はじめに──建設業法と取適法の二重規制時代が到来した

2026年1月1日、下請代金支払遅延等防止法(下請法)が「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」、略称「中小受託取引適正化法(通称:取適法)」へと抜本的に改正される。この法改正は、建設業界にとって見過ごすことのできない重大な転換点である。

建設業界では長年、建設業法が元請・下請関係を規律してきた。しかし今回の取適法施行により、建設会社が行う取引のうち、建設工事の施工そのものではない委託取引については、取適法の適用を受ける場面が大幅に拡大することになる。

筆者は京都の中川総合法務オフィス代表として、これまで850回を超えるコンプライアンス研修を担当し、建設業を含む多様な業界の不祥事組織における態勢再構築に関与してきた。その経験から明言できるのは、「自社は建設業だから取適法は関係ない」という認識こそが、最大のリスクであるということだ。

建設業法と取適法──管轄省庁と規制目的の相違

建設業法は国土交通省の管轄であり、その運用は都道府県等に委ねられている。一方、取適法は公正取引委員会が主管し、中小企業庁、そして今回の改正により各事業所管省庁(建設業であれば国土交通省)も指導・助言権限を持つ「面的執行」体制が構築される。

従来の縦割り行政の弊害により、建設業法と取適法の調整が円滑に進むかは未知数である。しかし、少なくとも今後は、公正取引委員会、中小企業庁、国土交通省が連携して建設業界の取引を監視する体制が整うことは確実だ。

規制目的も異なる。建設業法は工期のダンピング、原価割れ契約、低すぎる労務費の防止を主眼とする。これに対し取適法は、取引の公正性確保、すなわち支払遅延、不当な減額、買いたたき、価格転嫁拒否の防止に重点を置く。両法は補完関係にあり、建設会社はこの二重規制に適応する必要がある。

用語の変更──「下請」から「中小受託事業者」へ

取適法への改正に伴い、用語も大きく変更される。建設業法では依然として「元請・下請」という用語を使用するが、取適法では「親事業者(発注者)」は「委託事業者」に、「下請事業者」は「中小受託事業者」に変更された。また「下請代金」は「製造委託等代金」となる。

この用語変更は単なる言葉の置き換えではない。下請法時代の「親子関係」を前提とした縦の序列意識から、より対等な「委託・受託関係」へと発想を転換させる意図が込められている。2025年12月1日に全面施行された改正建設業法においても、将来的にはこうした用語の統一が図られる可能性がある。

定着には時間を要するだろうが、コンプライアンス担当者やマネジメント層は、この用語変更の背景にある法改正の理念を正確に理解しなければならない。

建設工事そのものは取適法の対象外──しかし例外は多い

取適法の対象取引は、以下の5類型である。

  1. 物品の製造委託
  2. 修理委託
  3. 情報成果物の作成委託
  4. 役務提供委託
  5. 特定運送委託(2026年改正で新設)

このうち、建設業法に規定される建設業を営む者が業として請け負う建設工事は、取適法の適用対象外とされる(取適法第2条)。これは、建設工事については建設業法において取適法と類似の規定が既に置かれており、重複規制を避けるためである。

しかし、ここで重要なのは、「建設工事そのものの請負」が対象外であるだけで、建設会社が行う他の委託取引は取適法の適用を受けるという点である。

実務上、建設会社が関与する取引のうち、以下のような委託は取適法の対象となり得る。

物品の製造委託

  • 特注アルミサッシの製作発注:建物の工事において、特定の仕様に基づくサッシ製品の製造・引き渡しを外部に委託する場合。これは取適法の「製造委託」のど真ん中に該当する。
  • プレカット材の加工委託:木造建築で増加しているプレカット材の加工を外部業者に委託する場合も、製造委託に該当する。
  • 建設資材の製造委託:建設資材を販売している建設業者が、その資材の製造を他の事業者に委託する場合。

修理委託

建設会社が発注者から修繕工事を請け負い、その一部(例えば設備機器の修理)を専門業者に委託する場合、委託内容が「建設工事」に該当しない修理であれば、取適法の対象となる可能性がある。

また、自社で使用する重機や車両の修理を外部業者に委託する場合も、修理委託に該当し得る。ただし、自家利用目的の修理は「自ら用いる役務の委託」として対象外となるケースもあるため、個別判断が必要である。

情報成果物の作成委託

  • 施工図の外注作成:設計図を基に施工図を作成する業務を外部の専門業者やCADオペレーターに委託する場合。これは情報成果物作成委託に該当する。
  • 設計業務の委託:建設会社が設計業者に設計図面やCAD図面の作成を委託する場合も同様である。

