一 条文原文
第二十二条 第十二条の規定に違反して同条に規定する事項を漏らした者は、三十万円以下の罰金に処する。
本条が参照する第12条は、次のとおりである。
(公益通報対応業務従事者の義務)
第十二条 公益通報対応業務従事者又は公益通報対応業務従事者であった者は、正当な理由がなく、その公益通報対応業務に関して知り得た事項であって公益通報者を特定させるものを漏らしてはならない。
第12条が行為規範を定め、第22条がその違反に刑罰を結び付ける。二か条を併せて読まなければ構成要件が確定しない構造であり、罰条の解釈は第12条の文言解釈に従属する。
さらに第12条にいう「公益通報対応業務従事者」の定義は第11条第1項の括弧書きに置かれている。
第十一条 事業者は、第三条第一項第一号及び第六条第一項第一号に定める公益通報を受け、並びに当該公益通報に係る通報対象事実の調査をし、及びその是正に必要な措置をとる業務(第十二条において「公益通報対応業務」という。)に従事する者(第十二条において「公益通報対応業務従事者」という。)を定めなければならない。
第11条第1項、第12条、第22条という三段の参照連鎖によって初めて処罰範囲が確定する。刑罰法規としては迂遠な構造であり、後述する「正当な理由」及び故意の認定において解釈上の負荷が集中する原因ともなっている。
二 新旧対照
令和7年改正における本条の変動は、条番号の繰下げに尽きる。新旧対照条文でも、改正後第22条の欄には「(略)」とのみ記され、改正前第21条と同一文言であることが示されている。
| 改正後(令和8年12月1日施行) | 改正前(令和4年6月1日施行) | 変動の性質 |
|---|---|---|
| 第21条第1項(解雇等特定不利益取扱いの直罰。6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金) | 対応規定なし | 新設 |
| 第21条第2項(命令違反、報告懈怠・虚偽報告・検査拒否等。30万円以下の罰金) | 対応規定なし | 新設 |
| 第22条(従事者の守秘義務違反。30万円以下の罰金) | 第21条 | 繰下げのみ。文言・法定刑ともに同一 |
| 第23条(両罰規定。第21条第1項につき法人3000万円以下、第21条第2項につき同項の罰金刑) | 対応規定なし | 新設。第22条は対象外 |
| 第24条(第16条第2項の報告懈怠・虚偽報告。20万円以下の過料) | 第22条(第15条の報告に係る過料) | 繰下げ及び引用条文の修正 |
文言が変わらないにもかかわらず、本条の相対的な位置は改正によって大きく動いた。改正前の第五章は、従事者の守秘義務違反に対する罰金と報告懈怠に対する過料の二か条だけであり、旧第21条は同法唯一の刑罰規定であった。改正後は、第21条第1項が拘禁刑を伴う直罰として新設され、第23条が法人に3000万円以下の罰金を科す重科型の両罰規定を導入した。第五章の中で、第22条は最も軽い刑罰規定へと転位したことになる。
引用条番号の変更は実務に波及する。従事者指定書、内部公益通報対応規程、従事者研修資料に「法第21条」と記載している事業者は、施行日までに「法第22条」へ改める必要がある。消費者庁の指針及び地方公共団体向けガイドラインは、令和8年3月31日及び同年5月29日の各改正により、既に第22条の表記に改められている。指針の解説においても、従事者指定の方法を定める指針本文の括弧書きが「法第12条に定める守秘義務が課されること及び法第22条に定める罰則の適用対象となり得ること」と表記されている。事業者側の文書だけが旧番号のまま残る事態は避けなければならない。
三 立法の経緯と趣旨
1 令和2年改正による導入
従事者制度と守秘義務、及びその刑事罰は、令和2年法律第51号(令和4年6月1日施行)によって導入された。それ以前の公益通報者保護法には罰則が一切存在せず、通報者の秘密保持は民間事業者向けガイドラインという行政指導レベルの文書に委ねられていた。
消費者庁の公益通報ハンドブックは、令和2年改正の内容として、内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関して公益通報対応業務を行う者であり、かつ当該業務に関して公益通報者を特定させる事項を伝達される者を従事者に指定する義務が課され、従事者には違反した場合に刑事罰が科され得る守秘義務が課されたことを挙げている。
刑事罰を選択した理由は、秘密保持を契約上の義務や社内規程上の義務にとどめた場合、履行の担保が事業者の内部統制の水準に依存してしまう点にある。通報者の氏名が職場に漏れれば、その時点で通報者の立場は回復困難な損害を受ける。事後の損害賠償は填補として十分ではなく、事前抑止として国家刑罰権を用いる選択がされた。
2 なぜ従事者に限定したのか
第12条の名宛人は従事者に限られる。通報を受けた上司、調査に協力した同僚、人事部門の担当者などは、従事者に指定されていない限り本条の主体とならない。
限定の根拠は、刑罰法規の明確性にある。事業者内部で通報情報に触れ得る者は無限定に広がり得るのであって、そのすべてに刑事罰付きの守秘義務を課せば、処罰範囲が不明確となる。そこで、事業者が書面等により明示的に指定した者に限って刑事罰の対象とし、指定を受けた本人がその立場を認識した上で職務に当たる構造が採られた。指針の解説は、従事者を定める方法に関する指針の趣旨として、公益通報者を特定させる事項を慎重に取り扱い、予期に反して刑事罰が科される事態を防ぐため、自らが刑事罰で担保された守秘義務を負う立場にあることを明確に認識している必要があるとしている。
反面、この限定は制度上の間隙を生む。指定されていない上司が通報者の氏名を職場に広めても、第22条は適用されない。指針の解説は、従事者として定めるべき対象に該当しない者であっても、事業者における労働者等及び役員として、内部規程に基づき範囲外共有をしてはならない義務を負うとして、社内規程と懲戒処分によって埋めることを求めている。刑事責任と社内責任の二層で秘密保持を支える設計である。
3 令和7年改正で見送られたもの
令和7年改正は、通報を阻害する要因への対処として第11条の2(通報妨害の禁止等)及び第11条の3(通報者探索の禁止)を新設した。しかし、いずれにも罰則は付されていない。また、従事者以外の者による範囲外共有に刑事罰を及ぼす改正も行われず、第22条の法定刑も30万円以下の罰金のまま据え置かれた。
消費者庁が示す改正の四つの柱のうち、第一の柱である体制整備の徹底と実効性の向上は、従事者指定義務違反に対する命令権及び命令違反への刑事罰、報告徴収に加えた立入検査権限の新設という形で具体化された。ここで刑罰が向けられた先は、従事者を指定しない事業者であって、指定された従事者による漏えいではない。指定を怠る不作為への制裁が強化された一方、指定された者の漏えいに対する制裁水準は動かなかった。
改正法附則第2条は、施行後5年を目途とする検討条項を置く。第22条の法定刑の水準と、従事者以外による漏えいの取扱いは、その検討課題として残されたと理解するのが素直である。
