1 条文原文
第二十三条 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、次の各号に掲げる規定の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人に対して当該各号に定める罰金刑を、その人に対して各本項の罰金刑を科する。
一 第二十一条第一項 三千万円以下の罰金刑
二 第二十一条第二項 同項の罰金刑
2 前項(第一号に係る部分に限る。)の規定は、国及び地方公共団体には、適用しない。
参照条文(本条が引く第21条)
第二十一条 第三条第一項の規定に違反して解雇等特定不利益取扱いをしたときは、当該違反行為をした者は、六月以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。
2 次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、三十万円以下の罰金に処する。
一 第十五条の二第二項の規定による命令に違反したとき。
二 第十六条第一項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は同項の規定による検査を拒み、妨げ、若しくは忌避したとき。
2 新旧対照
| 改正後(令和8年12月1日施行) | 改正前(令和4年6月1日施行の現行法) |
|---|---|
| 第23条(両罰規定。第21条第1項違反につき法人3,000万円以下の罰金、第21条第2項違反につき同項の罰金) | 新設(対応規定なし) |
| 第23条第2項(国・地方公共団体を第1項第1号から除外) | 新設 |
| 第21条(解雇等特定不利益取扱いの直罰、命令違反・検査拒否の罰金) | 新設 |
| 第22条(従事者の守秘義務違反・30万円以下の罰金) | 第21条(同内容) |
| 第24条(第16条第2項の報告義務違反・20万円以下の過料) | 第22条(第15条の報告義務違反・20万円以下の過料) |
改正前の第5章は、従事者の守秘義務違反に対する罰金(旧第21条)と報告義務違反に対する過料(旧第22条)の2か条のみで構成されていた。法人を処罰する規定は置かれていない。令和7年改正は、直罰規定である第21条を新設し、その実効性を担保する装置として第23条の両罰規定を加え、あわせて旧第21条を第22条へ、旧第22条を第24条へ繰り下げた。第5章の条数は2か条から4か条へと倍増している。
3 立法の経緯
3-1 検討会での議論
消費者庁は令和6年5月から「公益通報者保護制度検討会」を開催し、同年12月27日に報告書「制度の実効性向上による国民生活の安心と安全の確保に向けて」を公表した。従来、公益通報を理由とする不利益取扱いに対する制裁は民事上の無効・損害賠償にとどまり、抑止効果が乏しいとの指摘が続いていた。報告書は、通報を理由とする解雇・懲戒を刑事罰の対象とし、行為者個人に加えて法人も処罰対象とすること、法人に対しては個人より重い罰金刑を設ける方針を示した。
刑事罰の対象となる不利益取扱いを解雇と懲戒に限定したのは、日本企業の人事慣行のもとで配置転換等については通報との因果関係の判断が困難であり、構成要件の明確性を欠くとの判断による。この限定は、第3条第2項が「解雇等特定不利益取扱い」を解雇と懲戒に絞って定義したことに反映されている。
3-2 国会審議
改正法案は令和7年3月4日に閣議決定・国会提出、同年4月24日に衆議院で修正議決、同年6月4日に参議院で可決成立し、同月11日に令和7年法律第62号として公布された。衆議院における修正は、附則の見直し規定を「施行後5年」から「施行後3年」に短縮するものであり、罰則の内容には及んでいない。3,000万円という法人の法定刑は政府原案の段階から置かれていた。
衆議院消費者問題に関する特別委員会(令和7年4月24日)および参議院消費者問題に関する特別委員会(同年6月2日)は、それぞれ附帯決議を採択した。施行期日は公布の日から1年6月を超えない範囲内で政令に委ねられ(改正法附則第1条)、令和7年政令第408号により令和8年12月1日と定められた。
3-3 国際的背景
EU公益通報者保護指令(2019/1937)第23条は、通報の妨害、報復、濫訴、守秘義務違反について実効的・比例的かつ抑止的な制裁を加盟国に義務づけ、法人に対する制裁を含めることを想定している。消費者庁が実施した海外制度調査でも、通報者への報復に刑事罰または高額の行政制裁金を科す立法例が確認されており、日本の制度が国際水準に照らして制裁面で弱いことが改正の推進力となった。
4 用語解説
両罰規定
違反行為をした自然人(行為者)を処罰するとともに、その者を使用する事業主(法人または個人)にも罰金刑を科す旨を定めた規定をいう。行為者のみを罰する「一罰規定」、事業主のみを罰する「転嫁罰規定」と対比される。行政刑法の分野で広く採用されており、食品衛生法、労働安全衛生法、廃棄物処理法、金融商品取引法、独占禁止法など、本法別表に掲げられた通報対象法律の多くにも置かれている。
法人重科
両罰規定において、法人に対する罰金額の上限を行為者に対する罰金額より高く設定する立法技術をいう。行為者の罰金額と同額とする場合(同額型)に対し、法人の資力や違反によって得られる利益の大きさに見合った制裁を実現するために用いられる。本条第1項第1号の3,000万円は、行為者に対する30万円の100倍にあたる。他法における例としては、個人情報保護法(法人1億円)、金融商品取引法(法人7億円)、不正競争防止法(法人10億円)などがある。
法人の代表者