役務提供委託

  • 警備業務の委託:建設現場における警備業務を警備会社に委託する場合。
  • 清掃業務の委託:現場や事務所の清掃を清掃業者に委託する場合。
  • 地盤調査の外注:地盤調査を専門業者に委託し、その調査結果の報告を受ける場合。役務提供委託に該当する可能性がある。

ただし、自家利用目的(自社工場の清掃、自社研修の外部講師依頼など)の役務委託は、取適法の対象外である。

特定運送委託(2026年新設)

建設会社が製造または販売する建設資材を、その取引先(顧客)に対して運送する行為を運送事業者に委託する場合、特定運送委託に該当する。

この類型の新設により、建設業における物流取引も取適法の監視対象となる。長時間の荷待ちや荷役作業の無償提供、運送後のキャンセル費用の未払いなどは、取適法違反として厳しく取り締まられる可能性がある。

対象外となる取引

既製品(完成済み商品)の単純な売買は、製造委託に該当せず、取適法の対象外である。また、労働者派遣法に基づく労働者派遣契約は、自社の指揮命令下で業務を行わせるものであるため、委託取引に該当せず対象外となる。

適用基準──資本金基準と従業員数基準の二本立て

取適法の適用を受けるか否かは、取引の類型に加え、委託事業者と中小受託事業者の資本金または従業員数によって判断される。

従来の下請法では資本金基準のみであったが、2026年施行の取適法では、従業員数基準が新たに追加される。これにより、資本金は少ないが従業員数の多い企業を利用した「下請法逃れ(取適法逃れ)」を防止する狙いがある。

資本金基準(従来通り)

委託事業者の資本金中小受託事業者の資本金
3億円超3億円以下
1,000万円超~3億円以下1,000万円以下

従業員数基準(新設)

取引類型委託事業者の従業員数中小受託事業者の従業員数
物品の製造・修理委託、特定運送委託301人以上300人以下
情報成果物作成委託、役務提供委託(プログラム作成、運送、倉庫保管、情報処理を除く)101人以上100人以下

資本金基準または従業員数基準のいずれかを満たせば、取適法が適用される。

建設会社においては、これまで資本金を抑えることで下請法の適用を免れてきたケースでも、従業員数が基準を超えれば取適法の適用対象となる。この点を看過すれば、意図せず法令違反に陥るリスクがある。

取適法における主要な義務と禁止事項

取適法が適用される場合、委託事業者には以下の義務と禁止事項が課される。

4つの義務

  1. 発注内容の書面(または電磁的方法)による明示義務(第4条)
    • 直ちに、給付の内容、製造委託等代金の額、支払期日、支払方法その他の事項を書面または電磁的方法により明示しなければならない。
    • 2026年改正により、中小受託事業者の承諾がなくても電磁的方法(電子メール、クラウドシステム等)による明示が可能となった。
  2. 製造委託等代金の支払期日を定める義務(第2条の2)
    • 給付の受領日から60日以内のできる限り短い期間内に定めなければならない。建設業法の「「50日ルール」とは異なる。
    • 取適法では「受領の日」を初日に算入する(民法の初日不算入の原則の例外)。
  3. 遅延利息の支払義務(第6条)
    • 支払期日までに代金を支払わなかった場合、受領日から60日を経過した日から支払日まで、年率14.6%の遅延利息を支払わなければならない。
    • 2026年改正により、不当に代金を減額した場合も、減額日から60日経過後、返還日まで年率14.6%の遅延利息が必要となった。
  4. 取引記録の作成・保存義務(第7条)
    • 給付、受領、代金支払その他の事項を記載した書類または電磁的記録を作成し、2年間保存しなければならない。

11の禁止事項(第5条)

  1. 受領拒否:中小受託事業者に責任がないのに、発注した物品等の受領を拒否すること。
  2. 製造委託等代金の支払遅延:支払期日までに代金を支払わないこと。
  3. 製造委託等代金の減額:中小受託事業者に責任がないのに、発注後に代金を減額すること。
  4. 返品:中小受託事業者に責任がないのに、受領後に返品すること。
  5. 買いたたき:通常の対価に比べて著しく低い代金を不当に定めること。
  6. 購入・利用強制:正当な理由なく、自社が指定する物品やサービスの購入・利用を強制すること。
  7. 報復措置:中小受託事業者が公正取引委員会、中小企業庁、事業所管省庁(2026年改正で追加)に違反行為を通報したことを理由に、取引数量の削減や取引停止などの不利益な取扱いをすること。
  8. 有償支給原材料等の対価の早期決済:自社から有償で支給した原材料の代金を、製造委託等代金の支払期日より前に相殺または支払わせること。
  9. 割引困難な手形等の交付:支払期日までに代金満額相当の現金を得ることが困難な手形、電子記録債権、ファクタリング等を交付すること。2026年改正により、手形払は原則禁止となった
  10. 不当な経済上の利益の提供要請:協賛金、従業員派遣、金銭・役務その他の経済上の利益を不当に提供させること。
  11. 不当な給付内容の変更・やり直し:発注の取消し・変更、受領後のやり直し・追加作業などを行わせる場合に、委託事業者がその費用を負担しないこと。

