はじめに:罰則規定の総仕上げとしての条文群

建設業法第53条から第55条は、同法における罰則規定の最終パートである。第53条は「両罰規定」と呼ばれる極めて重要な条文で、法人の従業員等が違反行為をした場合に、行為者本人だけでなく法人も処罰する仕組みを定めている。第54条と第55条は、比較的軽微な違反に対する「過料」という制裁を規定している。

これらの条文は、建設業法全体の実効性を担保する最後の砦として機能している。特に第53条の両罰規定は、企業コンプライアンスの観点から極めて重要であり、建設業者は組織全体でこの規定の意味を理解しておく必要がある。

第53条:両罰規定の構造と企業責任

両罰規定とは何か

第53条は、いわゆる「両罰規定」を定めている。両罰規定とは、法人の代表者や従業員等が法人の業務に関して違反行為をした場合、実際に違反行為を行った個人(行為者)を罰するだけでなく、その法人自体も罰するという規定である。

条文の構造を見ると、「その行為者を罰するほか、その法人に対して当該各号に定める罰金刑を、その人に対して各本条の罰金刑を科する」と規定されている。これは、違反行為をした個人と、その個人が所属する法人の両方を処罰するという意味である。

両罰規定の対象となる者

第53条が対象とする「行為者」の範囲は広い。具体的には以下の者が含まれる。

法人の代表者とは、株式会社であれば代表取締役、合同会社であれば代表社員など、法人を代表して業務執行を行う権限を有する者である。代表者自身が違反行為をした場合、当然に両罰規定の対象となる。

法人の代理人とは、法人から一定の権限を委任され、法人の名において法律行為を行う者を指す。例えば、営業所の所長など、一定の範囲で法人を代理する権限を与えられている者がこれに該当する。

使用人とは、法人に雇用され、その指揮監督下で業務に従事する者である。いわゆる従業員全般がこれに含まれる。正社員だけでなく、契約社員やパート・アルバイトも含まれると解される。

その他の従業者とは、雇用関係にはないが、法人の業務に従事する者を指す。例えば、派遣社員や業務委託を受けた個人などがこれに該当する可能性がある。

「業務又は財産に関し」の意味

両罰規定が適用されるのは、これらの者が「その法人又は人の業務又は財産に関し」違反行為をした場合である。

「業務に関し」とは、法人の事業活動に関連して違反行為が行われた場合を意味する。必ずしも業務時間中や事業所内での行為に限られず、法人の事業と関連性がある行為であれば広く含まれる。例えば、営業活動の一環として行われた違反行為や、工事現場での違反行為などが典型例である。

「財産に関し」とは、法人の財産の管理・処分等に関連して違反行為が行われた場合を意味する。例えば、法人の資金を用いて賄賂を提供した場合などがこれに該当する。

第一号:第47条違反に対する一億円以下の罰金刑

第53条第一号は、第47条違反があった場合、行為者本人に対しては第47条所定の刑(三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金)を科すとともに、法人に対しては「一億円以下の罰金刑」を科すと定めている。

第47条は、建設業法上最も重い罰則が定められている条文で、営業停止命令違反(第28条第3項・第5項)や無許可営業(第3条)、無登録営業(第27条の23第1項)、不正手段による許可等の取得(第3条第1項、第27条の23第1項)などの違反行為を処罰する規定である。

注目すべきは、法人に対する罰金刑の上限が「一億円以下」とされている点である。個人の行為者に対する罰金刑の上限は三百万円であるのに対し、法人に対しては一億円という極めて高額な罰金が科される可能性がある。これは、法人の経済的規模や違反行為によって得られた利益等を考慮し、法人に対してより重い経済的制裁を科すことで、法人によるコンプライアンス態勢の構築を促す趣旨である。

第二号:第50条又は第52条違反に対する罰金刑

第53条第二号は、第50条又は第52条(前条)違反があった場合、行為者本人だけでなく法人に対しても「各本条の罰金刑」を科すと定めている。

「各本条の罰金刑」とは、第50条であれば「百万円以下の罰金」、第52条であれば「五十万円以下の罰金」を意味する。つまり、第一号のような法人に対する加重はなく、個人の行為者と法人に対して同じ額の罰金が科されることになる。

第50条は、建設業法第31条(経営事項審査の虚偽申請)違反に対する罰則であり、第52条は、報告義務違反や検査拒否等(第31条の2、第41条第3項)に対する罰則である。

両罰規定における法人の免責

両罰規定には、多くの場合、法人が相当の注意や監督を尽くしたことを立証すれば法人を処罰しないという「免責規定」が設けられている。しかし、建設業法第53条にはこのような免責規定が明記されていない。

