第1条 条文
第一条 この法律は、我が国における働き方の多様化の進展に鑑み、個人が事業者として受託した業務に安定的に従事することができる環境を整備するため、特定受託事業者に業務委託をする事業者について、特定受託事業者の給付の内容その他の事項の明示を義務付ける等の措置を講ずることにより、特定受託事業者に係る取引の適正化及び特定受託業務従事者の就業環境の整備を図り、もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
1 はじめに―フリーランス法とはどのような法律か
「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(以下、フリーランス法または本法という)は、令和5年(2023年)4月28日に国会で可決・成立し、同年5月12日に公布された(令和5年法律第25号)。施行日は令和6年(2024年)11月1日である。
本法の正式名称は長いため、政府・公正取引委員会は「フリーランス・事業者間取引適正化等法」という略称を用いることが多い。本シリーズでは「フリーランス法」と表記する。
なお、本法は18か条(附則含む26条構成)からなる比較的コンパクトな法律であるが、IT企業がフリーランスエンジニアに発注する場面、建設業者が一人親方に仕事を出す場面など、現代の業務委託取引のあらゆる現場に直結する内容を持つ。
2 制定の背景―なぜ今この法律が生まれたか
フリーランス人口の急増とトラブルの顕在化
近年、デジタル社会の進展に伴い、ITエンジニア、デザイナー、ライターなどフリーランスとして働く人々が急増した。政府の立法趣旨資料によれば、フリーランスを含む多様な働き方を、それぞれのニーズに応じて柔軟に選択できる環境整備が重要とされる一方、実態調査やフリーランス・トラブル110番などにおいて、フリーランスが取引先との関係で様々な問題・トラブルを経験していることが顕著になった。
具体的には、内閣官房等が実施した実態調査(令和3年)では、フリーランスの約4割が報酬不払い・支払遅延などのトラブルを経験し、また約4割が記載の不十分な発注書しか受け取っていないか、そもそも発注書を受領していない実態が明らかとなった。
「個人」と「組織」の構造的格差
本法の立法者が問題の本質として着目したのは、フリーランス(個人)と発注事業者(組織)の間に存在する構造的な交渉力・情報収集力の格差である。一人の個人として業務委託を受けるフリーランスと、組織たる発注事業者との間には、交渉力や情報収集力の格差が生じやすい。従業員がいない受注事業者は時間等の制約から事業規模が小さく特定の発注事業者に依存することとなりやすく、また発注事業者の指定に沿った業務の完了まで報酬が支払われないことが多いといった事情があり、発注事業者が報酬額等の取引条件を主導的立場で決定しやすくなる等の形で現れ得る。
この構造は建設業の一人親方と元請会社の関係、ITスタートアップとフリーランスエンジニアの関係でも共通して観察される。本法はこの格差に正面から向き合った初めての業種横断的な立法である。
3 第1条の文言解析
(1)「我が国における働き方の多様化の進展に鑑み」
冒頭のこの文言が立法事実の核心を示す。副業・兼業の普及、クラウドソーシングの拡大、ギグワーカーの登場など、雇用関係によらない働き方が社会全体で広がっているという認識が前提となっている。この文言は、本法が特定業種に限定されない業種横断的な法律であることを宣言している。
(2)「個人が事業者として受託した業務に安定的に従事することができる環境を整備するため」
ここには2つの重要な含意がある。
第一に、「個人が事業者として」という部分である。フリーランスは労働者ではなく事業者であることを前提とする。これは労働基準法等の労働法が原則として適用されないことを意味する。一方で事業者間の取引であるがゆえに、民法の契約自由の原則のもとで弱者となりやすいという矛盾を立法者は認識していた。
第二に、「安定的に従事することができる環境」という文言は、短期的な契約打ち切りや突然の報酬減額、ハラスメントなど、フリーランスの就業継続を阻害する行為全般を問題として捉えていることを示す。取引の公正さだけでなく就業環境全体を射程に入れた点が本法の特色である。
(3)「特定受託事業者に業務委託をする事業者について、特定受託事業者の給付の内容その他の事項の明示を義務付ける等の措置を講ずることにより」
本法の主たる規制手段が「明示義務」であることを目的条文段階で宣言している点に注目すべきである。情報の非対称性を是正するための「透明性確保」が本法の根幹をなす。取引条件の書面(または電磁的方法による)明示を最低限の共通ルールとして設定することで、後に述べる禁止行為規制の土台となる。
(4)「特定受託事業者に係る取引の適正化及び特定受託業務従事者の就業環境の整備」
本法の目的は大きく2本柱からなる。第一は「取引の適正化」(第2章、第3条〜第11条)であり、主に公正取引委員会と中小企業庁が執行する。第二は「就業環境の整備」(第3章、第12条〜第20条)であり、主に厚生労働省が執行する。取引の適正化を図るため、発注事業者に対し、フリーランスに業務委託した際の取引条件の明示等を義務付け、報酬の減額や受領拒否などを禁止するとともに、就業環境の整備を図るため、発注事業者に対し、フリーランスの育児介護等に対する配慮やハラスメント行為に係る相談体制の整備等を義務付けている。
(5)「もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする」
この終結部分は、フリーランス保護が単に個人の利益保護にとどまらず、国民経済全体の健全な発展に資するという宣言である。多様な人材が安心して働けることが経済活力の源泉であるという政策判断がここに込められている。
