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はじめに──「今」発信するのには理由がある

スポーツ基本法が、2025年6月13日、制定から14年で初めて大きく改正されました。

参議院本会議で可決・成立したこの改正は、超党派の議員連盟による議員立法です。スポーツ庁からは同年9月1日付でスポーツ庁次長通知として施行通知が発出されています。

私がこのタイミングでスポーツ基本法の逐条解説を始めるのは、偶然ではありません。

改正法が施行された「今」こそ、スポーツ団体の理事・役員・マネジメント層が、自組織のガバナンスとコンプライアンスを総点検すべき最大のチャンスだからです。

そして同時に、対応を怠った組織にとっては、最大のリスクが顕在化する時期でもあります。


2025年改正──何が変わったのか

まず、今回の改正の核心を整理しておきます。

従来の「する・見る・支える」という理念に加えて、新たに「集まる・つながる」というキーワードが追加され、スポーツは「人を幸せにする社会的インフラ」として位置づけ直されました。また、スポーツ団体のガバナンス強化や公的資金の適切な使途等透明性の確保が求められるようになりました。

ハラスメント防止については、指導者が優越的な立場を利用して選手に過度な負担を強いる行為や、部活動でのいじめ・不適切行為への対応として、国や自治体がハラスメント防止に向けた具体的な措置を講じることが義務化されました。

部活動については、中学校の部活動の地域展開を推進するため国や自治体の責務が明確化され、自治体には中学生がスポーツに親しむ機会の確保が努力義務とされました。また「全国障害者スポーツ大会」の名称が「全国パラスポーツ大会」に変更されることも明記されています。

さらに注目すべきは、スポーツ庁次長通知の「第2留意事項」として、選手や指導者等のスポーツ関係者がオンラインカジノを含む違法賭博に関わることがないよう、また役職員が選手や指導者等の違法行為や不正行為の防止等に適切に対処できるよう、コンプライアンス意識の徹底に取り組むよう努めることが明記されている点です。

「努力義務」という言葉に油断しないでください。行政指導・補助金停止・社会的制裁のトリガーになります。


目次の構造から読む「立法者の意図」

改正後の目次を改めて確認しましょう。

第一章 総則
第二章 スポーツ基本計画等
第三章 基本的施策
 第一節 スポーツの推進のための基礎的条件の整備等
 第二節 多様なスポーツの機会の確保のための環境の整備
 第三節 競技水準の向上等
 第四節 スポーツの公正及び公平の確保等(第29条~第29条の5)←★
第四章 スポーツの推進に係る体制の整備
第五章 国の補助等

第四節「スポーツの公正及び公平の確保等」が独立した節として設けられ、ドーピング防止・ハラスメント防止・スポーツ仲裁などが明文化されています。

これは何を意味するか。立法者が、スポーツ団体の「自浄作用」には限界があると、法律の構造として明確に認めたということです。「内輪で解決する」時代は、法律レベルで終わりを告げたのです。



前文の逐条解説──7つのキーメッセージ

前文は法的拘束力のある「条文」ではありませんが、法律全体の解釈指針となる最重要文書です。実務上、コンプライアンス体制の根拠づけや内部規程の策定においても、前文の理念は積極的に活用できます。【前文】全部を下記に掲載