このため、形式的には従業員が違反行為をすれば自動的に法人も処罰されることになる。ただし、実務上の運用としては、検察官が起訴裁量権を行使する際や、裁判所が量刑を判断する際に、法人の監督体制や違反行為防止のための取組み等が考慮される可能性はある。

したがって、建設業者は、従業員による違反行為を防止するための組織的な取組みを日常的に行っておくことが極めて重要である。

企業コンプライアンス上の実務対応

両罰規定の存在は、建設業者に対して、組織全体でのコンプライアンス態勢の構築を強く要請している。

コンプライアンス教育の徹底が第一に重要である。すべての従業員が建設業法の基本的な規制内容を理解し、違反行為をしないよう、定期的な研修を実施する必要がある。特に、営業担当者や現場責任者など、違反リスクの高い業務に従事する者に対しては、重点的な教育が必要である。

内部監査体制の構築も不可欠である。法令遵守状況を定期的にチェックし、違反の芽を早期に発見して是正する仕組みを整備することが求められる。

内部通報制度の整備も重要である。従業員が違法行為を発見した場合に、安心して通報できる窓口を設けることで、違反行為の早期発見と是正が可能となる。

トップマネジメントのコミットメントが何より重要である。経営者自身がコンプライアンスの重要性を理解し、組織全体にその姿勢を示すことが、実効的なコンプライアンス態勢の構築には不可欠である。

第54条:財務諸表関係の過料

過料と罰金の違い

第54条に入る前に、「過料」と「罰金」の違いを理解しておく必要がある。

罰金は、刑罰の一種であり、犯罪に対する制裁である。罰金刑を科すためには、刑事訴訟手続を経る必要があり、有罪判決によって初めて罰金の支払義務が生じる。罰金刑を受けた場合、前科がつくことになる。

これに対して、過料は、行政上の秩序罰であり、刑罰ではない。過料は、犯罪とまでは言えない軽微な義務違反に対して科される金銭的制裁である。過料の手続は、非訟事件手続法に基づいて行われ、刑事訴訟手続とは異なる。過料を科されても前科はつかない。

第54条と第55条は、いずれも「過料」を定めており、刑罰ではない行政上の秩序罰である。

第54条の対象となる違反行為

第54条は、建設業法第26条の14第1項(第27条の32において準用する場合を含む)の財務諸表等の備置き義務違反等に対して、二十万円以下の過料を科すと定めている。

具体的には、以下の行為が過料の対象となる。

財務諸表等を備えて置かない場合である。建設業法第26条の14第1項は、特定建設業者に対して、各事業年度に係る財務諸表等を作成し、五年間、主たる営業所に備え置くことを義務づけている。第27条の32により、この規定は解体工事業者にも準用される。これらの義務に違反して、財務諸表等を備え置かない場合、過料の対象となる。

財務諸表等に記載すべき事項を記載しない場合である。財務諸表等を作成しても、法令で定められた記載事項が欠けている場合は、義務違反となる。

財務諸表等に虚偽の記載をする場合である。財務諸表等に事実と異なる内容を記載した場合も、過料の対象となる。

正当な理由なく閲覧請求を拒む場合である。第26条の14第2項各号は、財務諸表等の閲覧請求権を定めている。取引先や株主、債権者などから閲覧請求があった場合、正当な理由なくこれを拒否すると、過料の対象となる。

過料の実務的意義

過料は刑罰ではないため、前科がつかないという点では罰金よりも軽い制裁である。しかし、企業にとっては、過料を科されること自体が社会的信用の低下につながる可能性がある。

また、財務諸表の備置きや閲覧請求への対応は、建設業法上の基本的な義務であり、これを怠ることは、法令遵守意識の欠如を示すものとして、許可行政庁による監督処分の対象となる可能性もある。

したがって、建設業者は、財務諸表等の適切な作成・備置き、そして閲覧請求への適切な対応を確実に行う必要がある。

第55条:各種義務違反に対する過料

第55条の構造

第55条は、建設業法上の各種義務違反のうち、比較的軽微なものに対して、十万円以下の過料を科すと定めている。第54条の過料が二十万円以下であるのに対し、第55条の過料は十万円以下とされており、より軽微な違反に対する制裁として位置づけられている。

第55条は五つの号に分かれており、それぞれ異なる義務違反を規定している。

第一号:届出義務違反

第55条第一号は、「第十二条(第十七条において準用する場合を含む。)の規定による届出を怠つた者」に対して過料を科すと定めている。

第12条の届出義務とは、建設業者の商号、名称、営業所の所在地等に変更があった場合の届出義務である。建設業の許可を受けた後、一定の事項に変更が生じた場合、建設業者は許可行政庁に対して届出をしなければならない。