法人を代表する権限を有する者をいう。株式会社の代表取締役、代表執行役、一般社団法人・一般財団法人の代表理事、学校法人の理事長などがこれにあたる。代表者の行為は法人の行為そのものと評価されるため、両罰規定の適用場面としては最も直截である。
代理人、使用人その他の従業者
事業主の事業に従事する者を広く指す。判例上、事業主との間に雇用関係があることを要せず、事業主の業務に従事し、その指揮監督を直接または間接に受ける者であれば足りるとされてきた。派遣労働者、出向者、業務委託先の担当者であっても、事業主の業務に事実上従事している限り含まれうる。
業務関連性
「その法人又は人の業務に関し」という要件をいう。行為者が事業主の業務の遂行として、または業務と密接に関連する行為として違反行為に及んだことを要する。行為者が純粋に私的な動機・私的な立場で行った場合には業務関連性を欠き、両罰規定は適用されない。もっとも、解雇や懲戒処分は、その性質上、事業主の人事権の行使として行われるものであるから、業務関連性が否定される場面は想定しにくい。
各本項の罰金刑
「人」すなわち個人事業主に科される罰金刑の内容を指す。本条第1項各号が掲げる「第二十一条第一項」「第二十一条第二項」の各項に定められた罰金刑を意味する。第21条第1項の法定刑は「六月以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金」であるが、事業主に対しては罰金刑のみが科されるため、個人事業主の場合は30万円以下の罰金となる。通常の両罰規定が「各本条の罰金刑」と表記するのに対し、本条が「各本項」としているのは、引用先が条ではなく第21条の各項であることによる。
行為者処罰
「行為者を罰するほか」という文言は、両罰規定の適用が行為者に対する処罰を排除しないことを確認するものである。行為者に対する第21条の適用と、法人に対する第23条の適用は併存する。
5 逐項解説
5-1 第1項――両罰規定の構成要件
(1) 違反行為者の範囲
本条第1項が想定する行為者は、次の2類型である。
第一に、法人の代表者。第二に、法人または人の代理人、使用人その他の従業者。「人」とは、法人格を有しない事業主、すなわち事業を行う個人(個人事業主)を指す。第2条第1項括弧書は「事業者」を「法人その他の団体及び事業を行う個人」と定義しており、本条もこの区分に対応している。
法人格なき社団・財団については、両罰規定の「法人」に含まれないと解するのが従来の一般的な理解であり、本条についても同様に解される。法人格なき団体が通報者を解雇した場合には、解雇の意思決定に関与した自然人が第21条第1項により処罰されるにとどまる。
(2) 業務関連性
「その法人又は人の業務に関し」との要件により、行為者の違反行為が事業主の業務の範囲内で行われたことが必要となる。第21条第1項が対象とする解雇等特定不利益取扱いは、第3条第1項の名宛人である事業者が使用する労働者に対して行われるものであり、その意思決定は人事権の行使として事業主の業務そのものである。したがって、この要件は実質的にほぼ常に充足される。
第21条第2項の命令違反・報告義務違反・検査拒否等についても同様であり、これらは事業者に対する行政上の義務の履行に関わる行為であるから、業務関連性が問題となる余地は乏しい。
(3) 対象となる違反行為と法定刑
本条第1項が両罰の対象とする違反行為は、次の2つに限られる。
第1号は第21条第1項、すなわち第3条第1項に違反して解雇等特定不利益取扱いをした場合である。法人に対する法定刑は3,000万円以下の罰金刑、個人事業主に対する法定刑は30万円以下の罰金である。
第2号は第21条第2項、すなわち第15条の2第2項の命令違反(同項第1号)および第16条第1項の報告懈怠・虚偽報告・検査拒否等(同項第2号)である。法人・個人事業主のいずれについても「同項の罰金刑」、すなわち30万円以下の罰金となる。第2号については法人重科がとられていない。
第1号と第2号の間に100倍の格差が設けられたのは、両者の保護法益の性質と侵害の重大性の差異による。第21条第1項は通報者個人の地位そのものを奪う行為を対象とし、通報制度全体に対する萎縮効果も大きい。これに対し第21条第2項は行政の監督権限の実効性確保に関わる手続的な違反であり、行政措置による是正が先行する構造にある。
(4) 適用対象事業者の規模による差異
第1号と第2号では、そもそも適用されうる事業者の範囲が異なる。
第21条第1項の前提となる第3条第1項は、労働者を使用するすべての事業者に適用される。従業員数による限定はない。したがって第23条第1項第1号による3,000万円の罰金刑は、常時使用する労働者の数が300人以下の中小事業者にも及ぶ。
これに対し第21条第2項の前提となる第15条の2第2項および第16条第1項は、いずれも「第十一条第一項(同条第三項の規定により読み替えて適用する場合を除く。)」を対象としている。第11条第3項は、常時使用する労働者の数が300人以下の事業者について従事者指定義務を努力義務に読み替える規定であるから、この読替えが適用される場合を除外するということは、命令および立入検査の対象が常時使用する労働者の数が300人を超える事業者、すなわち301人以上の事業者に限られることを意味する。
この差異は実務上見落とされやすい。中小事業者は行政措置・立入検査の対象外であっても、通報者を解雇すれば法人として3,000万円以下の罰金刑に処せられうる。体制整備義務が努力義務にとどまることと、不利益取扱いの刑事責任とは別問題である。
(5) 対象外とされた違反行為
