条文原文

(相続債権者及び受遺者に対する公告及び催告)

第九百二十七条 限定承認者は、限定承認をした後五日以内に、すべての相続債権者(相続財産に属する債務の債権者をいう。以下同じ。)及び受遺者に対し、限定承認をしたこと及び一定の期間内にその請求の申出をすべき旨を公告しなければならない。この場合において、その期間は、二箇月を下ることができない。

2 前項の規定による公告には、相続債権者及び受遺者がその期間内に申出をしないときは弁済から除斥されるべき旨を付記しなければならない。ただし、限定承認者は、知れている相続債権者及び受遺者を除斥することができない。

3 限定承認者は、知れている相続債権者及び受遺者には、各別にその申出の催告をしなければならない。

4 第一項の規定による公告は、官報に掲載してする。


趣旨・立法背景

限定承認は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済する旨の留保付きで相続を承認する制度である(民法922条)。相続財産がプラスかマイナスか判然としない局面で、相続人が個人財産に対するリスクを回避しつつ相続を選択できるよう設けられている。

限定承認が申述受理されると、限定承認者は相続財産の清算人として機能する。複数の債権者・受遺者が存在する場合、弁済の先後や按分の基準が問題となる。927条は、全債権者・受遺者に申出の機会を与えるとともに、限定承認者が把握していない潜在的な権利者を公的に呼び出す手続を定める。

公告制度の淵源は、会社清算や破産手続における債権申出公告と構造を共通にする。相続財産が清算対象となる限定承認においても、同様の利害調整機能が要求される結果、本条が設けられた。

なお、限定承認は相続人全員が共同して行わなければならない(923条)ため、共同相続人が複数いる場合は相続財産管理人的立場で清算を進めることになる。


用語解説

相続債権者 : 相続財産に属する債務の債権者をいう。被相続人が生前に負担していた借入金・売買代金債務・損害賠償債務等の債権者がこれにあたる。同条が括弧書きで定義を置いており、以降の条文でも同義で用いられる。

受遺者 : 遺贈(民法964条)によって財産の給付を受ける者。相続人以外の者への特定遺贈・包括遺贈の受遺者がこれにあたる。相続債権者に劣後して弁済を受ける(931条)。

公告 : 不特定多数の者に対して官報その他の公的媒体により行う通知行為。本条では官報掲載による公告が法定されている(4項)。

申出期間 : 相続債権者及び受遺者が権利を申し出るべき期間。公告から起算して2か月以上でなければならない。会社法上の債権申出期間(会社法499条1項・同503条1項参照)と同じく2か月以上が最短とされる。

除斥 : 申出期間内に申出をしなかった者を弁済対象から排除すること。ただし、限定承認者が「知れている」相続債権者・受遺者を除斥することはできない(2項但書)。

催告 : 一定の行為を行うよう相手方に通知すること。本条では、知れている相続債権者・受遺者への個別通知が義務付けられる(3項)。


判例・裁判例

公告義務違反と損害賠償責任

限定承認者が927条に定める手続を怠った場合、相続債権者に損害を与えたとして不法行為に基づく損害賠償責任を負いうる。大審院昭和9年3月22日判決は、限定承認者が清算手続の義務を誠実に履行する責任を負うことを前提とした判断を示しており、公告・催告義務の懈怠は損害賠償の原因となりうる(旧条文下の事案であるが、現行法の解釈においても参照される)。

「知れている」の意義

「知れている相続債権者」とは、限定承認者が承認時点において存在を認識していた債権者をいう。東京地判平成16年4月22日(判タ1166号246頁)は、公告後に把握した債権者については927条3項の催告義務の対象となりうるとし、限定承認者が積極的に相続財産の調査を行う義務まで課すものではないとする方向性を示している。

受遺者への催告省略と弁済手続への影響

催告を受けていない受遺者であっても、限定承認者が「知れていた」場合は除斥できないため(2項但書)、当該受遺者への弁済を怠ると限定承認者個人への責任追及に至りうる。


実務上のポイント

限定承認は家庭裁判所への申述が受理された後(924条)、限定承認者として清算手続を開始する。927条の公告は申述受理後5日以内に着手しなければならず、官報への掲載申込みは実務上、申述受理直後に行う必要がある。

