一 条文原文

令和8年12月1日施行の公益通報者保護法(平成16年法律第122号。令和7年法律第62号による改正後のもの)第五章「罰則」の冒頭に置かれる規定である。

第二十一条 第三条第一項の規定に違反して解雇等特定不利益取扱いをしたときは、当該違反行為をした者は、六月以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。

2 次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、三十万円以下の罰金に処する。

一 第十五条の二第二項の規定による命令に違反したとき。

二 第十六条第一項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は同項の規定による検査を拒み、妨げ、若しくは忌避したとき。

本条には見出し(括弧書きの条名)が付されていない。第五章「罰則」の章名がその機能を果たしている。

二 新旧対照

令和7年改正における第五章の変動は、条文の繰下げと新設が同時に生じているため、番号の追跡に注意を要する。

改正後(令和8年12月1日施行)改正前(令和4年6月1日施行)変動の性質
第21条第1項(解雇等特定不利益取扱いの直罰。6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金)対応規定なし新設
第21条第2項第1号(第15条の2第2項の命令違反。30万円以下の罰金)対応規定なし新設(命令権限自体が新設)
第21条第2項第2号(第16条第1項の報告懈怠・虚偽報告・検査拒否等。30万円以下の罰金)対応規定なし新設(立入検査権限が新設)
第22条(従事者の守秘義務違反。30万円以下の罰金)第21条繰下げのみ。内容の変更なし
第23条第1項(両罰規定。第21条第1項につき法人3000万円以下の罰金、第21条第2項につき同項の罰金刑)対応規定なし新設
第23条第2項(国及び地方公共団体への法人処罰の不適用)対応規定なし新設
第24条(第16条第2項の報告懈怠・虚偽報告。20万円以下の過料)第22条(第15条の報告に係る過料)繰下げ及び引用条文の修正

改正前の第五章は、従事者の守秘義務違反に対する罰金(旧第21条)と報告懈怠等に対する過料(旧第22条)の二か条のみであった。改正後は四か条となり、章の分量が倍増している。目次上も「第五章 罰則(第二十一条―第二十四条)」と改められた。

条文の引用関係にも変更が及んでいる。旧第22条が引用していた「第十五条の規定による報告」は、報告徴収権限が第16条へ移動したことに伴い、新第24条では「第十六条第二項の規定による報告」と改められた。第16条第1項の報告と第2項の報告とで制裁の種類が分かれる構造になったため、どちらの報告徴収に基づく求めであるかを行政側が文書上明示する必要が生じる。

三 立法の経緯と趣旨

1 改正に至る問題意識

令和2年改正法附則第5条は、施行後3年を目途として、不利益な取扱いの是正に関する措置の在り方及び裁判手続における請求の取扱いについて検討を加えるものと定めていた。この検討条項に基づき消費者庁に設置された検討会の議論を経て、令和7年3月4日に改正法案が国会に提出され、同年4月24日の衆議院修正議決、同年6月4日の参議院可決を経て成立し、同月11日に令和7年法律第62号として公布された。施行日は令和7年政令第408号により令和8年12月1日と定められた。

消費者庁が改正法の概要として示す四つの柱のうち、第四の柱が「公益通報を理由とする不利益な取扱いの抑止・救済の強化」である。同庁の資料は、この柱の具体的措置として、通報後1年以内の解雇又は懲戒に係る立証責任の転換(第3条第3項)、解雇又は懲戒をした者に対する直罰の新設と法人に対する法定刑の重科(第21条、第23条)、一般職の国家公務員等に対する分限免職又は懲戒処分をした者に対する直罰(第9条、第21条、第23条)を挙げている。

2 なぜ民事的救済だけでは足りないと判断されたか

改正前の法体系は、公益通報を理由とする解雇を無効とし(旧第3条)、損害賠償請求を制限し(第7条)、行政措置により体制整備を促すという構成であった。この構成の下では、不利益な取扱いを受けた通報者は、自ら訴訟を提起して地位確認や損害賠償を求めるほかなく、時間的・経済的負担を通報者側が負う。

消費者庁が令和6年2月29日に公表した就労者1万人アンケート調査は、この構造が通報意欲に及ぼす影響を数値で示している。勤務先で重大な法令違反を知った場合に「たぶん相談・通報しない」と回答した者は3018人に上り、その約5割はルールが変更されても通報しないと答えた。他方で、通報意欲が変わり得る条件として「不利益な取扱いをした勤務先に罰則が科されるようになった場合」を挙げた者が2割強存在した。また、勤務先で通報を理由とする解雇等の不利益取扱いが禁止されていることを知っている者は36.6パーセントにとどまった。

制度の存在自体が知られておらず、かつ既存の制裁が抑止力として認識されていないという実態が、刑事罰導入の立法事実を構成した。行政措置は事業者の体制整備義務に向けられるものであって、個別の通報者に対する報復行為そのものを直接に制裁する手段ではない。個別行為に対する抑止を働かせるには、行為者本人に刑事責任が及ぶ構造が必要と判断された。

