はじめに――「続く研修」と「続かない研修」の分かれ目

コンプライアンス研修を「単発で終わらせない」ことは、建設会社にとってひとつの経営課題である。形式的に年1回の研修を実施しても、翌年には内容を忘れ、組織の意識は元に戻る。それを知っているからこそ、多くの経営者が「どうすれば研修が根づくか」と頭を悩ませる。

私(中川総合法務オフィス・代表行政書士 中川)は、850回以上のコンプライアンス研修を実施してきた。そのなかで、近畿圏のある中堅ゼネコンとは、5年間にわたって継続的な研修関係を築いている。単年契約の繰り返しではなく、毎年テーマを更新しながら積み上げてきた研修である。

本稿では、この実例をもとに、「続くコンプライアンス研修」の設計思想と実務のポイントを解説する。


この会社の概要

業種・規模:近畿圏を主要エリアとする中堅ゼネコン。公共工事・民間工事の双方を手がける。従業員数は数十名規模。

導入のきっかけ:地方公共団体関係者からの紹介である。公共工事を受注する立場として、コンプライアンス体制の整備は経営上の必須要件と認識されていた。当初は「まず1回やってみよう」という試みだったが、私に依頼してからは、前社長が「コンプライアンス重視型組織をつくる」という明確な経営方針を打ち出したことで、継続的な研修体制へと発展した。


研修の基本設計

実施頻度・時間・対象者

項目内容
実施頻度年1回(ただし年間を通じてコンプライアンス等質疑応答アリ)
1回あたりの時間3時間(研修後の質問も多い、内部通報窓口も担当)
対象者全社員+執行役員
実施形式対面(コロナ禍においても対面を維持)

全社員+執行役員が同じ場に集まることに、この研修の本質がある。経営層と現場が同じテキストを読み、同じ事例を検討することで、「会社全体としての共通言語」が生まれる。コンプライアンスを「現場の問題」や「管理部門の仕事」に切り離さない設計が、5年間の継続を支えている要因のひとつである。

また、コロナ禍においても対面形式を維持した。オンライン研修は手軽である反面、受講者の集中度や双方向性に限界がある。建設業の現場で問われるコンプライアンスは、対面でしか伝わらない緊張感と温度感がある。その判断は正しかったと今も確信している。


研修の内容構成

毎回共通して扱うテーマ

5年間を通じて変わらず取り上げるテーマがある。

  • 建設業法の基本と最新改正動向
  • 行政指導・行政処分の実例
  • 労働関係法規(労働時間管理・安全衛生)
  • ハラスメント防止(パワハラ・セクハラ・マタハラ)
  • 個人情報保護

これらは、建設業に従事するすべての人間が最低限知っておくべき「基礎体力」にあたる。毎年繰り返すことで定着させる。ただし、同じ解説を繰り返すのではなく、法改正・行政通達・新事例・新判例等をアップデートして提供する。受講者は「また同じ話か」ではなく、「今年はどこが変わったのか」という視点で参加できる。

年ごとに変えるテーマ

事例と倒産・不祥事ケースは、毎年すべて入れ替える

建設業の不祥事や企業倒産は毎年一定数発生する。同じ事例を繰り返すことは、受講者の記憶に残りにくく、「古い話」として処理されてしまう。直近1〜2年で扱った主なテーマは以下のとおりである。

  • 働き方改革関連法(2024年4月から建設業にも時間外労働の上限規制が適用)
  • 反社会的勢力対応(暴排条項の実務・取引先調査の方法)
  • 育児介護休業法の改正(産後パパ育休の新設・有期雇用労働者への適用拡大)

これらは、受講者が「自分の職場に関係する話だ」と感じるテーマである。特に働き方改革については、現場の技術者・職人を多く抱えるゼネコンにとって直接的な経営リスクであり、議論が活性化した。

研修形式

講義一辺倒ではなく、ワークショップと事例検討を組み合わせた形式を採用している。

具体的には、「この事例では、あなたはどう判断するか」という問いを受講者に投げかけ、グループで議論させたうえで全体に共有する。建設業の現場で起きやすいシチュエーション――下請業者への無理な発注、技術者の名義貸し、安全管理の手抜き――を素材にすることで、受講者の「自分ごと感」を引き出す。

テキスト・レジュメはすべて私が作成する。市販の汎用テキストは使わない。建設業法の条文、国土交通省の通達・処分事例、裁判所の判決要旨などの一次資料を直接引用しながら構成することで、「根拠のある研修」として信頼を得られる。