4 本法の適用対象と「特定受託事業者」の概念
第1条を正確に理解するためには、本法が誰を守り、誰に義務を課すのかを把握しておく必要がある。
フリーランス法は、「個人」として業務委託を受けるフリーランスと、従業員を使用して「組織」として業務委託を行う発注事業者との交渉力などの格差を是正することを目的としており、適用対象となるフリーランス(特定受託事業者)は、業務委託の相手方である事業者であって、個人であって従業員を使用しないもの、または法人であって、代表者1名以外に他の役員がなく、かつ従業員を使用しないものとなっている。
つまり、「従業員を使用しない個人または役員1名のみの法人」がフリーランス法上のフリーランス(特定受託事業者)である。
重要な実務上のポイントとして、「従業員を使用」とは、1週間の所定労働時間が20時間以上かつ31日以上の雇用が見込まれる労働者を雇用することであり、労働者派遣の派遣先として上記基準に該当する派遣労働者を受け入れる場合も該当するが、事業に同居親族のみを使用している場合は該当しない。
5 建設業・IT業界への実務的インパクト
建設業:一人親方への発注
建設業法で規制され、取適法では規制対象とならない建設工事の発注についても、フリーランス(いわゆる「一人親方」など)に発注する場合はフリーランス法の規制対象となる。
建設現場では、元請会社が一人親方に対して口頭で発注し、代金の支払いを遅らせたり、完成後に金額を一方的に値引いたりする慣行が問題視されてきた。フリーランス法はこうした慣行を直接是正する根拠となる。元請会社は書面による取引条件の明示義務、60日以内の報酬支払義務、報酬の不当減額禁止など、本法全章にわたる義務を負う。
IT業界:フリーランスエンジニアへの委託
SIerやスタートアップ企業が業務委託契約でフリーランスエンジニアやデザイナーを活用する場面でも、本法は全面的に適用される。準委任契約であっても役務の提供の委託として「業務委託」に該当する。NDA(Non-Disclosure Agreement:秘密保持契約)締結後にしか条件が開示されない慣行、「とりあえず口頭でOK」という発注文化は本法のもとで見直しが迫られる。
6 他法との関係
本法は独占禁止法・取適法(旧下請法)の補完的位置づけを持つ。フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドラインは、事業者とフリーランスとの取引について、独占禁止法、中小受託取引適正化法、フリーランス・事業者間取引適正化等法、労働関係法令の適用関係を明らかにするとともに、これらの法令に基づく問題行為を明確化している。 Jftc
取適法が「従業員を使用する事業者(委託事業者)→中小受託事業者」の取引を規律するのに対し、フリーランス法は「従業員の有無を問わず、フリーランス(特定受託事業者)への委託」を規律する。両法は守備範囲が異なり、フリーランス法は業種横断的・就業環境整備まで含む点でより広い射程を持つ。
また、形式的には業務委託契約を締結している者であっても、実質的に労働基準法上の労働者と判断される場合には、労働基準関係法令が適用され、本法は適用されない。「偽装フリーランス」問題との境界線として重要な点である。
7 コンプライアンス上の留意点
第1条は目的規定であり、直接の義務・罰則は存在しない。しかし目的条文は法全体の解釈基準となるため、以下の点でコンプライアンス実務に直結する。
第一に、義務の範囲が曖昧な場面では「個人と組織の格差是正」という目的に照らした解釈が要求される。
第二に、「安定的に従事できる環境」という目的は、取引の一方的打ち切りや突然の条件変更が本法の精神に反することを示唆する。
第三に、本法の目的は「国民経済の健全な発展」であるから、個別企業のコストダウン慣行がたとえ短期的に合理的に見えても、フリーランス全体の持続的な就業基盤を損なう行為は本法の趣旨に反する。
まとめ
第1条は「フリーランスが安心して仕事をできる社会の実現」を国が宣言した条文である。「個人」として働くフリーランスと「組織」として発注する事業者の格差は、建設業の一人親方問題でもIT業界の炎上案件でも共通する構造であった。本法はその格差に対し、業種横断的な最低基準として取引条件の明示・報酬支払・禁止行為・就業環境整備という四本柱で対応する。第2条以下の各条文はすべてこの目的の実現手段として位置づけられる。
次回は第2条(定義規定)を解説する。「特定受託事業者」「特定業務委託事業者」「業務委託」「情報成果物」「報酬」といった本法のキーワードを一つひとつ丁寧に読み解く。
参考リンク
公正取引委員会 フリーランス等の取引適正化に向けた取組 https://www.jftc.go.jp/fllaw_limited.html
厚生労働省 フリーランスとして業務を行う方・フリーランスの方に業務を委託する事業者の方等へ https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/zaitaku/index_00002.html
内閣官房 フリーランス・事業者間取引適正化等法等に係る取組について
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/freelance/index.html
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フリーランス法は2024年11月に施行されたばかりの新しい法律である。建設業者がフリーランスエンジニアとの取引を新たに始める場面、IT企業が一人親方に設備工事を委託する場面、既存の業務委託契約を見直す必要が生じた場面など、多くの企業で実務対応が急がれている。
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