1. はじめに──「教育現場」が直面する意外な著作権リスク
中川総合法務オフィスの代表行政書士、中川です。
先日、静岡県富士宮市にある建設業界のメッカ「富士教育訓練センター」にて、教官の皆様を対象とした著作権法の実務講座を担当させていただきました。富士教育訓練センターは、全国の建設企業から年間数千名が受講する、日本最大級の建設技能者養成施設です。新入社員研修から職長教育、各種技能講習まで、建設業の人材育成を支える重要な拠点として、業界内で高い信頼を得ています。
その講座の中で、多くの教官の方々が驚かれたテーマがありました。それが「職業訓練校や企業内研修施設は、著作権法上の『学校』ではない」という事実です。
「教育のためなら、新聞記事や参考書を自由にコピーして配布できる」と思っている方は少なくありません。実際に、安全大会で事故事例の新聞記事を配ったり、研修用のスライドにインターネットから拾った画像を貼り付けたりすることは、現場では日常茶飯事です。しかしこれらの行為は、著作権法に抵触する可能性が高く、組織にとって大きなリスクとなり得るのです。
建設業界では近年、コンプライアンス(法令遵守)の強化が求められています。建設業法の改正、働き方改革への対応、そして安全管理体制の整備──。その一方で、教育現場における著作権管理については、まだまだ認識が追いついていないのが実情です。
この記事では、職業訓練校や社内研修担当者が陥りやすい著作権の「落とし穴」を5つのチェックリストとして整理し、現場で使える実践的な対処法をご紹介します。富士教育訓練センターでの講義内容をベースに、建設業の実態に即した解説を行いますので、ぜひ最後までお読みください。

2. なぜ「教育のため」なのに自由にコピーできないのか?──著作権法35条の「壁」
著作権法35条が認める「学校その他の教育機関」とは?
著作権法第35条は、学校などの教育機関において、授業の過程で必要な範囲内であれば、公表された著作物を無許諾で複製したり、オンライン配信したりすることを認めています。この規定は、教育現場での円滑な著作物利用を支援するために設けられた例外措置です。
しかし、ここで重要なのは「学校その他の教育機関」という定義です。文部科学省が公表する「改正著作権法第35条運用指針」によれば、この範囲には以下のような施設が含まれます。
- 学校教育法に基づく幼稚園、小学校、中学校、高等学校、大学、専修学校、各種学校など
- 職業能力開発促進法に基づく公共職業能力開発施設(ポリテクセンターなど)
- 児童福祉法に基づく保育所や認定こども園
- その他、文部科学省や厚生労働省が所管する一定の教育訓練施設
企業内研修施設や民間の職業訓練校は「学校」ではない
一方で、以下のような施設は、原則として著作権法35条の対象外となります。
- 企業が自社で運営する社員研修センター
- 民間企業が設置する技能訓練施設
- 業界団体が運営する職業訓練校(一部例外あり)
- カルチャースクールや民間の資格予備校
つまり、建設会社が自社で運営する研修施設や、業界団体が運営する職業訓練校の多くは、法律上の「学校」には該当しないのです。このため、これらの施設では、学校と同じように「教育目的だから自由に使える」という考え方は通用しません。
職業訓練施設でも例外的に認められるケースはあるが…
職業能力開発促進法に基づいて認定を受けた公共の職業訓練施設であれば、著作権法35条の適用を受けることができます。
しかし、それでも以下の点に注意が必要です。
- 授業の過程で使用する場合に限定される(掲示物や配布資料として長期間保管・利用する場合は対象外)
- 必要最小限の範囲内での利用に限る(著作物全体をコピーすることは原則不可)
- 著作権者の利益を不当に害しない範囲で利用する(市販の問題集を大量コピーして配布するなどは不可)
このように、たとえ公共組織として学校に準じているとされる認定施設であっても、無制限に著作物を利用できるわけではないのです。
まして、職業訓練法人として認定を受けているに過ぎない施設は、ここで言う「学校」とは法解釈上は言い難いのです。
3. 現場でやりがちな「5つの著作権違反」チェックリスト
ここからは、建設業等の職業研修現場で実際に起こりがちな著作権侵害のパターンを、5つの具体例とともにご紹介します。どれも「悪気はない」「教育のため」という善意から行われる行為ですが、法的にはリスクを伴う可能性があります。
①【安全大会での新聞記事の大量配布】
よくあるケース:
建設現場で発生した重大事故のニュースが新聞に掲載された際、「社員等のメンバー全員に注意喚起したい」という思いから、その新聞記事をコピーして安全大会で配布する。
何が問題なのか?
