はじめに
公共工事の受注を目指す建設業者にとって、経営事項審査(経審)は避けて通れない重要な制度である。本稿では、建設業法第27条の23から第27条の36までの条文を逐条解説し、経営事項審査制度の全体像を明らかにする。
第1節 経営事項審査制度の概要
第27条の23(建設業者の経営に関する事項の審査等)
第1項 審査受審の義務
本項は、公共性のある施設又は工作物に関する建設工事を発注者から直接請け負おうとする建設業者に対し、経営事項審査を受けることを義務付けている。
具体的な対象工事は以下のとおりである。
- 発注者の範囲
- 国
- 地方公共団体
- 法人税法別表第一に掲げる公共法人(地方公共団体を除く)
- 国土交通省令で定める法人(独立行政法人、首都高速道路株式会社、日本電信電話株式会社等)
- 工事規模の要件
- 請負代金額が500万円以上の建設工事
- 建築一式工事の場合は1,500万円以上
この審査は、公共工事の発注機関が競争入札参加者の資格審査を行う際の「客観的事項」に該当する。各発注機関は、欠格要件の審査に加え、客観的事項と主観的事項(発注者別評価)の審査結果を点数化して格付けを行っている。
第2項 審査の対象事項
経営事項審査は、以下の2つの事項について数値による評価を行う。
- 経営状況(Y評点)
- 財務諸表に基づく財務健全性の分析
- 負債抵抗力、収益性、資金調達力などを評価
- 経営規模、技術的能力その他の客観的事項
- 経営規模(X評点):完成工事高、自己資本額等
- 技術的能力(Z評点):技術職員数、工事実績等
- 社会性等(W評点):営業年数、法令遵守状況、労働福祉の状況等
第3項 審査項目及び基準の決定
経営事項審査の具体的な項目及び基準は、中央建設業審議会の意見を聴いて国土交通大臣が定める。これにより、全国統一の公平な基準が確保されている。
第2節 経営状況分析
第27条の24(経営状況分析)
第1項 登録経営状況分析機関による実施
経営状況分析は、国土交通大臣の登録を受けた登録経営状況分析機関が行う。これは、専門性と公平性を確保するための制度設計である。
国土交通省のウェブサイトによれば、令和7年12月現在、10の機関が登録経営状況分析機関として登録されており、申請者は自由に選択できる。
第2項 申請手続
経営状況分析の申請は、国土交通省令で定める事項を記載した申請書を登録経営状況分析機関に提出して行う。
第3項 添付書類
申請書には、経営状況分析に必要な事実を証する書類として国土交通省令で定める書類を添付しなければならない。具体的には、財務諸表(貸借対照表、損益計算書等)、株主資本等変動計算書、注記表などである。
第4項 報告等の要求
登録経営状況分析機関は、経営状況分析のため必要があると認めるときは、申請をした建設業者に報告又は資料の提出を求めることができる。
第27条の25(経営状況分析の結果の通知)
登録経営状況分析機関は、経営状況分析を行ったときは、遅滞なく、申請をした建設業者に対して、経営状況分析の結果に係る数値(Y評点)を通知しなければならない。
この通知書は、後述する総合評定値請求の際に必要となる重要な書類である。
第3節 経営規模等評価
第27条の26(経営規模等評価)
第1項 評価主体
経営規模等評価は、国土交通大臣又は都道府県知事が行う。具体的には、建設業の許可をした行政庁が評価を実施する。
第2項 申請手続
経営規模等評価の申請は、国土交通省令で定める事項を記載した申請書を建設業の許可をした国土交通大臣又は都道府県知事に提出して行う。
第3項 添付書類
申請書には、経営規模等評価に必要な事実を証する書類として国土交通省令で定める書類を添付する。完成工事高を証明する書類、技術職員名簿、資格者証の写し等が含まれる。
第4項 報告等の要求
国土交通大臣又は都道府県知事は、経営規模等評価のため必要があると認めるときは、申請をした建設業者に報告又は資料の提出を求めることができる。
第27条の27(経営規模等評価の結果の通知)
国土交通大臣又は都道府県知事は、経営規模等評価を行ったときは、遅滞なく、申請をした建設業者に対して、経営規模等評価の結果に係る数値を通知しなければならない。
第27条の28(再審査の申立)
