── 行政措置は及ばない。しかし刑事罰は、処分をした職員個人に及ぶ

令和8年(2026年)12月1日、公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)が施行される。

改正の目玉として、一般には次の三つが挙げられる。すなわち、①公益通報後一定期間内の解雇・懲戒を公益通報を理由とするものと推定する規定、②消費者庁の行政措置権限の強化(勧告に従わない場合の命令権、立入検査権の新設)、③公益通報を理由とする解雇・懲戒に対する刑事罰の新設である。

ところが、この三つを地方公共団体に当てはめると、様相が一変する。①は適用されない。②も適用されない。残るのは③だけであり、しかもその③は、地方公共団体という組織ではなく、処分を行った職員個人に向かう。

本稿は、この構造を条文に即して明らかにする。結論を先に述べれば、地方公共団体における改正法対応は、組織のコンプライアンス体制整備の問題であると同時に、任命権者および人事担当職員個人の刑事責任の問題である。


1 前提 ── 地方公共団体は「事業者」であり、同時に「行政機関」である

議論の出発点として、地方公共団体の法的地位を確認しておく。

第一に、地方公共団体は本法にいう「事業者」である。法2条1項柱書は事業者を「法人その他の団体及び事業を行う個人」と定義しており、地方公共団体は地方自治法2条1項により法人格を有するから、これに当たる。消費者庁消費者制度課編『逐条解説 公益通報者保護法』(商事法務、2016)77頁も同旨である。したがって、法11条の内部公益通報対応体制の整備義務および公益通報対応業務従事者の指定義務は、地方公共団体にも及ぶ。

第二に、地方公共団体は「行政機関」でもある。法2条1項2号は「地方公共団体の機関(議会を除く。)」を行政機関として掲げ、法10条により、外部の労働者等からの公益通報を受けた場合の調査義務・措置義務を負う。

すなわち、地方公共団体は内部通報を受ける側であると同時に、外部通報を受け付ける行政機関でもあるという二重の地位に立つ。民間事業者には存在しないこの二重性が、以下の議論の背景にある。

なお消費者庁は、この二重性に対応して「公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(内部の職員等からの通報)」および「同(外部の労働者等からの通報)」の二本を、地方自治法245条の4第1項に基づく技術的助言として発出している(平成29年7月31日、令和4年6月1日改訂)。令和7年改正に対応した改訂版も公表済みである。


2 及ばないもの(1) ── 行政措置権限は、条文上明確に適用除外である

法20条は、表題を「適用除外」として、次のように定める。

第二十条 第十五条及び第十六条の規定は、国及び地方公共団体に適用しない。

法15条は内閣総理大臣による報告の徴収並びに助言・指導・勧告、法16条は勧告に従わない場合の公表である。これらが明文で国および地方公共団体に適用されない

令和7年改正は、この行政措置権限を強化した。勧告に従わない場合の命令権を新設し、命令違反に30万円以下の罰金(両罰規定あり)を科すこととし、あわせて立入検査権限を新設して、報告懈怠・虚偽報告・検査拒否にも30万円以下の罰金を導入した。

しかし、である。新設された命令権は、勧告に従わないことを発動要件とする段階的構造をとる。地方公共団体に対して勧告(15条)が適用されない以上、勧告不服従を要件とする命令が発動される余地は論理的に存在しない。命令が発動されなければ、命令違反の罰則も生じない。

立入検査権限についても、その趣旨が法11条の施行に関する行政監督にある以上、15条・16条を適用除外とした法20条の趣旨が及ぶと解するのが自然である。改正後の条文における適用除外規定の書きぶりは、施行前に必ず確認されたい(条番号は改正により移動している)。

要するに、改正法の行政措置強化は、地方公共団体に対しては空振りに終わる。 「消費者庁の監督が厳しくなります」という説明は、民間事業者には妥当しても、自治体には妥当しない。


3 及ばないもの(2) ── 推定規定も、一般職地方公務員には適用されない

改正法3条3項は、公益通報をした日(外部通報の場合は事業者がこれを知った日)から1年以内にされた解雇・懲戒について、公益通報を理由としてされたものと推定する。立証責任の転換であり、民間事業者にとっては極めて重い改正である。

ところが改正法9条は、次のように定める。

第三条各号に定める公益通報をしたことを理由とする一般職の国家公務員、(中略)及び一般職の地方公務員(中略)に対する免職その他不利益な取扱いの禁止については、第三条から第五条までの規定にかかわらず、国家公務員法(中略)及び地方公務員法(昭和二十五年法律第二百六十一号)の定めるところによる。

推定規定は3条に置かれている。したがって「第三条から第五条までの規定にかかわらず」という9条の文言の射程内にあり、一般職の地方公務員には適用されない。

一般職地方公務員に対する分限処分・懲戒処分の適法性は、あくまで地方公務員法27条・28条・29条および同法の解釈適用の問題として処理される。公益通報を理由とする処分であることの立証責任は、原則どおり処分の違法を主張する側、すなわち職員側が負う。