3 「直罰」という選択

第21条第1項は、行政庁の是正命令等を経ることなく、第3条第1項違反の行為そのものに刑罰を結び付ける。これを直罰方式という。これに対し同条第2項第1号は、勧告、命令という二段階の行政過程を前置し、命令違反に初めて刑罰を結び付ける間接罰方式である。同一条文の中に二つの方式が併存している点が、本条の構造上の特徴である。

直罰方式が採られた背景には、労働基準法第104条第2項が労働基準監督機関への申告を理由とする不利益取扱いを禁止し、その違反に同法第119条第1号が6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金を科す先例がある。第21条第1項の法定刑はこれと一致しており、労働法制における申告者保護の水準に公益通報者保護法を接続させたものと読める。

四 用語解説

直罰

行政庁による命令や指示を経ずに、法令上の禁止規定に違反する行為に対して直接に刑罰を科す方式をいう。命令違反に罰則を結び付ける間接罰と対置される。直罰は抑止力が高い反面、構成要件の明確性がより強く要求される。

解雇等特定不利益取扱い

第3条第2項が定義する概念である。同項は、第3条第1項に違反して第2条第1項第1号に定める事業者が行った解雇その他不利益な取扱いのうち、解雇以外のものについては「懲戒(労働基準法第八十九条(第九号に係る部分に限る。)の規定に基づき事業者が就業規則に定めた制裁又は事業者と労働者との間の労働契約に定めた制裁をいう。)としてされたものに限る」として括り出し、これを「解雇等特定不利益取扱い」と呼ぶ。すなわち、解雇と懲戒の二類型に限定された概念である。

労働基準法第89条第9号は、就業規則の相対的必要記載事項として「表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項」を掲げる。同号に基づき就業規則に定められた制裁、又は労働契約に定められた制裁が「懲戒」に当たる。消費者庁の公益通報ハンドブックは、懲戒として行われるものであれば戒告やけん責等を含め懲戒処分の種類を問わないとしている。

拘禁刑

刑法等の一部を改正する法律(令和4年法律第67号)により、懲役と禁錮を一本化して創設された自由刑である。令和7年6月1日に施行された。改正公益通報者保護法が公布された令和7年6月11日はこの施行後であるため、第21条第1項は当初から拘禁刑として立法されている。

両罰規定

行為者を処罰するほか、その者が属する法人又は人に対しても罰金刑を科す規定をいう。本法では第23条第1項がこれに当たる。法人に科される罰金額が行為者のそれを上回る場合を法人重科という。第21条第1項の行為につき法人に3000万円以下の罰金を科す第23条第1項第1号は、行為者の罰金上限30万円の100倍に当たる法人重科である。

過料と罰金

罰金は刑法第9条が定める主刑であり、刑事訴訟手続によって科され、前科として記録される。過料は行政上の秩序罰であって刑罰ではなく、非訟事件手続法に基づき裁判所が科す。第24条が第16条第2項の報告懈怠等に20万円以下の過料を定めるのに対し、第21条第2項第2号が第16条第1項の報告懈怠等に30万円以下の罰金を定めるのは、義務の重みに応じた制裁の質的区別である。

公訴時効

刑事訴訟法第250条第2項第6号により、長期5年未満の拘禁刑又は罰金に当たる罪の公訴時効は3年である。第21条第1項の罪(長期6月の拘禁刑)も、同条第2項の罪(罰金のみ)も、いずれも3年となる。解雇又は懲戒の効力発生時が起算点となると解される。

五 第1項の解説

1 構成要件

第1項の構成要件は、①第3条第1項の規定に違反して、②解雇等特定不利益取扱いをしたこと、の二要素に分解される。

①の要件は、第3条第1項が定める禁止の全体を取り込む。すなわち、対象者が第2条第1項第1号に定める事業者に使用され又は使用されていた公益通報者であること、当該公益通報者が第3条第1項各号に定める公益通報(1号通報・2号通報・3号通報)をしたこと、それぞれの号の保護要件を満たしていること、そして当該公益通報をしたことを理由として不利益な取扱いがされたことが、すべて刑事事件における立証対象となる。

②の要件により、処罰範囲は解雇と懲戒に絞られる。降格、配転、出向、賃金の減額、人事評価上の不利益、退職金の不支給といった措置は、懲戒処分としてされたのでなければ第21条第1項の対象とならない。これらは第3条第1項違反として民事上違法であり、無効又は損害賠償の対象となるが、刑事罰は及ばない。刑罰法規の明確性を確保するため、就業規則又は労働契約上の制裁として類型化された処分に限定したものと解される。

2 処罰される「者」

「当該違反行為をした者」は自然人を指す。法人自体は第23条の両罰規定を通じて処罰される。

自然人の範囲について、消費者庁の公益通報ハンドブックは、解雇・懲戒を行った者に加えて実質的に関与した者を含むとする。想定されるのは、解雇又は懲戒を決定した代表取締役、人事担当役員、懲戒委員会の構成員、処分を起案し又は決裁した人事部門の管理職などである。共同して決定に関与した場合には刑法第60条の共同正犯が、決定権者に働きかけた場合には同法第61条の教唆又は第62条の幇助が問題となり得る。