新聞記事は、新聞社およびその記事を執筆した記者が著作権を持っています。この記事をコピーして社内で配布する行為は、著作権法上の「複製権」の侵害に該当します。たとえ教育目的であっても、企業内での配布は私的利用の範囲を超えるため、原則として著作権者の許諾が必要です。
正しい対処法:
新聞記事を社内で共有したい場合は、以下のような方法があります。
- 新聞社が提供する「クリッピングサービス」を利用する(有料)
- 記事の要旨を自分の言葉でまとめて配布する(引用の実務要件も満たしその範囲内で出典も明記)
- 新聞社のウェブサイト記事のURLを共有する(記事へのリンクは原則自由)
②【研修スライドへのネット画像の無断使用】
よくあるケース:
「分かりやすく説明したい」という思いから、Google画像検索で見つけた現場写真やイラストを、研修用のPowerPointスライドに貼り付ける。
何が問題なのか?
インターネット上の画像や写真には、ほぼすべてに著作権が存在します。「ネット上に公開されているから自由に使える」というのは大きな誤解です。これらの画像を無断でスライドに使用することは、複製権および公衆送信権(オンライン研修の場合)の侵害となります。
正しい対処法:
- フリー素材サイト(写真AC、イラストACなど)から商用利用可能な画像をダウンロードする。但し規約を遵守。
- クリエイティブ・コモンズライセンスで公開されている画像を、ライセンス条件に従って利用する
- 画像の出典を明記した上で、「引用」の要件を満たす形で利用する(後述)
- 自社で撮影した写真や、自分で作成したイラストを使用する
③【参考書・テキストのPDF化と社内共有】
よくあるケース:
1冊購入した参考書や技能講習のテキストをスキャンしてPDF化し、タブレット端末で若手社員全員に配布する。「便利だし、紙の節約にもなる」と考える。
何が問題なのか?
書籍や雑誌には、著作権だけでなく改正法による「出版権」も設定されていることがあります。書籍を丸ごとスキャンしてデジタル化する行為は、複製権の侵害であり、さらにそれを社内で共有することは、出版社の利益を大きく損なう行為です。これは明確な著作権侵害であり、出版社から損害賠償請求を受けるリスクがあります。
正しい対処法:
- 必要な人数分の書籍を購入する(社員教育費として計上)
- 出版社が提供する電子書籍版を購入し、ライセンスに従って利用する
- 社内で独自の研修資料を作成する(他人の著作物を引用する場合は適切な方法で)
④【休憩時間中のYouTube動画・テレビ番組の上映】
よくあるケース:
研修の休憩時間に、「息抜きに」とYouTubeの事故動画や建設関連のテレビ番組を、会議室のスクリーンで流す。あるいは、研修の一環として事故事例の動画を上映する。
何が問題なのか?
動画や映像作品には「上映権」という権利があります。不特定多数の人が集まる場所で、映像を上映することは、この上映権の侵害に該当します。たとえYouTubeで無料公開されている動画であっても、それを研修の場で上映することは、投稿者の権利を侵害する可能性があります。
正しい対処法:
- 動画投稿者や映像制作会社に許可を得る
- 動画のURLを各自のスマートフォンで視聴してもらう形にする
- 商用利用や研修利用が認められている映像コンテンツを利用する
⑤【外部講師が作成した資料の無断改変・再利用】
よくあるケース:
過去に外部講師を招いて実施した研修で使用されたスライド資料を、翌年以降も「もったいないから」と社内で改変して使い回す。
何が問題なのか?
著作物には「著作者人格権」という、著作者の人格的利益を守るための権利があります。その中の「同一性保持権」は、著作物を無断で改変されない権利です。外部講師が作成した資料を勝手に改変して使用することは、この同一性保持権の侵害にあたります。また、講師との契約内容によっては、契約違反にもなり得ます。
正しい対処法:
- 外部講師との契約時に、資料の利用範囲(社内保管、改変の可否、再利用の可否など)を明確にする
- 資料を再利用したい場合は、講師に許可を得る
- 自社で独自の資料を作成する
4. 違反が発覚した場合の深刻なリスク──「知らなかった」では済まされない
損害賠償請求のリスク
著作権侵害が発覚した場合、著作権者から損害賠償を請求される可能性があります。損害賠償額は、侵害の程度や期間、複製部数などによって異なりますが、数十万円から数百万円に及ぶケースもあります。特に、長期間にわたって組織的に侵害行為を行っていた場合、損害額は高額になる傾向があります。億単位の賠償金も出るようになりました。
企業の信用失墜と取引への影響
建設業界では、コンプライアンス(法令遵守)が企業評価の重要な指標となっています。「法令遵守を掲げながら、足元で著作権侵害を行っていた」という事実が明るみに出れば、企業の信用は大きく損なわれます。取引先からの信頼を失うだけでなく、新規の受注機会を逃すリスクもあります。
公共工事への影響──指名停止のリスクも
重大なコンプライアンス違反を起こした企業に対しては、自治体や国による「指名停止処分」が行われることがあります。著作権侵害が組織的かつ悪質と判断された場合、公共工事の入札参加資格を停止される可能性もゼロではありません。建設業にとって、公共工事からの排除は経営に直結する深刻な問題です。