なお、指定管理者、業務委託先事業者、第三セクター等の労働者には推定規定がそのまま適用される。自治体が「うちには関係ない」で済ませられない領域はここに残る。


4 及ぶもの ── 直罰規定は、地方公共団体を明確に射程に入れている

以上のように、行政措置も推定規定も自治体には及ばない。では改正法は自治体にとって無風なのか。答えは正反対である。

改正法は、公益通報を理由として分限免職又は懲戒処分をした者に対し、6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金を科す規定を新設した(改正後21条1項)。そして、両罰規定について、国及び地方公共団体を対象外とする(改正後23条2項)。

この二つを重ねると、地方公共団体に固有の帰結が現れる。

(1) 条文が公務員法制の用語を用いている

注目すべきは、条文が「解雇」ではなく「分限免職又は懲戒処分」と書いていることである。これは労働契約法理の用語ではなく、地方公務員法28条(分限)・29条(懲戒)の用語である。

すなわち立法者は、推定規定については7条により公務員法制に譲る一方、刑事罰については公務員セクターを正面から名宛人として設計している。 「公務員は本法の保護対象から外れている」という一般的理解は、刑事罰に関する限り妥当しない。

(2) 組織は罰されず、個人だけが罰される

両罰規定から国・地方公共団体が除外された結果、法人としての地方公共団体は刑事責任を負わない。負うのは、分限免職又は懲戒処分を行った者、すなわち自然人のみである。

民間企業であれば、両罰規定により法人にも罰金が科され、責任は組織と個人に分散する。地方公共団体ではそれが起こらない。責任は一点に集中する。

これは自治体幹部にとって、消費者庁の立入検査よりもはるかに重い意味を持つ。組織は罰されない。決裁したあなたが罰される。


5 誰が「処分をした者」か

そうすると、実務上決定的に重要になるのが、「分限免職又は懲戒処分をした者」の特定である。

第一に、原則は任命権者である(地方公務員法6条1項)。すなわち長、教育委員会、公営企業管理者、消防長、議会の議長等が、それぞれの職員について任命権者となる。長が任命権者である一般行政職員の懲戒処分については、長個人が名宛人となり得る。

第二に、専決の場合が問題となる。事務決裁規程により部長級・人事課長級が懲戒処分を専決している団体は少なくない。専決は内部的な意思決定権限の委譲であり、対外的な処分の主体は依然として任命権者であるが、刑事責任の帰属は行為者の実質に即して判断される。専決者自身が実質的な決定を行っていれば、専決者が「処分をした者」に当たる可能性を否定できない。

第三に、分限懲戒審査委員会等の附属機関の委員の位置づけである。答申が処分内容を実質的に決定している運用の団体では、委員の関与をどう評価するかが問題となる。単なる諮問であれば「処分をした者」には当たらないが、実質的決定権を有する構造であれば別論の余地がある。

第四に、「公益通報を理由として」の認定である。処分理由書に公益通報が記載されることは、およそ考えられない。したがって認定は間接事実の積み上げによる。通報から処分までの時間的近接性、当該職員に対する処分の他事例との均衡、通報内容と処分理由との関連性、通報者探索の有無等が、事実上の判断要素となろう。推定規定が適用されない以上、刑事訴訟における立証責任は当然に検察官が負うが、上記の間接事実が揃った事案では立証は不可能ではない。


6 民事と刑事のねじれ ── 自治体固有の非対称

ここで、地方公共団体に固有の奇妙な構造が浮かび上がる。

民間事業者地方公共団体(一般職職員)
解雇・懲戒の効力無効(3条・5条)地方公務員法による(9条)
推定規定適用あり(3条3項)適用なし(9条)
行政措置(勧告・公表・命令)適用あり適用なし(20条)
立入検査適用あり適用なしと解される
刑事罰(処分をした者)適用あり適用あり(21条1項)
両罰規定(組織の責任)適用あり適用なし(23条2項)

すなわち地方公共団体においては、民事上は職員が立証責任を負い続けるのに、刑事上は処分を行った職員個人が刑罰の対象となるという非対称が生じる。処分を受けた職員が取消訴訟で敗訴する一方で、処分を行った幹部が刑事責任を問われるという事態が、理論上はあり得る。

この非対称は、立法過程で意識的に選択されたというより、公務員法制との調整の結果として生じたものと考えられる。しかし結果として、自治体の人事実務は民間より厳格な規律に服することになった。

なお、推定規定が適用されないことは、行政訴訟における裁量統制に何ら影響しないのか。この点は今後の争点となり得る。分限・懲戒処分の裁量権濫用の判断において、改正法が公益通報を理由とする処分を刑罰をもって禁じたという立法事実は、裁量の逸脱濫用を基礎づける事情として考慮される余地がある。神戸弘陵学園事件(最判平成2年6月5日)以来の一連の判例が示すように、処分の動機の不当性は裁量統制の中核的考慮要素である。


