序 本稿の読み方

本シリーズは、公益通報者保護法(平成16年法律第122号。令和7年法律第62号による改正後のもの。以下「法」という。)の第1条から第24条まで、附則、別表、および別表第八号の法律を定める政令について条文ごとの解説を終え、応用編に入っている。応用編は、条文の規範を組織の文書と業務手順に翻訳する作業を扱う。

応用編第1回は常時使用する労働者300人超の企業を対象とした。第2回である本稿は、同300人以下の企業を対象とする。第1回とは想定読者の前提知識が異なるため、本稿は法制度そのものを知らない読者を出発点に置き、用語の意味から順に説明する。すでに法の骨格を把握している読者は、第2部から読み始めてよい。

参照した一次資料は、法の条文(2026年12月1日施行)、公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(令和3年8月20日内閣府告示第118号。令和8年3月31日一部改正内閣府告示第15号。以下「指針」という。)、指針の解説(令和8年3月31日一部改正、令和8年12月1日施行。以下「指針の解説」という。)、公益通報ハンドブック(改正法準拠版・令和8年6月30日)、および消費者庁が公表するQ&Aと実態調査である。指針の解説は、指針本文・指針の趣旨・指針を遵守するための考え方や具体例・その他に推奨される考え方や具体例という四つの項目で各規定を説明する構成をとっており、本稿でも「遵守」に属する事項と「推奨」に属する事項を区別して引用する。


第1部 制度の全体像──ここから読めば分かる

1 この法律は何をする法律か

会社の中で法令違反が起きているとき、それを最初に知るのはほとんどの場合その会社で働いている人である。ところが働いている人が声を上げれば、解雇されるかもしれない、干されるかもしれないという恐れが働く。声が上がらないまま違反が続けば、いずれ外部に露見し、その時点では被害も損害も回復困難な規模に育っている。

公益通報者保護法は、この構造を断つために、声を上げた人を法的に保護する。法第1条は次のとおり目的を定める。

第一条 この法律は、公益通報をしたことを理由とする不利益な取扱いの禁止等並びに公益通報に関し事業者及び行政機関がとるべき措置等を定めることにより、公益通報者の保護を図るとともに、国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守を図り、もって国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資することを目的とする。

保護される人の側から見れば「解雇されない権利」であり、事業者の側から見れば「不正を早く知って自分で直すための仕組み」である。指針の解説も、実効性のある公益通報対応体制の整備・運用が法令遵守の推進や組織の自浄作用の向上に寄与し、ステークホルダーや国民からの信頼の獲得にも資すると位置づけている。
 これは、コンプライアンスの要請そのものである。会社法の明文規定がある。例えば、会社法第362条4項6号は「取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備」を取締役会が代表取締役に委任できない自分たちの業務としてあげている。

2 「公益通報」の四つの要素

法第2条第1項が定義する「公益通報」は、四つの要素がすべてそろって初めて成立する。要素を欠けば、その通報は法の保護を受けない単なる社内報告や告発にとどまる。

第一に、通報する人の資格である。労働者(正社員、パート、アルバイト、契約社員を含む)、派遣労働者、フリーランス(法の用語では特定受託業務従事者)、役員、およびこれらの者であった者のうち通報の日前1年以内の者が該当する。フリーランスが加わったのは令和7年改正による。

第二に、通報の内容である。法第2条第3項の「通報対象事実」でなければならない。刑法、食品衛生法、金融商品取引法、日本農林規格等に関する法律、大気汚染防止法、廃棄物処理法、個人情報保護法が法の別表に直接掲げられ、これに加えて別表第八号を受けた政令が500を超える法律を指定している。労働基準法、労働安全衛生法、下請代金支払遅延等防止法、道路運送法、建設業法、独占禁止法、宅地建物取引業法などはこの政令に含まれる。裏返せば、政令に掲げられていない法律の違反や、法令違反に至らない社内規則違反・道義的な問題は、通報対象事実ではない。

第三に、通報先である。後述する三つの通報先のいずれかであることを要する。

第四に、目的である。不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でないこと。金銭を要求する目的や、私怨で相手を陥れる目的の通報は保護されない。

3 通報先は三つある

法は通報先を三つに区分し、外部に向かうほど保護のハードルを上げている。この設計を理解しないと、なぜ社内の窓口を整えることが自社の防御になるのかが見えない。

1号通報は、勤務先自身またはその勤務先があらかじめ定めた者に対する通報である。社内の通報窓口、会社が委託した外部窓口がこれに当たる。保護の要件は「通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料する」ことのみで足りる。証拠がそろっている必要はない。なお、「上司への通報」は要件を満たせば可能であるがリスクが高い。

2号通報は、その事実について処分または勧告等をする権限を持つ行政機関に対する通報である。労働基準監督署、保健所、都道府県の所管課などが典型である。真実相当性、つまり単なる憶測や伝聞ではなく相当の根拠があることが要件となるが、令和2年改正により、氏名・住所、事実の内容、そう考える理由、措置がとられるべきと考える理由を記載した書面を提出する場合にも保護されるようになった。

3号通報は、報道機関、消費者団体、労働組合など、被害の発生・拡大を防止するために通報することが必要と認められる者に対する通報である。真実相当性に加えて、法第3条第1項第3号イからヘまでに列挙された特別の事情のいずれかが必要となる。

ここで実務上決定的なのが、この特別事情の中身である。第3号イは「前二号に定める公益通報をすれば解雇その他不利益な取扱いを受けると信ずるに足りる相当の理由がある場合」を定める。消費者庁の逐条解説は、この相当の理由が認められる場合の例として、社内規程に通報者に対する不利益な取扱いの禁止や通報者の秘密の保護が明記されていないなど、指針および指針の解説に沿った実効性のある内部公益通報制度が整備・運用されていない場合を挙げている。同様に第3号ロ(証拠隠滅のおそれ)についても、社内規程に利益相反関係の排除や情報共有範囲の限定が明記されていないことが判断の考慮事情になり得るとする。

つまり、規程も窓口も持たないという状態それ自体が、従業員がいきなり報道機関に持ち込んでも保護される理由として働く。体制を整えないという選択は、外部通報のリスクを法解釈のレベルで自ら高める選択である。

さらに第3号ホは、書面で1号通報をした日から20日を経過しても調査を行う旨の通知がない場合を挙げる。

ホ 書面により第一号に定める公益通報をした日から二十日を経過しても、当該通報対象事実について、当該役務提供先等から調査を行う旨の通知がない場合又は当該役務提供先等が正当な理由がなくて調査を行わない場合

受付の記録も返答の手順もない組織では、書面が社長の机の上で20日を過ぎるという事態が容易に起こる。20日を過ぎた瞬間、その従業員が報道機関に持ち込んでも法的に保護される。この期間の計算は、書面が事業者に到達した日の翌日から起算して20日目の終了をもって満了する。

4 用語辞典

用語意味
公益通報法第2条第1項の四要素を満たす通報
内部公益通報1号通報。社内窓口への通報のほか、上司等への報告も含まれる
通報対象事実別表および政令に掲げる法律に規定する罪の犯罪行為の事実、過料の理由とされている事実等
役務提供先通報者が働いている(働いていた)事業者
公益通報対応業務内部公益通報を受け、調査をし、是正に必要な措置をとる業務
従事者公益通報対応業務従事者。公益通報対応業務を行い、かつ通報者を特定させる事項を伝達される者として事業者が指定した者
内部公益通報受付窓口内部公益通報を部門横断的に受け付ける窓口。名称ではなく実質で判断される
範囲外共有公益通報者を特定させる事項を必要最小限の範囲を超えて共有する行為
通報妨害法第11条の2第1項に定める、通報しない旨の合意を求めること等により公益通報を妨げること
通報者探索法第11条の3に定める、通報者である旨を明らかにすることを要求すること等、通報者を特定することを目的とする行為
事案に関係する者公正な公益通報対応業務の実施を阻害する者。違反発覚により実質的に不利益を受ける者、通報者や被通報者と一定の親族関係がある者など

「公益通報者を特定させる事項」の範囲は、小規模組織で特に注意を要する。指針の解説は、氏名や社員番号のような固有の事項だけでなく、性別等の一般的な属性であっても、他の事項と照合させることで排他的に特定の人物が通報者であると判断できる場合には該当するとしている。消費者庁の逐条解説は、勤務先の女性従業員が一人である場合には通報者が女性であることも特定させる事項に含まれると述べ、また、ある部署の経理担当が一人しかいない状況を例に挙げる。従業員が数十人の会社では、「製造ラインの誰かから通報があった」という一言が氏名の開示と同じ意味を持つ場面が珍しくない。

5 令和7年改正で新しくなった点

改正事項内容300人以下への適用
通報者の範囲拡大フリーランス(特定受託業務従事者)およびその1年以内の元従事者を追加適用あり
通報妨害の禁止通報しない旨の合意を求める等の行為を禁止し、違反してされた合意等を無効とする(法第11条の2)適用あり
通報者探索の禁止正当な理由なく通報者を特定する目的の行為を禁止(法第11条の3)適用あり
立証責任の転換通報日から1年以内の解雇・懲戒は通報を理由とすると推定(法第3条第3項)適用あり
直罰の新設通報を理由とする解雇・懲戒に6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金(法第21条第1項)適用あり
両罰規定上記につき法人に3,000万円以下の罰金(法第23条第1項第1号)適用あり
周知義務の明文化法第11条第2項に「労働者等に対するその周知」を明記努力義務
従事者指定義務の担保強化勧告・命令・命令違反の罰金、立入検査の新設適用なし