これらの義務・禁止事項に違反した場合、公正取引委員会等による指導・助言、勧告・公表、さらには刑事罰(最高50万円の罰金)が科される。

代金支払期日に関する建設業法と取適法の相違

建設業法では、下請代金の支払につき、「元請負人が支払を受けた金額の出来形に対する割合及び当該下請負人が施工した出来形部分に相応する下請代金を、当該支払を受けた日から一月以内」としているが、さらに、いつもコンプライアンス研修を実施しているのは全部特定建設業であって、その場合は「申出の日から起算して五十日を経過する日以前」と定めている(建設業法第24条の3、第24条の6)。

一方、取適法では「給付の受領日から60日以内のできる限り短い期間内」と規定される(取適法第2条の2)。

さらに重要なのは、支払期日の起算日の計算方法で、民法の原則は初日不算入であるが、これらの法令の解釈では「受領の日」を初日に算入する。この違いを正確に理解しておかなければ、意図せず支払遅延となるリスクがある。

筆者はコンプライアンス研修において、しばしば驚くべき支払遅延の実態を耳にする。3ヶ月、中には半年決済で代金がすぐには支払われないケースもある。こうした慣習は、弱い立場の事業者を虐げる不公正な取引そのものである。

筆者が官公庁・自治体や業界団体の研修でこの点を指摘すると、非常に強い反発を受け、暗に「次から中川先生には依頼しない」と態度を取って、実際は依頼は来なくなる。しかし、正しいことは正しいと言わなければ世の中は良くならない。真のコンプライアンスとは、単なる法令遵守ではなく、公正で健全な取引秩序を構築することである。自らの怠慢やルーティンワークで社会の動きを無視した反コンプライアンス的意識でいつまででも仕事をしていていいのだろうか。

建設業法と取適法の協調体制──「面的執行」の強化

2026年施行の取適法では、「面的執行」と呼ばれる執行体制の強化が図られる。

従来、下請法の執行は公正取引委員会と中小企業庁のみが担っていたが、取適法では各事業所管省庁(建設業であれば国土交通省)も指導・助言権限を持つ。これにより、建設業においては、公正取引委員会、中小企業庁、国土交通省が協調して取引の適正化を監視する体制が構築される。

また、中小受託事業者が違反行為を通報する際の窓口として、事業所管省庁が追加された。報復措置の禁止対象も、公正取引委員会・中小企業庁への通報だけでなく、事業所管省庁への通報も含まれる。

この面的執行体制により、建設会社は国土交通省による建設業法違反の監督と、公正取引委員会等による取適法違反の監督の両方を受けることになる。縦割り行政の弊害を克服し、実効的な法執行が期待される。

実務対応のポイント

建設会社が取適法に適切に対応するためには、以下の実務対応が必要である。

1. 取引の棚卸しと適用対象の判別

まず、自社が行っている委託取引を網羅的に洗い出し、それぞれが建設工事の請負に該当するか、それとも取適法の対象となる製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託、特定運送委託のいずれかに該当するかを判別する。

判別が微妙な場合は、弁護士や能力の極めて高い行政書士等の専門家に相談することを推奨する。

2. 資本金・従業員数基準の確認

取適法の適用を受けるか否かは、委託事業者と中小受託事業者の資本金または従業員数によって決まる。取引先の資本金・従業員数を確認し、適用対象となるか否かを判断する。

特に、従業員数基準の新設により、これまで適用対象外であった取引が新たに対象となる可能性があるため、注意が必要である。通常は取引契約書で従業員数を開示しないことが多く、要注意である。

3. 発注書面(電磁的方法)の整備

取適法の適用を受ける取引については、発注時に直ちに、給付の内容、代金の額、支払期日、支払方法等を書面または電磁的方法で明示しなければならない。

電磁的方法(電子メール、クラウドシステム等)を活用する場合は、記録が確実に残る仕組みを整備する。

4. 支払期日の見直し

取適法では、給付の受領日から60日以内のできる限り短い期間内に支払期日を定めなければならない。現行の支払サイトがこれを超えている場合は、早急に見直しが必要である。

また、受領日の初日算入に注意し、支払遅延を防止する。

5. 取引記録の作成・保存

取適法の適用を受ける取引については、給付、受領、代金支払等に関する記録を作成し、2年間保存しなければならない。電子帳簿保存法にも対応した電磁的記録の保存体制を整備することが望ましい。