7 議会はどうなるのか

法2条1項2号は行政機関を「地方公共団体の機関(議会を除く。)」と定義する。議会は本法上の行政機関ではない。

したがって、議員が住民や事業者から法令違反の情報提供を受けても、それは本法にいう外部通報ではなく、議会は10条の調査義務を負わない。他方、議会事務局職員は一般職の地方公務員であり、その任命権者は議長であるから(地方自治法138条5項)、内部通報および直罰規定の関係では議長が名宛人となり得る。

また、地方自治法100条に基づく調査(いわゆる百条調査)の過程で公益通報者が特定される事態をどう防ぐかは、本法の規律が直接及ばない領域における固有の課題である。議会運営委員会規程や百条委員会の運営要領において、通報者秘匿の取扱いを定めておくことが望ましい。

この論点は、民間企業向けの内部通報コンサルティングでは扱われない。議会側の対応整備は、令和7年改正を機に着手すべき事項である。


8 施行に向けた実務対応

以上を踏まえ、地方公共団体が令和8年12月1日までに行うべき事項を挙げる。

(1) 分限・懲戒の起案様式の見直し 処分の起案において、当該職員による公益通報の有無、通報からの経過期間、処分理由と通報内容との関連性の不存在を、明示的に確認・記録する欄を設ける。刑事責任のリスクに備えるという意味でも、これは最低限の防御である。

(2) 専決規程の点検 懲戒処分の専決権限を下位職に置いている場合、その職員が刑事責任の名宛人となり得ることを認識させる。専決範囲の見直しも検討に値する。

(3) 従事者指定の再点検 法11条1項の従事者指定は地方公共団体にも及ぶ。従事者の守秘義務違反には刑事罰があり、これは組織ではなく従事者個人に科される。地方公務員法34条の守秘義務との二重規律となる点も、研修において明確にしておく必要がある。

(4) 通報者探索の禁止・通報妨害の無効 令和7年改正は、これまで法定指針上の義務にとどまっていた通報者探索の禁止等を法律上の義務に格上げした。人事課・監察部門による「誰が通報したのか」の調査は、それ自体が違法行為である。

(5) 特別職への周知 長・副知事・副市町村長等の特別職は、地方公務員法29条の懲戒の対象ではない。しかし、任命権者として一般職職員に処分を行う立場にある以上、直罰規定の名宛人にはなり得る。特別職向けの説明が不可欠である。

(6) 外部窓口の設置 消費者庁のガイドラインは、内部の通報窓口に加えて外部に弁護士等を配置した窓口を設けるよう努めることを求めている。小規模団体においては、複数団体による共同設置も選択肢となる。


9 むすび

令和7年改正について、「消費者庁の権限が強化された」「推定規定により立証責任が転換された」という説明が繰り返されている。しかし、そのいずれも地方公共団体には及ばない。

及ぶのは刑事罰だけである。そしてその刑事罰は、組織ではなく、分限免職または懲戒処分を行った職員個人に向かう。両罰規定の適用除外は、一見すると自治体への配慮のようでいて、実際には責任を組織から個人へと純化させる効果を持っている。

自治体における令和7年改正への対応は、規程の改正や窓口の設置にとどまらない。分限・懲戒という日常の人事実務そのものが、刑罰法規の射程に入ったという認識の転換が求められている。


参考資料

法令・公的資料

  • 公益通報者保護法(平成16年法律第122号)/e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/416AC0000000122/
  • 公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号) 令和7年6月11日公布、令和8年12月1日施行
  • 消費者庁「公益通報者保護法と制度の概要」(令和7年改正、法定指針及び指針の解説、国及び地方公共団体向けガイドライン) https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/overview/
  • 消費者庁「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(令和3年8月20日内閣府告示第118号、令和8年3月31日改正告示、令和8年12月1日施行)
  • 消費者庁「公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(内部の職員等からの通報)」「同(外部の労働者等からの通報)」(地方自治法245条の4第1項に基づく技術的助言)
  • 消費者庁「公益通報ハンドブック」改正法(令和8年12月施行)準拠版

文献

  • 消費者庁消費者制度課編『逐条解説 公益通報者保護法』(商事法務、2016)
  • 中野真『公益通報者保護法に基づく事業者等の義務の実務対応〔第2版〕』(商事法務、2025)
  • 碓井光明「地方公共団体における公益通報者保護」(地方財務関連論文)

解説(弁護士・専門機関)


本稿は令和8年9月時点の法令・資料に基づく。改正後の条番号は現行法から移動しているため、条文の引用に当たっては施行時点のe-Gov掲載条文を確認されたい。


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