改正の中身のうち、体制整備に関する部分だけが300人超に向いており、通報者保護に関する部分はすべて規模を問わず適用される。この非対称が本稿の出発点となる。


第2部 300人以下の事業者は法律上どういう立場か

6 自社が300人以下かどうかを判定する

判定の基準は法第11条第3項が置く読替規定である。

3 常時使用する労働者の数が三百人以下の事業者については、第一項中「定めなければ」とあるのは「定めるように努めなければ」と、前項中「とらなければ」とあるのは「とるように努めなければ」とする。

「常時使用する労働者」の意味について、消費者庁のQ&Aは、常態として使用する労働者を指すことから繁忙期のみ一時的に雇い入れるような場合は該当しないとし、「使用する」とは各事業者と指揮命令関係がある場合を、「労働者」とは労働基準法第9条に規定する労働者に該当する者を指すと説明している。

パート、アルバイト、契約社員、非正規社員および出向者については、常態として使用する労働基準法第9条の労働者に該当するか否かによって個別に判断されるとされる。派遣労働者については、派遣先および派遣元の双方において常時使用する労働者に含まれるという扱いになる。派遣を多く受け入れている事業者は、正社員数だけで300人以下と判断すると誤る。

役員は労働者ではないから算入されない。ただし役員自身は通報者にはなり得る。

280人から320人の帯にいる事業者は、判定の根拠を文書に残しておくべきである。判定が誤っていた場合、義務違反として消費者庁の報告徴収と勧告、さらには命令と公表の対象になる。実務的には、この帯にいる事業者は300人超の設計をそのまま採るのが合理的である。境界線上の管理コストのほうが、体制整備のコストより高くつく。

7 努力義務であるものと、規模を問わず義務であるもの

300人以下の事業者について努力義務にとどまるのは、法第11条第1項(従事者指定)と同条第2項(体制整備および周知)の二つだけである。その他の規定は規模による区別を置いていない。

規定内容300人以下
法第3条第1項労働者への解雇その他不利益取扱いの禁止義務
法第3条第2項解雇等特定不利益取扱いの無効適用
法第3条第3項1年以内の解雇・懲戒の推定適用
法第4条派遣労働者への不利益取扱いの禁止、派遣契約解除の無効義務
法第5条特定受託事業者への不利益取扱いの禁止義務
法第6条役員への不利益取扱いの禁止、解任時の損害賠償請求義務
法第7条通報を理由とする損害賠償請求の禁止義務
法第11条第1項従事者の指定努力義務
法第11条第2項体制整備および周知努力義務
法第11条の2通報妨害の禁止、違反合意の無効義務
法第11条の3通報者探索の禁止義務
法第12条従事者の守秘義務従事者を定めた場合に適用

法第12条の位置づけを取り違えないでほしい。従事者の指定が努力義務であるということは、指定しなければ守秘義務も生じないという意味ではあるが、任意に指定すればその者は刑事罰で担保された守秘義務を負う。指定した以上、教育を伴わせなければ、指定した本人を刑事責任の危険にさらすことになる。

8 行政措置と罰則の適用早見表

条文措置・罰則300人超300人以下
法第15条助言・指導対象対象
法第15条の2第1項従事者指定義務違反への勧告対象対象外
法第15条の2第2項勧告に従わない場合の命令対象対象外
法第15条の2第3項命令をした旨の公表対象対象外
法第15条の2第4項第11条の施行に関し必要な場合の勧告対象
法第15条の2第5項体制整備義務違反で勧告に従わない場合の公表対象対象外
法第16条第1項報告徴収・立入検査対象対象外
法第16条第2項報告を求めること対象
法第21条第1項解雇等特定不利益取扱いへの直罰対象対象
法第21条第2項命令違反、報告懈怠・虚偽報告・検査拒否への罰金対象対象外
法第22条従事者の守秘義務違反への罰金対象対象(指定した場合)
法第23条第1項第1号法人に3,000万円以下の罰金対象対象
法第24条第16条第2項の報告懈怠・虚偽報告への過料対象

読み落とされやすいのが法第24条である。

第二十四条 第十六条第二項の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をした者は、二十万円以下の過料に処する。

法第16条第2項は、努力義務にとどまる事業者に対しても内閣総理大臣が報告を求めることができると定めている。消費者庁から「体制整備の状況について報告を求める」という文書が届いたとき、300人以下だから無視してよいとはならない。放置または虚偽の報告は20万円以下の過料の対象となる。過料は刑罰ではなく非訟事件手続法の定める手続によって裁判所が科すが、経済的負担であることに変わりはない。

そして規模を問わず適用される直罰の重さを確認しておく。

第二十一条 第三条第一項の規定に違反して解雇等特定不利益取扱いをしたときは、当該違反行為をした者は、六月以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。

「解雇等特定不利益取扱い」とは、法第3条第2項が定義するとおり、解雇と、懲戒としてされた不利益な取扱いである。けん責や戒告のような軽い懲戒処分も含まれる。処罰されるのは「当該違反行為をした者」、すなわち解雇や懲戒を決定した自然人であり、社長個人が被告人となる。加えて法人にも罰金が科される。

一 第二十一条第一項 三千万円以下の罰金刑

3,000万円という額は、従業員50人規模の会社にとって事業の継続を左右する。しかも法第3条第3項により、通報日から1年以内の解雇・懲戒は通報を理由とするものと推定される。推定が働けば、通報とは無関係な理由で処分したことを会社の側が立証しなければならない。人事評価の記録も指導の記録も残していない組織では、この立証はきわめて困難である。

9 「努力義務だから何もしない」という判断が招く帰結

以上を整理すると、体制を整えない選択は次の三つの帰結を招く。

第一に、社内に通報が届かない。通報したい従業員は、届け先も、届けた後どうなるかも分からない。指針の解説が「経営上のリスクに係る情報が、可能な限り早期にかつ幅広く寄せられるようにするため」の環境整備を望ましいとしているのは、この点を指す。

第二に、社外に直接向かう通報が法的に保護されやすくなる。前述の第3号イおよびロの解釈がそのまま自社に不利に働く。

第三に、通報が経営者の耳に直接入る。小規模組織では上司への報告がそのまま内部公益通報になる。準備のない経営者が感情的に反応し、配置換えや懲戒を口にした瞬間、法第21条第1項の構成要件に足を踏み入れる。窓口と手順は、通報者を守る仕組みであると同時に、経営者を刑事責任から遠ざける仕組みでもある。

10 実態データが示すもの

消費者庁「令和5年度 民間事業者等における内部通報制度の実態調査報告書」(令和6年4月公表)が現時点で最新の全国調査である。

従業員数300人超の事業者1,905者のうち91.5パーセントが内部通報制度を導入していると回答したのに対し、300人以下の事業者1,488者では46.9パーセントにとどまった。ただし平成28年度調査の26.3パーセントからは21ポイント上昇しており、中小規模層でこそ導入が急速に進んでいる。

300人以下の事業者790者が制度を導入していない理由として最も多かったのは「常時使用する労働者が300人以下であり努力義務にとどまるから」で約半数、次いで「導入していなくても、経営上・組織運営上の不利益がないから」が45パーセントであった。自由記述には、導入したいが人手が足りない、経営者から独立した体制を築けない、という声も挙がっている。人手と独立性という二つの制約は、本稿第3部で扱う設計上の中心課題そのものである。

制度を導入している事業者2,442者の「不正発見の端緒」は、窓口や管理職等への内部通報が最多の76.8パーセントで、内部監査や上司による業務チェックを上回った。平成28年度調査の58.8パーセントから大きく伸びている。通報は、監査より速く不正を見つける。

周知の方法についても示唆がある。トップメッセージの発出と研修の両方を実施している事業者は全体の21パーセントで、どちらか一方または両方とも実施していない事業者に比べて窓口の受付件数が多い傾向が認められた。逆に「特に効果を感じていない」と回答した197者のうち72.1パーセントは年間受付件数が0件であった。窓口を作っただけで周知しなければ、件数は伸びず、効果も実感されず、やがて形骸化する。

外部窓口については、制度を導入している事業者の79.4パーセントが外部に窓口を置いている(内部及び外部に設置が73.4パーセント、外部にのみ設置が6.0パーセント)。平成28年度の66.9パーセントから上昇した。外部窓口はもはや大企業だけの選択肢ではない。


第3部 小規模組織に固有の四つの設計課題

11 課題1 通報者が構造的に特定されやすい

従業員300人の会社と30人の会社では、匿名性の成立条件がまったく違う。30人の会社で「製造二課の件」と言えば、対象者は数名に絞られる。指針の解説が求める範囲外共有の防止は、大企業では「アクセス権限の限定」という情報システム上の課題だが、小規模組織では「そもそも誰にも言わない」という人的な課題になる。