四 用語解説
公益通報対応業務従事者
第11条第1項の括弧書きが定義する。内部公益通報を受け、当該通報に係る通報対象事実の調査をし、及びその是正に必要な措置をとる業務に従事する者をいう。指針は、内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関して公益通報対応業務を行う者であり、かつ当該業務に関して公益通報者を特定させる事項を伝達される者を従事者として定めなければならないとしている。
消費者庁のQ&Aは、公益通報対応業務について、内部公益通報の受付、調査、是正に必要な措置の全て又はいずれかを、主体的に行う業務及び当該業務の重要部分について関与する業務を行う場合にこれに該当するとする。所属部署の名称ではなく実質で判断される。指針の解説は、社内調査におけるヒアリングの対象者、品質不正事案で再検査を行う者など、通報の内容を伝えられたにとどまる者は、たとえ調査上の必要性に応じて公益通報者を特定させる事項を伝達されたとしても、従事者として定めるべき対象には該当しないとしている。
公益通報者を特定させる事項
指針の解説の脚注が定義を置く。公益通報をした人物が誰であるか認識することができる事項をいい、氏名、社員番号等のように当該人物に固有の事項を伝達される場合が典型例であるが、性別等の一般的な属性であっても、当該属性と他の事項とを照合させることにより、排他的に特定の人物が公益通報者であると判断できる場合には該当する。ここでいう認識とは、刑罰法規の明確性の観点から、公益通報者を排他的に認識できることを指すとされている。
公益通報ハンドブックは具体例を挙げる。総務部に男性又は女性が1名しかいない事業者において、「総務部の男性が通報した」という情報を伝えれば、部署構成と照合することで特定の人物が排他的に判別される。属性情報の組合せによる特定は、氏名の開示と同じ効果を持つ。
範囲外共有
指針が定義する概念で、消費者庁のQ&Aは、公益通報者を特定させる事項を必要最小限の範囲を超えて共有する行為を指すとする。必要最小限の範囲とは、公益通報対応業務の遂行に当たり公益通報者を特定させる事項を共有することが必要となる最小限の範囲であり、事案ごとに判断される。
範囲外共有と第12条違反は重なり合うが同一ではない。従事者が行えば第12条違反となり第22条の罰則が及ぶ。従事者以外が行えば範囲外共有ではあるが刑事罰の対象外となる。行為態様は同じでも、行為者の身分によって法的帰結が分かれる。
真正身分犯
一定の身分を有する者だけが犯し得る犯罪をいう。身分のない者の同種行為は不可罰となる。第22条は、従事者又は従事者であった者という身分を要求する真正身分犯である。刑法第65条第1項により、身分のない者も身分者の犯行に加功すれば共犯となり得る。従事者でない上司が、従事者に対して通報者の氏名を職場で公表するよう指示した場合、教唆犯又は共同正犯としての成否が問題となる。
非親告罪
告訴がなくても公訴を提起できる犯罪をいう。本条には親告罪とする明文がないため非親告罪である。刑法第134条第1項の秘密漏示罪が親告罪とされているのと対照的である。通報者が刑事手続への関与を望まない場合であっても、捜査機関は独自に立件し得る。
五 構成要件の分析
1 主体
「第十二条の規定に違反して……漏らした者」であるから、主体は第12条の名宛人、すなわち公益通報対応業務従事者又は従事者であった者に限られる。
主体性の判断には、次の三つの局面がある。
第一に、指定の有無である。第11条第1項は事業者に従事者を「定め」る義務を課しており、指定行為があって初めて従事者の地位が生じる。指定されていない者は、実質的に公益通報対応業務を行っていても第22条の主体とならないと解される。もっとも、指定義務を負う事業者が指定を怠っている場合に、実質的に業務を担っている者を従事者として扱えるかについては議論の余地がある。事業者の義務違反を理由に、業務担当者個人の刑事責任を拡張することには慎重であるべきであり、指定を欠く場合は事業者に対する第15条の2の行政措置及び第21条第2項第1号の命令違反罪で対処する構造が整合的である。
第二に、事業規模による差異である。第11条第3項により、常時使用する労働者の数が300人以下の事業者は従事者指定が努力義務にとどまる。指定しなければ第22条の主体は生じない。逆に、努力義務にとどまる事業者であっても、実際に従事者を指定すれば、当該従事者は刑事罰付きの守秘義務を負う。従事者指定は、通報者に対する安心の提供であると同時に、指定された職員に対する刑事リスクの付与でもある。この両面を説明せずに指定だけを行う運用は避けなければならない。
第三に、外部委託先である。指針の解説は、範囲外共有等を防止すべき労働者及び役員等に内部公益通報受付窓口に関する外部委託先も含まれるとし、外部委託先も従事者として定められる場合があり得るとする。消費者庁のQ&Aも、外部委託先の従事者について法第12条の違反として罰則が科される可能性を明示している。外部窓口を受託する法律事務所、社会保険労務士事務所、通報受付サービス事業者の担当者は、指定を受ければ本条の主体となる。委託契約の秘密保持条項とは別に、指定の事実と範囲を書面で確定しておく必要がある。
「従事者であった者」が含まれるため、退職、異動、委託契約終了後も義務は継続する。期間の制限はない。
2 客体
「その公益通報対応業務に関して知り得た事項であって公益通報者を特定させるもの」である。二つの限定が重なっている。
情報の入手経路について、「その公益通報対応業務に関して知り得た」ことが要求される。業務外で偶然知った事実は含まれない。例えば、従事者が私的な会話の中で同僚から通報の事実を打ち明けられた場合、当該情報は公益通報対応業務に関して知り得たものではない。ただし、業務上知り得た事項と私的に知り得た事項が同一内容である場合、伝達された情報がいずれに由来するかの立証は容易でない。実務上は、由来を問わず一切口外しないという運用を徹底するほかない。
情報の性質について、「公益通報者を特定させるもの」であることが要求される。通報された法令違反の内容それ自体は本条の客体ではない。通報対象事実の漏えいは、被通報者の名誉や事業者の営業秘密の問題であって、第22条ではなく内部規程、労働契約上の秘密保持義務、公務員法上の守秘義務によって規律される。第22条が保護するのは通報者の匿名性に限定されている。
もっとも、通報内容と通報者の同一性が事実上結び付く場合がある。通報者しか知り得ない事実が通報内容に含まれていれば、内容の開示が特定情報の開示と同じ効果を持つ。地方公共団体向けガイドラインは、通報者等の特定につながり得る情報として、氏名、所属等の個人情報のほか、調査が通報を端緒としたものであること、通報者等しか知り得ない情報等を含むとしている。第22条の文言よりも広い概念を運用上採用しているのであり、行政実務としては妥当な設計である。
3 行為
「漏らす」とは、当該事項を知らない他人に告知することをいう。口頭、書面、電子メール、記録の閲覧許容のいずれでもよい。特定の一人に伝えれば足り、不特定多数への流布は要しない。
