職場におけるパワーハラスメントは、働く人々の尊厳や人格を侵害する行為であり、組織の生産性や従業員のモチベーションにも深刻な影響を及ぼします。2020年6月施行の改正労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)により、企業にはその防止対策が義務付けられ、全ての企業規模でハラスメント対策を講じることが必須となっています。
本記事では、パワーハラスメントの定義や国際的な呼称、具体的な行為類型、そして企業が講じるべき防止策について、最新の情報を交えながら詳細に解説します。
1. パワーハラスメントの定義はどうなっているのか
パワーハラスメントの定義は、その行為の性質を理解し、適切な対策を講じる上で極めて重要です。
(1) 厚生労働省の考えるパワーハラスメントの定義
厚生労働省は、職場におけるパワーハラスメントを以下の3つの要素を全て満たすものと定義しています。
- 優越的な関係を背景とした言動:職務上の地位が上位の者による言動だけでなく、同僚や部下からの集団による行為、あるいは業務上必要な知識や経験を持つ同僚・部下からの言動で、抵抗や拒絶が困難な場合も含まれます。
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動:業務上明らかに必要性のない言動、業務の目的を大きく逸脱した言動、または業務を遂行するための手段として不適当な言動が該当します。社会通念に照らして許容される範囲を超える行為(例:必要以上に長時間にわたる厳しい叱責、人格を否定するような言動など)も含まれます。
- 労働者の就業環境が害されるもの:精神的・身体的苦痛を与えること、または職場環境を悪化させる行為を指します。これにより、労働者の仕事への意欲低下やメンタルヘルス不調、職場の活力低下などが引き起こされる可能性があります。
職場の「いじめ・嫌がらせ」「パワーハラスメント」は、労働者の尊厳や人格を侵害する許されない行為であり、早急に予防や解決に取り組むことが不可欠な課題です。企業は、これらの問題による生産性の低下や人材流出を防ぎ、労働者の仕事に対する意欲向上と職場の活力増進のために、積極的に取り組むことが求められています。
(2) パワーハラスメントは国際的に通用しない言葉
「Power Harassment」という言葉は和製英語であり、海外では一般的に通用しません。これは日本独自の概念として発展した背景があります。国際的なビジネスシーンや学術の場では、この言葉を使用すると誤解を招く可能性があります。若手労働法学者からも、その曖昧さや独り歩きに対する厳しい批判が聞かれます。
(3) 職場でのいじめを示す国際的な概念
「Workplace Bullying」が職場におけるいじめや嫌がらせを示す一般的な英語表現として用いられます。bullyingが個人的な行為を指すのに対し、集団的な行為は「Mobbing」と表現されることもあります。
また、「Abuse of Authority(権限の乱用)」もパワーハラスメントに近い概念として理解されやすいでしょう。
フランス労働法に定めがある「Harcèlement Moral(ハルセルモン・モラル)」は、精神的な嫌がらせを指すフランス語の表現です。「モラル・ハラスメント(Moral Harassment)」も、この「Harcèlement Moral」を模倣した和製英語です。
「Maternity Harassment(マタニティハラスメント)」も同様に和製英語であり、英語では「Pregnancy Discrimination(妊娠差別)」がより適切な表現です。
(4) 労働施策総合推進法における「優越的言動問題」という定義
2020年6月1日に施行された「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(通称:労働施策総合推進法)において、職場におけるハラスメント対策が強化されました。この法律において、パワーハラスメントに相当する行為は「優越的な関係を背景とした言動に起因する問題」と定義されています。
第九章 職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して事業主の講ずべき措置等
(雇用管理上の措置等) 第三十条の二 ① 事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。 ② 事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。 ③ 厚生労働大臣は、前二項の規定に基づき事業主が講ずべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(以下この条において「指針」という。)を定めるものとする。
この法律により、事業主にはハラスメント防止のための具体的な措置が義務付けられており、これには相談体制の整備や、相談者への不利益な取り扱いの禁止などが含まれます。
2. どのようなパワハラ類型があるのか
厚生労働省は、パワーハラスメントの具体的な行為を以下の6つの類型に分類しています。これらの類型は、パワハラを認識し、適切に対処するための指針となります。
- (1)身体的な攻撃
- 暴行・傷害(例:殴る、蹴る、物を投げつけるなど)
- (2)精神的な攻撃