対処の方向は三つある。第一に、受付を社外に置いて、事業者側には通報者名を伝えない運用を選べる契約とすること。第二に、調査の入り方を工夫し、通報を端緒としていることを覚らせないこと。たとえば通報された論点だけを調べるのではなく、定期監査や棚卸しの一環として同種の項目を横断的に確認する。第三に、通報者本人の同意を得た範囲を書面で確定し、その範囲を超えないと担当者が誓約すること。

指針の解説は、範囲外共有を防ぐ措置の例として、記録・資料を閲覧・共有できる者を必要最小限に限定してその範囲を明確に確認すること、記録・資料を施錠管理すること、専用の電話番号や専用メールアドレスを設けること、勤務時間外に個室や事業所外で面談することを挙げている。最後の一項は、事務所が一室しかない事業者にとって現実的な指示である。

12 課題2 経営者本人が被通報者になる

指針は、組織の長その他幹部に関係する事案について、これらの者からの独立性を確保する措置をとることを求めている。

(2) 組織の長その他幹部からの独立性の確保に関する措置 内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に係る公益通報対応業務に関して、組織の長その他幹部に関係する事案については、これらの者からの独立性を確保する措置をとる。当該内部公益通報以外の公益通報に係る通報対象事実についての調査及び是正等の対応が必要な場合においても、同様の措置をとる。

同族経営で社長と専務が親子、総務部長が社長の配偶者という構成の会社では、社内のどこに窓口を置いても独立性は成立しない。この点について指針の解説は脚注で、法第11条第2項について努力義務を負うにとどまる中小事業者においても、組織の長その他幹部からの影響力が不当に行使されることを防ぐためには、独立性を確保する仕組みを設ける必要性が高いことに留意する必要があると明記している。努力義務であることを理由に独立性を捨てるのは、解説の想定と正面から食い違う。

独立性を確保する方法として、指針の解説は「遵守するための考え方や具体例」の項目で、社外取締役や監査機関(監査役、監査等委員会、監査委員会等)にも報告を行うようにすること、社外取締役や監査機関からモニタリングを受けながら公益通報対応業務を行うこと、内部公益通報受付窓口を事業者外部(外部委託先、親会社等)に設置することを挙げる。監査役を置いている中小企業であれば、監査役への報告ラインを規程に書き込むだけで一定の独立性が確保できる。監査役を置いていない会社では、外部委託が事実上唯一の解となる。

13 課題3 兼務と人員不足

指針は、内部公益通報受付窓口が他の通報窓口を兼ねることを認めている。指針の解説は、組織の実態に応じて、内部公益通報受付窓口がハラスメント通報・相談窓口等の他の通報窓口を兼ねることが可能であるとし、ただし当該窓口がハラスメント関連のみを対象としているものと誤解されないよう周知に留意することを求める。

労働施策総合推進法に基づくハラスメント相談窓口はすでに設置している中小企業が多い。これを兼用し、掲示物に「法令違反に関する通報も受け付けます」と一行加えるところから始めるのが現実的な出発点になる。

もう一点、指針の解説は、内部公益通報受付窓口を所管する部署や責任者とは異なる部署や責任者を、調査や是正に必要な措置について定めることも可能だとする。受付は総務、調査は外部の弁護士、是正の決定は取締役会というように、機能を分けて薄く配ることができる。一人にすべてを背負わせる必要はない。

14 課題4 顧問弁護士と人事部門を窓口にすることの是非

中小企業が外部窓口を考えるとき、最初に浮かぶのは顧問弁護士である。これは禁止されていないが、消費者庁は留意点を明示している。顧問弁護士を内部公益通報受付窓口とすることが妨げられるものではないが、顧問弁護士に内部公益通報をすることを躊躇する者が存在し、そのことが通報対象事実の早期把握を妨げるおそれがあることに留意が必要である、というのがQ&Aの回答である。指針の解説はさらに「その他に推奨される考え方や具体例」として、顧問弁護士を窓口とする場合には、その旨を通報し得る者に明示するなどして、利用者が通報先を選択するに当たっての判断に資する情報を提供することが望ましいとする。

顧問弁護士は経営者の代理人である。従業員から見れば、社長の弁護士に社長の不正を通報することになる。この構造的な違和感が通報を止める。顧問弁護士を窓口とするなら、少なくとも顧問業務を担当しない別の弁護士を窓口担当に立てるか、経営陣に関する事案は別ルートに回す設計を規程に書き込むべきである。

指針の解説は、通報対応に係る業務を外部委託する場合には、事案の内容を踏まえて、中立性・公正性に疑義が生じるおそれまたは利益相反が生じるおそれがある法律事務所や民間の専門機関等の起用は避けるべきことにも触れている。

人事部門についても同様の留意が示されている。人事部門に内部公益通報受付窓口を設置することが妨げられるものではないが、人事部門に内部公益通報をすることを躊躇する者が存在し、そのことが通報対象事実の早期把握を妨げるおそれがあることに留意する、というのが指針の解説の記述である。人事権を持つ部署に通報することの心理的な壁は、組織が小さいほど厚い。

15 三つの解決類型と費用の考え方

指針の解説は「その他に推奨される考え方や具体例」として、中小企業の場合には、何社かが共同して事業者の外部(例えば、法律事務所や民間の専門機関等)に内部公益通報受付窓口を委託すること、および事業者団体や同業者組合等の関係事業者共通の内部公益通報受付窓口を設けることを挙げている。消費者庁のQ&Aも、事業者団体や同業者組合等の関係事業者共通の窓口の設置が可能であるとする。

類型構成適する組織留意点
単独外部委託自社が法律事務所または専門事業者に窓口を委託従業員100人超、独立採算委託先の中立性条項、通報者名を事業者に伝えない運用の可否を契約で確定する
複数社共同委託取引関係のない同規模数社が共同で1つの外部窓口を契約従業員30人から150人通報が他社に伝わらない情報遮断を契約に明記する。資本関係・取引関係のある会社同士は避ける
団体・組合共通窓口事業協同組合、業界団体が会員企業共通の窓口を運営従業員30人以下、組合加入企業通報を受けた団体が各社の責任者に引き継ぐ手順と、団体側の従事者指定を整える
兼用内部窓口既存のハラスメント相談窓口を兼用し、監査役への報告ラインを付す従業員20人以下、監査役設置会社経営陣に関する事案の別ルートを規程に置く

費用の目安を持たずに検討すると、話が前に進まない。単独外部委託は月額数万円から、共同委託は1社当たりの負担がその数分の一に下がる。年間の負担が数十万円で、法第23条の3,000万円と、外部通報による取引先喪失の可能性を減らせるかどうか、という比較になる。

なお、通報件数が年間ゼロであることは失敗を意味しない。0件の意味は二通りある。不正が起きていないか、窓口が信頼されていないかである。両者を区別する手段は、周知度の測定と、経営陣が窓口を実際に使わせる姿勢の表明しかない。


第4部 内部公益通報対応規程(300人以下の事業者向けモデル)

以下は全22条の規程例である。300人超向けの規程は組織階層と部署名を前提に組むが、本モデルは総務担当者1名と外部窓口という最小構成を想定した。丸ごと使ってもよいし、自社の実情に合わせて削ってもよい。ただし、指針が求める10項目のいずれかを規程から落とすときは、その理由を議事録に残しておくべきである。将来、消費者庁の報告徴収に対して説明する必要が生じ得る。

条文の後の注記は、指針・指針の解説との対応関係と設計意図を示す。


内部公益通報対応規程

第1章 総則

第1条(目的) 本規程は、公益通報者保護法(平成16年法律第122号。以下「法」という。)および同法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)に基づき、当社における内部公益通報への対応に関し必要な事項を定め、法令違反行為の早期発見および是正を図るとともに、公益通報者の保護を徹底することを目的とする。

第2条(定義) 本規程における用語の意義は、次の各号に定めるところによる。 一 公益通報 法第2条第1項に定める公益通報をいう。 二 内部公益通報 法第3条第1項第1号および第6条第1項第1号に定める公益通報をいい、窓口への通報のほか、上司その他の役員および従業員に対する報告を含む。 三 通報対象事実 法第2条第3項に定める通報対象事実をいう。 四 通報者 内部公益通報をした者をいう。 五 被通報者 法令違反行為を行った、行っている、または行おうとしているとして通報された者をいう。 六 従事者 法第11条第1項に定める公益通報対応業務従事者をいう。 七 範囲外共有 通報者を特定させる事項を、必要最小限の範囲を超えて共有する行為をいう。 八 通報者探索 正当な理由なく、通報者を特定することを目的とする行為をいう。

第3条(適用範囲) 本規程は、当社の役員および従業員(正社員、契約社員、パートタイム労働者、アルバイトを含む。)、当社が受け入れる派遣労働者、当社が業務委託をする特定受託業務従事者、ならびに退職または業務委託契約の終了から1年以内のこれらの者に適用する。

[注記]法第2条第1項各号の通報者の範囲を規程の適用範囲に一致させた。令和7年改正でフリーランスが加わった点を、契約書ではなく規程で拾う。適用範囲を「従業員」に限定した規程は改正法に対応していない。

第4条(経営者の責務) 代表取締役は、本規程の運用について最終的な責任を負い、毎年度1回以上、内部公益通報制度の意義および通報者を不利益に取り扱わない方針を全員に対して表明する。

