はじめに:変わりゆく相続の常識。あなたの財産と家族の未来を守るために

私たちの社会は、絶えず変化という流れの中にあります。その変化は、人々の暮らしや価値観だけでなく、社会の根幹をなす「法」のあり方にも影響を及ぼします。相続の世界においても、平成30年(2018年)の民法改正、特に2020年4月1日から施行された「遺留分」に関する新ルールは、まさに相続実務の潮目を変える大きな出来事でした。

こんにちは。中川総合法務オフィスの代表を務めております中川です。私たちは、地元の京都や大阪を中心に、これまで1000件を超える相続に関するご相談をお受けし、多くのご家族が抱える問題を解決へと導いてまいりました。単に法律の条文を解説するのではなく、その法の根底にある思想や哲学、そしてそれが私たちの人生にどう関わってくるのかを読み解き、皆様にお伝えすることを信条としております。

今回のテーマである「遺留分制度の改正」は、単なる手続きの変更ではありません。そこには、被相続人の遺志と残された家族の生活保障という、時に相反する価値をいかに調和させるかという、法の深遠なテーマが横たわっています。本稿では、この法改正がなぜ行われ、私たちの遺言作成や遺産分割に具体的にどのような影響を与えるのか、その本質に迫りたいと思います。

法の叡智「遺留分」とは何か?-最低限の相続権を保障する制度

遺言によって、被相続人(亡くなった方)は自らの財産を誰に、どのように遺すかを自由に決めることができます。これは近代私有財産制の根幹をなす「私的自治の原則」の表れです。しかし、この自由を無制限に認めると、例えば「全財産を愛人に遺す」といった遺言が作成され、長年連れ添った配偶者や子供たちが路頭に迷う事態も起こりかねません。

そこで民法は、残された家族の生活保障や、被相続人の財産形成への貢献に報いるため、一定の相続人(兄弟姉妹を除く)に対して、法律上最低限保障される相続分、すなわち「遺留分」を定めました。これは、被相続人の意思を尊重しつつも、それに一定の社会的制約を課すという、法の絶妙なバランス感覚を示すものです。

遺留分が認められる割合は次の通りです。

  • 直系尊属(父母や祖父母)のみが相続人の場合: 被相続人の財産の 1/3
  • それ以外の場合(配偶者や子など): 被相続人の財産の 1/2

この基礎となる割合に、各自の法定相続分を掛け合わせたものが、個々の相続人の遺留分となります。

【最重要ポイント】「モノ」から「カネ」へ。遺留分制度の歴史的転換

今回の民法改正における最大の変更点は、遺留分の請求が「現物返還」から「金銭請求」に一本化されたことです。これは実務上、極めて大きな変化です。

改正前(~2020年3月31日)遺留分減殺(げんさい)請求改正後(2020年4月1日~)遺留分侵害額請求
請求の性質形成権(意思表示により物権が変動)金銭債権(金銭の支払いを求める権利)
請求の内容遺贈・贈与されたモノ(不動産など)そのものの返還を求める侵害された遺留分額に相当するお金の支払いを求める
結果不動産などが遺留分権利者との共有状態になり、新たな紛争の火種となるケースが多かった。金銭で解決するため、事業承継や不動産の集約が円滑に進みやすくなった。

なぜ、このような根本的な変更が行われたのでしょうか。旧制度では、例えば事業承継のために後継者に自社株をすべて相続させる遺言を書いても、他の相続人から遺留分減殺請求をされると、その株式自体が共有状態となり、会社の経営権が不安定になるという深刻な問題がありました。不動産においても同様で、共有化がさらなる争族の引き金となることも少なくありませんでした。

新制度は、こうした社会経済上の不都合を解消し、紛争をより合理的かつ柔軟に金銭で解決することを目指したものです。これは、社会の複雑化に対応し、個人の権利関係をより円滑に調整しようとする、現代的な法の要請の表れと言えるでしょう。

遺留分侵害額の計算方法 - あなたの権利はいくらか

では、具体的に請求できる「遺留分侵害額」はどのように計算されるのでしょうか。その計算式は、一見すると複雑に見えますが、本質はシンプルです。

遺留分侵害額=(遺留分の基礎となる財産×遺留分割合)−(自身が相続で得た財産)−(自身が受けた特別な贈与)+(自身が引き継ぐべき債務)

ポイントは、遺留分を計算する際の基礎となる財産には、相続開始時の財産だけでなく、一定期間内の贈与も含まれるという点です。

  • 相続人以外への贈与: 相続開始前1年間のものが対象。
  • 相続人への特別な贈与(生計の資本となる贈与など): 相続開始前10年間のものが対象。
  • 当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってした贈与: 期間に関係なく対象。

これらのルールは、生前贈与による遺留分逃れを防ぐためのものです。

権利を行使できる期間は有限 - 知らなければ始まらない時効の壁

この遺留分侵害額請求権は、永遠に主張できるわけではありません。法律は、権利の上に眠る者を保護しないという原則から、明確な期間制限を設けています。

  1. 遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与・遺贈があったことを知った時から1年間
  2. 上記を知らなくても、相続開始の時から10年間

このいずれかの期間が経過すると、時効によって権利は消滅してしまいます。「知らなかった」では済まされない厳しいルールです。特に、遺言書の内容を知らされなかった場合など、10年の除斥期間が迫ってくるケースも考えられます。少しでも疑問に思われることがあれば、速やかに専門家に相談することが肝要です。