- 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(例:「役立たず」「給料泥棒」といった人格否定、必要以上に長時間にわたる厳しい叱責、大声での威圧的な言動など)
- (3)人間関係からの切り離し
- 隔離・仲間外し・無視(例:一人だけ別室に隔離する、会議や打ち合わせから意図的に外す、挨拶を無視する、職場で孤立させるなど)
- (4)過大な要求
- 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(例:新人に到底不可能なノルマを課す、他の業務で手一杯な状況で無理な残業を強要する、業務を妨害する行為など)
- (5)過小な要求
- 業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや、仕事を与えないこと(例:営業職の社員に草むしりばかりさせる、全く仕事を与えずに放置する、退職に追い込む目的で単純作業ばかりさせるなど)
- (6)個の侵害
- 私的なことに過度に立ち入ること(例:プライベートな連絡先をしつこく聞く、休日の行動を監視する、性的指向や病歴などのデリケートな個人情報を本人の了解なく暴露する、社外での継続的な監視など)
3. パワーハラスメント防止策はどうなっているのか
パワーハラスメントを予防し、問題解決を図るためには、企業と労働者双方の積極的な取り組みが不可欠です。
企業が講じるべきパワハラ防止措置(労働施策総合推進法に基づく)
企業には、以下の4つの柱に沿ったパワハラ防止措置が義務付けられています。
- 事業主の方針の明確化と周知・啓発
- 職場におけるパワーハラスメントの内容と、それを行ってはならない旨の方針を明確化し、管理監督者を含む全ての労働者に周知・啓発します。
- ハラスメントを行った者に対して厳正に対処する旨の方針や、その対処の内容を就業規則等に規定し、周知徹底します。
- 社内報やパンフレット、ポスター、ウェブサイトなどを活用し、具体例を交えながらハラスメントへの理解を深めるための啓発活動を行います。
- 相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- ハラスメントに関する相談窓口を設置し、労働者が安心して相談できる体制を整えます。相談窓口は、複数のルート(例:社内窓口、外部窓口、人事部門、産業保健スタッフなど)を設けることが望ましいです。
- 相談者や行為者、関係者のプライバシー保護のために必要な措置を講じ、その旨を労働者に周知します。
- 相談したことや、相談への対応に協力したことを理由として、解雇その他の不利益な取り扱いをしないことを定め、労働者に周知・啓発します。
- 職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
- 相談があった場合、事実関係を迅速かつ正確に確認します。必要に応じて第三者機関の活用も検討します。
- 事実が確認できた場合、被害者と行為者に対する適切な措置を講じます。被害者へのケア(例:配置転換、メンタルヘルスケアなど)や、行為者への懲戒処分、再発防止研修などが含まれます。
- 再発防止策を講じ、その実施状況を定期的に確認します。
- その他、併せて講ずべき措置
- 管理職向けのハラスメント研修の実施:指導とハラスメントの違いを明確に理解させ、適切な指導方法を習得させることが重要です。
- 全従業員向けの定期的なハラスメント研修の実施:どのような行為がハラスメントに該当するかを具体的に伝え、ハラスメントに対する意識を高めます。
- 「心理的安全性」の高い職場環境の実現:従業員が安心して意見を言える、ハラスメントが発生しにくい組織風土を醸成します。1on1ミーティングの導入や、対話の場を設けることなどが効果的です。
- 日常的なフィードバックの仕組み化:コミュニケーション不足がパワハラの温床となることを防ぎます。
- 人事評価の透明性向上:不公平な評価によるハラスメントの発生を防ぐため、360度評価などの多面的な評価を取り入れることも有効です。
これらの取り組みを通じて、企業は健全な職場環境を維持し、従業員が安心して働ける職場づくりを目指すことができます。
パワーハラスメント対策は中川総合法務オフィスへお任せください
本記事で解説したように、パワーハラスメント対策は企業にとって喫緊の課題であり、その対応には専門的な知見と経験が不可欠です。中川総合法務オフィス代表の中川恒信は、組織風土の改善に心理的安全性と相談型リーダーシップを浸透させ、ハラスメントやクレーム対応におけるアンガーマネジメントの導入を積極的に推進しています。
これまでに850回を超えるコンプライアンス研修や関連セミナーを担当し、数々の不祥事組織におけるコンプライアンス態勢再構築にも携わってまいりました。現在も多くの企業で内部通報の外部窓口を担当しており、マスコミからも不祥事企業の再発防止に関する意見をしばしば求められるなど、その専門性と実績は多方面から高く評価されています。
貴社のコンプライアンス体制を強化し、ハラスメントのない健全な職場環境を構築するためには、中川恒信による専門的なコンサルティングや研修が最も確実な道筋となるでしょう。
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