[注記]トップメッセージの発出と研修の組合せが受付件数と相関するという消費者庁の調査結果を、規程上の義務として固定した。表明の記録は第20条の評価資料になる。

第2章 窓口と体制

第5条(内部公益通報受付窓口) 1 当社は、内部公益通報受付窓口(以下「窓口」という。)を次のとおり設置する。 一 社内窓口 総務課長 二 社外窓口 ○○(法律事務所名または委託先名) 2 窓口は、部門を問わずすべての内部公益通報を受け付ける。 3 通報者は、社内窓口と社外窓口のいずれを選択してもよく、また、いずれの窓口も経由せず上司その他の役員および従業員に報告することもできる。

[注記]指針が求める「部門横断的に受け付ける」窓口である。指針の解説は、窓口に当たるかは名称ではなく部門横断的に受け付けるという実質の有無により判断されるとする。第3項は、上司への報告をしなければ窓口に相談できないという誤解を防ぐためで、指針の解説がこの誤解に明示的に注意を促している。

第6条(責任者) 1 窓口に寄せられた内部公益通報に係る調査および是正に必要な措置について、管理・統括する責任者を総務担当取締役とする。 2 前項の規定にかかわらず、通報の内容が代表取締役または取締役に関係する事案である場合には、監査役を責任者とする。 3 監査役を置かない場合、または監査役が事案に関係する者に該当する場合には、社外窓口の受任者が調査の実施を統括し、その結果を株主総会に報告する。

[注記]指針が求める独立性確保措置を、小規模組織で実装可能な形に落とした。第2項が本規程の要である。この一条があるかどうかで、経営陣不正の事案における外部通報の正当性評価が変わる。

第7条(従事者の指定) 1 当社は、窓口において受け付ける内部公益通報に関して公益通報対応業務を行う者であり、かつ、当該業務に関して通報者を特定させる事項を伝達される者を、従事者として指定する。 2 従事者の指定は、書面(別紙様式第1号)によりこれを行い、指定を受けた者は、法第12条の守秘義務および法第22条の罰則の適用対象となり得ることを確認のうえ、確認書に署名する。 3 常時の従事者のほか、個別の事案に応じて必要が生じた都度、従事者を指定することができる。 4 当社は、従事者の氏名、所属、指定日および解除日を記載した名簿(別紙様式第2号)を作成し、責任者がこれを管理する。

[注記]指針は、従事者を定める際には書面により指定をするなど、従事者の地位に就くことが従事者となる者自身に明らかとなる方法によることを求める。指針の解説は、従事者指定の事実を記録する観点から、氏名・所属部署・従事者に指定した日等を記載した書面を作成・管理しておくことを挙げる。第3項の都度指定について、指針の解説は「推奨」の項目で、指定を行うこと自体が社内調査が公益通報を端緒としていることを知らせてしまう可能性に触れ、指定をせずとも通報者を特定させる事項を知られてしまう場合を除いて、指定の是非を慎重に検討することも考えられるとしている。小規模組織ほどこの配慮が効く。

第8条(利益相反の排除) 1 事案に関係する者は、当該事案に係る公益通報対応業務に関与してはならない。 2 前項の「事案に関係する者」とは、被通報者、法令違反行為の発覚または調査の結果により実質的に不利益を受ける者、通報者または被通報者と三親等内の親族関係にある者その他公正な公益通報対応業務の実施を阻害する者をいう。 3 受付の時点で事案に関係する者であるかが判明しない場合には、判明した段階で直ちに関与から除外する。

[注記]指針の解説が示す「事案に関係する者」の典型例を条文化した。親族関係の範囲を規程に書き込むことは「推奨」に属するが、同族経営の会社では書いておかないと運用が止まる。指針の解説は、事案に関係する者であっても、公正さが確保できる部署のモニタリングを受けながら対応する等、実質的に公正な業務の実施を阻害しない措置がとられている場合にはその関与を妨げないとしている。人員が足りない場合の逃げ道はここにある。

第3章 受付から是正まで

第9条(受付) 1 窓口は、書面、電子メール、電話または面談により内部公益通報を受け付ける。 2 匿名による通報も受け付ける。匿名の場合、窓口は、通報者との連絡手段(個人が特定されないメールアドレス等)の確保に努める。 3 窓口は、受付票(別紙様式第3号)を作成し、受け付けた日から5営業日以内に、通報者に対して受付をした旨を通知する。ただし、通報者が通知を不要とする意思を表示した場合はこの限りでない。

[注記]受付の通知そのものは指針の要求事項ではないが、指針の解説は「推奨」の項目で、是正措置等の通知のほか、受付や調査の開始についても通知することが望ましいとする。5営業日という期限を置く実務上の理由は、法第3条第1項第3号ホの20日を確実に守るためである。受付通知が定着していれば、20日の壁は事実上問題にならない。

第10条(調査の要否の判断) 1 責任者は、受付票を受領した後、速やかに調査の要否を判断する。 2 正当な理由がある場合を除き、必要な調査を実施する。 3 調査を実施しない場合には、その理由を記録し、通報者に通知する。 4 通報者が匿名であることのみを理由として、調査を実施しないことはできない。

[注記]第4項は消費者庁のQ&Aに沿う。調査を実施しない正当な理由の例として、Q&Aは解決済みの案件に関する情報が寄せられた場合と、通報者と連絡が取れず事実確認が困難である場合を挙げ、匿名であることのみでは正当な理由に該当しないとする。中小企業の窓口では匿名通報が多数を占めるため、この一条がないと制度が空転する。

第11条(調査の通知) 窓口は、書面により内部公益通報を受けた場合には、受け付けた日から20日以内に、調査を行う旨または調査を行わない旨およびその理由を通報者に通知する。

[注記]法第3条第1項第3号ホへの直接の対応である。20日を過ぎると報道機関等への通報が保護され得る。規程上の期限を法定の期限と一致させたうえで、第9条の5営業日通知で二重に担保する。

第12条(調査の実施) 1 調査担当者は、通報者を特定させる事項が調査の過程で明らかとならないよう、調査の方法および順序を工夫する。 2 役員および従業員は、調査に誠実に協力しなければならず、調査を妨害する行為をしてはならない。 3 調査担当者は、調査の記録を作成する。

[注記]第2項は指針の解説が「推奨」の項目で内部規程への明記を望ましいとする事項である。調査協力義務が規程になければ、被通報者が事情聴取を拒んだ時点で調査が止まる。

第13条(是正措置) 1 調査の結果、通報対象事実に係る法令違反行為が明らかになった場合には、速やかに是正に必要な措置をとる。 2 是正に必要な措置をとった後、当該措置が適切に機能しているかを確認し、適切に機能していない場合には、改めて是正に必要な措置をとる。 3 必要に応じ、関係者の社内処分および関係行政機関への報告を行う。

[注記]指針の要求事項をそのまま条文化した。第2項の事後確認を落とす規程が多い。消費者庁のQ&Aは、確認の方法として、是正措置から一定期間経過後に能動的に改善状況に関する調査を行うこと、特定の個人が被害を受けている事案では問題があれば再度申し出るよう通報者に伝えることを挙げる。

第14条(是正措置等の通知) 書面により内部公益通報を受けた場合において、通報対象事実の中止その他是正に必要な措置をとったときはその旨を、通報対象事実がないときはその旨を、適正な業務の遂行および利害関係人の秘密、信用、名誉、プライバシー等の保護に支障がない範囲において、通報者に対し、速やかに通知する。

第4章 通報者の保護

第15条(不利益な取扱いの禁止) 1 役員および従業員は、内部公益通報をしたこと、または調査に協力したことを理由として、通報者および調査協力者に対し、解雇、退職の強要、契約の更新拒否、降格、不利益な配置の変更、人事考課における不利益な評価、減給、賞与の不利益な算定、業務委託契約の解除、取引数量の削減、報酬の減額、事実上の嫌がらせその他の不利益な取扱いをしてはならない。 2 責任者は、通報の受付から1年間、通報者が不利益な取扱いを受けていないかを能動的に確認する。 3 通報者は、不利益な取扱いを受けたと考える場合、窓口に相談することができる。 4 不利益な取扱いが判明した場合、当社は、適切な救済および回復の措置をとる。

[注記]第1項の列挙は、指針が「不利益な取扱い」の例として挙げる地位の得喪、人事上の取扱い、経済待遇上の取扱い、精神上・生活上の取扱いの四つの区分をなぞった。第2項の1年という期間は、法第3条第3項の推定期間に合わせている。この期間内の人事上の判断は、通報とは無関係であることを説明できる記録とともに行う必要がある。

第16条(範囲外共有、通報妨害および通報者探索の禁止) 1 役員および従業員は、範囲外共有をしてはならない。 2 役員および従業員は、正当な理由なく、公益通報をしない旨の合意をすることを求めること、公益通報をした場合に不利益な取扱いをすることを告げることその他の行為によって、公益通報を妨げてはならない。 3 役員および従業員は、正当な理由なく、通報者探索をしてはならない。 4 通報に係る記録および資料は、施錠のうえ保管し、または閲覧権限を限定した電磁的方法により保管する。閲覧できる者は責任者および従事者に限る。

[注記]第2項は法第11条の2、第3項は法第11条の3にそれぞれ対応する。誓約書や退職合意書に「会社に関する事項を第三者に開示しない」という包括的な守秘条項を置いている会社は、この条項が公益通報を妨げる合意と評価される可能性を検討すべきである。法第11条の2第2項は、違反してされた合意その他の法律行為を無効とする。

