「競争を実質的に制限しなくても」違反になる条文

独占禁止法の第3条(不当な取引制限・談合)は「競争を実質的に制限すること」が要件であり、市場全体に対する影響が必要だった。しかし第19条が禁止する「不公正な取引方法」は、それより低い閾値で違反が成立する。「公正な競争を阻害するおそれ」があれば足りる。

つまり、大規模な談合でなくとも、個々の企業が日常の取引において行使する圧力・条件設定・排他的な要求が、この条文の対象となりうる。

建設業の元請企業が下請企業に対して行使する取引条件の強制、IT企業が競合他社への対抗のために用いる排他的な契約条件、自治体が発注業者に対して設定する不当な条件――これらはすべて第19条の問題として問われうる。さらに第19条は、2026年1月1日に施行された取適法(製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律)とも密接に連動しており、両法を一体として理解することが現代の実務では不可欠である。

私は850回を超えるコンプライアンス研修の現場で、第19条に関わるリスクが最も広く、最も見落とされやすいことを実感している。本稿では第19条を逐条解説し、一般指定の主要類型と実務対応を整理する。


第19条(不公正な取引方法の禁止)逐条解説

条文

第19条 事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。

解説:シンプルな一文が持つ広大な射程

第19条はわずか一文である。しかしその内容は、第2条第9項の「不公正な取引方法」の定義と、公正取引委員会が告示で指定する「一般指定」(昭和57年公正取引委員会告示第15号)によって具体化される。

第2条第9項は不公正な取引方法を第1号から第6号に分類しており、この構造を理解することが第19条解釈の前提となる。

  • 第1号:共同の取引拒絶
  • 第2号:差別対価(継続的供給における差別的対価)
  • 第3号:不当廉売
  • 第4号:再販売価格の拘束
  • 第5号:優越的地位の濫用
  • 第6号:その他公正取引委員会が指定するもの(一般指定)

このうち第1号・第2号・第3号・第4号・第5号については、一定の要件のもと課徴金の対象となる(第20条の2〜第20条の6)。第6号に基づく一般指定違反については課徴金は課されないが、排除措置命令・差止請求・損害賠償の対象となる。

なお第19条違反には、第3条(不当な取引制限)と異なり刑事罰の規定がない。しかし確定した排除措置命令に違反した場合は、第90条により2年以下の懲役または300万円以下の罰金(法人は3億円以下)が科される。


不公正な取引方法の6類型―一般指定を含む実務解説

公正取引委員会の一般指定は16項目にわたるが、建設業・IT企業・自治体発注の現場に直結する主要類型を解説する。


類型1:取引拒絶(一般指定第1号・第2号)

取引拒絶とは、特定の事業者に対し、正当な理由なく取引を拒否し、または取引する商品・役務の数量・内容を制限する行為をいう。

「共同の取引拒絶」(一般指定第1号)は、競争者と共同して特定の事業者への供給を拒絶する行為であり、原則として公正競争阻害性が認められる。「単独の取引拒絶」(一般指定第2号)は、市場で有力な地位にある事業者が競争者を排除するために取引を拒絶する場合に問題となる。

建設業での典型例として、地域の有力元請企業が新規参入した競合業者の下請企業に対し「あの会社と取引を続けるなら、うちの仕事は出さない」と通告する行為が挙げられる。IT業界では、大手SIerが競合他社のソフトウェアを導入しようとするユーザー企業に対し、自社製品との組み合わせを条件として競合製品の導入を事実上妨害する行為が問題となりうる。


類型2:差別的取扱い(一般指定第3号〜第5号)

差別的取扱いとは、地域・相手方によって取引条件を不当に差別することをいう。

差別対価(一般指定第3号)は、地域や相手方によって不当に差別的な価格で供給・購入する行為である。特定の競合他社が活動している地域においてのみ異常に低い価格を設定し、競合他社の顧客を奪おうとする行為が典型例である。