経営規模等評価の結果について異議のある建設業者は、当該経営規模等評価を行った国土交通大臣又は都道府県知事に対して、再審査を申し立てることができる。
この再審査制度は、建設業者の権利救済のための重要な仕組みである。評価に誤りがあった場合や、評価に不服がある場合に、迅速な是正を求めることができる。
第4節 総合評定値
第27条の29(総合評定値の通知)
第1項 総合評定値の算出と通知
国土交通大臣又は都道府県知事は、経営規模等評価の申請をした建設業者から請求があったときは、遅滞なく、総合評定値(P評点)を通知しなければならない。
総合評定値は、以下の算式により算出される。
P = 0.25X1 + 0.15X2 + 0.2Y + 0.25Z + 0.15W
各評点の内容は以下のとおりである。
- X1評点:完成工事高(ウェイト0.25)
- X2評点:自己資本額及び利払前税引前償却前利益(ウェイト0.15)
- Y評点:経営状況(ウェイト0.2)
- Z評点:技術力(ウェイト0.25)
- W評点:社会性等(ウェイト0.15)
制度設計時には700点が平均となるように設計されている。
第2項 請求手続
総合評定値の請求は、登録経営状況分析機関から通知を受けた経営状況分析の結果に係る数値を、建設業の許可をした国土交通大臣又は都道府県知事に提出して行う。
第3項 発注者への通知
国土交通大臣又は都道府県知事は、公共工事の発注者から請求があったときは、遅滞なく、建設業者に係る総合評定値を通知しなければならない。ただし、総合評定値の請求をしていない建設業者については、経営規模等評価の結果に係る数値のみを通知すれば足りる。
第5節 手数料
第27条の30(手数料)
国土交通大臣に対して経営規模等評価の申請又は総合評定値の請求をしようとする者は、政令で定めるところにより、実費を勘案して政令で定める額の手数料を国に納めなければならない。
都道府県知事に対する申請の場合は、各都道府県の条例により手数料が定められている。
第6節 登録経営状況分析機関
第27条の31(登録)
第1項 登録申請
経営状況分析を行おうとする者は、国土交通大臣の登録を申請することができる。
第2項 登録要件
国土交通大臣は、登録申請者が以下の要件を満たすときは、その登録をしなければならない。
- 設備要件
- 電子計算機(入出力装置を含む)を有すること
- 経営状況分析に必要なプログラムを有すること
- 独立性要件(建設業者に支配されていないこと)
- 登録申請者が株式会社である場合、建設業者がその親法人でないこと
- 役員に占める建設業者の役員又は職員の割合が2分の1を超えていないこと
- 登録申請者の代表者が建設業者の役員又は職員でないこと
この独立性要件は、経営状況分析の公平性と客観性を確保するために不可欠である。
第3項 登録事項
登録は、登録経営状況分析機関登録簿に以下の事項を記載して行う。
- 登録年月日及び登録番号
- 登録経営状況分析機関の氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては、その代表者の氏名
- 登録経営状況分析機関が経営状況分析を行う事務所の所在地
第27条の32(準用規定)
登録講習実施機関に関する規定(第26条の7、第26条の9から第26条の18まで及び第26条の21から第26条の23まで)が、登録経営状況分析機関について準用される。
これにより、以下の事項が登録経営状況分析機関にも適用される。
- 欠格事由(役員の暴力団員該当、業務停止中の者等)
- 登録の拒否事由
- 登録の更新
- 経営状況分析規程の制定・届出義務
- 業務の休廃止の届出義務
- 財務諸表等の備付け及び閲覧義務
- 適合命令
- 改善命令
- 登録の取消し及び業務停止命令
第27条の33(経営状況分析の義務)
登録経営状況分析機関は、経営状況分析を行うことを求められたときは、正当な理由がある場合を除き、遅滞なく、経営状況分析を行わなければならない。
この規定により、登録経営状況分析機関は原則として分析業務の実施を拒否できない。これは、建設業者が確実に経営状況分析を受けられる機会を保障するためである。
第27条の34(秘密保持義務)