作為が原則である。過失による漏えい、例えば宛先を誤ったメール送信、資料の置き忘れ、共有フォルダの権限設定ミスは、故意を欠くため本条では処罰されない。刑法第38条第1項の原則により、過失犯を処罰する明文がない以上、過失漏えいは不可罰である。
ただし、過失漏えいが法的に無害というわけではない。事業者の側から見れば、情報管理体制の不備は第11条第2項の体制整備義務違反を構成し得る。常時使用する労働者の数が300人を超える事業者に対しては、第15条の助言及び指導、第15条の2第4項の勧告、同条第5項の公表が及ぶ。従事者個人についても、内部規程に基づく懲戒処分及び民事上の損害賠償責任は残る。
未遂を処罰する規定はない。漏らそうとして果たさなかった場合は不可罰である。
4 「正当な理由」
第12条は「正当な理由がなく」漏らすことを禁じる。正当な理由の存在は、違法性阻却事由ではなく構成要件該当性を否定する要素と解される。したがって、その不存在について検察官が立証責任を負う。
具体的に正当な理由が認められる場面は、次のように整理できる。
第一に、公益通報者本人の同意がある場合である。指針の解説は、ハラスメント事案等で被害者と公益通報者が同一の事案において、公益通報者を特定させる事項を共有する際に、被害者の心情にも配慮しつつ、書面等により、同意の有無について誤解のないよう当該公益通報者から同意を得ることが望ましいとしている。地方公共団体向けガイドラインは、範囲外への開示には通報者等の書面、電子メール等による明示の同意を取得すること、及び同意を取得する際には開示する目的及び情報の範囲並びに当該情報を開示することによって生じ得る不利益について明確に説明することを求めている。口頭の黙示的了解では足りないという運用基準である。
第二に、法令に基づく場合である。刑事訴訟法に基づく捜索差押許可状の執行、証人としての証言、裁判所の文書提出命令、行政機関の法令に基づく報告徴収などが該当する。第16条第1項の立入検査における帳簿書類の検査もこれに含まれる。同条第4項が立入検査の権限を犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならないと定めていることには留意を要する。
第三に、公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないやむを得ない場合である。指針の解説は、この場合であっても公益通報者を特定させる事項を伝達する範囲を必要最小限に限定することを当然の前提とし、伝達相手にあらかじめ秘密保持を誓約させること、漏えいが懲戒処分等の対象となる旨の注意喚起をすることを求めている。調査の必要性が正当な理由を基礎付けるとしても、それは範囲の限定と併せて初めて成り立つ。
第四に、事業者内部の指揮命令系統に沿った報告である。従事者が公益通報対応業務の責任者に報告する行為は、業務遂行そのものであって漏えいに当たらない。他方、人事部門への報告や役員への報告が正当な理由を持つかは、当該報告が公益通報対応業務の遂行に必要か否かによる。是正措置の実施に人事権の行使が必要な場面では必要性が認められる余地があるが、単なる情報共有や報告慣行を理由とする伝達は正当な理由を欠く。
指針の解説は、通報者探索に関する「正当な理由」について、匿名の通報について通報者が具体的にどのような局面で不正を認識したのか等を特定した上でなければ必要な調査や是正ができない場合に、第12条の規定により守秘義務を負う従事者が通報者の特定につながる事項を問うことは該当し得るとする。守秘義務を負う従事者が問う限りにおいて許容されるという条件付けであり、探索と守秘の規律が連動していることを示している。
5 故意
故意の対象は、①自らが従事者又は従事者であった者であること、②伝達する情報が公益通報対応業務に関して知り得た公益通報者を特定させる事項であること、③正当な理由がないこと、の三点である。
①について、指定が書面で行われず、本人が従事者の地位を認識していなかった場合、身分の認識を欠くため故意が阻却される余地がある。指針が書面による指定など本人に明らかとなる方法を要求する趣旨は、通報者保護の徹底と同時に、この故意認定の基礎を確保することにもある。逆に言えば、書面指定を怠った事業者は、通報者情報の漏えいが生じても従事者を処罰し得ない状況を自ら作り出していることになる。
②について、属性情報の組合せによる特定の場合、行為者が排他的特定の可能性を認識していたかが争点となる。総務部の性別情報の例でいえば、当該部署の人員構成を知らずに伝達した場合には認識を欠く可能性がある。指針の解説が「認識」を排他的認識に限定するのは、この認定を明確化する意図によるものと理解される。
③について、正当な理由があると誤信した場合は、事実の錯誤か法律の錯誤かが問題となる。同意を得たと誤信した場合は前者として故意を阻却し得るが、同意なく開示してよいと考えた場合は後者であって、刑法第38条第3項により故意は阻却されない。
六 法定刑の水準と他法との比較
30万円以下の罰金のみであり、自由刑を含まない。同種の守秘義務違反罪と比較すると、水準の低さが際立つ。
| 規定 | 法定刑 | 親告罪の別 |
|---|---|---|
| 公益通報者保護法第22条 | 30万円以下の罰金 | 非親告罪 |
| 国家公務員法第109条第12号(同法第100条第1項違反) | 1年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金 | 非親告罪 |
| 地方公務員法第60条第2号(同法第34条第1項違反) | 1年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金 | 非親告罪 |
| 刑法第134条第1項(秘密漏示罪) | 6月以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金 | 親告罪 |
| 個人情報の保護に関する法律第179条(従業者等による個人情報データベース等提供罪) | 1年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金 | 非親告罪 |
| 公益通報者保護法第21条第1項(解雇等特定不利益取扱いの直罰) | 6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金 | 非親告罪 |
通報者情報の漏えいは、不利益取扱いが行われるための前提条件である。誰が通報したか分からなければ報復は起こり得ない。因果の連鎖の起点に位置する行為に対して、連鎖の終点に位置する解雇・懲戒より軽い制裁しか用意されていないという評価は成り立つ。令和7年改正が第21条第1項に拘禁刑を導入した際、第22条の水準を併せて見直さなかった点は、附則第2条の検討条項の下で改めて論じられるべき事柄である。