取引条件等の差別的取扱い(一般指定第4号)は、価格以外の取引条件(支払期限・担保・サービス内容等)において特定の事業者を不当に不利に扱う行為である。建設業において特定の下請企業に対してのみ不当に厳しい検収条件を課したり、IT企業が特定の顧客に対してのみ不当に短い保証期間を設定したりする行為が問題となる。

事業者団体における差別的取扱い(一般指定第5号)は、前回解説した第8条の事業者団体規制とも重なる類型であり、団体が特定の構成員を不当に排斥・差別して事業活動を困難にさせる行為をいう。


類型3:不当廉売(一般指定第6号・第2条第9項第3号)

不当廉売とは、正当な理由なく、商品・役務を供給にかかる費用を著しく下回る対価で継続して供給し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれのある行為をいう。

公正取引委員会の「不当廉売に関する独占禁止法上の考え方」(不当廉売ガイドライン)によれば、「供給に要する費用を下回る対価」が基本的な判断基準となる。原価を下回る価格での継続的な販売は、資力のない競合他社を市場から排除することを目的とした略奪的価格設定として問題となりうる。

IT業界では、大手クラウドサービス事業者が中小規模のSaaS事業者を市場から排除する目的で特定サービスを原価以下で提供し続ける行為、建設業では体力のある大手企業が新規参入の競合を排除するため採算を度外視した価格で入札を続ける行為が問題となりうる。

なお、不当廉売については課徴金制度が適用される場合がある(同一行為について過去10年以内に排除措置命令等を受けたことがある場合)。


類型4:再販売価格の拘束(第2条第9項第4号)

再販売価格の拘束とは、商品の供給先(販売業者)に対し、その商品の再販売価格を拘束する行為をいう。メーカーが卸売業者・小売業者に「この価格以下で売るな」と指示・強制することが典型例である。

建設業では直接的な関連は少ないが、IT業界・ソフトウェア業界では、ソフトウェアベンダーが代理店・販売パートナーに対して販売価格の下限を強制する行為が問題となりうる。建設関連の資材・設備メーカーが代理店に対して価格拘束を行った場合も同様である。

再販売価格の拘束についても、一定の場合に課徴金が課される。


類型5:優越的地位の濫用(第2条第9項第5号)―取適法との接続点

優越的地位の濫用は、第19条が禁止する不公正な取引方法の中で、現代の実務上最も問題となる類型であり、かつ取適法との関係で特に重要な条文である。

条文上の定義は「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次のいずれかに該当する行為をすること」とされており、具体的には次の行為類型が列挙されている。

継続して取引する相手方に対し、当該取引に係る商品・役務以外の商品・役務を購入させること(購入強制)、継続して取引する相手方に対し、自己のために金銭・役務その他の経済上の利益を提供させること(協賛金・協力金等の強要)、取引の相手方からの注文を拒否し若しくは取引数量を制限すること等によって、相手方に不利益を与えること(受領拒否・返品)、取引の相手方に対し、取引の対価の支払を遅らせ、又はその額を減じること(支払遅延・減額)、上記のほか、取引の相手方に不利益となるように取引条件を設定・変更し、又は取引を実施すること(その他の不利益行為)がある。

「取引上の地位が優越している」とは、取引の相手方にとって、取引している事業者との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障をきたすため、その事業者が優位な地位を不当に利用するおそれがある状態をいう。

建設業における典型的な優越的地位の濫用事例は多岐にわたる。元請企業が下請企業に対して行う一方的な代金減額(見積後の値引き強要)、正当な理由のない返品・やり直しの強制、資材・機器の購入先指定(自社グループからの購入強制)、協賛金・祝儀の要求、代金支払いの不当な遅延などがある。

IT企業の調達・発注の場面では、大手SIerが下請のシステム開発会社に対して行う追加作業の無償要求、仕様変更を一方的に行い追加費用を認めない行為、納品後の検収を不当に遅延させて支払いを先延ばしにする行為などが問題となる。