内部通報窓口の担当者が、被通報者からの求めに応じて通報者を特定させる情報を提供し、それを受けて被通報者が懲戒を主導したという事案では、窓口担当者について第22条(従事者の守秘義務違反)と第21条第1項の幇助の双方が検討対象となる。

3 故意

第21条第1項に過失犯を処罰する規定は置かれていない。刑法第38条第1項本文により、故意がなければ処罰されない。

必要とされる故意の内容は、①当該労働者が公益通報をしたことの認識、②当該公益通報が第3条第1項各号の保護要件を満たす事実の認識、③公益通報をしたことを理由として解雇又は懲戒をするという認識である。②について、法律的評価としての「公益通報に当たる」との認識までは要しないが、通報の内容が通報対象事実に関わるものであることの認識は要する。この点は法律の錯誤(刑法第38条第3項)と事実の錯誤の区別に関わる論点であり、実務上の争点となることが予想される。

③の「理由として」の認識が、実務上最大の関門となる。事業者側は、勤務成績不良、経費不正、情報持出しなど別個の懲戒事由を主張して因果関係を争うのが通例である。

4 推定規定は刑事手続に及ばない

第3条第3項は、解雇等特定不利益取扱いが公益通報の日から1年以内にされたときは、第2項の適用については公益通報を理由としてされたものと推定する。この推定は「前項の規定の適用については」と限定されており、民事上の無効判断に係る立証責任の転換を定めたものである。

刑事手続においては、憲法第31条及び刑事訴訟法第336条を前提とする「疑わしきは被告人の利益に」の原則が妥当し、検察官が合理的な疑いを超える程度に因果関係を立証しなければならない。民事訴訟で解雇が無効とされたことは、刑事事件における有力な証拠ではあるが、有罪の根拠として当然に機能するものではない。

この非対称は実務上の帰結を伴う。通報後1年以内の解雇について、民事訴訟では事業者が敗訴し、刑事事件では嫌疑不十分として不起訴となる事態があり得る。逆に、民事上の無効判断が確定した事案について検察官が起訴に踏み切る事態も想定される。

5 公務員に対する読替え(第9条)

第9条は、一般職の国家公務員、裁判所職員臨時措置法の適用を受ける裁判所職員、国会職員法の適用を受ける国会職員、自衛隊法第2条第5項に規定する隊員及び一般職の地方公務員について、第3条第2項及び第3項を適用しないとしたうえで、第3条第1項及び第21条第1項の適用につき読替えを定める。

読替えの内容は、第3条第1項中「解雇」を「懲戒免職、分限免職」と読み替え、第21条第1項中「解雇等特定不利益取扱い」を「分限免職又は懲戒処分」と読み替えるものである。

この読替えにより、公務員に対する関係では次の帰結が生じる。第一に、無効規定(第3条第2項)と推定規定(第3条第3項)は適用されない。公務員の身分関係は行政処分によって形成され、その効力は行政不服審査又は取消訴訟によって争う建前であるから、私法上の無効を持ち込まない趣旨である。第二に、刑事罰の対象は分限免職又は懲戒処分であり、懲戒処分については免職・停職・減給・戒告のいずれの種類でも対象となる第三に、条件付採用期間中の職員の懲戒免職ではない免職や、地方公務員法上の分限処分のうち降任・休職は、読替え後の文言に含まれない。

処罰対象となる「者」は、当該処分をした任命権者及び実質的に関与した者である。地方公共団体においては、長、教育委員会、公営企業管理者、警察本部長、消防長などが任命権者となる。これらの機関を構成する自然人が刑事責任の主体となり得る。

六 第2項の解説

1 第1号――是正命令違反

第15条の2第2項は、内閣総理大臣が、第11条第1項(従事者指定義務)違反について同条第1項の勧告を受けた者が正当な理由なく勧告に係る措置をとらなかったときに、当該措置をとるべきことを命ずることができると定める。第21条第2項第1号は、この命令に違反した者を30万円以下の罰金に処する。

処罰に至る過程は、従事者指定義務違反の認定、第15条の2第1項の勧告、勧告不履行、第15条の2第2項の命令、命令違反という五段階を要する。第15条の2第3項による命令の公表も併せて行われ得る。

対象は第11条第1項の義務、すなわち常時使用する労働者の数が300人を超える事業者の従事者指定義務に限られる。同条第3項の読替え適用を受ける場合(300人以下の事業者の努力義務)は除かれ、同条第2項の体制整備義務違反も第15条の2第4項・第5項による勧告及び公表の対象にとどまり、命令及び罰則の対象外である。体制整備義務全般ではなく従事者指定義務に限って刑事的裏付けが与えられた点が、この規定の射程を画している。

2 第2号――報告懈怠・虚偽報告・検査拒否等

第16条第1項は、第11条第1項の規定の施行に必要な限度における報告徴収と立入検査を定める。立入検査は令和7年改正で新設された権限である。第21条第2項第2号は、この報告をせず、虚偽の報告をし、検査を拒み、妨げ、又は忌避した者を30万円以下の罰金に処する。