まとめ:未来を見据えた相続対策は、専門家との対話から

今回の民法改正は、相続を「モノ」の争いから「カネ」での解決へと導く、大きな一歩です。これにより、事業承継は円滑になり、不動産を巡る無用な共有関係も避けやすくなりました。しかしその一方で、遺言を作成する側は、遺留分を侵害する場合に備え、受遺者(財産を受け取る人)が支払うための金銭(代償金)の準備まで考慮する必要が出てきました。生命保険の活用なども有効な対策の一つとなるでしょう。

法律とは、過去の無数の人々の喜びや悲しみ、争いや和解の経験から紡ぎ出された、人類の叡智の結晶です。その条文一つ一つには、人間社会をより良くしようという先人たちの願いが込められています。

私たち中川総合法務オフィスは、法という羅針盤を手に、皆様一人ひとりの人生という航海が、より穏やかで実り豊かなものになるよう、お手伝いをさせていただきます。遺言、遺産分割、そして今回のテーマである遺留分について、少しでもご不安やご不明な点がございましたら、どうか一人で悩まず、お気軽にご相談ください。


初回のご相談(30分~50分)は無料です。

ご自宅、病院や各種施設、ご希望の面談会場、あるいはオンラインでのご相談にも柔軟に対応いたします。京都、大阪はもちろん、近畿一円の皆様からのお問い合わせをお待ちしております。

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(参考資料) 民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律案(抜粋)

第八章 遺留分(第千四十二条-第千四十九条)

第五編第八章中第千四十四条を削り、第千四十三条を第千四十九条とする。

第千四十二条の見出し中「減殺請求権」を「遺留分侵害額請求権」に改め、同条中「減殺の」を「遺留分侵害額の」に、「減殺すべき」を「遺留分を侵害する」に改め、同条を第千四十八条とする。

第千四十条及び第千四十一条を削る。

第千三十九条の見出しを削り、同条中「これを贈与」を「当該対価を負担の価額とする負担付贈与」に改め、同条後段を削り、同条を同条第二項とし、同条に第一項として次の一項を加える。

負担付贈与がされた場合における第千四十三条第一項に規定する贈与した財産の価額は、その目的の価額から負担の価額を控除した額とする。

第千三十九条を第千四十五条とし、同条の次に次の二条を加える。

(遺留分侵害額の請求)

第千四十六条 遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。

2 遺留分侵害額は、第千四十二条の規定による遺留分から第一号及び第二号に掲げる額を控除し、これに第三号に掲げる額を加算して算定する。

一 遺留分権利者が受けた遺贈又は第九百三条第一項に規定する贈与の価額

二 第九百条から第九百二条まで、第九百三条及び第九百四条の規定により算定した相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額

三 被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第八百九十九条の規定により遺留分権利者が承継する債務(次条第三項において「遺留分権利者承継債務」という。)の額

(受遺者又は受贈者の負担額)

第千四十七条 受遺者又は受贈者は、次の各号の定めるところに従い、遺贈(特定財産承継遺言による財産の承継又は相続分の指定による遺産の取得を含む。以下この章において同じ。)又は贈与(遺留分を算定するための財産の価額に算入されるものに限る。以下この章において同じ。)の目的の価額(受遺者又は受贈者が相続人である場合にあっては、当該価額から第千四十二条の規定による遺留分として当該相続人が受けるべき額を控除した額)を限度として、遺留分侵害額を負担する。

一 受遺者と受贈者とがあるときは、受遺者が先に負担する。

二 受遺者が複数あるとき、又は受贈者が複数ある場合においてその贈与が同時にされたものであるときは、受遺者又は受贈者がその目的の価額の割合に応じて負担する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。

三 受贈者が複数あるとき(前号に規定する場合を除く。)は、後の贈与に係る受贈者から順次前の贈与に係る受贈者が負担する。

2 第九百四条、第千四十三条第二項及び第千四十五条の規定は、前項に規定する遺贈又は贈与の目的の価額について準用する。

3 前条第一項の請求を受けた受遺者又は受贈者は、遺留分権利者承継債務について弁済その他の債務を消滅させる行為をしたときは、消滅した債務の額の限度において、遺留分権利者に対する意思表示によって第一項の規定により負担する債務を消滅させることができる。この場合において、当該行為によって遺留分権利者に対して取得した求償権は、消滅した当該債務の額の限度において消滅する。

4 受遺者又は受贈者の無資力によって生じた損失は、遺留分権利者の負担に帰する。

5 裁判所は、受遺者又は受贈者の請求により、第一項の規定により負担する債務の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができる。

第千三十一条から第千三十八条までを削る。

第千三十条に次の二項を加える。

2 第九百四条の規定は、前項に規定する贈与の価額について準用する。

3 相続人に対する贈与についての第一項の規定の適用については、同項中「一年」とあるのは「十年」と、「価額」とあるのは「価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」とする。

第千三十条を第千四十四条とする。

第千二十九条の前の見出しを削り、同条第一項中「遺留分」を「遺留分を算定するための財産の価額」に、「控除して、これを算定する」を「控除した額とする」に改め、同条を第千四十三条とし、同条の前に見出しとして「(遺留分を算定するための財産の価額)」を付する。

第千二十八条中「として」の下に「、次条第一項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に」を加え、「に相当する」を「を乗じた」に改め、同条各号中「被相続人の財産の」を削り、同条に次の一項を加える。

2 相続人が数人ある場合には、前項各号に定める割合は、これらに第九百条及び第九百一条の規定により算定したその各自の相続分を乗じた割合とする。

第千二十八条を第千四十二条とし、第五編第七章第五節中第千二十七条の次に次の十四条を加える。

第千二十八条から第千四十一条まで 削除

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