業を営む会社による議決権の取得等の規制違反)

第91条 第11条第1項の規定に違反した者は、1年以下の拘禁刑若しくは200万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

第91条は、銀行・保険会社が他の国内会社の議決権を一定比率超えて保有することを禁じた第11条(銀行・保険会社の他会社株式保有制限)の違反に対する刑事罰である。金融機関・保険会社が関係する株式保有・企業結合に固有の規定であり、一般の建設業・IT企業には直接の適用はない。

第91条の2(届出等に係る義務違反)

第91条の2 次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の拘禁刑若しくは200万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

一 第9条第4項、第10条第2項(略)の規定による届出をしなかった者又は虚偽の届出をした者

二 (略)公正取引委員会の承認を受けずに株式の取得等をした者

第91条の2は企業結合規制(第9条〜第18条)に係る届出義務・承認義務の違反に対する罰則である。M&A・株式取得・合併等を行う際の公正取引委員会への届出を怠った場合に適用される。大規模なM&Aを行う建設業大手・IT企業にとっては実務上重要な規定である。企業結合審査の届出漏れ・虚偽届出は1年以下の拘禁刑または200万円以下の罰金の対象となる。


第92条(懲役及び罰金の併科)逐条解説

条文

第92条 第89条から前条までの罪を犯した者には、情状により、拘禁刑及び罰金を併科することができる。

解説:自由刑と財産刑の同時適用

第92条は、第89条から第91条の2の罪について、拘禁刑(自由刑)と罰金(財産刑)を同時に科すことができることを確認する規定である。

日本の刑事法では原則として懲役と罰金は択一的に科されるが、独占禁止法はその例外として「情状により」両者を併科できると定めている。悪質性・反復性・影響の大きさ等の情状が重い場合には、拘禁刑と罰金が同時に科される可能性がある。


第93条・第94条・第94条の2・第94条の3(その他の刑事罰)逐条解説

第93条(秘密漏洩等の罪)

第93条 公正取引委員会の委員又は事務総局の職員(略)は、職務上知ることのできた事業者の秘密を漏らし、又は盗用してはならない。

第93条は公正取引委員会の職員に対する守秘義務とその違反に対する罰則(1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)を定める。調査・審査の過程で知った事業者の営業秘密を外部に漏らした職員を処罰する規定であり、一般企業には直接適用されない。

第94条(行政調査の拒否等の罪)・第94条の2(一般的調査の拒否等の罪)

公正取引委員会による調査への非協力・虚偽報告等に対する罰則(第94条:1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金)と、一般的な情報収集のための調査への非協力に対する罰則(第94条の2:50万円以下の罰金)を定める。

実務上の重要点は、公正取引委員会の立入検査や資料提出要求に対して、拒否・妨害・虚偽説明を行うことが刑事罰の対象となるという点である。調査対応においては、専門家の助言を得ながら適法に対応することが不可欠であり、調査への非協力は制裁を重くするだけである。

第94条の3(秘密保持命令違反の罪)

損害賠償訴訟等において裁判所が発した秘密保持命令に違反した場合の罰則(5年以下の拘禁刑または500万円以下の罰金)を定める。


第95条(両罰規定)逐条解説

条文

第95条 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関して次の各号に掲げる違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人又は人に対しても、当該各号に定める罰金刑を科する。

一 第89条第1項の違反行為 5億円以下の罰金刑

二 第90条(第1号を除く。)又は第91条の2の違反行為 3億円以下の罰金刑

三 第91条又は第92条の違反行為 2億円以下の罰金刑

四 第94条又は第94条の2の違反行為 3億円以下の罰金刑

解説:「個人が悪かった」では済まない法人への重課

第95条は両罰規定の核心であり、実務上最も重要な条文の一つである。

両罰規定とは、従業者・代理人・役員等が業務に関して違反行為を行った場合、その個人(行為者)を処罰するとともに、法人(会社・事業者団体)も別途処罰する制度である。

第95条の最大の特徴は、法人に対する罰金額の「重課」にある。

第89条(不当な取引制限・私的独占)については、個人の罰金上限が500万円であるのに対し、法人の罰金上限は5億円と、10倍もの重課となっている。

この重課の趣旨は、法人が組織として違反行為を黙認・助長・放置していた場合に、法人自体に対して十分な制裁を加えることにより、組織としてのコンプライアンス体制の整備を促す点にある。

実務上の含意は明確である。「担当者個人が勝手にやったことで、会社は関係ない」という弁明は通用しない。法人の業務に関して行われた違反行為であれば、「法人自体が監督義務を怠った」として法人も罰金5億円以下の刑事処分の対象となる。

なお、法人に免責される余地があるとしたら、「法人が当該違反行為の防止のために必要な注意・監督義務を尽くしていた場合」のみであるが、実務上この免責が認められることは極めて稀である。日頃からコンプライアンス教育・内部統制・監査体制を整備していることが、唯一の防御策となる。

事業者団体への解散宣告

独占禁止法違反を犯した事業者団体に対して刑を言い渡す場合、裁判所は事業者団体の解散を宣告することができる(第95条の4第1項)。業界団体が組織として談合・カルテルを主導していた場合、団体そのものの解散という最も重大な結末を迎える可能性がある。