第22条(従事者の守秘義務違反)は本条の対象に含まれていない。第22条の義務主体は「公益通報対応業務従事者又は公益通報対応業務従事者であった者」という特定の自然人であり、事業者に課された義務ではない。従事者としての地位に基づく一身専属的な守秘義務の違反について事業主に罰金刑を科すことは、義務の構造と整合しない。この点は令和2年改正時の旧第21条以来変わっていない。
第24条(第16条第2項の報告義務違反)も対象外である。同条の制裁は過料であって刑罰ではなく、刑法総則および両罰規定の適用対象とならない。第24条の過料は非訟事件手続法の定めるところにより裁判所が科する秩序罰である。
(6) 公訴時効
第21条第1項は「六月以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金」であり、長期5年未満の拘禁刑に当たる罪として公訴時効は3年である(刑事訴訟法第250条第2項第6号)。第21条第2項は罰金のみの罪であり、同じく3年となる。法人に対する第23条の罰金刑についても、同様に3年と解される。
解雇の日から3年という期間は、労働審判・民事訴訟による地位確認請求の審理期間と重なることが多い。民事の帰趨を待って刑事告訴を検討する場合、時効の進行に注意を要する。
5-2 第2項――国および地方公共団体の適用除外
(1) 規定の内容
第2項は、第1項のうち第1号に係る部分に限り、国および地方公共団体には適用しないと定める。第1号は第21条第1項違反に対する3,000万円以下の罰金刑であるから、国および地方公共団体が公益通報者を分限免職または懲戒処分にした場合であっても、国庫または地方公共団体の会計に対して罰金刑が科されることはない。
(2) 適用除外の理由
国および地方公共団体は本法上の「事業者」に含まれる。第2条第1項は事業者を「法人その他の団体及び事業を行う個人」と定義しており、地方公共団体は地方自治法第2条第1項により法人とされるから、文言上は第23条第1項の「法人」に該当しうる。国についても法人格が観念される。
しかし、国に対して罰金刑を科せば国庫から国庫へ金銭が移転するにすぎず、制裁としての意味をもたない。地方公共団体に対する罰金刑も、その負担は最終的に住民の負担に帰し、違反行為をした職員個人に対する非難とは切り離される。第2項は、こうした制裁効果の不在を踏まえた立法政策上の判断である。
(3) 第1号に限定された理由
第2号(第21条第2項違反)について適用除外が定められていないのは、第20条により第15条から第16条までの規定が国および地方公共団体に適用されないためである。命令も立入検査も国・地方公共団体に対しては行われないから、第21条第2項の違反行為が成立する余地がなく、あらためて適用除外を規定する必要がない。
(4) 職員個人の刑事責任は残る
適用除外は法人としての国・地方公共団体に対する罰金刑のみに及ぶ。分限免職または懲戒処分の意思決定をした公務員個人は、第21条第1項により6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金に処せられうる。
この構造は第9条によって支えられている。同条は、一般職の国家公務員、裁判所職員臨時措置法の適用を受ける裁判所職員、国会職員法の適用を受ける国会職員、自衛隊法第2条第5項の隊員および一般職の地方公務員について、第3条第2項および第3項の規定を適用せず、第3条第1項および第21条第1項の適用については、第3条第1項中「解雇」とあるのを「懲戒免職、分限免職」と、第21条第1項中「解雇等特定不利益取扱い」とあるのを「分限免職又は懲戒処分」と読み替える旨を定める。公務員に対しては民事上の無効・推定の規定が働かない代わりに、刑事罰の適用対象は明確に確保されている。
首長、副知事・副市長、人事担当部局の管理職、任命権者たる教育委員会や公安委員会の関係者が、公益通報を理由として職員を分限免職または懲戒処分に付した場合、当該意思決定に関与した者は刑事責任を問われうる。組織としての罰金刑がないことは、責任の軽減を意味しない。
6 隣接条文との関係
第3条(労働者に対する不利益取扱いの禁止等)
第21条第1項の前提規範である。第3条第2項は「解雇等特定不利益取扱い」を、解雇と、労働基準法第89条第9号に基づき就業規則に定めた制裁または労働契約に定めた制裁としてされた懲戒に限定して定義する。配置転換、降格、減給(懲戒としてのものを除く)、退職金の不支給、事実上の嫌がらせなどは、第3条第1項により禁止され民事上違法とされるものの、第21条第1項および第23条の対象外である。
第3条第3項は、公益通報の日から1年以内の解雇等特定不利益取扱いを公益通報を理由とするものと推定する。この推定は「前項の規定の適用については」と限定されており、民事上の無効判断に働く規律である。刑事責任の認定において検察官の立証負担を軽減するものではない。刑事手続では「疑わしきは被告人の利益に」の原則が妥当し、公益通報と解雇との因果関係は検察官が合理的な疑いを超えて立証しなければならない。民事の推定規定と刑事の立証責任は峻別して理解する必要がある。
第9条(一般職の国家公務員等に対する取扱い)
前記5-2(4)のとおり、公務員に対する読替え規定である。
第11条・第11条の2・第11条の3(体制整備義務、通報妨害の禁止、通報者探索の禁止)
第11条第1項の従事者指定義務違反は第15条の2の勧告・命令を経て第21条第2項第1号・第23条第1項第2号につながる。第11条の2(通報妨害)および第11条の3(通報者探索)には刑事罰が付されていない。通報妨害・通報者探索それ自体は罰則の対象外であるが、これらの行為の延長線上で解雇・懲戒に至れば、第21条第1項・第23条第1項第1号の適用場面となる。
第15条の2・第16条(勧告及び命令等、報告及び検査)