3年目の転換点――現場事例への大幅シフト

5年間を振り返ると、3年目に大きな転換点があった。

それまでの研修は、法令解説を中心に構成していた。法律の条文を読み解き、コンプライアンスの概念を丁寧に説明し、不祥事事例を解説するスタイルである。ところが、受講者からは「法律の話は難しい」「自分の仕事とどう関係するのかわからない」という反応があった。

そこで3年目から、現場で実際に起きた事例を中心に据えた構成へと大幅に切り替えた。国土交通省や都道府県が公表している処分事例、労働基準監督署が公表している是正勧告事例、裁判所が判断を下した事件――これらを「建設業のリアル」として受講者に提示する形式に転換した。

この変更が功を奏した。受講者の表情が変わり、発言量が増えた。「うちの現場でも似たことがある」「あの時の判断は問題だったのか」という率直な声が出るようになった。コンプライアンス研修の目的は法律の暗記ではなく、現場での判断力を養うことにある。その本質に立ち返ったのが3年目の転換点だった。


受講者の反応と定点観測で見えてきたこと

5年間にわたる研修を通じて、受講者の反応にはいくつかの傾向がある。

最も熱量が高いテーマは「労働問題」である。残業代の未払い、パワハラの具体的な事例、育児休業を取得しにくい職場環境――これらは受講者の日常と直結するため、議論が白熱する。建設業は長時間労働・男性中心の文化が根強い業種だけに、受講者が「自分たちの現場の話だ」と感じる傾向が強い。

個人情報保護とハラスメントは、5年間を通じて必ず含めるテーマである。毎年更新される法改正や判例を提供することで、「また同じ話」にならない工夫をしている。特に個人情報については、2022年の改正個人情報保護法の全面施行以降、受注先から「個人情報管理体制はどうなっているか」と問われるケースが増えており、実務的な関心が高まっている。

会社側からは、毎年研修後に「来年もお願いしたい」という声をいただいている。これは単なる満足度ではなく、経営方針としてコンプライアンスを継続的に底上げしたいという意思の表れだと受け止めている。


5年間続けることの意味

コンプライアンス研修を「続ける」ことは、経営的な投資である。

1回の研修で組織は変わらない。しかし、毎年積み重ねることで、受講者の中に「コンプライアンスの引き出し」が増えていく。現場の判断の質が少しずつ変わる。「これはまずいかもしれない」という感度が醸成される。それが、行政処分を受けない組織、取引先等のステークホルダーから信頼される組織、社員が働き続けたいと思う組織の土台になる。

私が5年間のこの関係から感じることは、コンプライアンスとはリスク管理であると同時に、組織の倫理水準を継続的に引き上げる営みであるということだ。1回の研修で終わらせず、通年で質疑応答を受け付け、通報先にもなっている。少しづつでも毎年アップデートしながら積み上げていくことに意味がある。


まとめ――外部講師に研修を依頼する際のポイント

この実例から、建設会社がコンプライアンス研修を設計する際のポイントをまとめる。

1. 経営トップの方針が継続の鍵 前社長が「コンプライアンス重視型組織をつくる」と明言したことが、真剣な研修を実施する中川総合法務オフィスへの5年間の継続を生んだ。研修は現場任せにせず、経営判断として位置づけることが重要である。

2. 全社員+役員を同じ場に集める 階層別研修にも意義はあるが、全員が同じ内容を共有することで「会社の共通言語」が生まれる。

3. テーマは毎年更新する 法改正・処分事例・社会動向に合わせて内容を刷新することで、受講者の「また同じ話」を防ぎ、継続参加の動機を維持できる。

4. 現場感のある事例を使う 抽象的な法律論より、「自社の現場で起きうる話」として提示することが、受講者の理解と主体性を引き出す。私の祖父は佐藤建設系列、大叔父は多田建設重役であった。話の引き出しが十分に私にある。

5. 対面実施にこだわる場面を持つ オンラインの利便性は否定しないが、全社員が集まる年1回の機会を対面で行うことには、組織文化を育てる効果がある。


中川総合法務オフィスでは、建設会社向けのコンプライアンス研修を年間を通じて実施している。初回のご相談は無料である。研修の設計・テキスト作成・当日の講師派遣まで、一括して引き受ける。お問い合わせはこちらからどうぞ。

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