課徴金制度の実務―算定方法と減免制度

罰則規定の解説と合わせて、課徴金制度(第7条の2〜第7条の9)の実務を整理する。課徴金は刑事罰とは独立した行政上の制裁であり、独禁法違反企業に対して最も頻繁に用いられる制裁手段である。

課徴金の算定基礎

課徴金の計算式は以下の通りである。

課徴金額 = 違反行為に係る商品・役務の売上額 × 算定率 × 違反実行期間

算定率は事業者の規模と行為の種別によって異なる。不当な取引制限(カルテル・談合)については、大企業は10%、中小企業は4%である。再販売価格の拘束については3%、その他の不公正な取引方法(優越的地位の濫用等、一定の要件下)については1%が適用される。

違反実行期間は最長10年(令和元年改正以降)とされており、長期にわたる談合・カルテルについては算定期間が最大10年分さかのぼる。

試算例

たとえば、建設業者が5年間にわたり、ある県の公共工事(当該業者の年間売上20億円分)について談合を続けていた場合の課徴金の試算は次の通りとなる。

違反行為に係る売上額:20億円×5年=100億円、算定率:10%(大企業の場合)、課徴金額:100億円×10%=10億円となる。

IT企業が3年間にわたり公共調達のシステム開発案件(年間売上5億円分)についてカルテルを行っていた場合は、違反行為に係る売上額:5億円×3年=15億円、算定率:10%(大企業の場合)、課徴金額:15億円×10%=1億5000万円となる。

この金額に加え、法人への罰金(最大5億円)、損害賠償(自治体等からの請求)が重なる。複数企業が談合に参加している場合、各社がそれぞれ自社の売上額を基礎として課徴金を算定・納付することになる。

課徴金と罰金の調整

不当な取引制限・支配型私的独占・排除型私的独占について、課徴金と罰金の双方が課される場合は、罰金額の2分の1に相当する金額が課徴金から控除される。課徴金と刑事罰が重複して制裁が過大となることを防ぐための調整規定である。

課徴金減免制度(リニエンシー)の実務

第1条〜第3条の解説でも触れたが、課徴金減免制度(リニエンシー制度)は独禁法違反への対処において最も重要な実務上の選択肢の一つである。

違反事業者が公正取引委員会に対する報告・調査協力を行った場合、申請順位や協力度合いなどによって課徴金の減免を受けることができる。

公正取引委員会の調査開始前に申請した場合の減免率は、1位が全額免除、2位が20%減額、3位〜5位が10%減額、6位以降が5%減額となる。調査開始後も申請できるが、減免率は調査開始前より低くなる。

さらに令和元年改正で導入された「調査協力減算制度」により、提出した証拠の価値・協力の程度に応じた追加の減算(最大40%)が別途認められる。

リニエンシーは「1番手になった者だけが全額免除を受けられる」という特性から、共謀関係を内部から崩すインセンティブを与える制度設計となっている。過去に問題のある取引慣行があったと認識した場合は、早期に専門家に相談することが、結果的に自社の損失を最小化することにつながる。


罰則・課徴金リスクの実務的まとめ

独占禁止法の制裁体系を経営リスクとして数字で把握するために、主要な制裁を一覧にまとめる。

私的独占・不当な取引制限(談合・カルテル)については、個人への刑事罰として5年以下の拘禁刑または500万円以下の罰金があり、法人への刑事罰として5億円以下の罰金がある。課徴金は最長10年分の売上額×10%(大企業)・4%(中小企業)で算定される。

排除措置命令への違反については、個人への刑事罰として2年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金があり、法人への刑事罰として3億円以下の罰金がある。

不公正な取引方法(優越的地位の濫用等)については、刑事罰の直接適用はないが排除措置命令・差止請求・損害賠償の対象となる。一定の要件下で課徴金も課される。


経営者・法務担当者・管理職へのメッセージ

「5億円以下の罰金」「5年以下の拘禁刑」という数字は、コンプライアンス研修において受講者に最も強い印象を与える。しかし制裁の「重さ」を知ることは、出発点に過ぎない。

重要なのは、「どのような行為が、どのような経緯で、この制裁に至るのか」というプロセスを理解することである。談合・カルテルの多くは、「業界の慣行」「競合他社との情報交換」「受注調整の確認」という名目で始まり、それが積み重なって独占禁止法違反の構造が形成される。

法人の業務として行われた違反行為に対し、法人自体が5億円以下の罰金を科される両罰規定の存在は、コンプライアンス体制の整備が「経営課題」であることを明確に示している。コンプライアンス教育・内部通報制度・取引監査体制の整備は、「コストセンター」ではなく「リスクマネジメントへの投資」として経営層が認識すべき事項である。


中川総合法務オフィスのコンプライアンス支援サービス

中川総合法務オフィスでは、代表・中川恒信が、850回を超えるコンプライアンス等の研修実績に基づき、独占禁止法の罰則・課徴金リスクを含めた実践的なコンプライアンス研修・コンサルティングを提供している。

「経営者・役員向け独禁法リスク研修」「管理職向けコンプライアンス研修(独禁法・取適法)」「入札・調達部門向け競争法リスク管理研修」「課徴金減免制度の実務対応セミナー」などのご依頼は、下記よりお問い合わせいただきたい。

Follow me!