第21条第2項の前提規範である。第15条の2は勧告(第1項)、命令(第2項)、命令の公表(第3項)という段階的構造をとり、命令違反にはじめて刑事罰が及ぶ。第16条第1項の立入検査は、第4項により犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならないと定められており、行政調査と犯罪捜査の区別が明示されている。立入検査で得られた資料を第21条第1項の刑事責任追及に直接転用することの可否は、行政調査資料の刑事利用に関する一般論に従って判断される。
第20条(適用除外)
第15条から第16条までの規定を国および地方公共団体に適用しない旨を定める。本条第2項が第1号のみを適用除外とした理由を説明する条文である。
第21条・第22条・第24条
前記のとおり。第22条と第24条は本条の対象外である。
7 判例・裁判例
7-1 両罰規定の法的性質――最高裁の過失推定説
両罰規定によって事業主が処罰されることは、責任主義(責任なければ刑罰なし)に反しないか。この問いに対する最高裁の回答が、次の2つの判決である。
最大判昭和32年11月27日刑集11巻12号3113頁
事業主が自然人である場合の両罰規定について、最高裁大法廷は、当該規定を、事業主が行為者らの選任、監督その他違反行為を防止するために必要な注意を尽くさなかった過失の存在を推定した規定と解し、事業主において注意を尽くしたことの証明がなされない限り刑責を免れないとした。そのうえで、両罰規定が故意過失のない事業主に他人の行為について刑責を負わせるものであるとの前提に立って憲法第39条違反を主張する上告趣意は、前提を欠くとして排斥した。
最判昭和40年3月26日刑集19巻2号83頁
外国為替及び外国貿易管理法の両罰規定に関する事案である。最高裁第二小法廷は、昭和32年大法廷判決の示した法意が、事業主が法人(株式会社)であり行為者がその代表者でない従業者である場合にも当然に及ぶとし、罪刑法定主義違反の主張を退けた。法人処罰について過失推定説を採ることを明示した先例として位置づけられる。
実務上の含意
この判例法理を第23条にあてはめると、次の帰結が導かれる。
行為者たる人事担当役員や管理職が第21条第1項の罪を犯した場合、法人には選任監督上の過失が推定される。法人が処罰を免れるためには、行為者の選任および監督について必要な注意を尽くしたことを立証しなければならない。立証責任は事実上、法人の側に転換される。
そして、その立証の中核をなす資料が、第11条第2項に基づく体制整備の実態である。不利益取扱いの防止に関する措置、通報者を特定させる事項の共有範囲の管理、通報を受けた後の人事措置に対する牽制、管理職に対する教育の記録――これらが実質を伴って運用されていたかどうかが、そのまま法人の過失の有無の判断材料となる。形式的に規程を備えるだけで運用実態を欠く場合、注意義務を尽くしたとの立証は困難である。
体制整備義務が努力義務にとどまる300人以下の事業者においても、この立証の必要は変わらない。努力義務であることは、体制を整えなくても法人が刑事責任を免れることを意味しない。
7-2 公益通報を理由とする不利益取扱いに関する裁判例
第21条第1項・第23条第1項第1号は施行後の行為に適用されるため、直接の適用例は存在しない。もっとも、改正前の民事裁判例が示した事実類型は、施行後には刑事事件として立件されうる類型である。
トナミ運輸事件(富山地判平成17年2月23日労判891号12頁)
運送会社の従業員が、業界のヤミカルテルを報道機関等に告発した後、約28年間にわたり教育研修所への配属、昇格停止、賃金の据置きといった処遇を受けた事案である。裁判所は、会社が人事権を濫用したものと認め、慰謝料および賃金差額相当額の支払いを命じた。本件の不利益取扱いは配転・昇格差別であって解雇・懲戒ではないため、仮に施行後の事案であっても第21条第1項の直罰の対象とはならない。刑事罰の対象が解雇と懲戒に限定されたことの射程を理解するうえで示唆に富む事例である。
大阪いずみ市民生活協同組合事件(大阪地堺支判平成15年6月18日労判855号22頁)
生協の理事長による背任的行為を内部告発した職員らが、報復的な配転・降格等を受けた事案である。裁判所は、告発が真実性・相当性を備え、目的も正当であったとして、これに対する不利益取扱いを違法と判断し、損害賠償を命じた。組織のトップが関与する不正に関する通報において、通報者の保護がとりわけ脆弱になることを示す先例である。
オリンパス事件(東京高判平成23年8月31日労判1035号42頁)
取引先からの引き抜き行為に関して社内のコンプライアンス窓口に通報した従業員が、直後に配置転換を命じられた事案である。東京高裁は、配転命令が通報に対する報復としての動機に基づくものと認定し、人事権の濫用として無効とした。会社側の上告受理申立ては受理されず確定した。内部通報窓口への通報そのものが不利益取扱いの端緒となった事例として、窓口運営と人事権行使の遮断の必要性を示す。
神社本庁事件(東京高判令和3年9月16日)
宗教法人の総合研究部長が、法人代表者らの背任行為を指摘する文書を理事らに交付したことなどを理由に懲戒解雇された事案である。東京高裁は、当該行為が刑法上の背任に該当する事実の通報であって公益通報者保護法第2条第3項第1号・別表第1号の通報対象事実にあたるとし、同法の保護規定の適用およびその趣旨を考慮すべきものとした。そのうえで、通報内容の真実性ないし真実相当性、目的の正当性、手段方法の相当性を検討し、懲戒事由該当性が否定されるか違法性が阻却されるとして、懲戒解雇を無効と判断した。原審は東京地判令和3年3月18日である。
