令和7年6月11日、公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)が公布された。施行は令和8年12月1日である。
令和2年改正(令和4年6月施行)で体制整備が義務化されたが、不利益取扱いの禁止に直接の罰則がなく、通報者への報復が後を絶たなかった。今回の改正は、通報体制の「実効性」を正面から問う内容である。
最も大きな変更は、次の二つである。
第一に、通報を理由として解雇・懲戒をした者に、刑事罰が科される。個人には6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金、法人には両罰規定として3,000万円以下の罰金である。
第二に、通報から1年以内の解雇・懲戒は、通報を理由としたものと推定される。通報とは無関係であることを、事業者の側が立証しなければならない。
以下、改正の内容と、施行までにすべき対応を整理する。
1. 改正の4つの柱
| 柱 | 内容 | 罰則・措置 |
|---|---|---|
| ① 体制整備の徹底・実効性向上 | 内部通報窓口・従事者の指定および周知を義務化。従事者指定義務違反に対する消費者庁の執行権限を強化 | 命令(勧告に従わない場合)・立入検査を新設。命令違反・検査拒否に30万円以下の罰金 |
| ② 不利益取扱いの抑止・救済強化 | 通報後1年以内の解雇・懲戒処分は通報を理由としたものと推定 | 報復行為者に直罰(6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金)。法人には両罰規定(3,000万円以下の罰金) |
| ③ 通報妨害等の禁止 | 「通報しない」旨の合意取得等を禁止(合意は無効)。正当な理由のない通報者探索を禁止 | — |
| ④ 通報者の範囲拡大 | フリーランス(特定受託業務従事者)および契約終了後1年以内の者を保護対象に追加 | — |
なお、刑法等の一部を改正する法律により、令和7年6月1日から懲役・禁錮は拘禁刑に一本化されている。本稿で「拘禁刑」と記すのはこのためである。他の解説において「懲役」と記載されているものは、改正前の表記である。
2. 解雇・懲戒への刑事罰
公益通報をしたことを理由として、解雇、懲戒処分その他不利益な取扱いをした者は、6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金に処せられる。
改正前は、報復をした上司個人に対する直接の刑事罰はなく、民事上の責任にとどまっていた。改正後は、報復行為をした者が刑事罰の直接の対象となる。
法人には両罰規定として、3,000万円以下の罰金が科される。
実務上、重要なのは次の点である。
責任を負うのは「組織」だけではない。通報を理由とする処分の決裁に関与した上司・人事担当者個人が、刑事責任を問われうる。従来のように「会社の判断だった」という説明は、個人の責任を免れさせない。
3. 立証責任の転換——通報後1年間の意味
3.1 推定規定の内容
公益通報者が公益通報をした日から1年以内に、当該公益通報者に対して解雇、懲戒処分その他不利益な取扱いがなされたときは、当該公益通報をしたことを理由としてなされたものと推定される。
従来は、労働者の側において、解雇又は懲戒が公益通報を理由とすることを立証しなければならなかった。この立証は容易ではなく、保護規定が実効性を欠く一因となっていた。
改正後は、事業者の側が「通報とは無関係である」ことを積極的に主張立証する必要が生じる。
3.2 実務への影響
この規定が意味するのは、次のことである。
通報を受けた後の1年間、その人物に対する人事上の措置には、すべて説明責任が伴う。
正当な理由による処分であっても、通報と無関係であることを客観的証拠で示せなければ、処分が違法と判断されるリスクが生じる。
したがって、次の記録が必要となる。
- 人事評価の根拠と、評価者のコメント
- 指導・注意の経緯(いつ、誰が、何を、どう伝えたか)
- 他の従業員との取扱いの均衡
- 処分に至る手続(弁明の機会、決裁の経路)
これらが後から作成された記録であれば、証拠としての価値は低い。日常的に記録を残す運用が求められる。
3.3 不利益取扱いとなりうる行為
解雇と懲戒だけが問題になるのではない。
| 行為 | 法的リスク |
|---|---|
| 通報者を能力・経験に見合わない部署へ異動させる | 通報後1年以内の不自然な異動は報復と推定されうる |
| 通報後に合理的な理由なく人事評価を引き下げる | 客観的な記録がなければ、評価引下げ自体が報復と推定されうる |
| プロジェクト・重要会議・情報共有から意図的に排除する | 業務からの排除は典型的な不利益取扱いに該当しうる |
| 業務委託先に「次の契約更新はしない」と通告する | フリーランスも保護対象であり、契約上の不利益扱いも対象となりうる |
4. 通報者の探索禁止
改正法は、正当な理由がある場合を除き、公益通報者を特定するための行為(探索行為)を禁止した。あわせて、公益通報を拒絶し、又は妨げる行為も禁止される。
これまでグレーゾーンとされてきた「犯人捜し」が、明確に法律上禁止されたことになる。
「通報しないこと」を条件とした誓約書や合意書は、法律上無効となる。
管理職が避けるべき行為
| 行為 | 法的リスク |
|---|---|
| 朝礼・会議で「心当たりのある者は名乗り出ろ」と発言する | 探索行為・通報妨害に該当。発言した管理職個人が違反の当事者となる |
| 疑わしい従業員を個室に呼び出し問い詰める | 探索行為に加えパワーハラスメントに該当しうる |
| 部署内を一人ずつ面談し、通報内容について探りを入れる | 従事者でない管理職が独自に犯人捜しのヒアリングを行うことは許されない |
| 書類閲覧履歴やアクセスログを独自に調べ、通報者を絞り込む | 裏付け調査を目的とした監視行為も探索行為に該当する |
経営陣が「誰がリークしたか調べろ」と指示した時点で、その指示自体が法違反となる。
なお、小規模な部署では、積極的な犯人捜しをしなくても、通報の内容から通報者が推測できてしまう場合がある。周囲の憶測による職場での孤立も不利益取扱いに含まれうるため、探索行為をしていないことだけでは足りない。職場環境の管理が必要となる。