第17条(違反行為への対処) 不利益な取扱い、範囲外共有、通報妨害行為または通報者探索を行った役員および従業員に対しては、行為態様、被害の程度その他情状等の諸般の事情を考慮して、就業規則に基づく懲戒処分その他適切な措置をとる。

[注記]指針が求める措置である。就業規則の懲戒事由に「本規程に違反したとき」を追加しておかないと、この条文は空文になる。規程の制定と就業規則の改定はセットで行う。

第18条(外部への通報を妨げないこと) 本規程は、役員および従業員が、行政機関その他事業者外部に対して公益通報をすることを制限するものではない。

[注記]この一条を落とすと重大な結果を招く。消費者庁のQ&Aは、通報先に順序を付けるような規定を内部規程に定めることは法の趣旨に反し、事業者がこのような規程を作成した場合には、報道機関等への通報の保護要件である法第3条第1項第3号ニ「役務提供先から前二号に定める公益通報をしないことを正当な理由がなくて要求された場合」にも該当し得るとしている。「まず社内窓口に通報すること」と書いた規程は、外部通報を保護する方向に作用する。

第5章 教育、記録および見直し

第19条(周知および教育) 1 当社は、役員および従業員、退職者ならびに特定受託業務従事者およびその契約終了後1年以内の者に対し、法および本規程の内容について周知する。周知の対象には、窓口の連絡先および連絡方法、独立性の確保に関する措置、公益通報対応業務の実施に関する措置、利益相反の排除に関する措置、不利益な取扱いの防止に関する措置、範囲外共有・通報妨害・通報者探索の防止に関する措置、是正措置等の通知に関する措置、記録の保管等に関する措置、調査への協力に関する事項を含む。 2 当社は、役員および従業員に対し、年1回以上の研修を実施する。 3 当社は、従事者に対し、公益通報対応業務の内容および通報者を特定させる事項の取扱いについて、特に十分に教育を行う。教育は、従事者の指定時および年1回以上これを行う。 4 窓口は、内部公益通報対応体制の仕組みおよび不利益な取扱いに関する質問・相談を受け付ける。

[注記]第1項の列挙は、指針が周知の対象事項として掲げるイからリまでを条文化したものである。退職者および特定受託業務従事者であった者については、指針は「チ」(記録の保管等)を除くとしている。第3項の「特に十分に」は指針本文の文言である。指針の解説は、従事者への教育について、指定の際も含め定期的な実施や実施状況の管理を行う等して、通常の労働者等および役員と比較して特に実効的に行うことが求められるとする。

第20条(記録の保管) 1 内部公益通報への対応に関する記録は、対応の終了後5年間保管する。 2 記録には、受付日、通報の概要、調査の要否とその理由、調査の経過、認定した事実、是正措置の内容、通報者への通知の日付および内容を含める。

[注記]指針は「適切な期間」とのみ定め、消費者庁のQ&Aは、見直し・改善や評価・点検のサイクル、内部監査・外部監査・業所管省庁等の検査・監督上の要請、個別案件処理に当たっての必要性、労働関連法令や自らの事業に関する法令等を総合的に検討したうえで適切と判断する期間を指すとする。5年は労働関係書類の保存期間との整合を意識した設定であり、業種に応じて調整してよい。

第21条(評価・点検および運用実績の開示) 1 当社は、年1回、内部公益通報対応体制の評価・点検を実施し、必要に応じて改善を行う。 2 当社は、窓口に寄せられた内部公益通報に関する運用実績の概要を、適正な業務の遂行および利害関係人の秘密、信用、名誉、プライバシー等の保護に支障がない範囲において、役員および従業員、特定受託業務従事者に開示する。

第22条(改廃) 本規程の改廃は、取締役会の決議による。

附則 本規程は、令和8年12月1日から施行する。


第5部 書式集

様式第1号 公益通報対応業務従事者指定書兼確認書

                                        令和 年 月 日
         殿

                          株式会社○○
                          代表取締役 ○○ ○○ ㊞

            公益通報対応業務従事者指定書

 当社は、公益通報者保護法第11条第1項および当社内部公益通報対応
規程第7条に基づき、貴殿を公益通報対応業務従事者に指定します。

1 指定の期間 令和 年 月 日から( 常時 / 本件事案限り )
2 従事する業務 ( 受付 / 調査 / 是正措置 )
3 貴殿は、公益通報者保護法第12条により、正当な理由がなく、その
 公益通報対応業務に関して知り得た事項であって公益通報者を特定さ
 せるものを漏らしてはならない義務を負います。この義務は、従事者
 でなくなった後も継続します。
4 前項の義務に違反した場合、公益通報者保護法第22条により、30万
 円以下の罰金に処せられることがあります。
5 「公益通報者を特定させる事項」には、氏名や社員番号のほか、性別
 その他の属性であっても、他の事項と照合することにより排他的に特
 定の人物が公益通報者であると判断できるものが含まれます。

──────────────── 切り取らずに提出 ────────────────

                       確 認 書

 私は、上記の指定を受けたこと、および公益通報者保護法第12条の守
秘義務ならびに同法第22条の罰則の適用対象となり得ることを理解しま
した。

  令和 年 月 日
  所属       氏名          ㊞

指定書と確認書を1枚にした理由は、指針が求める「従事者の地位に就くことが従事者となる者自身に明らかとなる方法」を、署名という形で証跡化するためである。回覧して署名がないまま戻ってきた場合、指定が有効に成立したかが争われる。

様式第2号 従事者名簿

番号氏名所属・役職指定日指定の範囲教育実施日解除日
1常時
2本件事案限り

教育実施日の欄を名簿に組み込んだのは、指針の解説が従事者教育について実施状況の管理を求めているためである。名簿と教育記録を別管理にすると、いずれかが更新されなくなる。

様式第3号 内部公益通報受付票

受付番号           受付日 令和 年 月 日
受付方法 書面/メール/電話/面談
受付者(従事者番号)
通報者 実名(     )/匿名
連絡方法(匿名の場合)
通報の内容
 いつ
 どこで
 誰が
 何を
関係する法令(推定)
              通報対象事実該当性 該当/非該当/要検討
証拠資料の有無 有(      )/無
通報者が特定を望まない範囲
 □ 氏名を一切開示しない □ 責任者までは可 □ 調査上必要な範囲で可
 (通報者署名または確認記録          )
受付通知 令和 年 月 日( 5営業日以内 )
調査要否の判断 実施/不実施(理由         )
調査通知 令和 年 月 日( 20日以内 )

「通報者が特定を望まない範囲」を受付の時点で確定するのが、小規模組織の運用の勘所である。後から「そこまで話が広がるとは思わなかった」という不信が生まれると、二度と通報は来ない。

様式第4号 是正措置等通知書

                                        令和 年 月 日
 受付番号      の通報者 殿

          内部公益通報受付窓口

            調査結果および是正措置のご連絡

 令和 年 月 日にお寄せいただいた通報について、調査を行いまし
たので、下記のとおりご連絡します。

1 調査の結果 (通報対象事実が認められた/認められなかった)
2 是正のためにとった措置
3 措置が機能しているかの確認予定 令和 年 月ごろ
4 なお、本件の通報をしたことを理由として、貴殿が不利益な取扱いを
 受けることはありません。不利益な取扱いを受けたとお考えの場合、
 または受けるおそれをお感じの場合は、窓口までご連絡ください。

                           以上

第4項を定型で入れておくことに実務上の意味がある。消費者庁のQ&Aは、通報者が不利益な取扱いを受けていないかを把握する措置の例として、不利益な取扱いを受けた際には窓口等に連絡するよう、その旨と部署名をあらかじめ伝えておくことを挙げている。

様式第5号 外部窓口委託契約の条項例

第○条(中立性および利益相反の排除)
 受託者は、委託者の役員または従業員に関する事案について、委託者
の指示によって受付または報告を差し控えてはならない。
 受託者は、委託者の顧問業務その他の業務を受任していることにより
中立性に疑義が生じるおそれがある場合、直ちに委託者に通知し、当該
事案について別の担当者を指定する。

第○条(通報者を特定させる事項の取扱い)
 受託者は、通報者の同意がある場合を除き、通報者を特定させる事項
を委託者に伝達しない。
 受託者が公益通報対応業務従事者の指定を受ける場合、受託者は、公
益通報者保護法第12条の守秘義務および同法第22条の罰則の適用対象と
なることを確認する。

第○条(報告)
 受託者は、受け付けた通報について、受付日から○営業日以内に、通
報者を特定させる事項を除いた内容を委託者の責任者に報告する。
 委託者の代表取締役または取締役に関係する事案については、前項の
報告に代えて、監査役に報告する。

第○条(共同利用の場合の情報遮断)
 本契約が複数の委託者による共同委託である場合、受託者は、ある委
託者に係る通報の内容および存否を、他の委託者に対して開示してはな
らない。

最後の情報遮断条項は共同窓口の生命線である。同業他社と共同で窓口を持つ場合、通報の存在自体が競争上の情報になる。契約書に書いていなければ、従業員は共同窓口を使わない。