本件は、通報を理由とする懲戒解雇という、第21条第1項の構成要件に正面から該当する行為類型である。同種の事案が令和8年12月1日以降に生じた場合、懲戒解雇を決定した理事者個人は6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、法人は3,000万円以下の罰金という刑事責任を負いうる。
8 消費者庁の統計・調査
8-1 行政措置の実績
消費者庁が令和8年4月15日に公表した資料によれば、公益通報者保護法第15条に基づく是正指導(助言、指導及び勧告)の件数は、令和5年度24件、令和6年度6件、令和7年度17件である。年間数件から20件台という水準で推移しており、令和7年改正による命令権限および立入検査権限の新設は、この行政措置の積み重ねを法的強度の高い手段へと接続するものである。
第23条第1項第2号の両罰規定が発動するのは、この行政措置の連鎖の最終段階、すなわち勧告に従わず命令にも違反した場合、または立入検査を拒否した場合に限られる。件数の少なさから制裁が遠いものと受け止めるのは適切でない。命令に至る前の助言・指導の段階で真摯に対応することが、刑事責任を回避する現実的な道筋である。
8-2 就労者の意識
消費者庁「内部通報に関する意識調査(就労者1万人アンケート)」(令和6年2月公表、令和5年11月実施、有効回答10,000人)は、次の実態を示している。
勤務先で通報を理由とする解雇等の不利益取扱いが禁止されていることを知っている者の割合は、従業員数301人以上1,000人以下の事業者で39.5パーセント、5,001人以上の事業者で53.5パーセントにとどまる。体制整備義務を負う規模の事業者においてすら、通報者保護の基本ルールが従業員に浸透していない。
相談・通報の経験がある者のうち、69.5パーセントが「良かった」と回答した一方、17.2パーセントが「後悔している」、13.2パーセントが「良かったことも後悔したこともある」と回答した。後悔の理由は「調査や是正が行われなかった」が最多であり、「不利益な取扱いを受けた」がこれに次ぐ。
内部通報制度の理解度が高い層ほど、法令違反を目撃した際に勤務先へ通報する意向が高く、インターネット・SNSを選ぶ割合が低いという相関も示されている。第11条第2項が令和7年改正で明示した労働者等に対する周知義務は、この相関を踏まえた措置であり、周知の徹底は外部流出リスクの低減にも資する。
8-3 不正発見の端緒
消費者庁「令和5年度民間事業者等における内部通報制度の実態調査」によれば、内部通報制度を導入済みの回答事業者2,442者のうち、不正発見の端緒として「内部通報」を選択した割合は76.8パーセントであり、「内部監査」を上回って最多であった。平成28年度調査における同項目の割合は59パーセントであり、内部通報の役割は拡大している。
通報者に対する報復は、この最も有効な不正発見経路を自ら封鎖する行為にほかならない。3,000万円という罰金額は、その行為が企業価値に与える損失の大きさを法定刑として表現したものと理解される。
9 企業実務への影響
9-1 解雇・懲戒の意思決定手続の再設計
第23条の下では、通報者に対する解雇・懲戒は、法人に3,000万円以下の罰金刑という帰結をもたらしうる。決裁手続の設計にあたり、次の点を組み込む必要がある。
解雇または懲戒処分の起案時に、当該対象者が過去に内部公益通報を行った者に該当するか否かを確認する仕組みを設ける。ただし、この確認が通報者探索(第11条の3)に転化しないよう、確認の主体・方法・記録を限定しなければならない。人事部門が通報者名簿を保有する運用は、範囲外共有および通報者探索の双方の観点から避けるべきであり、従事者側で「当該処分について通報との関連性の疑義があるか」のみを回答する設計が現実的である。
第3条第3項の1年推定は民事上の規律であるが、実務上は刑事リスクの警戒線としても機能する。通報の日または事業者が外部通報を知った日から1年以内に解雇・懲戒を行う場合、通報とは無関係の懲戒事由の存在、処分量定の相当性、他の同種事案との均衡について、同時代的に記録を残しておく必要がある。処分後に事後的に整えた資料は、刑事手続において信用性を疑われる。
9-2 過失推定への備え
7-1で述べたとおり、法人は選任監督上の過失を推定される。この推定を覆すための資料は、平時に蓄積するほかない。
内部公益通報対応規程における不利益取扱い禁止条項と、違反者に対する懲戒条項の整備。管理職に対する教育の実施記録と受講状況。通報受領後に通報者の人事情報に変動が生じた場合の把握手続と、その実施記録。被通報者に対する注意喚起の実施記録。これらを、監査可能な形で保存する。
第11条第2項の周知義務の履行状況も、過失の有無の判断に直結する。周知の対象には労働者のほか、令和7年改正により特定受託業務従事者(フリーランス)が加わっている。周知の媒体、実施日、到達範囲を記録する。
9-3 役員の責任
会社法上、取締役は法令遵守義務を負い、会社を名宛人とする法令上の規定を遵守する義務を含む(最二小判平成12年7月7日民集54巻6号1767頁参照)。法人が第23条により罰金刑に処せられた場合、当該罰金相当額および関連する損害について、取締役に対する会社法第423条第1項の任務懈怠責任、株主代表訴訟のリスクが生ずる。
代表者自身が解雇・懲戒の意思決定に関与していた場合、第23条第1項は「法人の代表者」の行為を明示的に取り込んでいるため、代表者個人が第21条第1項により、法人が第23条により、それぞれ処罰されることになる。
9-4 企業買収における調査項目
企業買収・組織再編の場面において、対象会社における内部通報の受理状況、通報者に対するその後の人事措置、係属中の労働紛争のうち通報を契機とするものの有無は、施行後は刑事リスクを含む調査項目となる。従来は民事上の無効・損害賠償のリスク評価にとどまっていた項目が、罰金刑および報道による信用毀損のリスクを伴う項目へと質を変える。