ここで重要なのが取適法との関係である。取適法は独占禁止法の特別法として機能しており、製造委託・情報成果物作成委託・役務提供委託等における優越的地位の濫用的行為について、より詳細かつ強力な規制を設けている。2026年1月1日施行の取適法では、一方的な代金決定の禁止・手形払いの原則禁止・従業員基準の追加など、独占禁止法の優越的地位の濫用規制を補完・強化する形で整備された。

したがって、建設業・IT企業が下請・委託取引において遵守すべき法的規範は、独占禁止法第19条(優越的地位の濫用)と取適法を一体として理解・運用することが不可欠である。

優越的地位の濫用については、課徴金制度が適用される(一定の場合)。公正取引委員会は近年、デジタル分野における優越的地位の濫用についても積極的な執行を行っており、大手プラットフォーム事業者に対する調査・措置も相次いでいる。


類型6:排他条件付取引・拘束条件付取引(一般指定第11号・第12号)

排他条件付取引(一般指定第11号)とは、相手方が競争者と取引しないことを条件として取引し、競争者の取引機会を減少させるおそれのある行為をいう。

IT業界での典型例として、大手ベンダーが顧客との契約において「当社製品を導入している期間中は、競合他社の同種サービスを利用してはならない」と定める行為が問題となりうる。建設業では、元請企業が下請企業に対し「うちの仕事をする間は、競合他社の仕事を受けるな」と条件を付ける行為が排他条件付取引に該当しうる。

拘束条件付取引(一般指定第12号)は、相手方の事業活動を不当に拘束する条件を付けて取引する行為であり、より広い概念である。営業地域の制限・顧客の制限・取引先の制限などが含まれる。

有力な事業者が市場閉鎖効果・競争回避効果をもたらす形でこれらの条件を設定した場合に公正競争阻害性が認められる。


類型7:ぎまん的顧客誘引・不当な利益による顧客誘引(一般指定第8号・第9号)

ぎまん的顧客誘引(一般指定第8号)とは、実際のものよりも著しく優良または有利であると顧客に誤認させることにより、競争者の顧客を誘引する行為をいう。いわゆる「優良誤認表示」「有利誤認表示」を伴う不当競争がこれにあたる。

IT企業の製品・サービスの広告宣伝において、実際のシステム性能・セキュリティ水準・サポート体制について虚偽・誇大な表示を行い顧客を誘引する行為が問題となりうる。建設業では、施工実績・品質・安全管理体制について不実の表示を行い公共工事の入札で有利な評価を得ようとする行為が該当しうる。

不当な利益による顧客誘引(一般指定第9号)は、正常な商慣習に照らして不当な利益をもって競争者の顧客を誘引する行為であり、いわゆる「過大な景品・リベート」がこれにあたる。公正取引委員会は景品表示法とも連動する形でこの類型を規制している。


第19条と取適法の関係―実務上の整理

第19条(優越的地位の濫用)と取適法の関係は、実務担当者が最も混乱しやすい点である。以下に整理する。

独占禁止法第19条は、「取引上の地位の優越性」が認められるすべての取引関係に適用される一般法である。適用範囲は広く、製造委託・役務委託にとどまらず、あらゆる継続的取引関係が対象となりうる。ただし「優越性」の立証が実務上困難であり、執行には時間と証拠が必要となる。

取適法は、製造委託・情報成果物作成委託・役務提供委託等の特定の取引類型について、独占禁止法の優越的地位の濫用規制を具体化・強化した特別法である。「優越性」の立証を要せず、一定の資本金・従業員数基準を満たせば当然に適用される。禁止行為が具体的かつ列挙的に規定されており、公正取引委員会・中小企業庁・所管省庁による行政指導・勧告・命令が迅速に行われる。

両法は重複して適用される。取適法に違反する行為は、同時に独占禁止法第19条の優越的地位の濫用にも該当しうる。建設業の元請と下請の関係、IT企業の発注会社と受託会社の関係においては、両法を一体として遵守体制を整備することが求められる。