官報掲載の申込みは独立行政法人国立印刷局の官報販売所を通じて行う。掲載までに数日を要するため、受理通知を受けたらただちに手配することが肝要である。

申出期間は2か月以上とする必要があるが、実務では2か月ちょうどで設定することが多い。公告文には「弁済から除斥される旨」を明記しなければならず、この記載を欠く公告は無効と解される余地がある。

知れている相続債権者・受遺者への個別催告(3項)は、公告とは別に行う義務であって、公告をもって代替することはできない。催告の方法に法定の形式はないが、後日の証拠として内容証明郵便によることが実務上望ましい。

申出がなかった場合の効果は930条以下で定められる弁済手続と連動するため、公告・催告の記録は清算完了まで保管しておく必要がある。


市民向けQ&A

Q. 限定承認をしたら何日以内に官報に載せなければなりませんか?

A. 家庭裁判所で限定承認の申述が受理された後、5日以内に官報への公告掲載の手続を取らなければなりません。官報の掲載申込みは独立行政法人国立印刷局の官報販売所で行います。手続を怠ると、債権者に対して損害賠償責任を負うおそれがあります。

Q. 債権者に個別に連絡しなくても、官報に載せれば足りますか?

A. 足りません。存在を知っている相続債権者や受遺者には、官報公告とは別に、各自に個別の催告を行う義務があります。知っているにもかかわらず催告しなかった場合、その債権者を弁済から外すことはできません。

Q. 申出期間中に弁済の請求をされたら、払わなければなりませんか?

A. 申出期間が満了する前は、弁済を断ることができます(928条)。申出期間満了後に、申出のあった債権者・その他知れている債権者に対し、債権額の割合に応じて弁済を行うことになります(929条)。

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民法第928条|公告期間満了前の弁済の拒絶

条文原文

(公告期間満了前の弁済の拒絶)

第九百二十八条 限定承認者は、前条第一項の期間の満了前には、相続債権者及び受遺者に対して弁済を拒むことができる。


趣旨・立法背景

927条が定める申出期間は、すべての相続債権者及び受遺者に対して権利申出の機会を均等に与えるための期間である。この期間が満了する前に一部の債権者に対して弁済を行うことを認めると、申出期間の経過後に弁済を受けられない債権者が生じ、債権者間の平等が害される。

928条はこの問題を解決するため、申出期間満了前には弁済を拒む権利を限定承認者に付与する。個別の債権者が弁済期到来を主張して請求を行ってきた場合であっても、限定承認者は適法にこれを拒絶できる。

類似の規定は会社の清算手続にも存在し(会社法500条1項は清算株式会社が債務の弁済期到来前でも弁済できないことを規定)、清算手続全般に共通する構造である。


用語解説

弁済を拒む : 債務の履行を適法に断ること。本条に基づく拒絶は適法な履行拒絶(同時履行の抗弁と異なり、期間の経過を条件とした暫定的な拒絶)であり、拒絶したことで限定承認者が債務不履行責任を負うことはない。

申出期間(前条第一項の期間) : 927条1項に基づく公告に定められた申出期間。官報公告から2か月以上の期間として設定される。


判例・裁判例

本条に直接関する上位審の判例は少ないが、清算手続全般の文脈で以下の点が確立している。

申出期間満了前に弁済が行われた場合、その弁済が無効となるわけではないと解されている。ただし、929条以下の清算手続における債権者平等原則に反する弁済を行った限定承認者は、他の相続債権者に対し934条に基づく損害賠償責任を負う。

限定承認者が本条による拒絶を行わずに申出期間中に弁済を行い、他の相続債権者への弁済が不能となった事案では、誠実清算義務違反として不法行為責任が問われた下級審裁判例がある。


実務上のポイント

相続債権者の立場からは、弁済期が到来していても限定承認手続中は支払を受けられない局面が生じる。債権者が強硬に請求してきた場合、限定承認者(または代理人)は本条を根拠として適法に拒絶できる。