スポーツは、世界共通の人類の文化である。
スポーツは、心身の健全な発達、健康及び体力の保持増進、精神的な充足感の獲得、自律心その他の精神の涵かん養等のために個人又は集団で行われる運動競技その他の身体活動であり、今日、国民が生涯にわたり心身ともに健康で文化的な生活を営む上で不可欠のものとなっている。スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、全ての人々の権利であり、全ての国民がその自発性の下に、人種、性別、年齢、障害の有無等にかかわらず、各々の関心、適性等に応じて、安全かつ公正な環境の下で日常的にスポーツに親しみ、スポーツを楽しみ、又はスポーツを支える活動に参画することのできる機会、スポーツに関し集う機会、スポーツを通じてつながる機会等が確保されることにより、多様な国民一人一人が生きがいを持ち幸福を享受できるようにするとともに、豊かさを実感できる社会の実現が図られなければならない。
スポーツは、次代を担う青少年の体力を向上させるとともに、他者を尊重しこれと協同する精神、公正さと規律を尊ぶ態度や克己心を培い、実践的な思考力や判断力を育む等人格の形成に大きな影響を及ぼすものである。
また、スポーツは、人と人との交流及び地域と地域との交流を促進し、地域の一体感や活力を醸成するものであり、人間関係の希薄化等の問題を抱える地域社会の再生に寄与するものである。さらに、スポーツは、心身の健康の保持増進にも重要な役割を果たすものであり、健康で活力に満ちた長寿社会の実現に不可欠である。
スポーツ選手の不断の努力は、人間の可能性の極限を追求する有意義な営みであり、こうした努力に基づく国際競技大会における日本人選手の活躍は、国民に誇りと喜び、夢と感動を与え、国民のスポーツへの関心を高めるものである。また、スポーツと文化芸術との連携が、人々に感動と希望をもたらし、人々の創造性を育み、人々が共に生きる絆きずなの形成に広く寄与するなど、スポーツと他の分野との連携は、多様な国民一人一人の幸福の享受及び豊かさを実感できる社会の実現により一層つながるものである。これらを通じて、スポーツは、我が国社会に活力を生み出し、国民経済の発展に広く寄与するものである。さらに、スポーツの国際的な交流や貢献が、国際相互理解を促進し、国際平和に大きく貢献するなど、スポーツは、我が国の国際的地位の向上にも極めて重要な役割を果たすものである。
そして、地域におけるスポーツを推進する中から優れたスポーツ選手が育まれ、そのスポーツ選手が地域におけるスポーツの推進に寄与することは、スポーツに係る多様な主体の連携と協働による我が国のスポーツの発展を支える好循環をもたらすものである。
このような国民生活における多面にわたるスポーツの果たす役割は、多様な国民一人一人が、スポーツに親しみ、スポーツを楽しみ、又はスポーツを支える活動に参画すること、スポーツに関し集うこと、スポーツを通じてつながること等によって果たされるものであり、その重要性に鑑み、スポーツ立国を実現することは、将来における我が国の発展のために不可欠な重要課題である。
ここに、スポーツ立国の実現を目指し、国家戦略として、スポーツに関する施策を総合的かつ計画的に推進するため、この法律を制定する。


❶「スポーツは、世界共通の人類の文化である」

冒頭の一文が意味するもの:

文化である以上、スポーツには「保護される価値」があります。これは単なる美辞麗句ではなく、スポーツ団体が公的助成を受ける根拠であり、同時に社会的責任(説明責任)を負う根拠でもあります。

実務上のリスク: 公益財団法人・公益社団法人格を持つ競技連盟が、補助金の使途を不透明にした場合、「文化の担い手」としての信頼を損なうだけでなく、公益認定の取消し・補助金返還請求という法的リスクに直結します。


❷「スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、全ての人々の権利」

「権利」という言葉の重み:

これは単なる理想論ではありません。「人種、性別、年齢、障害の有無等にかかわらず」と明記されている点に注目してください。

実務上のリスク:

「女子選手には遠征費の補助が少ない」 「障がいのある部員の試合出場を事実上制限している」 「外国籍選手の選考基準が不透明」

これらは、前文が定める「権利の保障」に反する行為として、SNSでの告発・スポーツ仲裁機構への申立て・行政指導のトリガーになりえます。


❸「青少年の人格形成に大きな影響を及ぼすもの」

ここが、部活動・大学スポーツのガバナンスで最も重要な視点です。

「他者を尊重しこれと協同する精神」「公正さと規律を尊ぶ態度」「克己心」──これらを育む場であるはずのスポーツ現場が、指導者のハラスメントによって真逆の「服従・恐怖・沈黙」を学ぶ場になっていないか。

私自身の経験を交えて──

私はバレーボールで全日本高校選抜に選ばれ、強化合宿にも参加しました。進学校で文武両道を目指す中、「スーパースター」などと言われることもありましたが、厳しい練習や合宿現場など指導の現場で見たのは才能ある選手たちが怒声と恐怖によってパフォーマンスを落としていく現実でした。

ある先輩は、コーチの理不尽な叱責に耐え続け、結果的に競技を離れました。「あの選手が続けていたら」と今でも思います。

法律の前文が「人格形成」と書いた意味を、私は体で知っています。指導者の言葉と行動は、選手の人格に刻まれます。それがプラスにもマイナスにもなる──だからこそ、指導現場のコンプライアンスは「義務」なのです。


❹「地域の一体感や活力を醸成するもの」

地域スポーツクラブ・Jリーグ・Bリーグクラブへの示唆:

地域に根ざしたスポーツ団体は、単なる競技主体ではなく「地域コミュニティの核」です。その団体で不祥事が発覚した場合のダメージは、組織内にとどまりません。スポンサー離れ・行政との連携停止・地域住民の信頼失墜という連鎖を引き起こします。

取適法(建設業の適正取引との共通項):