「拒み」は明示的な拒絶、「妨げ」は物理的又は事実的な妨害行為、「忌避」は不在を装う、応対を避けるなどの消極的な回避行為を指すのが行政法上の一般的な語義である。帳簿書類の隠匿や虚偽の帳簿の提示も「妨げ」に当たり得る労働基準法第120条第4号が臨検の拒否・妨害・忌避等に30万円以下の罰金を定めるのと同水準の法定刑であり、行政調査の実効性確保としては標準的な設定である。

第16条第2項の報告(第11条第1項の読替え適用を受ける場合及び第11条第2項の体制整備義務に係る報告)については、第24条により20万円以下の過料が科されるにとどまる。同一条文内の第1項と第2項とで制裁の種類が分かれるため、行政側は報告徴収文書においていずれの項に基づく求めであるかを明記する運用が求められる。

3 立入検査権限と刑事捜査の限界

第16条第4項は、立入検査の権限が犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならないと定める。この種の規定の意義については、最高裁判所大法廷判決昭和47年11月22日刑集26巻9号554頁(川崎民商事件)が、旧所得税法の質問検査権につき、憲法第35条及び第38条の保障が行政手続に及び得ることを認めつつ、当該検査が刑事責任追及を目的とする手続ではないことなどを理由に違憲ではないと判断している。最高裁判所決定昭和48年7月10日刑集27巻7号1205頁(荒川民商事件)も同旨の枠組みを示す。

この制約は、立入検査を犯罪捜査の手段として用いることを禁ずるものであり、検査忌避それ自体を犯罪として処罰することを妨げるものではない。また、適法に行われた検査の過程で犯罪の嫌疑が判明した場合に、刑事訴訟法第239条第2項に基づき職員が告発することも許容される。他方、検査の名目で実質的に犯罪捜査を行うことは許されず、そのような検査によって収集された資料の証拠能力には疑義が生じる。

4 国及び地方公共団体への不適用

第20条は、第15条から第16条までの規定を国及び地方公共団体に適用しないと定める。行政措置の対象外である以上、第15条の2第2項の命令も第16条第1項の報告徴収・立入検査も国・地方公共団体には及ばず、その帰結として第21条第2項も適用の余地がない。

なお、第20条の文言は改正前の「第十五条及び第十六条」から「第十五条から第十六条まで」に改められた。第15条の2が両条の間に追加されたことに対応した技術的修正であり、適用除外の範囲は実質的に拡張されている。

第20条の適用除外は行政措置に限られる。第11条第1項及び第2項の体制整備義務そのものは国・地方公共団体にも課され、第21条第1項の直罰も及ぶ。この区別を取り違えると、地方公共団体において「本法の罰則は適用されない」という誤った理解が生じかねない。

七 第23条・第24条との関係

1 両罰規定の構造

第23条第1項は、法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、第21条第1項又は第2項の違反行為をしたときに、行為者を罰するほか、法人に対して各号所定の罰金刑を、人に対して各本項の罰金刑を科すると定める。

法人に対する法定刑は、第21条第1項の違反につき3000万円以下の罰金(第23条第1項第1号)、第21条第2項の違反につき同項の罰金刑すなわち30万円以下の罰金(同項第2号)である。前者は行為者に科される罰金の上限の100倍に達する。

両罰規定における法人の責任の性質については、最高裁判所が業務主に対する選任監督上の過失を推定する構成を採ってきた。したがって法人の側は、当該行為の防止に必要な注意を尽くしたことを立証して免責を求める余地がある。指針が要求する不利益な取扱いの防止措置を実際に講じ、その記録を保存しておくことが、この免責立証の基礎資料となる。

2 国・地方公共団体に対する法人処罰の不適用

第23条第2項は、同条第1項のうち第1号に係る部分を国及び地方公共団体に適用しないと定める。国の行政機関や地方公共団体それ自体に3000万円の罰金を科すことは、公金による納付という構造上の背理を生むため除外されたものである。

第2号(第21条第2項の違反)については、そもそも第20条により行政措置が国・地方公共団体に及ばないから、適用除外の明文を置く必要がない。

除外されるのは団体としての処罰のみである。分限免職又は懲戒処分をした任命権者及び実質的関与者に対する第21条第1項の適用は排除されない。地方公共団体においては、団体は処罰されないが個人は処罰されるという構造になる。

3 第22条・第24条との位置関係

第22条は、第12条の従事者の守秘義務に違反して公益通報者を特定させる事項を漏らした者を30万円以下の罰金に処する。令和2年改正で導入された規定であり、令和7年改正では条番号が旧第21条から繰り下がったのみで内容は変わっていない。

第24条は第16条第2項の報告懈怠・虚偽報告に20万円以下の過料を定める。本法の制裁体系は、直罰(第21条第1項)、間接罰(第21条第2項第1号)、行政調査への協力義務違反に対する罰金(同項第2号)、守秘義務違反に対する罰金(第22条)、秩序罰としての過料(第24条)の五層で構成されることになる。