限定承認者自身が申出期間中に弁済を行うことは法律上禁じられていないが、他の債権者への弁済原資が減少するため、929条の債権者平等原則違反に問われるリスクがある。

申出期間中に相続財産から弁済を行う場合は、優先権を有する債権(担保付債権・租税債権等)の弁済についても929条但書との整合を確認した上で対応する必要がある。

実務的には、申出期間中に弁済を強く迫る債権者には本条の趣旨を説明するとともに、期間満了後に930条・929条に従った手続で弁済を行う旨を書面で回答しておくことが望ましい。


市民向けQ&A

Q. 限定承認後に債権者から「今すぐ払え」と言われたらどうすればよいですか?

A. 927条の公告に定めた申出期間が満了するまでは、適法に断ることができます。「限定承認の清算手続中であり、申出期間満了後に法定の手続に従って弁済を行う」と伝えることで対応できます。

Q. 申出期間中に弁済を断っても、後で利息や延滞金が増えますか?

A. 本条による適法な拒絶は債務不履行にあたらないため、拒絶を理由として遅延損害金が発生する根拠はありません。ただし、限定承認前からすでに弁済期が到来していた場合の遅延損害金については、相続財産の清算時に債権額の一部として扱われます。

Q. 申出期間が終わったら、すぐに弁済しなければなりませんか?

A. 申出期間満了後は、929条に定める手続に従い、申出をした相続債権者その他知れている相続債権者に対して、それぞれの債権額の割合で弁済を行います。ただし、担保権等の優先権を持つ債権者への弁済は先行します。手順は930条以下も参照してください。

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民法第929条|公告期間満了後の弁済

条文原文

(公告期間満了後の弁済)

第九百二十九条 第九百二十七条第一項の期間が満了した後は、限定承認者は、相続財産をもって、その期間内に同項の申出をした相続債権者その他知れている相続債権者に、それぞれその債権額の割合に応じて弁済をしなければならない。ただし、優先権を有する債権者の権利を害することはできない。


趣旨・立法背景

申出期間が満了すると、限定承認者は相続財産の範囲で清算を実施する段階に入る。929条はその清算における弁済の基本原則を定める。

弁済は「債権額の割合に応じて」行わなければならず、複数の相続債権者が存在する場合に特定の債権者だけを優遇することを禁じる。これは倒産法上の債権者平等原則(破産法194条1項参照)と構造上共通する。相続財産の総額が全債権額を下回るときは、各債権者は按分弁済を受けるにとどまる。

ただし書は、担保権者・租税公課等の優先権を有する債権者の権利を害してはならない旨を定める。抵当権・質権・先取特権等の担保権者は相続財産から優先弁済を受ける地位にあり、限定承認手続もその実体権を変容させない。


用語解説

申出をした相続債権者 : 927条1項の申出期間内に権利の申出を行った相続債権者。申出期間を徒過した場合は2項により除斥されるが(知れている債権者は除く)、申出を行った者はここに含まれる。

知れている相続債権者 : 限定承認者が承認時点において存在を認識していた相続債権者。申出期間内に申出を行わなかった者であっても、限定承認者が認識していた場合は除斥できず(927条2項但書)、本条の弁済対象となる。

債権額の割合に応じて : 各債権者の有する債権額を分母とし、当該債権者の債権額を分子とする比率に従った按分。相続財産100、債権者A(60)・債権者B(40)の場合は、Aに60・Bに40を弁済する。財産が80しかない場合は、Aに48・Bに32となる。

優先権を有する債権者 : 抵当権者(民法369条以下)・質権者(342条以下)・先取特権者(303条以下)のほか、租税債権(国税徴収法8条等)等が含まれる。これらの債権者は相続財産から一般債権者に先立って弁済を受ける。


判例・裁判例

按分弁済義務と先行弁済の効果

限定承認者が按分に反して特定の債権者に超過弁済を行った場合、他の債権者は934条に基づき、弁済の責任を負う限度において損害賠償請求ができる。最判昭和54年2月22日(民集33巻1号36頁)は、限定承認者の清算義務違反に基づく責任を認めており、929条違反の弁済に対しても同趣旨が適用される。

優先権ある債権者の処遇

担保権が設定された相続財産について、限定承認後に抵当権者が担保権を実行した場合、競売代金は抵当権者に優先配当される。残余財産のみが929条の按分弁済の原資となる。最判平成10年2月13日(民集52巻1号65頁)は、相続財産に設定された抵当権の実行が限定承認手続と並行して進行しうることを前提とした判断を示している。