もっとも、罰金のみであっても実務上の抑止効果を軽視すべきではない。罰金刑であっても有罪判決は前科となり、公務員については地方公務員法第16条第1号及び第28条第4項の失職事由に該当し得る。禁錮以上の刑に処せられた場合が失職事由であるから罰金刑では直ちに失職しないが、懲戒免職の判断において決定的な事情となる。士業については、弁護士法第7条、社会保険労務士法第5条など、資格の欠格事由や登録拒否事由との関係を個別に確認する必要がある。
七 両罰規定の適用がないこと
第23条第1項は、両罰規定の対象を第21条第1項及び第21条第2項に限定して列挙している。第22条は含まれていない。したがって、従事者が通報者情報を漏らしても、その使用者である法人に罰金刑が科されることはない。
この設計には理由がある。両罰規定は、事業主の選任監督上の過失を根拠として事業主自身を処罰する制度である。第21条第1項の解雇・懲戒は、事業者の意思決定として行われるのが通常であり、組織的な行為として法人処罰になじむ。これに対し第22条の漏えいは、事業者が構築した秘密保持体制に反して従事者が個人的に行う行為であって、事業者はむしろ体制整備義務を通じて漏えいを防止する立場にある。事業者に対する制裁は、刑罰ではなく第15条以下の行政措置によるという役割分担が採られている。
もっとも、この整理には限界がある。組織の上層部が従事者に対して通報者の氏名を報告するよう求め、従事者がこれに応じた場合、漏えいは組織的な行為である。この場面では、指示した上層部が刑法第65条第1項の共犯として処罰され得るにとどまり、法人自体は刑事責任を負わない。第23条第2項が国及び地方公共団体を法人重科の対象から除外していることと併せ、組織責任の追及手段には濃淡がある。
実務的な帰結として、事業者は第22条を理由に刑事責任を問われない代わりに、民事責任と行政責任を負う。使用者責任(民法第715条)、職場環境配慮義務違反による債務不履行責任、そして体制整備義務違反に対する助言・指導・勧告・公表である。
八 隣接条文との関係
第11条第1項(従事者指定義務)
指定がなければ第22条の主体は存在しない。従事者を指定しない事業者は、通報者情報の漏えいに対する刑事的な担保を欠いた状態で内部公益通報対応体制を運用していることになる。令和7年改正が従事者指定義務違反に命令権と罰則を導入したのは、この空白を行政的手段で埋める趣旨と理解できる。
第11条の3(通報者探索の禁止)
令和7年改正で新設された。名宛人は事業者であり、罰則はない。探索によって通報者を特定し、その情報を従事者が第三者に伝えれば第22条の問題となるが、探索行為自体は行政措置と懲戒処分の対象にとどまる。行為の危険性から見れば探索と漏えいは連続しているにもかかわらず、制裁は断絶している。事業者としては、探索禁止を内部規程に明記し、違反に懲戒処分を予定することによって、法が用意しなかった抑止を自ら補う必要がある。
第3条第1項第3号ハ
労働者が報道機関等に対して3号通報を行う場合の保護要件の一つとして、事業者内部に公益通報をすれば、役務提供先が当該公益通報者について知り得た事項を、当該公益通報者を特定させるものであることを知りながら、正当な理由がなくて漏らすと信ずるに足りる相当の理由がある場合が挙げられている。公益通報ハンドブックは、この要件の例として、以前に同僚が内部通報したところ通報受付担当者が社内全員に通報者名を周知したことがあり、適切な再発防止策がとられていない場合を示している。
漏えいの前歴は、外部通報の正当性を基礎付ける事情となる。従事者が一度漏えいを起こせば、その事業者の内部通報制度は、法律上、通報者が飛び越してよい制度として扱われる。第22条の違反は、行為者個人の刑事責任にとどまらず、事業者の内部通報制度そのものの信頼性を法的に切り下げる効果を持つ。
第20条(適用除外)
第15条から第16条までの規定は国及び地方公共団体に適用されない。助言・指導、勧告、命令、公表、報告徴収、立入検査のいずれも及ばない。これに対し、第11条の体制整備義務、第12条の守秘義務、第22条の罰則は、国及び地方公共団体にもそのまま適用される。行政的な監督手段が存在しない分、公的部門における通報者情報の保護は、刑事罰と内部統制のみによって担保されることになる。
第9条(一般職の国家公務員等に対する取扱い)
第9条の読替えは第3条第1項及び第21条第1項に関するものであって、第12条及び第22条には及ばない。公務員である従事者は、読替えなしに第22条の適用を受ける。
第23条第2項
国及び地方公共団体を法人重科の対象から除外するのは第21条第1項に係る部分に限られる。第22条はそもそも両罰規定の対象外であるから、この除外規定は本条には関係しない。
九 国家公務員法・地方公務員法との競合
地方公共団体の職員が従事者に指定され、通報者を特定させる事項を漏らした場合、地方公務員法第34条第1項の守秘義務違反(同法第60条第2号。1年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金)と第22条の双方が成立する。1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから、刑法第54条第1項前段の観念的競合となり、重い地方公務員法の刑によって処断される。国家公務員についても、国家公務員法第100条第1項及び第109条第12号との関係で同様である。
外部窓口を受託した弁護士が従事者に指定されている場合、刑法第134条第1項の秘密漏示罪と第22条が競合し得る。前者は親告罪であるが後者は非親告罪であるから、通報者が告訴しない場合でも第22条による立件は妨げられない。この差異は、通報者が刑事手続への関与を望まない場合の処理に影響する。捜査機関が独自に立件すれば、通報の存在と通報者の氏名が刑事記録に記載され、被告人の防御権行使を通じて公判で顕在化する可能性がある。通報者の保護を目的とする規定の運用が、通報者の意思に反して秘密を公開の場に引き出す結果を招き得るという逆説は、告訴の要否を含めた運用上の配慮を要する論点である。
十 判例・裁判例
1 生命保険会社支社長事件(東京地判令和3年3月23日労判1244号15頁)
生命保険会社のライフプランナーとして勤務する原告が、平成29年3月、同僚の内部規程違反行為について支社長に伝えて適切な対応を求めたところ、支社長が原告の別の同僚に対し、原告から通報を受けたことを伝えた。その際、原告が秘密録音をしていたという情報も伝えられたが、判決はこれを虚偽と認定している。伝達を受けた同僚は、原告の働くブースから見える位置に原告を揶揄する張り紙をするなどの嫌がらせを行った。
原告は、支社長の行為が通報者の氏名等を職場内に漏えいさせるもので、当時の民間事業者向けガイドラインに反し、名誉毀損又は秘密保持義務違反に当たると主張した。これに対し支社長は、原告の相談は社内通報窓口として指定された窓口に対してされたものではないため内部通報であるとの認識はなく、情報を秘匿する法的義務はないと反論した。
裁判所は、虚偽情報の伝達が原告の名誉を低下させる不法行為に当たるとして責任を認めたが、通報者を特定する事項を同僚に伝達したこと自体の違法性については特段の判断を示さなかった。消費者庁の検討会資料も、本件を情報漏洩に関する事例として位置付けつつ、この点を指摘している。