9-5 グループ会社・取引先窓口
親会社が子会社従業員からの通報を受け付ける共通窓口を運営している場合、通報を受けた親会社が子会社に情報を伝達し、子会社が通報者を解雇したという経路が想定される。この場合、解雇の主体は子会社であるから、第21条第1項・第23条の適用対象は子会社およびその意思決定者である。親会社は直接の名宛人とならないが、範囲外共有を招いた責任、グループ管理上の責任を問われうる。指針の解説は、関係会社・取引先からの通報を受け付けている場合について、通報に係る秘密保持に配慮しつつ、当該関係会社・取引先において公益通報者が不利益な取扱いを受けないよう必要な措置を講ずること、是正措置等が十分に機能しているかを確認することを、推奨される取組として挙げている。
10 地方公共団体における適用
10-1 組織としての罰金刑はない
第23条第2項により、地方公共団体が公益通報者を分限免職または懲戒処分にしても、団体に対して3,000万円の罰金刑が科されることはない。第20条により、そもそも第15条から第16条までの行政措置の対象でもない。
10-2 職員個人の刑事責任は民間と同一
第9条の読替えにより、一般職の地方公務員に対する分限免職または懲戒処分が公益通報を理由とするものであった場合、当該処分の意思決定をした者は第21条第1項により6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金に処せられうる。任命権者たる首長、教育委員会、公安委員会の構成員、人事担当部局の職員のうち、意思決定に実質的に関与した者が処罰対象となる。
組織に対する罰金刑がないことは、地方公共団体の責任が軽いことを意味しない。むしろ、罰金刑という組織的な負担による分散がない分、個人の刑事責任が前面に現れる構造である。
10-3 兵庫県の事案が示す論点
令和6年3月、兵庫県の西播磨県民局長であった職員が、知事のパワーハラスメント疑惑等を記載した文書を作成し関係者に送付した。同年4月には県の公益通報窓口にも通報したが、県は公益通報者保護法の対象外と判断し、内部調査を経て同年5月に停職3か月の懲戒処分を行った。当該職員は同年7月に死亡した。
県が設置した第三者調査委員会は、令和7年3月19日に報告書を提出した。報告書は、当該文書の配布が同法上の外部公益通報に該当すると判断し、疑惑の当事者である知事らが調査を指示し処分の決定に関与したことを不当と指摘した。県が当該職員の公用パソコンを回収したことを違法な通報者探索行為の一環と位置づけ、文書の作成・配布を理由とする懲戒処分は効力を有しないと結論づけた。
この事案を令和8年12月1日以降の法状況に置き換えると、次の評価が可能となる。
第一に、外部公益通報を理由とする懲戒処分は第3条第1項に違反し、第21条第1項の直罰の対象となる。処分の決定に関与した者は、拘禁刑を含む刑事責任を負いうる。
第二に、県という組織に対しては第23条第2項により罰金刑が科されない。責任は個人に集中する。
第三に、公用パソコンの回収による通報者特定は、第11条の3の通報者探索の禁止に抵触する。同条には罰則がないが、探索の結果として通報者を特定し懲戒処分に至った経緯は、第21条第1項の故意の認定において決定的な事情となる。
第四に、疑惑の当事者が調査と処分の決定に関与した点は、指針が定める利益相反の排除に関する措置の欠落である。
なお、県は令和8年に公益通報に関する新たな要綱を策定している。改正法の施行を控えた自治体の対応として、要綱の整備にとどまらず、通報の受理から調査、処分に至る各段階における利益相反の遮断が実質的に機能するかが問われる。
10-4 自治体が整えるべき事項
任命権者が複数存在する自治体特有の構造に対応する必要がある。知事部局、教育委員会、警察、消防、企業局、議会事務局それぞれについて、通報窓口と人事権者の関係を整理し、被通報者が処分の決定に関与しない仕組みを制度として固定する。
首長自身が被通報者となる場合の受皿として、外部窓口または監査委員・第三者機関による処理経路をあらかじめ定めておく。この経路が要綱上に存在しなければ、事案発生後に設けても中立性への疑念を払拭できない。
消費者庁「地方公共団体向け公益通報者保護法に基づく体制整備等に関するガイドライン」(令和8年5月29日最終改正)は、内部の職員等からの通報に関する体制と、外部の労働者等からの通報に関する体制の双方について指針を示している。第11条第1項・第2項は国および地方公共団体にも適用されるため、常時使用する労働者の数が300人を超える自治体には従事者指定義務および体制整備義務が課される。行政措置の対象外であることと、義務の存在とは別である。
11 指針および指針の解説との関係
11-1 指針本文
「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(内閣府告示第118号。令和8年3月31日一部改正、令和8年12月1日適用)は、公益通報者を保護する体制の整備として、次の措置を求めている。
事業者の労働者及び役員等が不利益な取扱いを行うことを防ぐための措置をとるとともに、公益通報者が不利益な取扱いを受けていないかを把握する措置をとり、不利益な取扱いを把握した場合には、適切な救済・回復の措置をとること。不利益な取扱いが行われた場合に、当該行為を行った労働者及び役員等に対して、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して、懲戒処分その他適切な措置をとること。