6. 手形払の廃止

2026年改正により、手形払は原則禁止となる。現金払い、銀行振込等への移行を早急に進める必要がある。

7. 社内教育の徹底

購買部門、調達部門、現場責任者等、取引に関与する全ての従業員に対し、取適法の内容と遵守すべき義務・禁止事項を周知徹底する。

特に、買いたたき、不当な減額、報復措置などの禁止事項については、具体的な事例を示しながら教育することが効果的である。

8. 内部通報制度の整備

中小受託事業者が取適法違反を通報しやすい環境を整備するため、内部通報制度(公益通報者保護法に基づく外部窓口を含む)を適切に運用する。

筆者は内部通報の外部窓口を現に担当しており、通報者の秘密保持と報復措置の防止が極めて重要であることを痛感している。

9. 専門家への相談体制の構築

取適法の適用範囲は複雑であり、個別の取引が対象となるか否かの判断は容易ではない。顧問弁護士、専門的知識の高い法律家として見做すことの出来る行政書士等の専門家と連携し、疑問点があればその都度相談できる体制を構築することが望ましい。

結語──公正な取引秩序の構築こそが企業の持続可能性を高める

建設業界は長年、多重下請構造、低すぎる労務費、長時間労働といった構造的課題を抱えてきた。2025年12月に全面施行された改正建設業法と、2026年1月に施行される取適法は、こうした課題を解決し、建設業の持続可能性を高めるための抜本的な改革である。

「これまでこのやり方で問題なかった」という経験則は、もはや通用しない。強い立場の者が弱い立場の者を虐げるような慣習を放置すれば、優秀な協力会社は離れ、技術の継承は途絶え、やがて産業全体が衰退する。

公正で健全な取引秩序を構築することは、単なる法令遵守ではなく、企業の競争力と持続可能性を高める「攻めの戦略」である。適正な価格で発注し、適正な工期を確保し、適正な労務費を支払うことが、結果として優秀な人材と協力会社を確保し、高品質な施工を実現する。

筆者は人生経験豊富なコンプライアンスの専門家として、法律や経営などの社会科学のみならず、哲学思想などの人文科学や自然科学にも深い知見を持つ。その立場から断言する。真のコンプライアンスとは、法の条文を暗記することではなく、法の精神を理解し、公正で誠実な企業活動を実践することである。integrityである。

建設業における取適法の適用範囲は複雑であり、個別の判断には専門的知見を要する。疑問点があれば、躊躇なく上記の専門家に相談されたい。


中川総合法務オフィスへのご依頼について

本記事で解説した取適法と建設業法の関係、適用範囲の判断、実務対応については、極めて専門性の高い領域であり、企業の実務担当者が独力で対応することは容易ではありません。

中川総合法務オフィス代表の中川恒信は、これまで850回を超えるコンプライアンス研修を担当し、建設業、製造業、金融業、医療・福祉業など多様な業界において、実効性の高いコンプライアンス態勢の構築を支援してまいりました。

また、不祥事を起こした組織のコンプライアンス態勢再構築の経験も豊富であり、マスコミから不祥事企業の再発防止策について意見を求められることもしばしばです。さらに、内部通報の外部窓口を現に担当しており、通報者保護と実効的な内部統制の両立に関する実務的知見を有しています。

中川総合法務オフィスでは、貴社の実情に即した以下のサービスを提供いたします。

コンプライアンス研修

  • 取適法と建設業法の適用範囲に関する研修
  • 管理職・購買部門向けの実務対応研修
  • 事例演習を交えた実践的な研修プログラム

研修費用:1回30万円(税別、交通費等別途)

コンプライアンス・コンサルティング

  • 取引の棚卸しと適用対象の判別支援
  • 発注書面・契約書の整備支援
  • 内部通報制度の構築・運用支援
  • 不祥事発生時の原因分析と再発防止策の策定

内部通報外部窓口

  • 公益通報者保護法に基づく外部窓口の設置・運用
  • 通報者の秘密保持と報復措置の防止

中川総合法務オフィスは、単なる法令知識の提供にとどまらず、貴社の企業文化と実務に即した、実効性のあるコンプライアンス態勢の構築を支援いたします。

独特の文体と深い教養に基づく、他では得られないオリジナルの知見をもって、貴社のコンプライアンス経営を強力にサポートいたします。

ご相談・お問い合わせは、下記までお気軽にどうぞ。

中川総合法務オフィス(合同会社中川総合オフイス)
代表:中川恒信
電話:075-955-0307
ウェブサイト相談フォーム:https://compliance21.com/contact/

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