八 裁判例

1 施行後であれば第21条第1項が適用され得た事例

横浜地方裁判所判決令和4年4月14日判例時報2543・2544合併号104頁は、パチンコ店を経営する事業者の労働者が、店内で遊技釘の調整がされている様子を撮影したうえで警察に告発したところ、約1週間後に責任者等の役職から解任され減給されたという事案である。裁判所は、遊技釘の調整が風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律に違反し犯罪構成要件に該当することから通報対象事実に当たり、当該通報は公益通報に該当すると判断し、これを理由とする降格や減給は許されないとして減給処分及びその後の普通解雇をいずれも無効とした。事業者側は経営者を排除する不正の目的による告発であると主張したが、告発に先立って調整をやめるよう要請していたことなどから主要な目的が不正の目的であったとはいえないと退けられた。

この事案が令和8年12月1日以後に生じていれば、解雇を決定した者は第21条第1項の構成要件に該当し、法人は第23条第1項第1号により3000万円以下の罰金に問われ得た。通報から処分までの期間が約1週間と極めて短いことから、第3条第3項の推定も直ちに働く。

2 懲戒に当たらない不利益取扱いの例

東京高等裁判所判決平成23年8月31日労働判例1035号42頁(オリンパス事件)は、社内のコンプライアンス通報窓口に上司の行為を通報した社員が配置転換を受けた事案である。裁判所は、通報に反感を抱いた担当部長が業務に関係なく必要のない配転をしたと認定し、動機は不当であって人事権の濫用に当たるとして配転を無効とし、会社及び担当部長個人に対して連帯して損害賠償の支払を命じた。最高裁判所は平成24年6月28日に上告を退け、判断は確定した。

配転は懲戒としてされたものではないから、同種事案が施行後に生じても第21条第1項の対象とはならない。ただし本判決が上司個人の不法行為責任を認めた点は、令和7年改正が個人の刑事責任を導入した方向性と連続している。民事上の個人責任と刑事責任が並行して追及される事態が現実味を帯びる。

3 因果関係が否定された事例

東京地方裁判所判決令和3年3月30日労働判例1258号68頁は、医療法人の理事兼従業員に対する懲戒解雇の事案である。裁判所は、法人が公益通報の通知を受ける約4か月前の時点で既に弁明の機会を付与する旨を通知して懲戒処分を検討していたことを指摘し、懲戒解雇が通報と近接した時期にされたことをもって通報を理由とするものと推認することはできないと判断した。

刑事事件においては、この種の反証がより強く働く。処分検討の経緯を示す起案文書、弁明機会付与の通知書、調査報告書等が通報前の日付で存在すれば、故意及び因果関係の立証は困難となる。事業者側から見れば、懲戒手続の各段階を日付とともに記録に残す運用が、防御の基礎資料を形成する。

4 通報該当性が否定された事例

東京地方裁判所判決平成25年3月26日労働経済判例速報2179号14頁は、いったん是正勧告と関係者への厳重注意という形で決着した通報内容について、長期間経過後に自らの異動希望を実現させるという個人的目的のために再度通報した事案につき、第2条にいう不正の目的による通報であると認定した。判決は同時に、事業者のコンプライアンス増進以外の動機が存すること自体や再度の公益通報であること自体をもって法の適用を否定するのは相当でないとも述べている。

第21条第1項は公益通報該当性を前提とするから、不正の目的が認定されれば構成要件該当性が失われる。刑事事件では被告人側がこの点を争うことが予想される。

5 地方公共団体の職員に関する事例

京都地方裁判所判決令和元年8月8日労働判例1217号67頁は、市の児童相談所職員が、市の公益通報処理窓口の外部窓口担当弁護士に対し、市内の児童養護施設で発生したと疑われる児童虐待事案への同児童相談所の対応が適切でないとして2回にわたり通報し、その際に児童に関する記録データを複写して自宅に無断で持ち出し廃棄した行為につき停職3日の懲戒処分を受けたという事案である。

裁判所は、既に同一内容の文書を通報先に交付していたことなどから資料持出しの必要性を否定し、違法性阻却を認めず懲戒事由該当性を肯定した。しかし裁量権の逸脱濫用の判断において、当該行為が内部通報に付随する形で行われたものであり原因や動機において強く非難すべき点はないことなどを考慮し、停職3日は重きに失するとして処分を取り消した。

なお、熊本地方裁判所判決令和2年11月11日労働判例ジャーナル108号22頁は、児童の個人情報が保存された記録媒体を新聞社に送付した小学校教諭の懲戒免職処分について、当該行為は公益通報目的によるものではないとして取消請求を認めなかった。

6 判例法理との関係

公益通報者保護法の適用がない内部告発については、大阪地方裁判所堺支部判決平成15年6月18日労働判例855号22頁(大阪いずみ市民生活協同組合事件)以来、告発内容の真実性又は真実相当性、告発目的の正当性、告発手段方法の相当性を考慮する判例法理が形成されてきた。富山地方裁判所判決平成17年2月23日労働判例891号12頁(トナミ運輸事件)は、長期間にわたる隔離的処遇に対する損害賠償を認めた事例である。