様式第6号 周知用掲示文

    法令違反に気づいたときの相談・通報窓口

 当社は、公益通報者保護法に基づき、通報窓口を設けています。

 【何を通報できますか】
  法令に違反する行為、または違反しようとしている行為。
  例:食品の表示や期限の偽装、産業廃棄物の不適正な処理、
    労働時間の改ざん、代金の不当な減額、個人情報の漏えい、
    暴行・傷害に当たるハラスメント など

 【誰が通報できますか】
  社員、パート・アルバイト、派遣で働く方、業務委託を受けて
  いる方、役員、そして退職・契約終了から1年以内の方。

 【どこへ通報できますか】
  社内窓口 総務課長(内線○○/メール○○)
  社外窓口 ○○(電話○○/メール○○) 匿名も可能です。
  ※上司に相談してからでなければ窓口に連絡できない、という
   ことはありません。どちらへ先に連絡しても構いません。
  ※行政機関や外部へ通報することも法律上認められています。

 【通報したらどうなりますか】
  5営業日以内に受け付けたことをお知らせし、20日以内に調査
  を行うかどうかをお知らせします。

 【通報したことで不利益を受けませんか】
  受けません。通報を理由とする解雇や懲戒は法律上無効であり、
  行った者には刑事罰が科されます。会社は、通報された方が誰
  であるかを探すことも、社内で言いふらすことも禁じています。

消費者庁は「はじめての公益通報者保護法」のページで、改正法に準拠したポスターを配布している。事業者内周知用のポスターはPowerPoint形式で空欄を編集できるため、自社の連絡先を入れてそのまま掲示できる。同ページには内部規程例、従事者指定書、従事者用受付票のサンプルも置かれている。自社で一から作るより、公表されている様式を土台にしたほうが早く、消費者庁の考え方からも外れにくい。


第6部 受付から是正までの標準手順

小規模組織向けに、担当者が1名でも回る工程に整理した。日数は受付日を起算日とする。

時点実施事項担当
D+0受付票の作成、記録の施錠保管、通報者が特定を望まない範囲の確認窓口
D+0事案が代表取締役または取締役に関係するかの一次判定。該当する場合は監査役ルートへ切替窓口
D+1〜D+5受付通知の送付窓口
D+1〜D+5責任者への報告(通報者を特定させる事項を除く)、事案に関係する者の洗い出しと除外窓口
D+5〜D+15調査の要否の判断、調査計画の作成(調査の順序、聴取対象、通報者が推知されない入り方)責任者
D+20まで調査を行う旨または行わない旨の通知窓口
D+20〜D+60資料の確認、関係者への聴取、事実の認定調査担当
D+30通報者への中間連絡(調査継続中である旨)窓口
D+60〜D+75是正措置の決定と実施、必要に応じて関係行政機関への報告責任者
D+75是正措置等の通知窓口
D+90不利益取扱いの有無の確認(1回目)責任者
D+150是正措置が機能しているかの確認責任者
D+180不利益取扱いの有無の確認(2回目)責任者
D+365不利益取扱いの有無の確認(最終)、記録の完結責任者

D+90、D+180、D+365という三点で不利益取扱いの有無を確認するのは、法第3条第3項の推定が通報日から1年間働くためである。この1年の間に通報者に対して人事上の判断を行う必要が生じた場合は、判断の理由と根拠資料を通報と切り離して記録し、可能であれば通報を知らない者が判断に加わる形をとる。推定を覆す立証は、事後に作った説明では通らない。

被通報者への注意喚起も忘れやすい工程である。消費者庁のQ&Aは、不利益な取扱いを防ぐ措置の例として、被通報者が通報者等の存在を知り得る場合には、被通報者が通報者等に対して解雇その他不利益な取扱いを行うことがないよう注意喚起をする等の措置を挙げている。小規模組織では被通報者が管理職であることが多く、日常の指揮命令の中で報復が起こりやすい。


第7部 教育研修の設計

全員向け(年1回・45分)

構成は、法の目的と保護の仕組みを10分、何が通報対象事実に当たるかを自社の業種に即した例で15分、窓口の使い方と受付後の流れを10分、不利益取扱い・範囲外共有・通報者探索の禁止を10分とする。

自社の業種に即した例を作る作業に、教材としての価値が集中する。運送業なら改善基準告示違反と過積載、食品製造業なら消費期限の付け替えと表示の偽装、建設業なら建設業法の下請代金と労働安全衛生法の墜落防止措置、介護事業所なら虐待に当たる行為が刑法の暴行罪・傷害罪を構成する場合、というように、その職場で実際にあり得る場面に置き換える。ここで注意すべきなのが、高齢者虐待防止法それ自体は別表第八号を受けた政令に掲げられていないため、同法違反であることだけでは通報対象事実にならないという点である。刑法の犯罪行為に当たるかどうかで結論が分かれる。同様に、税法違反や地方公務員法違反も政令の対象外である。この線引きを教材に組み込んでおくと、窓口の担当者が受付段階で判断に迷わない。

管理職向け(年1回・60分)

管理職研修の主題は「自分が受け手になる」という自覚である。指針は、上司等への報告も内部公益通報に含まれるとしている。部下から「これは違法ではないか」と言われた瞬間から、その管理職は法の適用場面にいる。

扱うべき論点は三つある。第一に、その場で「大げさだ」「まず自分に相談してからにしろ」と言うことが、法第11条の2の通報妨害と評価され得ること。第二に、報告を受けた後に部下の評価を下げれば、法第3条第3項の推定が働くこと。第三に、報告を受けたら誰に上げるのかを、その場で答えられるようにしておくこと。

演習形式が有効である。「部下から、上司である課長が取引先に架空請求をしているようだと打ち明けられた。あなたは何と答え、次に何をするか」という設問に、5分で回答を書かせる。正解は、内容をメモに残し、その場で判断を示さず、窓口に取り次ぐことを伝え、他言しないと約束することである。

従事者向け(指定時および年1回・90分)

指針の解説は、従事者教育について、法第12条の守秘義務の内容のほか、通報の受付、調査、是正に必要な措置等の各局面における実践的なスキルについても教育することを挙げる。少人数であっても座学だけで済ませてはならない。

演習1 受付ロールプレイ。通報者役が匿名を強く希望する設定で、どこまで情報を聞き出せば調査が成立するかを体験する。窓口担当者が最初にやりがちな失敗は、「お名前を教えていただかないと調査できません」と言ってしまうことである。

演習2 特定リスクの検証。自社の組織図と受付票の記載内容を並べ、「この情報を責任者に伝えたとき、通報者が何人まで絞り込まれるか」を計算する。3人以下に絞られるなら、伝え方を変えるか、伝えないで進める方法を探る。

演習3 20日ルールの逆算。書面通報を受けた日から、休日と担当者の出張予定を書き込んだカレンダーで、20日目がいつかを確定する。担当者が1名の組織では、不在時の代行者を決めていないと期限を落とす。

経営者向け(年1回・30分)

代表取締役だけを対象とする短時間の回を別に設ける意味は、法第21条第1項の名宛人が代表取締役自身になり得ることを、他の従業員がいない場で率直に伝えられる点にある。3,000万円の両罰規定と、1年間の推定と、拘禁刑の可能性を、自社の具体的な人事案件に当てはめて説明する。この30分が、規程の運用が形骸化するかどうかを決める。


第8部 実効性評価の方法

300人超向けの評価は指標を細分化できるが、300人以下では作業量そのものが制約になる。年1回、半日で完了する7指標を提案する。

指標測り方望ましい状態
周知度無記名アンケートで「窓口の連絡先を知っているか」を問う8割以上が肯定
利用意向同アンケートで「法令違反に気づいたら窓口に通報するか」を問う6割以上が肯定
不利用理由上記で否定した者に理由を選択させる「報復が怖い」が3割未満
期限遵守率全案件について受付通知5営業日・調査通知20日の遵守を確認100パーセント
従事者教育名簿上の全従事者について年内の教育実施を確認100パーセント
記録の完全性受付票の必須欄に空欄がないかを確認空欄ゼロ
経営者の表明年1回以上のトップメッセージの記録を確認実施済

指針の解説は、定期的な評価・点検の方法として、周知度等についてのアンケート調査(匿名アンケートも考えられる)、担当の従事者間における改善点についての意見交換、内部監査および中立・公正な外部の専門家等による確認を挙げている。従事者が1名から2名の組織では意見交換が成立しないため、外部の専門家による年1回の点検を代替手段として組み込むのが実際的である。

件数は指標にしない。件数目標を置くと、窓口が受付を渋るか、担当者が件数を作るかのどちらかが起きる。件数は結果であって目標ではない。ただし、周知度が8割を超えているのに3年連続で0件という組み合わせは、利用意向と不利用理由を掘る合図になる。


第9部 裁判例に学ぶ

小規模な組織で起きた事案の裁判例は、大企業の事案よりも自社に引き寄せて読める。以下は、消費者庁が公表する法の逐条解説において参照されているものを中心に選んだ。

医療法人毅峰会事件(大阪地決平成9年7月14日)

病院職員が大阪府の社会保険管理課に不正な保険請求を申告して行政指導を要請した行為について、病院側は「内部に問題があればまず内部において話し合いをすべきである」という業務命令に違反すると主張した。裁判所は、病院の違法行為を知った病院職員が内部告発することを業務命令で禁ずることはできないと判示した。