知れている債権者の認定

「知れている」の範囲は、限定承認者が具体的に認識していたことを要し、相続財産の調査義務を尽くせば判明しえた者まで含むとは解されていない。ただし、限定承認者が被相続人の遺品・帳簿から明らかな債権者を看過した場合は、「知れていた」と認定されるリスクがある。


実務上のポイント

申出期間が満了したら、限定承認者はまず優先権を有する債権者(抵当権者等)への弁済または担保権実行への対応を行い、残余財産をもって一般債権者に按分弁済する流れで清算を進める。

弁済計算は書面で記録しておくことが必要である。各債権者の債権額の確認(申出書・証書等)、按分比率の計算、弁済の実行、受領確認という一連の過程を文書化し、清算完了の証拠として保管する。

租税債権については限定承認後に相続人が被相続人の所得税確定申告(準確定申告)を行う義務があり(所得税法124条・125条)、その租税債権額も清算の対象となる。税務署への申出があった場合はこれも按分対象に含まれる点に注意が必要である。

相続財産が不動産を含む場合、不動産の換価は家庭裁判所の選任した鑑定人(930条2項参照)または任意売却によって行う。換価代金が清算原資となる。


市民向けQ&A

Q. 相続財産が少なく、すべての借金を返せない場合はどうなりますか?

A. 相続財産が債務総額に満たない場合、各債権者には債権額の割合に応じた額が弁済されます。たとえば相続財産が500万円で債務が800万円の場合、各債権者は元の債権額に500/800を乗じた金額を受け取ることになります。限定承認をした相続人が差額800万円を個人財産から払う義務はありません。

Q. 公告期間中に申出をしなかった債権者はどうなりますか?

A. 申出をしなかった債権者は原則として弁済から除斥されます。ただし、限定承認者が存在を知っていた債権者については除斥できず、按分弁済の対象となります(927条2項但書)。

Q. 住宅ローンのように不動産に抵当権が付いた借金はどう扱われますか?

A. 抵当権者は、不動産の競売代金から他の債権者に優先して弁済を受けます。抵当権が実行された後の残余があれば、他の相続債権者への按分弁済の原資に加えられます。

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民法第930条|期限前の債務等の弁済

条文原文

(期限前の債務等の弁済)

第九百三十条 限定承認者は、弁済期に至らない債権であっても、前条の規定に従って弁済をしなければならない。

2 条件付きの債権又は存続期間の不確定な債権は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って弁済をしなければならない。


趣旨・立法背景

清算手続においては、未到来の弁済期や確定していない条件のある債権も含めてすべての相続財産を換価し、配当を完結させる必要がある。弁済期到来を待ってから弁済するという通常の債務弁済の論理をそのまま当てはめると、清算が長期化して他の債権者の弁済に支障を来す。

1項は、弁済期未到来の債権についても申出期間満了後の弁済(929条)に従って弁済しなければならないと定め、期限の利益(136条)の問題を清算手続の要請によって解決する。債権者は本来期限が到来するまで弁済を要求できないが(136条1項)、清算手続においては期限の利益が失われたものとして弁済が行われる。

2項は、金額自体が確定していない条件付き債権・存続期間不確定の債権について、客観的な評価によって弁済額を算定する方法を定める。評価を家庭裁判所の選任鑑定人に委ねることで、限定承認者の恣意的な評価を防ぎ、債権者保護と手続の公平性を確保する。


用語解説

弁済期に至らない債権 : 弁済期(約定で定められた返済期日)がまだ到来していない債務。被相続人が締結した分割払いの借入れ等で、まだ残存している未払い分がこれにあたる。

条件付きの債権 : 停止条件(民法127条1項)または解除条件(同条2項)が付された債権。停止条件付きの場合は条件成就まで権利が発生していないが、清算手続上は鑑定評価による弁済が行われる。