改正法の下では、評価が変わる。支社長が従事者に指定されていれば、通報者を特定させる事項の伝達それ自体が第12条違反として第22条の構成要件に該当する。指定されていなければ、行為の違法性は範囲外共有として内部規程と懲戒処分の問題にとどまる。支社長が主張した「指定された窓口ではない」という抗弁は、まさに従事者指定の有無を分水嶺とする現行制度の構造を先取りしたものであった。職制上のレポーティングラインにおける報告も内部公益通報となり得る以上、上司による受理を制度上どう位置付けるかは、各事業者が規程で明示しておくべき事項である。
2 支店長探索事件(福岡地判令和3年10月22日判時2534号81頁)
支店長の立場にある原告らが、平成30年10月、別の支店長のコンプライアンス違反について本社の内部通報窓口に通報した。平成31年1月、当該支店長の父であり地区を統括する立場にあった者が、原告らに対し、通報をしていないかを複数回にわたり確認し、通報したことを直ちに認めなければ後に通報者が明らかになった際に支店長を辞めさせるなどと申し向けた。その後、原告らは支店長の任意団体から除名され、役職の辞任を求められた。
裁判所は、当該会社において内部通報はその秘匿性が担保され、通報者を特定しようとすることは許されなかったこと、及び行為者が人事評価等に権限を有し人事に相当程度の影響力を有していたことを指摘して、通報者を特定しようとする行為に違法性があると判断し、損害賠償請求を一部認容した。同一の事実関係について行為者は起訴され、強要未遂罪の成立が認定されている(福岡地判令和3年6月8日)。
第22条との関係で注目すべきは、消費者庁の検討会資料が紹介する会社のプレスリリースの内容である。それによれば、原告の内部通報を受けて、コンプライアンス担当の常務執行役員が当該行為者に事情聴取を行った際、通報者が推測される内容を伝えていた。常務執行役員は、その際、通報者を探すことはしてはならない旨伝え、行為者も了承していたという。
探索禁止を口頭で告げながら、同じ場面で特定につながる情報を伝えるという対応は、被通報者への事情聴取という調査上必要な手続の中で漏えいが起きやすいことを示している。改正法の下では、当該役員が従事者であれば第22条の問題となり、事業者としては第11条の3の探索禁止義務と併せて、被通報者聴取の手順を規程化する必要がある。指針の解説が、調査の端緒が公益通報であることを関係者に認識させない工夫として、抜き打ちの監査を装うこと、該当部署以外の部署にもダミーの調査を行うこと、核心部分ではなく周辺部分から調査を開始することなどを挙げているのは、この局面を念頭に置いたものである。
3 質問票事件(東京地判平成28年10月7日労判1155号54頁)
コンサルティング会社の従業員が、従事する業務の実態は偽装請負であり労働者派遣法違反であるとして東京労働局に申告したところ、会社は従業員らに対し、顧客の業務に関する情報や資料を行政機関を含む第三者に開示又は提供したことがあるかを問う質問票を送付した。従業員が回答を拒否したため、会社は回答拒否等を理由に普通解雇した。
裁判所は、申告者が申告を理由とする不利益な取扱いから実効的に保護されるためには申告者の秘密や個人情報も保護されることが必要であり、みだりに申告者の意思に反して申告者を特定しようとする行為は相当でないとして、質問票の回答を拒否する正当な理由があり、回答拒否を解雇理由とすることはできないと判断した。ただし他の解雇事由が存在したため解雇自体は有効とされている。
秘密保持が申告者保護の実効性を支えるという判示は、第12条及び第22条が保護しようとする利益の内容を的確に示している。
4 京都市児童相談所職員事件(京都地判令和元年8月8日労判1217号67頁)
市の児童相談所職員が、市の公益通報処理窓口の外部窓口担当弁護士に対し、市内の児童養護施設において発生したと疑われる児童虐待事案につき児童相談所が適切な対応をとっていないとの通報を2回行った。市は、通報に際し児童に関する記録データを複写して自宅に無断持出しのうえ廃棄した行為が地方公務員法上の懲戒事由に該当するとして停職3日の懲戒処分をした。
裁判所は、持出行為について違法性阻却は認められないとしつつ、懲戒処分の相当性の検討において、内部通報に付随する形で行われたものであり原因や動機において強く非難すべき点はないことなどを考慮し、停職3日は重きに失するとして処分を取り消した。
通報者の側にも守秘義務が課される公務の場面では、証拠の確保と秘密保持が正面から衝突する。組織が秘密保持を徹底するほど、通報者は自らの手元に証拠を残そうとする誘因を持つ。第22条による従事者側の秘密保持の担保は、通報者側の証拠確保の必要を減じる方向に働くべきものであり、両者は制度として連動している。
5 あおぞら銀行事件(東京高判令和8年1月22日。判例集未登載、報道による)
銀行員が顧客の相続に関連する同僚の不適切な処理について内部通報窓口に通報した後、約3年3か月にわたり応接室での隔離勤務に置かれ、降格及び懲戒処分を受けた事案である。一審の東京地裁は請求を全面的に棄却したが、控訴審は隔離配置を人間関係からの切り離しに該当するパワーハラスメントと認定し、人事権の濫用として降格及び減給を無効とした上、差額賃金を含め約840万円の支払を命じたと報じられている。他方、隔離が内部通報に対する報復であるという直接の因果関係までは認定されなかったとされる。
判決文が公刊物に登載されていないため詳細な検討は留保するが、通報者の特定が生じなければこの類型の被害は発生し得ない。第22条の遵守は、第3条第1項の不利益取扱い禁止を実効化するための前提条件として機能する。
十一 消費者庁の調査データ
1 従事者指定の実施状況
消費者庁が令和6年4月に公表した令和5年度の実態調査は、従業員数300人超の非上場事業者2,373者を対象に、従事者指定義務の認知状況を調査している。結果は次のとおりである。
| 回答 | 割合 |
|---|---|
| 知っており、担当者を指名している | 81.6パーセント |
| 知っているが、担当者を指名していない | 10.7パーセント |
| 知らないし、担当者を指名していない | 7.6パーセント |
認知率は92パーセントに達する一方、指定を実施している事業者は8割強にとどまる。約18パーセントの事業者において、第22条の名宛人が存在しない状態で内部通報制度が運用されていることになる。
さらに注目すべきは、指定していない理由である。調査は、指定していないと回答した255者について理由を尋ねており、「上司などに直接情報が共有されており、特段、不都合もないため」が約半数で最多であった。
通報者情報が上司に共有されることを不都合と認識していないという回答は、範囲外共有が常態化していることの自認に近い。指針が防止を求める事象を、指定を行わない理由として挙げているのであって、制度理解の水準に課題があることを示している。令和7年改正が従事者指定義務違反に対する命令権と刑事罰を新設した背景には、この実態がある。