法制定前の決定だが、内部規程で外部通報に順序を付けることの限界を示す先例として、現在も参照価値を保つ。前掲の消費者庁Q&Aが、通報先に順序を付ける規定は法の趣旨に反すると回答する背景には、この系譜の判断がある。

学校法人古沢学園事件(広島地判平成13年3月28日)

理事長から出席簿等の書き直しを指示されたことを、上司等内部の者に相談することなく直接主務大臣に対して内容証明郵便で伝えた職員について、裁判所は、書き直しの指示および書き直された書類の提出が到底正当な行為とは評価し得ない以上、内部に相談せずに直接通報したことが格別不当な行為であったということはできないとした。

不正の関与者が組織の頂点にいる場合、内部に相談する経路が事実上存在しないという評価を裁判所が受け入れた例である。同族経営の会社にとって、これは自社の話である。

群英学園事件(東京高判平成14年4月17日)

予備校を運営する学校法人の幹部職員が、不正経理問題をマスコミを通じて外部に公表した事案で、裁判所は、控訴人の事業規模、活動地域に照らし、そのような事実の公表が経営に致命的な影響を与えることに簡単に思い至ったはずであるとして、まずは内部の検討諸機関に調査検討を求める等の手順を踏むべきであり、こうした手順を捨象していきなり外部へ公表する行為は誠実義務に違背すると判断した。

事業規模が小さいほど、外部公表が組織に与える打撃は相対的に大きい。裁判所はその点を考慮要素としている。裏を返せば、内部の検討機関が実質的に機能していれば、外部公表の相当性は否定されやすくなる。窓口と規程を持つことは、この場面での防御になる。

トナミ運輸事件(富山地判平成17年2月23日)

ヤミカルテルを報道機関に告発した従業員が、その後長期にわたり昇進・昇格上の不利益を受けた事案である。裁判所は、告発先の報道機関は是正を図るために必要な者といい得るものの、違法行為の内容が不特定多数に広がることが容易に予測されるとしつつ、当該カルテルが会社ぐるみ、さらには業界全体で行われていた状況からすると、管理職でもなく発言力も乏しかった原告が内部で努力しても会社が措置を講じた可能性はきわめて低かったと認定し、十分な内部努力をしないまま外部の報道機関に内部告発したことは無理からぬことであるとして、告発方法が不当であるとまではいえないとした。

群英学園事件と結論が分かれた理由は、内部で是正される見込みがあったかどうかである。この分岐点は現在の法第3条第1項第3号イ・ロの評価にそのまま接続する。

神社本庁事件(東京地判令和3年3月18日、東京高判令和3年9月16日)

宗教法人の総合研究部長が、不動産売買をめぐる上層部の背信行為を指摘する文書を理事に交付したことなどを理由に懲戒解雇された事案である。控訴審は、通報内容が真実であるか真実と信じるに足りる相当な理由があり、通報目的が不正の目的でなく、通報の手段方法が相当である場合には、当該行為が法人の信用を毀損し組織の秩序を乱すものであったとしても懲戒事由に該当せず、または該当しても違法性が阻却されるとし、これらを満たさず懲戒事由に該当する場合であっても、選択された懲戒処分が重すぎるときは客観的合理的な理由がなく社会通念上相当性を欠くとして無効になると判示した。懲戒解雇および懲戒降格はいずれも無効とされた。

役員でも上場企業でもない法人において、経営トップに関する通報が問題となった典型例である。判決は、疑惑が生じているにもかかわらず十分な説明が尽くされなかったことを、真実と信じるに足りる根拠の一つとして挙げている。説明を尽くさない組織は、通報者の真実相当性を自ら基礎づけることになる。

学校法人栴檀学園(東北福祉大学)事件(仙台地判平成9年7月15日)

裁判所は、告発は被告発人等の名誉を損なうおそれがある行為であるから、告発を行う者は、犯罪の嫌疑をかけるのに相当な合理的資料があることを確認すべき注意義務を負うと述べた。

通報者の側にも節度が求められることを示す判断である。研修で通報者保護だけを強調すると、根拠のない告発を助長したという反発が管理職から出る。この判断を併せて示すことで、教育のバランスがとれる。

裁判例から引き出せる設計上の含意

内部で是正される見込みがあったと評価される組織は、外部通報の相当性が否定されやすい。見込みの有無を裁判所が判断する材料は、規程の存在、窓口の実在、過去の対応実績、経営陣から独立した経路の有無である。これらはすべて、本稿第4部の規程と第6部の手順が生み出す記録である。裁判のためだけに体制を作るのではないが、体制を作った事実は結果として訴訟上の資産になる。


第10部 場面別の対応と実例

場面1 従業員28人の食品製造会社、消費期限の付け替え

パート従業員から社外窓口に匿名の通報が入った。製造ラインの責任者が、売れ残った商品のラベルを貼り替えて出荷しているという内容である。食品衛生法および食品表示法は通報対象事実の対象法律であり、要件を満たす。

このとき最初に判断すべきは、通報者が誰かではなく、健康被害の切迫性である。切迫していれば、調査を待たずに出荷停止と回収の判断を先に行う。指針が求める是正措置は調査の後だが、生命身体への危害が予想される場合の初動は、通報対応の枠組みとは別に動く。

次に、通報者の特定リスクを検証する。当該ラインに配置されているパート従業員が3名であれば、責任者への報告の仕方を変える必要がある。「通報があった」と伝えず、「定期点検の対象を拡大する」という形で在庫と表示の突合を全ラインで行い、そこから事実を拾う。

場面2 従業員65人の建設会社、下請代金の減額

一人親方として業務委託を受けている職人から、契約後に一方的に代金を減額されたという通報が入った。令和7年改正により、特定受託業務従事者は公益通報者に含まれる。法第5条は、通報を理由として業務委託に係る契約の解除、取引の数量の削減、取引の停止、報酬の減額その他不利益な取扱いをすることを禁じる。

ここで会社が「次の現場は別の人に頼む」と判断すれば、それ自体が法第5条違反となる。1年間の推定規定は解雇・懲戒に関するものであるため業務委託の打切りには直接及ばないが、時期の近接は事実上の推認材料になる。

体制上の課題は、業務委託先に窓口を周知しているかである。指針は周知の対象に特定受託業務従事者およびその契約終了後1年以内の者を含めている。契約書に窓口の連絡先を記載し、現場事務所に掲示するのが最小の対応となる。

場面3 従業員40人の介護事業所、利用者への不適切な対応

職員から、他の職員が利用者に対して手を上げているという通報が入った。前述のとおり、高齢者虐待防止法違反であることのみでは通報対象事実に当たらないが、暴行罪または傷害罪を構成する行為であれば刑法違反として通報対象事実となる。この判断を窓口が単独で行うのは難しいため、受付票の「通報対象事実該当性」欄には「要検討」と記載し、外部の専門家に確認する運用を規程で担保しておく。

なお、通報対象事実に該当しない通報であっても、指針の解説は、公益通報に該当しない事業者内部の通報等についても解説で規定する内容に準じた対応を行うよう努めることが望ましいとしている。該当性の判断に時間をかけて対応が遅れるより、同じ手順で処理してしまうほうが実務は速い。

場面4 取引先から体制整備の状況を確認された

大企業がサプライチェーン全体のコンプライアンスを求める動きが強まっている。指針の解説は「推奨」の項目で、関係会社・取引先を含めた内部公益通報対応体制を整備することや、関係会社・取引先における整備・運用状況を定期的に確認・評価したうえで、必要に応じ助言・支援をすることを挙げている。この記述に沿って、元請や親事業者が二次・三次の取引先に体制の有無を照会する実務が広がりつつある。

照会に対して提出できる資料は、規程の写し、窓口の連絡先を記した掲示物、直近の研修実施記録、評価・点検の結果である。300人以下だから努力義務であると回答するだけでは、取引継続の判断材料にならない。

場面5 自治体の入札参加資格・補助金申請

地方公共団体の側でも、令和8年5月29日最終改正の地方公共団体向けガイドラインを踏まえた体制整備が進んでいる。自治体が自らの内部通報体制を整える過程で、委託先や指定管理者に対して同種の体制を求める流れが生じることは自然な帰結である。入札参加資格審査や補助金の交付申請において、コンプライアンス体制に関する記載を求める団体は増えている。

ここでも提出できる書面があるかどうかが分かれ目になる。規程を作る作業そのものが、公共調達の場面での加点材料に転化する。


第11部 施行日までのスケジュール

2026年12月1日の施行まで、本稿の公開時点で残された時間は限られている。12工程で整理する。

工程内容所要
1常時使用する労働者数の判定と根拠の文書化1日
2自社の業種に関係する通報対象法令の洗い出し(別表および政令の確認)2日
3窓口の類型の選択(単独委託/共同委託/団体窓口/兼用内部窓口)1週間
4委託先の選定と契約交渉(様式第5号の条項の折込み)2週間から1か月
5規程案の作成と取締役会決議2週間
6就業規則の懲戒事由への追加と労働基準監督署への届出2週間
7既存の誓約書・退職合意書の守秘条項の点検(法第11条の2との抵触)1週間
8従事者の指定と確認書の取得、名簿の作成1週間
9従事者教育の実施半日
10全員向け研修と掲示物の掲出、取引先・業務委託先への周知2週間
11退職者への周知方法の決定(在職中の周知、ウェブサイトへの掲載)1週間
12施行日以降、初回の評価・点検の実施時期を決定1日