第17条における準用により、第12条の届出義務は、許可の更新や業種追加等の際にも適用される。

これらの届出を怠った場合、十万円以下の過料の対象となる。届出義務は、許可行政庁が建設業者の実態を正確に把握するために重要な制度であり、その違反に対しては過料という制裁が設けられている。

第二号:出頭要求への不応答

第55条第二号は、「正当な理由がなくて第二十五条の十三第三項の規定による出頭の要求に応じなかつた者」に対して過料を科すと定めている。

第25条の13第3項は、中央建設業審議会が紛争の解決のためのあっせん・調停・仲裁を行う際に、関係当事者に対して出頭を求めることができる旨を定めている。この出頭要求に正当な理由なく応じなかった場合、過料の対象となる。

「正当な理由」があれば過料は科されない。例えば、病気や災害など、やむを得ない事情で出頭できない場合は、正当な理由があると認められる可能性がある。

第三号:標識掲示義務違反

第55条第三号は、「第四十条の規定による標識を掲げない者」に対して過料を科すと定めている。

第40条の標識掲示義務は、建設業者に対して、営業所及び建設工事の現場ごとに、公衆の見やすい場所に標識を掲げることを義務づけている。この標識には、商号又は名称、許可番号、一般・特定の別、許可を受けた建設業の種類、主任技術者又は監理技術者の氏名などを記載する必要がある。

標識の掲示は、建設業者の身元を明らかにし、無許可業者との区別を可能にするとともに、工事の適正な施工を担保するための重要な制度である。標識を掲げない場合、十万円以下の過料の対象となる。

第四号:主任技術者の専任義務違反

第55条第四号は、「第四十条の二の規定に違反した者」に対して過料を科すと定めている。

第40条の2は、主任技術者又は監理技術者の専任義務を定めている。公共性のある施設若しくは工作物又は多数の者が利用する施設若しくは工作物に関する重要な建設工事で、政令で定めるもの(請負金額が一定額以上の工事)については、主任技術者又は監理技術者を専任で置かなければならない。

「専任」とは、その工事に専属的に従事することを意味し、他の工事との兼任が認められないことを意味する。この専任義務に違反した場合、十万円以下の過料の対象となる。

ただし、実務上は、専任義務違反は過料だけでなく、営業停止などの行政処分の対象となることが多い点に注意が必要である。

第五号:帳簿備付け・保存義務違反

第55条第五号は、「第四十条の三の規定に違反して、帳簿を備えず、帳簿に記載せず、若しくは帳簿に虚偽の記載をし、又は帳簿若しくは図書を保存しなかつた者」に対して過料を科すと定めている。

第40条の3は、建設業者に対して、営業所ごとに帳簿を備え、建設工事に関する事項で国土交通省令で定めるものを記載し、これを保存することを義務づけている。また、建設工事に関する図書で国土交通省令で定めるものを保存することも義務づけられている。

具体的には、以下の違反が過料の対象となる。

帳簿を備えない場合である。営業所に帳簿を設置していない場合が該当する。

帳簿に記載しない場合である。帳簿は備えているが、必要な事項を記載していない場合が該当する。

帳簿に虚偽の記載をする場合である。事実と異なる内容を帳簿に記載した場合が該当する。

帳簿又は図書を保存しなかった場合である。帳簿や図書の保存期間は、国土交通省令で定められており(5年間など)、この期間、適切に保存しなかった場合が該当する。

帳簿の備付け・記載・保存は、建設業者の営業実態を記録し、事後的な検証を可能にするための重要な制度である。これらの義務違反に対しては、過料が科される可能性がある。

罰則規定の全体像と予防的コンプライアンス

建設業法における罰則の体系

建設業法第47条から第55条までの罰則規定を概観すると、違反行為の悪質性・重大性に応じて、段階的な制裁が設けられていることがわかる。

最も重い制裁は、第47条の「三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金」であり、無許可営業や営業停止命令違反などの重大な違反に対して科される。法人に対しては、両罰規定により一億円以下の罰金が科される可能性がある。

中程度の制裁としては、第50条の「百万円以下の罰金」や第51条の「六月以下の懲役又は百万円以下の罰金」、第52条の「五十万円以下の罰金」などがある。

最も軽い制裁は、第54条の「二十万円以下の過料」と第55条の「十万円以下の過料」であり、これらは刑罰ではなく行政上の秩序罰である。

予防的コンプライアンスの重要性

これらの罰則規定は、違反行為が発生した後の事後的な制裁である。しかし、企業コンプライアンスの観点からは、違反行為を未然に防止する「予防的コンプライアンス」こそが最も重要である。