2 その他の関連数値
同調査からは、次の数値も確認できる。
- 内部規程について、策定済みが76.7パーセント、認知しているが未策定が14.6パーセント、認知しておらず未策定が8.7パーセント
- 不利益取扱い禁止の周知について、特段周知していないとの回答が13.7パーセント
- 内部通報制度導入事業者2,448者のうち、外部にも窓口を設置している事業者が79.4パーセント(内部及び外部に設置が73.4パーセント、外部にのみ設置が6.0パーセント)
- 内部通報制度導入事業者2,442者において、不正発見の端緒として内部通報を挙げた割合が77パーセントで最多
外部窓口の設置率が8割に近いことは、第22条の適用対象に外部委託先の担当者が広く含まれ得ることを意味する。委託先の担当者が従事者に指定されているか、指定書が交付されているか、退職者への義務継続が委託契約に反映されているかは、委託元が確認すべき事項である。
十二 企業実務における設計
1 従事者指定書の記載事項
指針の解説は、従事者を定める方法として個別通知のほか、内部規程等において部署、部署内のチーム、役職等の特定の属性で指定することを挙げ、いずれの場合も従事者の地位に就くことを本人に明らかにする必要があるとする。また、指定の事実を記録する観点から、従事者の氏名、所属部署、従事者に指定した日等を記載した書面を作成し管理しておくことを求めている。
指定書には次の事項を記載しておくことが望ましい。
- 指定を受ける者の氏名及び所属
- 指定の年月日及び指定の範囲(常時指定か、特定案件に限る都度指定か)
- 第12条により守秘義務を負うこと
- 第22条により30万円以下の罰金に処せられ得ること
- 義務が退職、異動、委託契約終了後も継続すること
- 正当な理由の判断に迷う場合の相談先
- 公務員である場合は地方公務員法第34条第1項又は国家公務員法第100条第1項の守秘義務との関係
刑事罰の対象となる地位に就くことを本人が了解した記録は、後の紛争において双方に意味を持つ。事業者にとっては指針適合の証拠となり、従事者にとっては指定範囲の外にある行為について責任を問われないことの根拠となる。
2 都度指定の副作用
指針の解説は、必要が生じた都度従事者として定める場合について、指定を行うことにより社内調査等が公益通報を端緒としていることを当該指定された者に事実上知らせてしまう可能性があるとし、通報者保護の観点からは、従事者の指定をせずとも公益通報者を特定させる事項を知られてしまう場合を除いて、指定を行うこと自体の是非について慎重に検討することも考えられるとしている。
指定は秘密保持を強化する手段であるが、指定行為自体が情報を伝達する。調査担当者に指定書を交付すれば、その者は当該調査が公益通報に由来することを知る。指針の解説が、従事者以外の者に調査等の依頼を行う際には当該調査が公益通報を契機としていることを伝えないことを挙げているのは、この構造への対処である。
実務的には、次の順序で検討することになる。第一に、通報者を特定させる事項を伝達せずに調査を進められるかを検討する。第二に、伝達せずに進められない場合、伝達を受ける者を最小限に絞る。第三に、伝達を受ける者を従事者に指定する。指定を先に行い、後から範囲を広げる運用は避ける。
3 情報管理の具体的措置
指針の解説が挙げる措置のうち、第22条の遵守に直結するものを整理する。
- 通報事案に係る記録・資料を閲覧・共有することが可能な者を必要最小限に限定し、その範囲を明確に確認する
- 記録・資料を施錠管理する
- 専用の電話番号や専用メールアドレスを設ける、勤務時間外に個室や事業所外で面談する
- 電磁的管理の場合、閲覧可能者を限定し、操作・閲覧履歴を記録する
- 外部窓口宛ての通報メールが、システム上の設定により上司等に同報されていないかを確認する
- メール本文への記載ではなくパスワード付きの添付ファイルを利用する
- 記録・資料に記載された関係者の固有名詞を仮称表記又はマスキングとする
- 公益通報者本人に対しても、自身が公益通報者であること等に係る情報管理の重要性を理解させる
このうち、外部窓口宛てメールの上司への自動同報は、過失による漏えいの典型例である。第22条は過失を処罰しないが、体制整備義務違反として行政措置の対象となり、通報者に対する損害賠償責任も生じる。施行日前に、通報受付用アドレスのメール転送設定を点検しておく必要がある。
4 被通報者への聴取
調査の過程で被通報者に事情を聴取する場面は、漏えいのリスクが最も高い。福岡地裁の事案が示すとおり、聴取の際の説明の仕方一つで通報者が推測される。
聴取に当たっては、次の点を定型化しておくとよい。
- 聴取の端緒を明示しない。定期監査、職場環境調査等の枠組みで実施する
- 通報内容のうち通報者しか知り得ない事実を、そのままの形で示さない
- 被通報者に対し、通報者の探索が禁止されており懲戒処分の対象となる旨を告知する
- 聴取に同席する者を限定し、同席者も従事者に指定する
- 聴取記録に通報者を特定させる事項を記載しない
5 グループ会社・委託先
企業グループで共通の内部公益通報受付窓口を利用する場合、消費者庁のQ&Aは、その旨を子会社や関連会社自身の内部規程等においてあらかじめ定めることが必要であり、当該窓口を経由した公益通報対応業務に関する子会社や関連会社の責任者は、子会社や関連会社自身において明確に定めなければならないとしている。
親会社の窓口担当者が子会社従業員からの通報を受ける場合、当該担当者は子会社との関係でも従事者に指定される必要がある。指定の主体は、通報者の所属する事業者である。指定の連鎖が切れている状態では、親会社担当者が子会社通報者の情報を漏らしても、子会社との関係で第22条を適用できるかが問題となり得る。グループ規程の整備に当たっては、各社が個別に指定を行う構造を採るのが安全である。
外部委託先については、委託契約に、従事者指定の受入れ、担当者個人への指定書交付、担当者交代時の再指定、契約終了後の義務継続、再委託の禁止又は事前承諾を規定する。消費者庁のQ&Aは、外部委託先で範囲外共有が行われた場合の措置として、損害賠償請求や外部委託先による再発防止策の提出、委託先の変更などを挙げている。
十三 地方公共団体における適用
1 行政措置が及ばないことの意味
第20条により、第15条の助言及び指導、第15条の2の勧告及び命令等、第16条の報告及び検査は、国及び地方公共団体には適用されない。消費者庁が民間事業者に対して行使する監督手段は、地方公共団体には一切及ばない。
他方、第11条の体制整備義務及び従事者指定義務は地方公共団体にも課される。消費者庁の法概要資料も、事業者には国・地方公共団体を含むと明記している。義務はあるが監督はない、という構造である。
この空白を埋めるのが、第22条の刑事罰と、地方自治法第245条の4第1項に基づく技術的助言としての地方公共団体向けガイドラインである。地方公共団体において、通報者情報の保護を担保する法的手段は、従事者に対する刑事罰、地方公務員法上の守秘義務と懲戒処分、監査委員及び議会による統制、住民訴訟、そして条例・規程による自律的統制に限られる。
