過重労働・パワハラによる新卒社員の自殺【岡山県貨物運送会社事件】仙台地裁平25.6.25判決

非常に悲惨な事件ですが、この仙台地裁判決ではパワーハラスメントの積極認定はなされませんでした。この判決から時が経ち、現代において企業が負うべき責任、そして労働者の安全を守るための法的な枠組みはどのように変化し、企業に何を求めているのでしょうか。この判例を深く掘り下げるとともに、その後の法改正や社会情勢の変化を踏まえた企業コンプライアンスのあり方について考察します。

事件の概要

本件は、岡山県貨物運送会社の関東地区にある営業所に勤務していた原告らの長男(当時22歳)が、連日の長時間労働のほか、上司からの暴行や執拗な叱責、暴言などのいわゆるパワーハラスメントにより精神障害を発症し、平成21年10月7日に自殺するに至ったと主張して、遺族である原告らが、被告会社に対しては安全配慮義務違反の債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、上司に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき、各2分の1の割合で法定相続した各損害金5617万2791円及びこれらに対する本件自殺の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案です。

判決の概要

(1) 自殺と業務との相当因果関係

仙台地裁は、自殺と業務との間に以下の事実関係から相当因果関係を認めました。

  • 過重な時間外労働: 自殺3か月前には月129時間50分、5か月前から月100時間程度か、それを超える恒常的な長時間の時間外労働に従事していました。
  • 肉体的・心理的負担: 肉体的・心理的負担を伴う業務に従事し続けていました。
  • 心理的負荷の増大: 営業所長による叱責や新入社員としての緊張や不安が心理的負荷を増加させました。
  • 適応障害の発病と悪化: これらの結果、相当程度に強度の肉体的・心理的負荷が継続的にかかった結果、平成21年9月中旬頃に適応障害を発病。発症後も引き続き長時間の時間外労働への従事を余儀なくさせられ、適応障害の状態がより悪化しました。
  • 正常な判断能力の阻害: 自殺の前日である10月6日、午後出勤の前に飲酒をしてしまい、所長や従業員に知られたことでさらに情緒を不安定にし、解雇への不安が増大。これらの結果、正常な認識、行為選択能力および抑制力が著しく阻害された状態となり、自殺に至りました。
  • 業務起因性: このような経過および業務以外に特段の自殺の動機の存在がうかがわれないことから、本件自殺は故人の業務に起因するものであったと認められました。

(2) 会社の法的責任

会社は、以下の点において安全配慮義務違反の不法行為に基づく損害賠償債務を負うとされました。

  • 新入社員ながら過重な長時間労働に従事させたこと。
  • 所長からの日常的な叱責にさらされるままにしたこと。
  • 過度の肉体的・心理的負担を伴う勤務状態に置いていたにもかかわらず、業務の負担や職場環境などに何らの配慮をすることなく、その長時間勤務等の状態を漫然と放置していたこと。

(3) 所長の不法行為責任

所長については、以下の理由から不法行為責任は認められませんでした。

  • 所長には人員配置の権限があったとは認められないこと。
  • 他の営業所においても報告とは異なる長時間労働が常態化しており、所長は営業所における従業員の増員を要請し、その後も毎月の残業時間の報告によって長時間時間外労働が解消されていないことを認識させていたこと。
  • 権限の範囲内で期待される相応の行為を行っていたため、業務上の指揮監督を行う権限を行使すべき義務に違反したとまではいえないこと。

(4) 判決結果

会社は、原告らに対し、それぞれ3470万3290円及び内金1415万円に対する平成21年10月7日から、内金2055万3290円に対する平成23年12月1日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう命じられました。原告らのその余の請求はいずれも棄却されました。

なお、この判決後、仙台高等裁判所は平成26年6月27日に、新入社員の自殺につき、上司が労働者の業務の量等を適切に調整する措置を採る義務や、指導に際して過度な心理的負担をかけないよう配慮する義務に違反したと判断しています(参照:Case483 新入社員の自殺につき上司が労働者の業務の量等を適切に調整するための措置を採る義務や指導に際して過度な心理的負担をかけないよう配慮する義務に違反したとした事案・岡山県貨物運送事件・仙台高判平26.6.27労判1100.26)。

現代におけるパワハラ認定と企業責任の強化

この「岡山県貨物運送会社事件」の地裁判決当時、パワーハラスメントの法的定義や企業の防止義務は現在ほど明確ではありませんでした。しかし、この判決以降、過重労働やハラスメントを原因とする労災認定や損害賠償請求が増加し、社会的な関心も高まりました。

特に、労働施策総合推進法(通称「パワハラ防止法」)が令和2年6月1日(大企業)及び令和4年4月1日(中小企業)に施行され、職場におけるパワーハラスメント防止のための雇用管理上の措置が事業主の義務となりました(参照:NOパワハラ なくそう、職場のパワーハラスメント | 政府広報オンライン地方公共団体におけるカスタマーハラスメント対策について - 厚生労働省)。これにより、企業は以下の措置を講じることが義務付けられています。

  1. 事業主の方針等の明確化・周知・啓発: パワーハラスメントの内容、行ってはならない旨の方針を明確化し、従業員に周知・啓発する。
  2. 相談・苦情に応じる体制の整備: 相談窓口を設置し、適切に対応できる体制を整える。
  3. 事後の迅速かつ適切な対応: 事実関係の迅速かつ正確な確認、被害者への配慮措置、行為者への厳正な対処などを行う。
  4. プライバシーの保護と不利益取扱いの禁止: 相談者や関係者のプライバシーを保護し、相談や協力したことを理由とする不利益な取り扱いを禁止する。

厚生労働省のウェブサイトなど(参照:裁判例を見てみよう|あかるい職場応援団 -職場のハラスメント(パワハラ、セクハラ - 厚生労働省)では、最新の裁判例や具体的なハラスメント対策に関する情報が公開されており、企業はこれらの情報を参考に、より実効性のある防止策を講じることが求められます。

企業が今、取り組むべきコンプライアンス対策

この事件から学ぶべきは、企業が単に法律を遵守するだけでなく、従業員一人ひとりの心身の健康を守り、健全な職場環境を構築する「安全配慮義務」の重要性です。特に、新入社員の過重労働や職場でのハラスメントは、個人の問題に留まらず、企業の存続をも揺るがしかねない深刻なリスクとなります。

組織風土の改善と心理的安全性: ハラスメントの温床となる組織風土を改善し、従業員が安心して意見を表明できる「心理的安全性」を確保することが不可欠です。また、上司が一方的に指示するのではなく、部下との対話を重視し、問題解決を共に考える「相談型リーダーシップ」を浸透させることで、ハラスメントの発生を未然に防ぎ、従業員のエンゲージメントを高めることができます。

ハラスメント・クレーム対応におけるアンガーマネジメント: 感情的な対応が事態を悪化させるケースは少なくありません。特にハラスメントやクレーム対応においては、「アンガーマネジメント」の導入が有効です。これは、自身の怒りをコントロールし、冷静かつ建設的に対処するためのスキルであり、従業員に習得させることで、無用なトラブルを回避し、円滑なコミュニケーションを促進します。

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