第21条第1項は、これらの判例法理が及ぶ領域のうち、本法の要件を満たす公益通報に対する解雇及び懲戒という中核部分に刑事的制裁を導入したものと位置付けられる。判例法理は引き続き、本法の対象外の通報について民事上の保護を担う。

九 消費者庁の調査データ

消費者庁が令和6年4月に公表した令和5年度民間事業者等における内部通報制度の実態調査によれば、内部通報制度を導入している事業者は71.9パーセントであり、上場事業者では99.1パーセントに達する。不正発見の端緒として「内部通報」を選択した割合は、制度導入済みの回答事業者2442者のうち76.8パーセントで最多であり、次点の内部監査を上回った。

同庁が令和6年3月に公表した「企業不祥事における内部通報制度の実効性に関する調査・分析」は、第三者委員会の調査報告書265本を対象に制度の運用阻害要因を分析し、内部通報制度に対する従業員の懸念として、通報者として特定され不利益な取扱いを受けることへの不安を挙げている。

同調査結果概要は、従業員数300人超の事業者であっても、内部通報の方法や不利益取扱いの禁止等について指針が求める規程の整備や周知を行っていない事業者が一定割合存在すると指摘する。第21条第1項の直罰は、こうした規程未整備の事業者においてこそ現実の適用リスクが高い。処分の適法性を検証する内部プロセスが存在しなければ、通報を理由とする懲戒がそのまま実施されてしまうからである。

十 企業実務への影響

1 懲戒手続の設計

第21条第1項の導入により、懲戒処分及び解雇の決裁過程は刑事責任の分岐点となる。実務上は、処分の対象者が公益通報者に該当するか否かを処分決定前に確認する手続を制度化することにある。

内部通報窓口が受け付けた通報者の情報は、第12条の守秘義務により従事者の外に出せない。他方で、人事部門は処分対象者が通報者であるか否かを知らないまま処分を進めることになる。この構造的な情報遮断が、意図せざる第21条第1項違反を生む温床となる。

解決の方向としては、人事部門から従事者に対して「この者に対する懲戒処分を検討しているが、支障はあるか」という形で照会し、従事者は通報の有無を明かすことなく処分の当否についてのみ意見を返す仕組みが考えられる。指針の解説が「被通報者が、公益通報者の存在を知り得る場合には、被通報者が公益通報者に対して不利益な取扱いを行うことがないよう、被通報者に対して、その旨の注意喚起をする等の措置を講じ、公益通報者の保護の徹底を図ること」を挙げているのも、同趣旨の情報遮断と保護の両立を図る発想である。

2 役員の責任と法人の免責立証

代表取締役が解雇を決定した場合、当該代表取締役に第21条第1項が適用され、法人には第23条第1項第1号により3000万円以下の罰金が科され得る。会社法第423条第1項の任務懈怠責任、同法第429条第1項の第三者に対する責任も並行して問題となる。

法人が両罰規定の下で免責を主張するには、当該行為の防止に必要な注意を尽くしたことを示す必要がある。そのための資料として、不利益取扱い防止に関する内部規程、役員及び管理職に対する研修の実施記録、懲戒案件における法務部門のレビュー記録、通報者に対するフォローアップの記録などが機能する。研修を実施しただけでなく、受講者名簿と教材を保存しておくことが立証上の意味を持つ。

3 通報者との和解・退職合意

通報者との間で退職合意を締結する場合、合意退職が実質的に解雇に当たると評価されれば第21条第1項の適用が問題となり得る。退職勧奨が執拗に反復され、応じなければ懲戒処分をすると告知するような態様であれば、その懸念は現実化する。

さらに第11条の2は、正当な理由なく公益通報をしない旨の合意を求めること等によって公益通報を妨げる行為を禁止し、これに違反してされた法律行為を無効とする。退職合意書に包括的な口外禁止条項を置く実務は、この規定との抵触を検討したうえで設計し直す必要がある。

4 子会社・グループ会社

グループ共通のホットラインを運用している場合、親会社の窓口が受け付けた通報について、子会社が通報者を懲戒するという事態が起こり得る。この場合、懲戒を決定した子会社の役職員が第21条第1項の主体となり、子会社が第23条第1項第1号により処罰される。

指針の解説は、関係会社・取引先からの通報を受け付けている場合において、通報に係る秘密保持に十分配慮しつつ、可能な範囲で当該関係会社・取引先に対し、公益通報者へのフォローアップや保護を要請する等の必要な措置を講ずることが望ましいとする。この推奨事項は、グループ内での刑事責任の連鎖を防ぐ実務的な機能を併せ持つ。

十一 地方公共団体における適用

1 適用関係の整理

地方公共団体に対する本条の適用関係は、次のとおり整理される。

規定地方公共団体への適用根拠
第21条第1項(分限免職・懲戒処分をした者への直罰)適用あり(自然人が対象)第9条による読替え
第21条第2項(命令違反・検査拒否等)適用なし第20条
第22条(従事者の守秘義務違反)適用あり適用除外規定なし
第23条第1項第1号(法人3000万円)適用なし第23条第2項
第24条(過料)適用なし第20条により第16条第2項が不適用
第11条第1項・第2項(従事者指定・体制整備義務)適用あり適用除外規定なし