2 地方公共団体向けガイドラインの定め
令和8年5月29日最終改正の地方公共団体向けガイドラインは、公益通報対応業務従事者の配置及び育成について、次のとおり定めている。
各地方公共団体は、内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関して公益通報対応業務を行う者であり、かつ、当該業務に関して公益通報者を特定させる事項を伝達される者を従事者として定める。従事者を定める際には、書面により指定をするなど、従事者の地位に就くこと、すなわちこれに伴い法第12条に定める守秘義務が課されること及び法第22条に定める罰則の適用対象となり得ることを含めて、従事者となる者自身に明らかとなる方法により定める。公益通報対応業務に必要な適性及び能力を有する者を従事者として定める。従事者に対し、所要の知識及び技能の向上を図るための教育、研修等を十分に行い、公益通報対応業務の内容及び公益通報者を特定させる事項の取扱いについては特に十分に教育を行う。
秘密保持及び個人情報保護の徹底については、同ガイドラインが特に十分な措置をとるべき事項として次を列挙する。
- 情報を共有する範囲及び共有する情報の範囲を必要最小限に限定すること
- 通報者等の特定につながり得る情報については、調査等の対象となる事業者に対して開示しないこと。通報対応を適切に行う上で真に必要な最小限の情報を、明示の同意を取得して開示する場合を除く
- 通報者等の特定につながり得る情報を、情報共有が許される範囲外に開示する場合には、通報者等の書面、電子メール等による明示の同意を取得すること
- 同意を取得する際には、開示する目的及び情報の範囲並びに当該情報を開示することによって生じ得る不利益について、明確に説明すること
- 通報者等本人からの情報流出によって通報者等が特定されることを防ぐため、通報者等に対して、情報管理の重要性について十分に理解させること
同ガイドラインが「通報者等の特定につながり得る情報」に、氏名や所属等の個人情報のほか、調査が通報を端緒としたものであること、通報者等しか知り得ない情報等を含めている点は、第22条の「公益通報者を特定させるもの」という文言よりも広い。刑罰の外延と運用上の保護範囲を意図的に区別した設計であり、公的部門の運用基準としては妥当である。
3 庁内の情報流通経路に固有の課題
地方公共団体には、民間事業者にはない情報流通の経路がある。それぞれが漏えいの契機となり得る。
第一に、人事・服務管理の系統である。通報対象事実が職員の非違行為に関わる場合、調査結果は懲戒処分の検討に接続する。人事担当課、任命権者、懲戒審査委員会への情報伝達が、公益通報対応業務の遂行に必要な範囲を超えていないかを、案件ごとに判断する必要がある。処分の起案書に通報者の氏名を記載する慣行があれば、直ちに改めるべきである。
第二に、議会及び監査委員である。議会からの資料要求、百条委員会の調査、監査委員の監査に対する対応において、通報者を特定させる事項をどこまで提出するかが問題となる。地方自治法に基づく調査権の行使は「法令に基づく場合」として正当な理由を構成し得るが、提出すべき情報の範囲は調査目的に照らして限定されるべきであり、通報者の氏名まで当然に含まれるわけではない。マスキングを施した資料の提出、提出先を限定した閲覧方式など、代替手段を先に検討する。
第三に、情報公開請求である。通報に関する文書が公開請求の対象となった場合、通報者を特定させる事項は情報公開条例上の個人に関する情報として不開示とすべきものである。不開示の判断を誤って開示した場合、条例に基づく開示決定であることが正当な理由となるかが問題となるが、そもそも不開示情報を開示する決定は条例に違反する処分であって、法令に基づく開示とは評価し難い。開示決定の起案段階で、通報関連文書については従事者及び法務担当課による事前確認を必須とする運用が求められる。
第四に、首長部局と教育委員会、警察本部等の執行機関間の情報共有である。執行機関ごとに窓口と従事者が置かれる場合、機関をまたぐ情報伝達が範囲外共有に当たらないかの整理が必要となる。
4 兵庫県文書問題
令和6年3月、兵庫県の元西播磨県民局長が知事に関する疑惑を記載した文書を報道機関等に送付し、翌4月には同内容の通報を県の公益通報制度を利用して行った。県は文書を公益通報として扱わず、知事の指示により当時の副知事らが告発者の特定を進め、公用パソコンから文書データが発見されたことを端緒に聴取を実施した後、県民局長職を解任し、同年5月に停職3か月の懲戒処分を行った。
県が設置した第三者調査委員会は、令和7年3月19日、報告書を県に提出した。報道によれば、報告書は、告発文書で疑惑を指摘された知事及び元副知事が調査に関与したことを極めて不当と指摘し、文書の配布は公益通報に当たるとした上で、通報者を捜し出した行為は公益通報者保護法に照らして違法と結論付けた。また、元幹部の処分理由の一つを告発文書の作成・配布としたことは違法であり、その部分について行われた懲戒処分は効力を有しないと判断したとされる。
当時の法には、通報者探索を禁止する規定も、不利益取扱いに対する直罰もなかった。令和8年12月1日以降であれば、同種の事案は次のように整理される。
| 行為 | 適用条文 | 制裁 |
|---|---|---|
| 通報者を特定する目的での調査 | 第11条の3 | 罰則なし。国・地方公共団体には行政措置も及ばない。懲戒処分及び国家賠償 |
| 従事者が特定情報を庁内に伝達 | 第12条・第22条 | 30万円以下の罰金(地方公務員法第34条第1項違反と観念的競合) |
| 通報を理由とする懲戒処分 | 第3条第1項(第9条による読替え)・第21条第1項 | 6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金。第23条第2項により地方公共団体自体への法人重科はない |
| 通報者を特定させる事項の管理体制の不備 | 第11条第2項 | 第20条により行政措置なし |
公益通報ハンドブックは、令和7年改正により、公益通報を理由として分限免職又は懲戒処分が行われた場合、任命権者であるか否かを問わず、実質的な意思決定をした者やそれに関与した者が罰則の対象になり得ること、ただし形式的に分限免職又は懲戒処分の意思表示をした者が直ちに罰則の対象となるわけではないことに特に留意するよう求めている。
なお、同県においては、通報者の私的情報の外部流出に関する調査が継続しているとされ、事実関係にはなお確定していない部分がある。個別の刑事責任の有無を論じるものではなく、制度設計上の教訓として参照すべき事案である。
十四 指針及び指針の解説の位置付け
指針(令和3年内閣府告示第118号。令和8年3月31日一部改正)は、第11条第4項に基づき内閣総理大臣が定めるものであり、指針の解説(令和8年3月31日最終改正)は、指針本文、指針の趣旨、指針を遵守するための考え方や具体例、その他に推奨される考え方や具体例という記述区分に従って解説を加えている。第22条に直接関わるのは、第3のⅠ「従事者の定め」の2「従事者を定める方法」と、第3のⅡ2(2)「範囲外共有、通報妨害及び通報者探索の防止に関する措置」である。
