はじめに――元請であることの「重さ」
建設業において、元請会社が担う責任は下請会社とは次元が異なる。発注者から直接工事を受注し、施工全体を統括する立場として、建設業法・労働安全衛生法・各種労働法規にわたる広範な義務を負う。
私は中川総合法務オフィスの代表行政書士として、建設会社へのコンプライアンス研修を850回以上実施してきた。京都府建設業協会の主宰による研修では、京都府内の建設業者を対象に2回にわたってハラスメント講座を担当し、会場からの質問も相次いで盛況となった。この講演内容は建設業関係の機関紙にも掲載された。ちょうど、労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)に初めてパワーハラスメント規定が盛り込まれた時期であり、参加者の関心の高さが印象的だった。
こうした現場経験から感じることがある。元請会社の経営者・管理職の多くは、「自分たちはちゃんとやっている」という感覚を持っている。しかしその感覚と、建設業法・行政の実務運用・現場の実態との間には、しばしば深刻なギャップが存在する。本稿では、元請建設会社が現実に直面しているコンプライアンスリスクを、法令・行政処分の視点から体系的に整理する。
元請会社のコンプライアンスリスクの全体像
元請建設会社のコンプライアンスリスクは、大きく以下の5領域に分類できる。
- 建設業法上のリスク(許可・技術者・下請管理)
- 労働法・安全衛生法上のリスク
- 下請取引適正化に関するリスク
- 行政調査・監督処分のリスク
- ハラスメント・組織文化に関するリスク
それぞれを順に解説する。
1. 建設業法上のリスク
一括下請負(丸投げ)の禁止違反
建設業法第22条は、元請が受注した工事を一括して下請業者に施工させること(いわゆる「丸投げ」)を原則として禁止している。違反した場合、営業停止や許可の取消については、官報や公報にも公告され、社名が広く公表される。
問題は、「自分たちは丸投げではない」と考えている元請会社の中に、実態として一括下請に近い運用をしているケースが少なくない点である。元請人が一括下請負の禁止を免れるためには、単に現場に技術者を配置するだけでは不十分であり、主体的に施工に関与する「実質的関与」が不可欠とされている。国土交通省のガイドラインでは、施工計画の作成・工程管理・品質管理・安全管理・技術的指導・発注者との協議調整の全てを元請が主体的に行うことが求められている。
「現場に技術者を置いておけばよい」という感覚は、監督処分の対象になりうる。
技術者配置の違反
建設業許可業者が建設工事を請け負う場合、請負代金額の大小や元請・下請の立場に関わらず、各工事現場に主任技術者を配置する義務がある。元請として工事を受注し、下請に出す金額が一定の額を超える場合には、主任技術者に代えて監理技術者を配置しなければならない。
特定建設業者が元請負人として5000万円以上(建築一式工事なら8000万円以上)の下請発注を行うときは「監理技術者」を置く必要があるのだ(建設業法26条1項、2項)。
この技術者配置違反は、監督処分の中でも頻出する類型である。人手不足を背景に、1人の技術者を複数現場で掛け持ちさせているケースが後を絶たない。2024年12月13日施行の改正建設業法では、情報通信技術の活用を条件とした専任特例(2現場まで兼務可能)が新設されたが、本特例には8つの条件があり、以下の全てを満たす必要があり、要件は厳格である。特例の要件を誤解したまま兼務させれば、改正後も違反となる。
契約書面の不備
建設業法第19条は、請負契約の書面化を義務づけている。工期・請負代金・変更の方法などを書面に記載し、相互に交付しなければならない。口頭での発注・変更指示が常態化している現場は、それ自体がコンプライアンス違反である。
今回の改正では、資材が高騰した際の請負代金等の「変更方法」を契約書記載事項として明確化することが義務づけられた。資材高騰が続く現在、この規定への対応ができていない元請会社は多い。
2. 労働法・安全衛生法上のリスク
時間外労働の上限規制(2024年問題)
2024年4月1日から、建設業にも時間外労働の上限規制が全面的に適用された。36協定を締結しても、原則として時間外労働は「月45時間・年360時間」が上限となり、特別条項を設けた場合でも「年720時間以内」などの厳格な制限が課せられる。違反すれば罰則の対象となり、企業の信用失墜にも繋がりかねない。
元請会社にとって深刻なのは、自社の労働者だけの問題ではない点である。短い工期を設定すれば、下請会社の労働者が長時間労働を強いられる。工期ダンピング(著しく短い工期による契約)は、2025年12月12日全面施行の改正建設業法で受注者側にも明示的に禁止された。
安全管理の統括責任
労働安全衛生法上、元請会社(特定元方事業者)は、下請労働者の安全についても統括管理の責任を負う。元請人は、直接雇用関係のない下請作業員に対しても、現場の状況により「安全配慮義務」を負う。下請の作業員が現場で被災した場合でも、元請の安全管理体制の不備が問われる。
ハラスメント対策