工程7を見落とす事業者が多い。退職時に署名させている合意書に「在職中に知り得た一切の事項を第三者に開示しない」という包括条項がある場合、公益通報を妨げる合意と評価される余地がある。法第11条の2第2項は、これに違反してされた合意その他の法律行為を無効とする。ひな型に「ただし、公益通報者保護法に基づく公益通報を行うことを妨げない」という但書を加えるだけで足りる。

工程4に最も時間がかかる。委託先の選定を後回しにすると、施行日に間に合わない。

なお、別表第八号の法律を定める政令は、法の施行日である2026年12月1日とは別に、2026年12月11日を施行日とする改正部分を含む。工程2で対象法令を確認する際は、この日付の差に留意する。


第12部 チェックリスト

判定と前提

1 常時使用する労働者の数を算定し、根拠を文書化したか 2 派遣労働者を派遣先として算入したか 3 自社の業種に関係する通報対象法令を一覧化したか 4 自社で起こり得る通報対象事実を3件以上具体的に挙げられるか

窓口

5 内部公益通報受付窓口を設置したか 6 窓口が部門横断的に受け付ける実質を備えているか 7 匿名の通報を受け付ける手段を確保したか 8 匿名の通報者と連絡を取る手段を確保したか 9 代表取締役または取締役に関係する事案の別ルートを定めたか 10 顧問弁護士を窓口とする場合、その旨を周知し、利益相反の処理を定めたか 11 ハラスメント窓口と兼用する場合、法令違反も対象である旨を明示したか

従事者

12 従事者を書面により指定したか 13 指定書に守秘義務と罰則の記載があるか 14 従事者から確認書の署名を得たか 15 従事者名簿を作成し、責任者が管理しているか 16 従事者に対する教育を指定時に実施したか

規程

17 指針が求める10項目を規程に反映したか 18 外部通報を妨げない旨の条項を置いたか 19 通報先に順序を付ける記載がないか 20 調査協力義務を規程に明記したか 21 不利益取扱い・範囲外共有・通報妨害・通報者探索の禁止を規程に明記したか 22 就業規則の懲戒事由に本規程違反を追加したか 23 記録の保管期間を定めたか

運用

24 受付通知の期限を定め、実際に守っているか 25 書面通報について20日以内の調査通知を行っているか 26 被通報者に対する不利益取扱い禁止の注意喚起を行っているか 27 通報後1年間の不利益取扱いの確認を予定に組み込んだか 28 是正措置が機能しているかの事後確認を予定に組み込んだか 29 記録を施錠または権限限定のうえ保管しているか

周知と評価

30 役員および従業員に周知したか 31 退職者への周知方法を定めたか 32 特定受託業務従事者およびその契約終了後1年以内の者に周知したか 33 派遣労働者に周知したか 34 年1回のトップメッセージを実施したか 35 年1回の全員研修を実施したか 36 年1回の評価・点検を実施したか 37 運用実績の概要を開示したか

契約書類

38 誓約書・退職合意書の守秘条項に公益通報の除外を加えたか 39 外部委託契約に中立性条項と情報遮断条項を置いたか 40 業務委託契約書に窓口の連絡先を記載したか


第13部 よくある誤解

Q1 努力義務なので、何もしなくても罰則はないのではないか。 体制整備義務違反それ自体に罰則はない。ただし、法第16条第2項に基づく報告の求めに応じない場合や虚偽の報告をした場合には、法第24条により20万円以下の過料の対象となる。また、通報を理由とする解雇・懲戒には規模を問わず刑事罰が科され、法人にも3,000万円以下の罰金が科される。

Q2 窓口を作ると通報が増えて、対応に追われるのではないか。 消費者庁の調査では、制度を導入している事業者の窓口の年間受付件数は0件が30.0パーセント、1件から5件が29.3パーセントを占める。数十人規模の会社で年に数件を超えることは考えにくい。むしろ0件が続く場合に、周知の不足を疑うべきである。

Q3 まず社内に相談してから外部へ、というルールを作ってはいけないのか。 作ってはならない。消費者庁のQ&Aは、通報先に順序を付けるような規定を内部規程に定めることは法の趣旨に反し、報道機関等への通報の保護要件である法第3条第1項第3号ニに該当し得るとする。

Q4 匿名の通報は調査しなくてよいのではないか。 匿名であることのみをもって調査を実施しない正当な理由には該当しない、というのが消費者庁の解釈である。

Q5 通報者が誰かを知らなければ、守秘義務違反にならないのではないか。 氏名を知らなくても、属性の組合せで排他的に特定できる情報を漏らせば守秘義務違反になり得る。「経理担当者から通報があった」と言えば、経理担当が1名の会社では氏名を言ったのと変わらない。

Q6 通報の内容が事実無根だった場合、通報者を処分してよいか。 不正の目的でなく、通報対象事実が生じていると思料して社内窓口に通報した場合、内容が結果として真実でなくても1号通報として保護される。1号通報に真実相当性は要件とされていない。ただし、金銭要求など不正の目的が認められる場合は公益通報に当たらない。

Q7 通報者が退職した後は関係がなくなるのではないか。 退職または業務委託契約の終了から1年以内の者は通報者になり得る。退職者に対する周知の方法として、指針の解説は、在職中に退職後も公益通報ができることを教育・周知することや、自社ウェブサイトに記載することを挙げている。

Q8 窓口を社長にすればよいのではないか。 可能ではあるが、社長自身が被通報者となる事案に対応できない。指針は組織の長その他幹部からの独立性の確保を求めており、指針の解説は、努力義務にとどまる中小事業者においても独立性を確保する仕組みを設ける必要性が高いと述べている。

Q9 ハラスメントの相談窓口があるので十分ではないか。 ハラスメント相談窓口が全部門から通報対象事実の通報を受け付けている場合、内部公益通報受付窓口に該当し得る。ただし、その窓口がハラスメント関連のみを対象としていると誤解されないよう周知が必要であり、従事者の指定も併せて行う必要がある。

Q10 従業員が10人しかいないが、それでも規程が要るか。 規程がないこと自体が、外部通報の保護要件を基礎づける事情として挙げられている。10人の会社でも、A4で2枚の規程と、掲示物1枚と、外部窓口の連絡先があれば、法の求める骨格は満たせる。


参考資料

  • 公益通報者保護法(平成16年法律第122号。令和7年法律第62号による改正後。2026年12月1日施行)
  • 公益通報者保護法別表第八号の法律を定める政令(2026年12月11日施行分)
  • 公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(令和3年8月20日内閣府告示第118号、令和8年3月31日一部改正内閣府告示第15号)
  • 公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説(消費者庁、令和8年3月31日一部改正、令和8年12月1日施行)
  • 公益通報ハンドブック(改正法準拠版)(消費者庁、令和8年6月30日)
  • 消費者庁「はじめての公益通報者保護法」(内部通報制度導入支援キット:内部規程例、従事者指定書、従事者用受付票、ポスター、研修動画)https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/hajimete
  • 消費者庁「内部公益通報対応体制の整備に関するQ&A」https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/faq/faq_007
  • 消費者庁「公益通報者保護法の逐条解説」(第3条ほか)https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/overview/annotations/
  • 消費者庁「民間事業者の内部通報対応──実態調査結果概要──」(令和6年4月)
  • 消費者庁「令和5年度 民間事業者等における内部通報制度の実態調査 報告書」(令和6年4月)
  • 公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(内部の職員等からの通報)(令和8年5月29日最終改正)
  • 公益通報者保護制度相談ダイヤル 03-3507-9262(平日9時30分から12時30分、13時30分から17時30分)
  • 大阪地決平成9年7月14日(医療法人毅峰会事件)、仙台地判平成9年7月15日(学校法人栴檀学園事件)、広島地判平成13年3月28日(学校法人古沢学園事件)、東京高判平成14年4月17日(群英学園事件)、富山地判平成17年2月23日(トナミ運輸事件)、東京地判令和3年3月18日・東京高判令和3年9月16日(神社本庁事件)

次回予告

応用編第3回は、地方公共団体編・職員300人超の団体を扱う。国の指針に加えて地方公共団体向けガイドライン(内部の職員等からの通報・外部の労働者等からの通報)が重畳的に適用される構造、法第20条により第15条から第16条までの適用が除外される一方で第17条・第18条は及ぶという関係、住民監査請求や外部監査との切り分け、議会や首長に関する事案の独立性確保、二号通報の受付窓口としての責務を、条例・要綱の例と受付書式を伴って示す。


内部公益通報対応体制の設計、規程の作成、従事者の指定、研修の実施、そして体制の実効性評価について、中川総合法務オフィスは組織の規模と業態に応じた支援を行っている。300人以下の事業者に対しては、外部窓口の受任、複数社共同窓口の組成、規程と書式一式の整備、年1回の研修と点検を一括して引き受ける形での対応も可能である。施行日である2026年12月1日が近づくにつれ、委託先の選定と契約に要する時間が確保しにくくなる。

◆通報窓口を受任中。希望組織はまず問い合わせを。https://compliance21.com/contact/

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