5. フリーランスが保護対象に
改正により、フリーランス(特定受託業務従事者)および契約終了後1年以内の者が、保護対象に追加された。
フリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)と連動した改正である。
これは実務上、見落とされやすい。社内の従業員だけを想定した体制では足りない。
- 業務委託している個人事業主からの通報も、部外者の苦情として処理することはできない
- 通報を理由とする委託契約の解除・発注量の削減は、不利益取扱いとして対象となりうる
- 窓口の存在を、委託先にも周知する必要がある
建設業においては、下請の従業員や一人親方からの通報という場面が想定される。製造業においては、構内請負先からの通報がありうる。取引構造を踏まえた周知の設計が必要である。
6. 従事者指定義務の実効性強化
6.1 規模による区分
| 区分 | 内部通報対応体制整備義務・従事者指定義務 |
|---|---|
| 従業員数301人以上 | 義務 |
| 従業員数300人以下 | 努力義務 |
ただし、通報者保護の規定(不利益取扱いの禁止、探索の禁止、刑事罰)は、企業規模を問わず適用される。
「300人以下だから関係ない」という理解は誤りである。体制整備が努力義務であることと、報復が刑事罰の対象であることは、別の話である。
6.2 執行権限の強化
従事者指定義務(法11条1項)違反について、改正により次の段階が加わった。
勧告
↓ 従わない場合
是正命令(新設)
↓ 違反した場合
30万円以下の罰金(法人両罰)
あわせて、立入検査の権限が新設された。
一方、体制整備義務違反については、現行法と同様、行政措置は公表までが上限であり、命令・刑事罰はない。
この区別は、多くの解説で曖昧にされている。従事者指定義務と体制整備義務では、行政措置の段階が異なる。
是正命令を受ける段階に至れば、それ自体が公になるリスクがある。レピュテーションリスクとして、経営層が認識しておく必要がある。
7. 周知義務の法定化
改正により、通報体制の周知が義務として明文化された。
窓口を設けているだけでは足りない。その存在と、通報者が保護されることを、対象者が知っている状態を作らなければならない。
周知の対象は、社内にとどまらない。前述のとおり、フリーランス・業務委託先も保護対象である以上、取引先にも周知が及ぶ。
実務上は、次の方法が考えられる。
- 就業規則・社内規程への明記
- 社内ポータル、掲示、カード配布
- 新入社員研修・管理職研修での説明
- 業務委託契約書への記載、委託先への通知
8. 施行までのチェックリスト
- 自社の従業員数を確認し、体制整備義務(301人以上)か努力義務(300人以下)かを確認する
- 公益通報対応業務従事者を適切に指定し、書面で行っているかを確認する
- 通報対応規程を、改正後の法定指針に照らして点検する
- 「通報妨害の禁止」及び「通報者の探索の禁止」を規程に明文化する
- 業務委託先(フリーランス)を、体制の対象および周知の対象に含める
- 通報後1年以内の人事措置について、記録の残し方を定める
- 従事者の異動・退職時の守秘義務引継ぎフローを整備する
- 管理職・経営層を対象に、犯人捜しが刑事罰の対象となることを明示した研修を実施する
- 従業員および委託先に対し、窓口の存在と保護内容を周知する
- 外部窓口の導入を検討する
- 体制整備の実施状況を記録・保管する
9. なぜ外部窓口が選ばれるのか
社内の窓口には、構造的な限界がある。
通報者の側から見た限界
通報者は、上司や同僚に知られることを恐れる。社内の窓口担当者もまた、同じ組織の一員である。人事部門が窓口を兼ねている場合、「人事評価に響くのではないか」という懸念は、制度の説明では解消されない。
事業者の側から見た限界
改正後は、通報を受けた後の1年間、その人物への人事措置に説明責任が生じる。受付から調査までを社内だけで完結させると、調査の中立性そのものが後に争われうる。
三線モデルの考え方に照らせば、通報を受け付け調査する主体は、通報の対象となりうる部門から独立していなければならない。しかし社内の窓口は、多くの場合その独立性を構造的に確保できない。
顧問弁護士との関係
日常的に経営陣の相談を受ける顧問弁護士が窓口を兼ねる場合、通報者から見れば「経営側の人間」である。実際に中立であっても、そう見えなければ通報は行われない。
日常の相談を受ける立場と、通報を受け付ける立場を分ける設計が採られるのは、このためである。
10. まとめ
- 改正公益通報者保護法は、令和8年12月1日に施行される
- 通報を理由とする解雇・懲戒には、行為者個人に6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金、法人に3,000万円以下の罰金が科される
- 通報から1年以内の不利益取扱いは、通報を理由とすると推定される。事業者が「無関係である」ことを立証しなければならない
- 通報者の探索および通報妨害が禁止された。「通報しない」旨の合意は無効となる
- フリーランスおよび契約終了後1年以内の者が保護対象に加わった。周知は社外にも及ぶ
- 従事者指定義務違反には是正命令が新設された。体制整備義務違反とは行政措置の段階が異なる
- 通報者保護の規定は、企業規模を問わず適用される
参考資料
- 公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)
- 消費者庁「公益通報者保護法と制度の概要」
- 消費者庁「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関する指針」(令和8年12月1日施行版)および同指針の解説
- 消費者庁「公益通報者保護制度Q&A」
- 刑法等の一部を改正する法律(令和4年法律第67号。令和7年6月1日施行)
- 特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス新法)
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