団体としての制裁が及ばない一方で、処分を行った自然人には拘禁刑を含む刑罰が及ぶ。この非対称は、地方公共団体のコンプライアンス担当者が最初に認識すべき構造である。

2 任命権者の刑事責任

一般職の地方公務員に対する分限免職又は懲戒処分が公益通報を理由とするものであった場合、地方公務員法第27条第2項及び第29条第1項に基づく処分の適法性が行政法上問われるのに加え、当該処分をした任命権者に第21条第1項が適用される。

任命権者は地方公務員法第6条第1項により、地方公共団体の長、議会の議長、選挙管理委員会、代表監査委員、教育委員会、人事委員会、公平委員会、警視総監、道府県警察本部長、消防長その他法令等に基づく任命権者と定められている。合議制機関が任命権者である場合、処分の議決に賛成した委員個々人の責任が問題となり得る。

懲戒処分の量定に関する司法審査については、最高裁判所が任命権者の裁量を広く認める枠組みを維持してきた。しかし第21条第1項の適用場面では、裁量の逸脱濫用の有無ではなく、公益通報を理由としたか否かという動機の認定が争点となる。行政訴訟における裁量統制の枠組みがそのまま妥当するものではない。

3 議会・監査委員との関係

地方公共団体においては、議会の百条調査権(地方自治法第100条)、監査委員による監査(同法第199条)、外部監査(同法第252条の27以下)といった別系統の統制手段が存在する。公益通報を理由とする懲戒処分の疑義が生じた場合、これらの手続が事実解明に用いられることが想定される。

近年、公益通報に該当し得る文書の作成・配布を行った職員に対して懲戒処分がされ、その適法性が第三者調査委員会や議会の調査によって検証されるという事案が生じている。個別事案の評価は、調査結果の確定を待って判断されるべきであるが、施行後は同種の事案において刑事責任の追及が現実の選択肢となる点を、各団体は前提に置く必要がある。

4 地方公共団体向けガイドラインとの接続

消費者庁の地方公共団体向けガイドライン(令和8年5月29日最終改正)は、内部の職員等からの通報に関する体制整備について、通報者の保護と不利益取扱いの防止を求めている。第21条第1項の導入により、このガイドラインの遵守は、単なる行政運営上の要請から、任命権者及び関係職員の刑事責任回避に直結する事項へと性格を変えた。

各団体においては、公益通報に関する要綱・要領を改正し、懲戒処分の起案段階で公益通報該当性を確認する手続を明文化することが求められる。人事担当課と公益通報窓口所管課との間の照会手続を規程に落とし込む作業が、施行までの実務課題となる。

十二 指針及び指針の解説との関係

第21条は罰則規定であり、指針が直接に規律する対象ではない。しかし、第21条第1項の適用を回避するための組織的措置は、指針及び指針の解説が要求する体制整備の内容と重なる。

「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」(令和8年3月31日最終改正、令和8年12月1日施行)は、第3「指針の解説」Ⅱ「事業者がとるべき措置」2「公益通報者を保護する体制の整備」(1)「不利益な取扱いの防止に関する措置」において、四層構造で規律を示す。

『指針の本文』は、事業者の労働者及び役員等が不利益な取扱いを行うことを防ぐための措置をとるとともに、公益通報者が不利益な取扱いを受けていないかを把握する措置をとり、不利益な取扱いを把握した場合には適切な救済・回復の措置をとること、及び、不利益な取扱いが行われた場合に当該行為を行った労働者及び役員等に対して行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して懲戒処分その他適切な措置をとることを求める。

『指針の趣旨』は、通報により不利益な取扱いを受ける懸念があれば公益通報を躊躇することが想定されるとしたうえで、禁止するだけでは足りずあらかじめ防止するための措置が必要であり、実際に発生した場合には救済・回復の措置と行為者への厳正な対処をとることを明確にすることにより、不利益な取扱いを受けることがないという認識を持たせることが必要であるとする。行政機関等への通報及びその他の外部通報についても同様の措置がとられる必要があるとしている点は、第21条第1項が第3条第1項各号すなわち1号通報から3号通報までを対象とすることと対応する。

『指針を遵守するための考え方や具体例』は、精神上・生活上の取扱いに関することの例として、公益通報をしたことを理由として業務に従事させないこと、専ら雑務に従事させること等を挙げる。防止措置の例としては、労働者等及び役員に対する周知・啓発、内部公益通報受付窓口における不利益な取扱いに関する相談の受付、被通報者に対する注意喚起を示す。把握措置の例としては、公益通報者に対して能動的に確認すること、不利益な取扱いを受けた際に連絡すべき部署をあらかじめ伝えておくことを挙げる。

『その他に推奨される考え方や具体例』は、関係会社・取引先の労働者等が公益通報者である場合における当該関係会社・取引先へのフォローアップ要請、及び公益通報者を特定させる事項を不当な目的に利用した者に対する懲戒処分その他適切な措置を挙げる。