11-2 指針の解説
「公益通報者保護法に基づく指針等に関する解説」(令和8年3月31日最終改正、令和8年12月1日適用)は、各項目を、指針本文、指針の趣旨、指針を遵守するための考え方や具体例、その他に推奨される考え方や具体例という区分に分けて記述している。第23条に関連する部分の内容は次のとおりである。
指針の趣旨として、通報対象事実を知ったとしても不利益な取扱いを受ける懸念があれば公益通報を躊躇することが想定されるため、不利益な取扱いを禁止するだけでなくあらかじめ防止するための措置が必要であり、実際に発生した場合には救済・回復の措置と行為者に対する厳正な対処をとることを明確にすることによって、公益通報を行うことで不利益な取扱いを受けることがないという認識を持たせることが必要であるとする。
指針を遵守するための考え方や具体例としては、不利益な取扱いを防ぐための措置として、労働者等及び役員に対する周知・啓発、内部公益通報受付窓口において不利益な取扱いに関する相談を受け付けること、被通報者が公益通報者の存在を知り得る場合には被通報者に対して注意喚起をする等の措置を講ずることが挙げられている。また、不利益な取扱いを受けていないかを把握する措置として、公益通報者に対して能動的に確認すること、不利益な取扱いを受けた際には内部公益通報受付窓口等の担当部署に連絡するようその旨と当該部署名を公益通報者にあらかじめ伝えておくことが示されている。
その他に推奨される考え方や具体例としては、関係会社・取引先からの通報を受け付けている場合における当該関係会社・取引先への保護要請、公益通報者を特定させる事項を不当な目的に利用した者に対する懲戒処分その他適切な措置が挙げられている。
11-3 令和7年改正に伴う指針の改正
消費者庁が公表した改正内容の概要によれば、令和7年改正に対応して、事業者が周知すべき公益通報対応体制の具体的事項として、受付窓口、調査時等の利益相反の排除の措置、不利益な取扱いの防止措置、通報妨害・通報者探索の防止措置、調査への協力等が明確化された。また、防止措置として通報妨害行為を防ぐための措置および通報者探索を防ぐための措置が追加され、不利益な取扱いの対象について、地位の得喪に関すること、人事上の取扱いに関すること、経済待遇上の取扱いに関すること、精神上生活上の取扱いに関することという例示による明確化が行われた。
11-4 指針違反と刑事責任の接続
指針違反それ自体は、第15条の助言・指導、第15条の2の勧告・命令、第16条の報告・検査の対象であって、直ちに刑事罰に結びつくものではない。ただし、二つの経路で刑事責任と接続する。
第一の経路は、従事者指定義務違反に対する命令に従わなかった場合であり、第21条第2項第1号・第23条第1項第2号に至る。
第二の経路は、7-1で述べた過失推定の場面である。指針が求める防止措置を講じていなかった事実は、法人が選任監督上の注意を尽くしたとの立証を困難にし、第23条第1項第1号による処罰の可能性を高める。指針は行政上の義務の内容を示すにとどまるが、その履行状況は刑事責任の帰趨に実質的な影響を及ぼす。
12 附則・経過措置
12-1 施行期日
改正法附則第1条は、公布の日から起算して1年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行すると定め、令和7年政令第408号により令和8年12月1日が施行日とされた。ただし、政令への委任を定める附則第8条は公布の日から施行されている。
12-2 経過措置の原則
改正法附則第2条は、新法の規定のうち罰則を除くものについて、附則に特別の定めがある場合を除き、施行前にされた旧法第2条第1項に規定する公益通報にも適用すると定める。罰則については、この遡及的適用の対象から明示的に除外されている。
12-3 不利益取扱いに関する経過措置
附則第3条第1項は、新法第3条第1項および第2項の規定を、施行後にされた解雇その他不利益な取扱いについて適用し、施行前にされたものについてはなお従前の例によると定める。
第21条第1項の構成要件は第3条第1項違反であるから、この経過措置により、刑事罰の対象となるのは令和8年12月1日以後にされた解雇等特定不利益取扱いに限られる。通報自体が施行前に行われていても、解雇・懲戒が施行日以後であれば処罰対象となる。逆に、施行日前日までに行われた解雇・懲戒は、通報が施行後であっても第21条・第23条の対象とならない。
12-4 罰則に関する経過措置
附則第7条は、施行前にした行為および附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によることとされる場合における施行後にした行為に対する罰則の適用について、なお従前の例によると定める。憲法第39条の遡及処罰の禁止を確認する規定である。
附則第6条第1項は、施行前に旧法第15条の規定により報告を求められ、施行の際に現に報告がされていないものについて従前の例によるとするものであり、この報告に係る違反行為には旧法第22条の過料が適用され、新法第21条第2項・第23条第1項第2号は適用されない。
12-5 施行前の準備行為
施行日を待たずに着手すべき事項がある。施行日以後に生じた通報について、施行日以後に解雇・懲戒を行えば直ちに刑事罰の対象となるため、意思決定手続の改訂、規程の整備、管理職教育は施行日前に完了している必要がある。附則の構造は、施行日をもって突然に刑事責任の局面が開始することを意味しており、移行期間は置かれていない。
12-6 施行後の見直し