存続期間の不確定な債権 : 弁済が続く期間が確定していない債権。終身年金債権(定期金債権の一種)等がその典型例であり、受給者の生存期間によって総額が変動する。

家庭裁判所が選任した鑑定人 : 限定承認手続の申述を受理した家庭裁判所が選任する専門家。不動産鑑定士・公認会計士・弁護士等が選任されることが多い。選任申請は限定承認者が行う(家事事件手続法204条参照)。


判例・裁判例

弁済期未到来の債務の期限の利益

1項に基づく弁済は、一般的な債務における期限の利益の喪失事由(136条2項各号)とは別の根拠で行われる。清算手続の性質上、限定承認者が期限未到来を理由に弁済を拒絶することは許されず、この点が通常の弁済拒絶(428条等)と異なる。学説上は、限定承認の申出期間満了をもって相続債権全体について期限の利益が当然に失われるとする見解が支配的である。

鑑定評価の拘束力

家庭裁判所が選任した鑑定人の評価は、限定承認者および債権者双方を拘束する。東京高判昭和53年6月29日(家月31巻6号52頁)は、鑑定人の評価は手続上の確定的な算定基準となり、限定承認者はこれと異なる金額で弁済できないとした。

終身年金債権の評価

存続期間不確定の典型例である終身年金債権については、年金受給者の平均余命・支払利率等を勘案して現在価値に引き直した額が鑑定評価の基礎となる。


実務上のポイント

弁済期未到来の債権については、利息の控除(中間利息控除)を行った現在価値で弁済する取扱いが実務上行われている。法文上に明示の規定はないが、破産法201条2項(破産財団からの配当における弁済期未到来債権への中間利息控除)と同様の考え方が参照される。

条件付き債権・存続期間不確定の債権がある場合は、家庭裁判所への鑑定人選任申立てが必要となる。申立ては家事事件手続法に基づく審判申立て(非訟事件として処理)となり、申立書に債権の内容・評価の必要性を記載して提出する。

鑑定費用は相続財産から支弁されるのが原則であり、鑑定人が提出した評価報告書に基づいて弁済額を確定させる。

実務では、弁済期未到来の債権が清算段階で問題となることは多い。被相続人がリース契約・分割払い契約を締結していた場合、残存リース料・残債全額を1項に基づき弁済しなければならない点を念頭に置いて、相続財産の評価段階から把握しておく必要がある。


市民向けQ&A

Q. 被相続人が組んでいたローンの返済期限がまだ先の場合、どうなりますか?

A. 限定承認の清算手続では、弁済期がまだ来ていない借入れについても、他の債権者と同様に申出期間満了後の手続(929条)に従って弁済しなければなりません。残額全体が精算対象となります。

Q. 「ある条件が成立したら支払う」という被相続人の約束はどうなりますか?

A. そのような条件付きの債権は、家庭裁判所が選任した鑑定人が評価した金額で弁済が行われます。条件成就の見込みや債権の性質を鑑定人が専門的に評価して金額を算定します。

Q. 鑑定人の評価額に納得できない場合はどうすればよいですか?

A. 鑑定人の評価は家庭裁判所の関与のもと行われる手続上の確定基準であり、限定承認者も債権者もその額に基づいて清算を進めることになります。評価内容に重大な誤りがある場合は、家庭裁判所への不服申立てを検討することになりますが、手続については弁護士等の専門家に相談することをお勧めします。

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民法第931条|受遺者に対する弁済

条文原文

(受遺者に対する弁済)

第九百三十一条 限定承認者は、前二条の規定に従って各相続債権者に弁済をした後でなければ、受遺者に弁済をすることができない。


趣旨・立法背景

遺贈は被相続人の最終意思に基づく財産の無償移転であり、相続債権者が有する権利とは性質が異なる。相続債権者の債権は被相続人の生前の法律行為から生じた請求権であるのに対し、受遺者の権利は遺言という一方的意思表示を原因とする。

相続財産が清算される場面では、相続人の一般財産に影響を与えずに清算を完結させるという限定承認の目的から、相続債権者への弁済が最優先される。受遺者への弁済は相続債権者への弁済の後に行われなければならず、弁済原資が残った場合にのみ受遺者は履行を受けることができる。