登録経営状況分析機関の役員若しくは職員又はこれらの職にあった者は、経営状況分析の業務に関して知り得た秘密を漏らしてはならない。
経営状況分析では、建設業者の財務諸表等の機密性の高い情報を取り扱うため、厳格な秘密保持義務が課されている。この義務は退職後も継続する。
第27条の35(国土交通大臣又は都道府県知事による経営状況分析の実施)
第1項 代行実施の要件
国土交通大臣又は都道府県知事は、以下の場合に経営状況分析の業務の全部又は一部を自ら行うことができる。
- 登録を受けた者がいないとき
- 登録経営状況分析機関から業務の全部又は一部の休止又は廃止の届出があったとき
- 登録を取り消し、又は業務の全部若しくは一部の停止を命じたとき
- 登録経営状況分析機関が天災その他の事由により業務を実施することが困難となったとき
- その他国土交通大臣が必要があると認めるとき
第2項 通知義務
国土交通大臣は、都道府県知事が代行実施を行うこととなる場合又はその事由がなくなった場合には、速やかにその旨を当該都道府県知事に通知しなければならない。
第3項 業務引継ぎ
代行実施を行う場合における業務の引継ぎその他の必要な事項については、国土交通省令で定める。
第4項 手数料の準用
代行実施により国土交通大臣が行う経営状況分析を受けようとする者についても、手数料に関する規定が準用される。
第5項 公示義務
都道府県知事は、代行実施を行うこととするとき、又は代行実施を行わないこととするときは、その旨を当該都道府県の公報に公示しなければならない。
第7節 国土交通省令への委任
第27条の36(国土交通省令への委任)
この章に規定するもののほか、経営事項審査及び再審査に関し必要な事項は、国土交通省令で定める。
具体的には、以下の事項が国土交通省令で定められている。
- 申請書の様式及び記載事項
- 添付書類の種類及び内容
- 評点の算出方法の詳細
- 再審査の申立手続
- その他審査の実施に関する細目
経営事項審査の実務上のポイント
有効期間の管理
経営状況審査の有効期間は、審査基準日から1年7ヶ月である。公共工事を継続的に受注するためには、有効期間が切れ目なく継続するよう、毎年決算後速やかに経営事項審査を受ける必要がある。
国土交通省関東地方整備局の資料によれば、結果通知書の受領には一定の期間を要するため、早めの申請が推奨されている。
評点向上のための取組み
総合評定値(P評点)を向上させるためには、各評点項目について計画的な取組みが必要である。
- X評点:完成工事高の増加、自己資本の充実
- Y評点:財務体質の改善、経営の健全化
- Z評点:技術職員の確保・育成、CPD単位の取得
- W評点:法令遵守の徹底、労働福祉の充実、建設業経理士の配置
令和3年以降の制度改正により、建設工事に従事する者の就業履歴を蓄積するために必要な措置の実施状況が社会性等(W評点)の評価項目に追加されている。
虚偽申請の防止
建設業法第50条第1項第4号、第52条第4号、第53条により、経営事項審査において虚偽の申請をした場合には、罰則(懲役又は罰金)に処せられる可能性がある。
また、虚偽申請は、建設業の許可の取消しや営業停止処分の対象となる重大な法令違反である。正確な情報提供と適切な書類作成が不可欠である。
最近の制度改正
令和3年4月1日、令和5年1月1日等、経営事項審査制度は継続的に改正されている。国土交通省のウェブサイトでは、最新の改正内容が公表されているため、定期的な確認が必要である。
令和7年7月1日からは、資本性借入金に係る経営事項審査の事務取扱いについて新たな運用が開始されている。
結びに代えて
経営事項審査制度は、公共工事の適正な発注と建設業の健全な発展を図るための重要な制度である。建設業者は、本制度を正しく理解し、適切に対応することにより、公共工事受注の機会を確保するとともに、自社の経営改善にも活用することができる。
国土交通省が管轄官庁として、全国統一の基準による公平な審査を実施しており、登録経営状況分析機関との役割分担により、専門性と効率性を両立させている。
本解説が、建設業に携わる皆様の経営事項審査制度の理解の一助となれば幸いである。
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