社内のモラルハザード
「教育現場で著作権侵害が常態化している」という状況は、社員のコンプライアンス意識を低下させる要因にもなります。「会社がルールを守っていないのだから、自分も守らなくていい」という意識が広がれば、組織全体のモラルが崩壊しかねません。組織風洞の悪化が企業不祥事の温床なのはトヨタグループの不正を見れば明らかでしょう。トヨタでさえそう嵌るのです。
5. 正しい「引用」と「運用」を知れば怖くない──実務で使える著作権対策
「引用」の要件を理解する
著作権法第32条では、「公表された著作物は、引用して利用することができる」と定められています。この「引用」が認められるためには、以下の要件を満たす必要があります。
①既に公表されている著作物であること
未公表の原稿や内部資料などは引用できません。
②引用の必然性があること
単なる装飾や話題提供のためではなく、自分の主張を補強するために必要不可欠であることが求められます。
③「主従関係」が明確であること
自分が作成したオリジナルの部分が「主」、引用部分が「従」という関係が明確でなければなりません。引用部分が大半を占めるような資料は認められません。
④引用部分が明確に区別されていること
引用部分をカギ括弧で囲む、枠で囲む、フォントを変えるなど、どこからどこまでが引用なのかを明確にする必要があります。
⑤出典を明記すること
著作者名、書籍名、ウェブサイト名、URLなど、出典情報を正確に記載する必要があります。
現場で使える実践的な対策
研修資料作成時のチェックリスト:
- 使用する画像・図表・文章は、自作か、フリー素材か、適切に引用しているか?
- 引用する場合、出典を明記しているか?
- 外部の資料を使う場合、許諾を得ているか?
社内ルールの整備:
- 著作権に関する社内ガイドラインを作成する
- 研修担当者向けの著作権講習を定期的に実施する
- 資料作成時の承認フローを整備する
6. 中川総合法務オフィスがお手伝いできること──建設業等に特化した著作権サポート
中川総合法務オフィスは、建設業法や建設現場の実務に精通した行政書士として、建設業の皆様に寄り添った法務サポートを提供しています。また、研修講演実績を見ればわかる通り、地方公共団体や食品業界にも多数の実績があります。著作権法学会の正規会員、公益法人「著作権相談センター」初代委員長等、私法の一般法の民法を著名な長尾治助教授に指導を受けたこと等、国際ピアノコンクール等の実務を重ねてきた著作権法についても、単なる法律論ではなく、「現場で実際に使える知識」を重視した実務的なアドバイスを心がけています。
【サービス1】研修スライドの「著作権簡易診断」
貴社が現在使用している研修資料やスライドを拝見し、著作権上のリスクがないかを診断します。問題がある箇所については、具体的な改善案をご提案いたします。
【サービス2】社内研修・安全大会での著作権講座
富士教育訓練センターでも実施した講義内容を、貴社の規模や業態に合わせてカスタマイズし、社内研修や安全大会で実施いたします。教官や研修担当者向けの専門講座も承ります。
【サービス3】生成AIの利用も含めた社内ガイドラインの作成支援
著作権に関する社内ルールを整備したい企業様には、ガイドライン作成のサポートを行います。建設業の実務に即した、現場で使いやすいルールづくりをお手伝いします。
7. まとめ──教育現場だからこそ、真っ白なコンプライアンス意識を
建設業等職業訓練実務の教育現場では、安全意識の向上、技術の伝承、コンプライアンスの徹底が日々行われています。その一方で、著作権という「見えにくいリスク」については、まだまだ認識が追いついていないのが現状です。
「教育のためだから」「悪気はないから」という理由で見過ごされがちな著作権問題ですが、一度発覚すれば企業の信用を大きく損なう重大なリスクとなります。だからこそ、正しい知識を持ち、適切なルールに基づいて運用することが重要です。
富士教育訓練センターでの講義を通じて、多くの教官の皆様が「知らなかった」「これからは気をつけます」と言ってくださいました。この記事が、建設業の研修担当者の皆様にとって、著作権リスクを見直すきっかけとなれば幸いです。
「自社の研修資料は大丈夫だろうか?」と不安を感じた方は、ぜひ一度ご相談ください。中川総合法務オフィスが、貴社のコンプライアンス強化を全力でサポートいたします。
※Instagramに掲載された中川総合法務オフィスの研修風景
職業訓練校における教官向け「著作権法」実務講座を担当-「学校」でない場所での著作権違反にならない講義の仕方
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- 長編版(15~20分): 5つのチェックリストを詳しく解説
- 短編版(3~5分): ポイントを凝縮したダイジェスト版
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この記事が、建設業の皆様の安全で健全な教育環境づくりの一助となれば幸いです。