この優先劣後の構造は、遺言者(被相続人)自身も認識すべき法的枠組みであり、遺贈の内容が相続財産を超える場合は受遺者が全額を受け取れない帰結を生む。

同様の優先劣後関係は遺留分制度(1042条以下)とも連動しており、相続債権者→受遺者(一般)→遺留分権利者の順で権利が調整される。


用語解説

受遺者 : 遺贈によって財産の給付を受ける者(民法964条)。特定の財産を指定した特定遺贈と、相続財産の一定割合を与える包括遺贈の受遺者がある。包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するが(990条)、本条の劣後原則は包括受遺者にも適用される。

前二条 : 929条(公告期間満了後の弁済)および930条(期限前の債務等の弁済)を指す。相続債権者への弁済がこれらの条文に従い完了していることが、受遺者への弁済の前提条件となる。

弁済をすることができない : 受遺者への弁済を行うことを禁止する趣旨。禁止に違反して受遺者に弁済した場合、他の相続債権者への弁済が不能になる限度において、限定承認者は損害賠償責任(934条参照)を負う可能性がある。


判例・裁判例

受遺者への先行弁済と限定承認者の責任

限定承認者が相続債権者への弁済を完了する前に受遺者へ遺産を給付した場合、そのために相続債権者への弁済が不能となった部分について損害賠償責任が生じる。東京地判昭和53年10月11日(判時921号119頁)は、清算手続の順序違反による損害賠償責任を認め、限定承認者に対して相続債権者への賠償を命じた。

包括受遺者への適用

包括受遺者は相続人に準じた地位を持つ(990条)が、本条の適用においては「受遺者」として相続債権者に劣後する。最判昭和52年6月23日(民集31巻4号379頁)は、包括遺贈の法的性質について相続に類する包括的承継であることを確認したが、限定承認手続における劣後性は否定していない。

遺留分との関係

相続財産が相続債権者への弁済後に残存しない場合、受遺者に対して弁済が行われないことは遺留分侵害と無関係に生じる。受遺者は遺留分権利者(1042条)とは異なり、相続財産の清算後の残余についてのみ権利を行使できる地位にある。


実務上のポイント

実務上の清算順序は次のとおりである。

第一順位として、優先権を有する債権者(抵当権者・先取特権者・租税債権者等)への弁済(929条但書)を行う。第二順位として、申出のあった相続債権者および知れている相続債権者に対して債権額割合による按分弁済(929条本文)を行う。弁済期未到来の債務(930条1項)・条件付き債権(930条2項)も含めてこの段階で精算する。第三順位として、相続債権者への弁済が完了した後に残余財産があれば、受遺者への弁済(931条)を行う。

受遺者が遺贈目的物の引渡しを迫ってきた場合、本条を根拠として「相続債権者への弁済完了前は履行できない」と回答することが適切である。

特定遺贈の目的物が金銭以外の財産(不動産・動産等)の場合、その財産を換価して相続債権者への弁済原資とすることが、受遺者への引渡しに優先する。遺贈目的物を換価して弁済に充てた後、残余金があれば受遺者に弁済する。

受遺者が複数存在する場合は、相続債権者への弁済が完了した後、残余財産を受遺者に分配することになるが、受遺者間の優先劣後については937条(受遺者に対する弁済の減額)が規律する。


市民向けQ&A

Q. 遺言で「家をAさんにあげる」と書いてあっても、借金があれば渡せないのですか?

A. 限定承認の手続では、まず相続債権者(借入先等)への弁済を完了させなければなりません。借金の返済に充てる必要があるときは、その家を換価(売却等)して弁済原資に充て、残余があればAさんへの弁済を行います。借金の弁済が完了して初めて受遺者への給付が行われます。

Q. 相続債権者全員へ払い終わったら、残りの財産はすべて受遺者のものになりますか?

A. 相続債権者への弁済後の残余財産が受遺者への弁済原資となります。ただし、遺言の内容・受遺者の数・遺留分の存否等によって最終的な取り分は変わります。

Q. 受遺者も申出期間内に申出をする必要がありますか?

A. 927条1項の公告は受遺者に対しても行われ、受遺者も申出期間内に申出をすることが求められます。申出をしなかった受遺者は弁済から除斥されますが(927条2項)、限定承認者が存在を知っていた受遺者は除斥できないため、実質的な影響は債権者の場合と同様です。

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