改正法附則第9条は、施行後3年を目途として、新法の施行の状況を勘案し、その規定について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものと定める。政府原案の5年から衆議院修正により3年に短縮された。刑事罰の対象を解雇・懲戒に限定したことの当否、法人重科の水準、行政措置と刑事罰の役割分担は、この見直しの主要な検討事項となる。
13 実務チェックリスト
13-1 民間事業者向け
規程・体制
- 内部公益通報対応規程に、不利益取扱いの禁止と違反者に対する懲戒の定めを置いているか
- 解雇・懲戒の決裁手続に、公益通報との関連性を確認する工程を組み込んでいるか
- 当該確認が通報者探索に転化しない手続設計となっているか
- 従事者と人事部門の情報遮断が制度として担保されているか
- 被通報者が調査および処分の決定に関与しない仕組みがあるか
記録
- 通報の受理から終結までの経過を記録し、保存期間を定めているか
- 通報者に対する不利益取扱いの有無を能動的に確認した記録があるか
- 管理職教育の実施日、対象者、内容の記録があるか
- 被通報者に対する注意喚起の実施記録があるか
- 解雇・懲戒の量定判断について、他の同種事案との均衡を検討した記録があるか
周知
- 労働者、派遣労働者、特定受託業務従事者に対し、公益通報対応体制を周知しているか
- 周知内容に、受付窓口、利益相反の排除の措置、不利益な取扱いの防止措置、通報妨害・通報者探索の防止措置、調査への協力が含まれているか
- 周知の到達状況を確認する手段があるか
役員層
- 取締役会または経営会議において、第21条・第23条の内容を共有しているか
- 代表者自身が違反行為者となりうる構造を理解しているか
- 通報を契機とする人事措置について、代表者による独断を排除する牽制が働いているか
規模
- 常時使用する労働者の数が300人以下であっても、第3条第1項・第21条第1項・第23条第1項第1号が適用されることを認識しているか
13-2 地方公共団体・公的機関向け
制度設計
- 任命権者ごとに通報窓口と人事権者の関係を整理しているか
- 首長が被通報者となる場合の処理経路を要綱等に定めているか
- 被通報者が調査の指示および処分の決定に関与しない仕組みが要綱上明記されているか
- 外部窓口または第三者機関を活用する経路を確保しているか
法令の理解
- 第9条の読替えにより、分限免職・懲戒処分が第21条第1項の対象となることを人事担当部局が理解しているか
- 第23条第2項により団体に罰金刑が科されない一方、職員個人の刑事責任は民間と同一であることを共有しているか
- 第20条により行政措置の対象外であることと、第11条第1項・第2項の義務を負うこととを区別しているか
運用
- 公用端末の回収・調査が通報者探索に該当しないよう、手続と要件を定めているか
- 通報を「誹謗中傷文書」と評価する場合の判断主体と手続が、被通報者から独立しているか
- 通報から1年以内に分限免職・懲戒処分を行う場合の慎重な検討手続があるか
- 職員および会計年度任用職員に対する周知を実施し、記録しているか
- 地方公共団体向けガイドライン(令和8年5月29日最終改正)との適合状況を点検しているか
14 次回予告
次回は第24条(過料)を扱う。第16条第2項の報告義務違反に対する20万円以下の過料について、旧第22条からの改正内容、刑罰である罰金との違い、非訟事件手続法に基づく裁判手続、常時使用する労働者の数が300人以下の事業者に対する適用関係、国および地方公共団体との関係を検討する。あわせて第5章罰則全体の体系整理を行う。
参考資料
- 公益通報者保護法(平成16年法律第122号。令和7年法律第62号による改正後)
- 公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)およびその附則
- 公益通報者保護法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令(令和7年政令第408号)
- 消費者庁「公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)の概要」
- 消費者庁「公益通報ハンドブック(改正法準拠版)」(令和8年6月30日)
- 内閣府告示第118号(令和8年3月31日一部改正)
- 消費者庁「公益通報者保護法に基づく指針等に関する解説」(令和8年3月31日最終改正)
- 消費者庁「地方公共団体向け公益通報者保護法に基づく体制整備等に関するガイドライン」(令和8年5月29日最終改正)
- 消費者庁「公益通報者保護制度検討会報告書」(令和6年12月27日)
- 消費者庁「公益通報者保護法に基づく是正指導の件数について」(令和8年4月15日)
- 消費者庁「内部通報に関する意識調査(就労者1万人アンケート)」(令和6年2月)
- 消費者庁「令和5年度民間事業者等における内部通報制度の実態調査報告書」(令和6年4月)
- 衆議院「公益通報者保護法の一部を改正する法律」法律案・条文
- 最大判昭和32年11月27日刑集11巻12号3113頁
- 最判昭和40年3月26日刑集19巻2号83頁
- 最二小判平成12年7月7日民集54巻6号1767頁
- 富山地判平成17年2月23日労判891号12頁(トナミ運輸事件)
- 大阪地堺支判平成15年6月18日労判855号22頁(大阪いずみ市民生活協同組合事件)
- 東京高判平成23年8月31日労判1035号42頁(オリンパス事件)
- 東京高判令和3年9月16日(神社本庁事件、原審・東京地判令和3年3月18日)
- 兵庫県第三者調査委員会報告書(令和7年3月19日)
◆通報窓口を受任中。希望組織はまず問い合わせを。https://compliance21.com/contact/