予防的コンプライアンスの第一歩は、法令の内容を正確に理解することである。建設業法は複雑な法律であり、その内容を正確に理解するためには、継続的な学習が必要である。

次に重要なのは、組織的な仕組みの構築である。法令遵守は、個々の従業員の意識だけに頼るのではなく、組織として法令遵守を担保する仕組みを作ることが不可欠である。具体的には、コンプライアンス規程の整備、コンプライアンス責任者の任命、定期的な内部監査の実施、内部通報制度の整備などが挙げられる。

経営者のコミットメントも極めて重要である。トップが率先してコンプライアンスの重要性を示し、組織全体にその姿勢を浸透させることが、実効的なコンプライアンス態勢の構築には不可欠である。

万が一違反が発覚した場合の対応

万が一、違反行為や違反のおそれのある事実が発覚した場合、迅速かつ適切な対応が求められる。

第一に、事実関係の正確な把握が必要である。誰が、いつ、どのような行為をしたのか、違反の範囲や影響はどの程度かなどを、客観的に調査する必要がある。

第二に、是正措置の実施が求められる。違反行為を直ちに中止し、可能な限り原状回復を図ることが必要である。

第三に、再発防止策の策定と実施が不可欠である。同様の違反が再び発生しないよう、組織的な対策を講じる必要がある。

第四に、必要に応じて行政庁への報告や相談を行うべきである。隠蔽は事態を悪化させるだけであり、誠実な対応が求められる。

まとめ:建設業法罰則規定の実践的理解

建設業法第53条から第55条は、同法の実効性を担保するための重要な規定である。

第53条の両罰規定は、従業員の違反行為について法人も責任を負うという、企業コンプライアンス上極めて重要な規定である。特に、第47条違反の場合には法人に対して一億円以下という高額な罰金が科される可能性があり、建設業者は組織全体でのコンプライアンス態勢の構築が不可欠である。

第54条と第55条の過料は、刑罰ではない行政上の秩序罰であるが、これらの規定に違反することは、企業の法令遵守意識の欠如を示すものとして、社会的信用の低下や行政処分につながる可能性がある。

建設業者にとって最も重要なのは、これらの罰則規定に該当する行為をしないよう、予防的なコンプライアンス態勢を構築することである。そのためには、法令の正確な理解、組織的な仕組みの整備、そして経営者のコミットメントが不可欠である。

建設業法の罰則規定は、単なる「違反したら罰せられる」という消極的な規定ではなく、建設業の健全な発展と、発注者・国民の保護のために、建設業者に高度な法令遵守を求める積極的な規定として理解すべきである。


建設業コンプライアンスの実践的支援について

建設業法の罰則規定、特に両罰規定による法人処罰のリスクは、企業経営に深刻な影響を及ぼす可能性がある。一億円以下という高額な罰金刑や、営業停止による事業活動の停止は、企業の存続そのものを脅かしかねない。こうしたリスクを未然に防ぐためには、実効性のあるコンプライアンス態勢の構築が不可欠である。

中川総合法務オフィスhttps://compliance21.com/)の代表・中川恒信は、建設業を含む幅広い業種において、850回を超えるコンプライアンス研修を担当してきた豊富な実績を有している。単なる法令の解説にとどまらず、実際に不祥事を起こした組織のコンプライアンス態勢再構築に携わった経験から、「形だけのコンプライアンス」ではない、実効性のある態勢構築のノウハウを提供できる。

また、内部通報の外部窓口を現に担当しており、組織内部で発生する問題の早期発見・早期対応の仕組み作りについても、実践的な助言が可能である。マスコミからも不祥事企業の再発防止について意見を求められるなど、コンプライアンスの専門家として高い評価を得ている。

建設業法の両罰規定への対応、財務諸表の適切な備置きと開示、帳簿管理の徹底、そして従業員への実効的なコンプライアンス教育など、貴社の実情に応じたきめ細かい研修・コンサルティングを提供する。研修費用は1回30万円(税別)が原則であり、貴社のコンプライアンス態勢を次のステージへと引き上げるための投資として、ぜひご検討いただきたい。

お問合せは、電話(075-955-0307)または、ウェブサイトの相談フォーム(https://compliance21.com/contact/)から承っている。建設業の未来を守るためのコンプライアンス態勢構築について、まずはお気軽にご相談いただきたい。

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