私が建設業界やIT業界で850回以上の研修を行ってきた中で強く感じるのは、「業界の慣習」という名の下で不透明な取引や下請けへの圧力が長年放置されてきたという事実です。スポーツ界も同様に、「昔からそうだった」「強くなるためには仕方ない」という慣習が、法的リスクを蓄積させてきました。

下請法の改正法である取適法、改正建設業法の下請け取引適正化等がサプライチェーン全体のガバナンスを求めるように、スポーツ基本法も組織の上から下まで一貫した価値観の浸透を求めているのです。


❺「国民経済の発展に広く寄与するもの」

スポーツは今や産業です。スポーツビジネス・スポーツツーリズム・スポーツスポンサーシップ──その経済規模は年々拡大しています。

だからこそ、ガバナンスの失敗は経済的損失に直結します。

実例として:

  • ある競技連盟の助成金不正流用が発覚し、スポンサー複数社が契約を打ち切り、推定数億円の損失。
  • 大学体育会の指導者によるハラスメント事案が報道され、部の存続が議論に。

これらはすべて、「経済的価値を持つスポーツ資産を、ガバナンスの欠如が毀損した」事例です。


❻「国際相互理解を促進し、国際平和に大きく貢献」

国際大会・国際交流への参加を担う競技連盟には、国際基準のガバナンス(IOC・IF基準)への準拠が求められます。

WADAの禁止薬物規程、各国際競技連盟のコンプライアンス規程──これらへの対応が不十分な場合、国際大会への参加資格剥奪・日本代表認定の取消しというリスクがあります。


❼「スポーツ立国の実現を目指し、国家戦略として」

ここが、スポーツ団体の理事・役員の方々に最も意識していただきたい点です。

スポーツ基本法は、スポーツを「国家戦略」と位置づけています。つまり、競技連盟や競技団体は、単なる任意団体ではなく、国家的使命を帯びた公的組織としての性格を持ちます。

その組織の理事・役員には、善管注意義務・忠実義務(一般社団法人法・公益認定法)が課されます。ガバナンスの不備は、個人としての法的責任にも発展しうるのです。


前文を軽視した組織が直面する3大リスク

リスク①:ハラスメント訴訟・刑事告訴

指導者による身体的・精神的ハラスメントは、傷害罪・暴行罪・パワハラ防止法違反として法的問題化します。「スポーツの指導だから」という言い訳は、もはや通用しません。2025年改正でハラスメント防止措置が義務化された以上、「スポーツの指導だから」という言い訳は完全に通用しなくなりました。

リスク②:不正経理による補助金返還・役員の個人責任

強化費・遠征費・大会運営費の不透明な処理は、スポーツ庁・都道府県への補助金返還請求だけでなく、役員個人への損害賠償請求に発展した事例があります。

リスク③:選考プロセスの不透明性による信頼失墜

代表選考・レギュラー選考における恣意的判断は、スポーツ仲裁機構(JSAA)への申立てや、SNS告発による社会的制裁につながります。


解決策:ガバナンス体制と内部通報制度の構築

これらのリスクを回避するために必要なのは、以下の3つの柱です。

柱①:ガバナンス体制の整備 理事会の機能強化・監事の独立性確保・利益相反管理規程の整備・財務情報の透明化

柱②:コンプライアンス研修の実施 指導者・役員・スタッフへの定期研修。「知らなかった」は免責されません。850回超の研修実績から言えるのは、一回の研修で終わらせないことが重要だということです。

柱③:外部通報窓口の設置 内部の声を「外部の専門家」が受け取る仕組みがなければ、不祥事は隠蔽されます。特に部活動・競技連盟のような閉じたコミュニティでは、外部通報窓口が機能的な抑止力になります。


おわりに

スポーツ基本法の前文は、「スポーツは文化である」という宣言から始まります。

文化を守るのは、ルールではありません。ルールを使いこなす「人」と「組織」です。

私はバレーボールの現場で、スポーツが人を育てる力も、傷つける力も持っていることを肌で感じてきました。だからこそ、スポーツ団体のガバナンスとコンプライアンスに全力で向き合っています。

2025年の改正スポーツ基本法は、「スポーツ界よ、自分たちで変われなかったのだから、法律で変える」という立法者のメッセージです。


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中川総合法務オフィスでは、スポーツ団体(競技連盟・プロチーム・大学・高校部活動)を対象に、「ガバナンス構築コンサル」「コンプライアンス研修」「外部通報窓口の受託」を提供しています。

「うちの団体、大丈夫かな?」と思ったその直感を、大切にしてください。不祥事は突然起きるのではなく、「気になっていたのに動かなかった」積み重ねから生まれます。

まずは一度、お気軽にご相談ください。

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