私が京都府建設業協会で担当した講演のテーマがまさにこれである。労働施策総合推進法の改正によりパワーハラスメント防止措置が事業主の法的義務となって以降、建設業でも対応が急務となっている。
建設業の現場には、長年にわたる「厳しく育てる」文化が根強い。しかしその文化が、法律上のパワハラに該当しうるケースは多い。講演では「これはパワハラになりますか?」という具体的な質問が会場から相次いだ。現場で感じている「グレーゾーン」への不安が、いかに大きいかを示している。中川総合法務オフィスでは、「パワハラ早見表」をサイトで公表している。
3. 下請取引適正化のリスク――取適法への対応(請負契約以外での適用あり)
かつて「下請法」と呼ばれていた法律は廃止され、2026年1月1日施行の中小受託取引適正化法(取適法)が正式な規制となった。従来の下請法から適用範囲と規制内容が整理されており、元請会社は「下請法のつもりで対応していた」では通用しなくなっている。
取適法が元請会社(親事業者)に求める主な義務は、発注書面の交付・代金の期日内支払い・不当な減額・返品・買いたたきの禁止などである。特に注意が必要なのは赤伝処理(下請代金からの一方的な相殺)である。安全協力費・資材費・廃棄物処理費などを根拠のないまま差し引く慣行は、取適法違反となる。手形払いは、全面禁止された。同法5条1項2号参照。
2024年12月改訂の建設業法令遵守ガイドライン第11版では、60日を超える手形での支払いを行わないことが明確化されている。手形払いの慣行が残っている元請会社は早急に見直しが必要である。
なお、非常に巷間で誤解が多いので下記を注意されたい。
取適法(中小受託取引適正化法)について: 建設工事の請負契約には適用がない。取適法の対象は製造委託・情報成果物作成委託・役務提供委託など「請負以外」の取引類型。建設業の元請・下請関係に適用される取引規制は、あくまで建設業法(建設業法令遵守ガイドライン含む)が中心。
4. 行政調査・監督処分のリスク
監督処分の仕組みと公表
監督処分には、指示処分、営業停止処分、許可の取消処分の3種類がある。
監督処分を受けると、業者名や処分内容が建設業者処分簿に記載され国土交通省及び各都道府県の閲覧所に設置され誰でも閲覧可能になる。 さらに国土交通省の「ネガティブ情報等検索サイト」にも掲載される。発注者が入札参加資格審査や取引先調査の際にこのサイトを確認することは珍しくない。行政処分は、受注機会の喪失に直結する。
建設Gメンの増員
注目すべき動向として、国土交通省が「建設Gメン」(取引実態を調査・監視する職員)の体制を大幅に強化している。建設Gメンの人員は令和5年度72名に対して令和6年度には135名に増員された。違反疑義情報は3万業者に及ぶ毎年調査と各地方整備局などに設置された通報窓口「駆け込みホットライン」によって把握され、実地調査・改善指導が行なわれる。
「これまで調査が来たことがない」という安心感は、もはや通用しない時代に入っている。
5. ハラスメント・組織文化リスク
コンプライアンスリスクとして見落とされがちなのが、組織文化そのものに内在するリスクである。建設業の現場では、下請業者・一人親方に対する優越的な地位の濫用が問題になることがある。発注者側の立場を利用した無理な要求・脅し的な言動は、ハラスメントであると同時に独占禁止法・取適法上の問題にもなりうる。
また、社内のパワハラが放置されれば、内部通報や労働基準監督署への申告につながり、それが引き金となって建設業法上の調査に発展するケースもある。コンプライアンス問題は、ひとつの入り口から多方向に波及する。
元請会社が「今すぐ」確認すべき事項
長年の研修経験から、元請会社が特にチェックすべきポイントをまとめる。
建設業法関係
- 現場ごとの技術者配置は適法か(名義貸し・実態のない専任はないか)
- 一括下請に近い運用になっていないか
- 全ての下請契約が書面で締結されているか
- 変更契約が口頭のまま放置されていないか
労務関係
- 36協定の締結・届出は最新の状態か
- 残業時間の上限を超えている労働者はいないか
- 下請業者の労働者の労働時間管理に関与できているか
- ハラスメント防止のための社内規程・相談窓口があるか
取引関係
- 下請代金の支払いは建設業法(・取適法)の期日要件を満たしているか
- 根拠のない赤伝処理(相殺)を行っていないか
- 見積期間を適切に確保しているか
おわりに
コンプライアンスの問題は、「知らなかった」では済まない。建設業法・労働法・取適法のいずれも、違反には行政処分・刑事罰・民事責任が伴う。そして近年、調査・監視体制の強化により、以前は見過ごされていた違反が表面化するリスクが高まっている。
元請会社の経営者・管理職が今やるべきことは、現状の実務を法令の基準に照らして点検し、社内の「当たり前」を疑うことである。外部の専門家によるコンプライアンス研修は、そのための有効な機会となる。
中川総合法務オフィスでは、建設会社向けのコンプライアンス研修・体制構築のご支援を行っております。初回相談は無料です。お問い合わせはこちら