指針本文は、従事者を定める際に、書面により指定をするなど、従事者の地位に就くこと、これに伴い法第12条に定める守秘義務が課されること及び法第22条に定める罰則の適用対象となり得ることを含めて、従事者となる者自身に明らかとなる方法により定めなければならないと定める。
指針の趣旨は、従事者が法第12条において公益通報者を特定させる事項について刑事罰により担保された守秘義務を負う者であり、当該事項を慎重に取り扱い、予期に反して刑事罰が科される事態を防ぐため、自らが刑事罰で担保された守秘義務を負う立場にあることを明確に認識している必要があると説明する。
指針を遵守するための考え方や具体例では、個別通知又は属性による指定、指定事実の書面化と管理、外部委託時の同様の取扱いが示される。その他に推奨される考え方や具体例では、都度指定に伴う副作用への配慮が述べられている。
指針は法第11条第4項に基づく告示であり、これに従わないこと自体が直ちに第22条の罰則に結び付くわけではない。しかし、書面指定を怠れば従事者の故意認定が困難となり、罰則の実効性が失われる。指針の遵守は、通報者保護のためであると同時に、罰則を機能させるための前提でもある。
十五 附則及び経過措置
令和7年法律第62号の附則第1条は、この法律は公布の日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日から施行し、この法律の施行後にされた公益通報について適用すると定める。施行日は令和7年政令第408号により令和8年12月1日と定められた。
第22条に関する経過措置の要点は次のとおりである。
第一に、罰則の適用に関する一般原則として、施行日前にした行為に対する罰則の適用については従前の例による。もっとも、第22条は旧第21条と文言及び法定刑が同一であるから、施行日の前後で処罰範囲及び刑の重さに変動はない。刑法第6条の適用が問題となる場面も生じない。
第二に、条番号の変更は、施行日をもって効力を生じる。施行日前に行われた漏えい行為は旧第21条により、施行日以後の行為は第22条により処断される。公訴事実の記載において適用条文を誤らないよう注意を要する。
第三に、附則第1条後段が「この法律の施行後にされた公益通報について適用する」と定める点は、第22条の解釈にも影響する。施行日前にされた公益通報に関する通報者情報を、施行日後に従事者が漏らした場合の処理である。第12条の義務は令和4年6月1日から既に存在しており、当該行為は施行日前後を通じて可罰的である。附則第1条後段は、令和7年改正により新設された規律の適用範囲を画するものであって、改正前から存在した第12条の義務の継続性を否定するものではないと解される。したがって、施行日後の漏えい行為は、対象となる公益通報が施行日前のものであっても、第22条により処罰され得る。
第四に、附則第2条は、政府に対し、施行後5年を目途として施行の状況について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。第22条の法定刑の水準、従事者以外の者による漏えいの取扱い、探索行為に対する制裁の欠落は、この検討の対象となり得る。
十六 実務チェックリスト
民間事業者向け
- 従事者を指定しているか。指定書は書面で交付し、控えを保管しているか
- 指定書の記載が「法第21条」となっていないか。施行日までに「法第22条」へ改めたか
- 内部公益通報対応規程、従事者研修資料、社内イントラネットの説明文の条番号を更新したか
- 指定の範囲が、窓口担当者だけでなく調査担当者及び是正措置担当者を含んでいるか
- 外部委託先の担当者に指定書を交付しているか。担当者交代時の再指定手続を契約に定めているか
- 退職者及び異動者に対し、義務が継続する旨を書面で確認しているか
- 都度指定を行う場合、指定自体が調査の端緒を知らせる副作用を検討しているか
- 通報受付用メールアドレスの自動転送・同報設定を点検したか
- 記録・資料のアクセス権限を必要最小限に設定し、閲覧履歴を記録しているか
- 通報者の同意を取得する場合の書式を用意し、開示の目的、範囲、生じ得る不利益の説明事項を定型化しているか
- 被通報者への聴取手順を規程化し、端緒の秘匿と探索禁止の告知を組み込んでいるか
- 従事者以外の者による範囲外共有について、内部規程に禁止と懲戒を明記しているか
- グループ会社共通窓口を利用する場合、各社が個別に従事者を指定する構造となっているか
- 従事者研修において、第22条の罰則、正当な理由の判断基準、相談先を説明しているか
- 漏えいが発生した場合の救済・回復措置(情報の回収、通報者への説明、行為者への処分、再発防止策)の手順を定めているか
地方公共団体向け
- 従事者を書面により指定し、第12条の守秘義務と第22条の罰則の適用対象となり得ることを本人に明示しているか
- 首長部局、教育委員会、警察本部等の執行機関ごとに窓口と従事者を配置しているか
- 執行機関をまたぐ情報伝達について、範囲外共有に当たらないかの整理をしているか
- 懲戒処分の起案書、人事記録に通報者を特定させる事項を記載していないか
- 議会及び監査委員からの資料要求に対する対応手順を定め、マスキング又は限定閲覧の代替手段を用意しているか
- 情報公開請求の対象に通報関連文書が含まれる場合の事前確認手続を定めているか
- 通報者等の特定につながり得る情報として、調査が通報を端緒としたものであることや通報者しか知り得ない情報を含めて管理しているか
- 範囲外への開示に際し、書面又は電子メールによる明示の同意を取得する手順を定めているか
- 同意取得時に、開示の目的、情報の範囲、生じ得る不利益を説明する書式を用意しているか
- 従事者に対する教育・研修を定期的に実施し、地方公務員法第34条第1項との関係を説明しているか
- 人員・予算の制約により他団体と連携して窓口を設置している場合、受託側担当者の従事者指定を行っているか
- 外部に弁護士等を配置した窓口を設けている場合、当該弁護士を従事者に指定しているか
- 第20条により行政措置が及ばないことを前提に、内部監査又は第三者による点検の仕組みを設けているか
- 通報対応要綱又は条例の条番号を、令和8年12月1日施行の条文に合わせて改正したか
- 通報者本人に対しても、自身が通報者であることに係る情報管理について説明しているか
十七 次回予告
次回は第23条(両罰規定)を扱う。第21条第1項違反について法人に3000万円以下の罰金を科す重科型の構造、行為者処罰と事業主処罰の関係、第2項による国及び地方公共団体の除外、事業主の免責事由としての選任監督上の注意、そして第22条が両罰規定の対象から外れていることの帰結を検討する。
◆通報窓口を受任中。希望組織はまず問い合わせを。https://compliance21.com/contact/