違反に対する措置(第20条・第20条の2〜第20条の7)

排除措置命令(第20条)として、公正取引委員会は第19条違反に対し、当該行為の差止め・契約条項の削除・再発防止措置等を命じることができる。

課徴金(第20条の2〜第20条の6)として、課徴金が課されるのは、第2条第9項第1号から第5号に該当する行為(共同取引拒絶・差別対価・不当廉売・再販価格拘束・優越的地位の濫用)のうち、過去10年以内に同一違反について排除措置命令等を受けたことがある場合である。優越的地位の濫用については、継続して行われた場合、課徴金の算定期間は最長10年とされる。

差止請求(第24条)として、第19条違反によって著しい損害を受け、または受けるおそれがある事業者は、裁判所に対して当該行為の差止めを求める訴訟を提起することができる。これは被害を受けた下請企業・委託先が直接活用できる権利であり、元請・発注側に対する強力な武器となる。

損害賠償(第25条)として、排除措置命令または課徴金納付命令が確定した後、被害を受けた事業者は無過失責任による損害賠償を請求できる。


建設業・IT企業の実務担当者が今すぐ行うべきチェック

以下の行為が自社または自社グループ内で行われていないかを確認することが、コンプライアンス上の急務である。

取引条件の設定について、下請・委託先に対して一方的に単価・代金を決定していないか、見積後に正当な理由なく代金を減額していないか、支払期日を不当に延長していないか、手形払いを継続していないか(取適法では原則禁止)を確認する。

購入・利用の強制について、下請・委託先に対して自社グループの資材・ソフトウェア・サービスの購入を事実上強制していないか、協賛金・協力金等の名目で経済上の利益を提供させていないかを確認する。

排他条件・拘束条件について、取引先に対して競合他社との取引を禁じる条件を付けていないか、営業地域・顧客・取引先の制限を不当に課していないかを確認する。

取引拒絶について、特定の事業者との取引を正当な理由なく拒絶したり、団体として特定の事業者を排除したりしていないかを確認する。


「商慣習だから」は通用しない

第19条の実務において特に重要なのは、「正常な商慣習に照らして不当に」という要件の解釈である。

「業界の慣習だから」「長年やってきたから」という弁明は、独占禁止法上の正当化事由にはならない。むしろ、業界に広く蔓延している取引慣行こそが問題とされ、公正取引委員会の調査対象となる傾向がある。

建設業の下請取引における「値引き要求」「やり直し強制」、IT業界の「追加作業の無償要求」「検収遅延」は、長年にわたる商慣習として業界内で当然視されてきた側面がある。しかし、取適法の施行を機に、これらの慣行の法的問題性があらためてクローズアップされている。

2026年の今こそ、自社の取引慣行を独占禁止法第19条と取適法の両面から総点検し、コンプライアンス体制を再構築する絶好の機会である。


中川総合法務オフィスのコンプライアンス支援サービス

中川総合法務オフィスでは、代表・中川恒信が、850回を超えるコンプライアンス等の研修実績に基づき、独占禁止法第19条・取適法の実務対応研修・コンサルティングを提供している。

建設業の下請取引コンプライアンス、IT企業の調達・委託取引コンプライアンス、自治体の発注・契約管理コンプライアンスなど、取引の現場に即した研修プログラムを提供している。

「不公正な取引方法・優越的地位の濫用防止研修」「取適法・独禁法一体対応の下請取引コンプライアンス研修」「調達・発注担当者向けコンプライアンス研修」などのご依頼は、下記よりお問い合わせいただきたい。


次回予告

次回は第89条〜第95条(罰則・課徴金・両罰規定)を解説する。懲役刑・法人重課・課徴金算定の具体的な計算方法まで整理し、経営者・法務担当者が「数字で理解する独禁法リスク」を把握できる内容とする。

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