令和7年改正に伴う指針の改正では、不利益な取扱いの対象の明確化として、立証責任の転換や刑事罰の対象となる解雇や懲戒に加えて、法で禁止されるその他の不利益な取扱いが例示により明確化された。消費者庁の資料は、その例示区分として、地位の得喪に関すること、人事上の取扱いに関すること、経済待遇上の取扱いに関すること、精神上生活上の取扱いに関することの四類型を示している。この四類型のうち、第21条第1項が捕捉するのは、解雇及び懲戒処分という限られた部分にとどまる。刑事罰の射程と民事上の禁止の射程が一致しないことを、社内研修の場面で正確に伝える必要がある。

十三 経過措置

1 施行期日

令和7年法律第62号附則第1条は、公布の日から起算して1年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行すると定め、令和7年政令第408号により令和8年12月1日と指定された。ただし政令委任に関する附則第8条は公布の日から施行されている。

2 経過措置の原則と罰則の除外

同附則第2条は、新法の規定について「(罰則を除く。)」との括弧書きを付したうえで、この附則に特別の定めがある場合を除き、施行前にされた旧法第2条第1項に規定する公益通報にも適用すると定める。すなわち、施行前にされた公益通報であっても、施行後に不利益な取扱いがされた場合には新法の民事上の効果が及ぶ。他方、罰則はこの原則の適用対象から明文で除外されている。

3 第3条に関する経過措置

同附則第3条第1項は、新法第3条第1項及び第2項の規定を施行後にされた解雇その他不利益な取扱いについて適用し、施行前にされたものについてはなお従前の例によると定める。同条第2項は、新法第3条第3項の推定規定について、解雇以外の不利益な取扱いに関しては施行後に懲戒としてされたものについて適用するとする。同条第3項は、施行前にされた解雇に係る新法第3条第3項の適用について読替えを定める。

第21条第1項は第3条第1項違反を構成要件とするから、第3条第1項の適用時期に関するこの経過措置が、罰則の適用範囲を画する前提となる。

4 罰則に関する経過措置

同附則第7条は、この法律の施行前にした行為及び附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によることとされる場合における施行後にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例によると定める。

したがって、令和8年11月30日以前に行われた解雇又は懲戒については、それが公益通報を理由とするものであっても第21条第1項は適用されない。憲法第39条前段の遡及処罰の禁止及び刑法第6条の趣旨に沿った規定である。

附則第6条第1項は、施行前に旧法第15条の規定により報告を求められ、施行の際に現に報告がされていないものについてはなお従前の例によると定める。この場合の報告懈怠等については、施行後の不作為であっても新法第21条第2項第2号ではなく旧法第22条の過料の対象となる。

5 実務上の帰結

施行日を跨ぐ懲戒案件の取扱いに注意を要する。懲戒事由の発生が施行前であっても、処分の意思表示が令和8年12月1日以後にされれば、その処分行為が「解雇等特定不利益取扱い」に当たるか否かは新法により判断される。逆に、施行前に処分の意思表示を了した案件については、施行後に効力が生じるとしても罰則は及ばない。

施行前に締結された、公益通報をしない旨の合意については、附則第5条により新法第11条の2第2項の無効規定は適用されない。ただし、公序良俗違反として民法第90条により無効と評価される余地は残る。この点は第11条の2の解説で述べたとおりである。

十四 実務チェックリスト

民間事業者向け

  • 懲戒処分及び解雇の起案書式に、対象者の公益通報該当性を確認した旨の記載欄を設けたか。
  • 人事部門から公益通報対応業務従事者への照会手続を、第12条の守秘義務に抵触しない形式で規程化したか。
  • 通報受付から1年以内に対象者の解雇又は懲戒を検討する場合の、上位者による決裁又は法務レビューを必須とする運用を定めたか。
  • 懲戒事由の発生時期、調査開始時期、弁明機会付与の時期を、通報の時期との前後関係が判別できる形で記録に残しているか。
  • 役員及び管理職を対象とする研修において、第21条第1項が個人に刑事罰を科すこと、第23条第1項第1号が法人に3000万円以下の罰金を定めることを説明したか。研修の受講記録と教材を保存しているか。
  • 常時使用する労働者の数が300人を超える場合、従事者の指定を書面により行い、指定の範囲と時期を記録しているか。第15条の2第2項の命令に至る過程を回避する体制が整っているか。
  • 消費者庁からの報告徴収及び立入検査に備え、従事者指定に関する文書、内部規程、周知の記録を体系的に保管し、担当窓口を定めているか。
  • 退職合意書及び和解契約書の口外禁止条項について、第11条の2第1項との抵触を検討し、公益通報を妨げる効果を持たない文言に改めたか。
  • グループ会社共通のホットラインを運用している場合、子会社における懲戒案件について通報者保護の観点から確認する仕組みがあるか。
  • 施行日を跨ぐ懲戒案件について、処分の意思表示の日付を管理する体制を整えたか。

地方公共団体・公的機関向け

  • 第21条第1項が第9条の読替えにより分限免職及び懲戒処分に適用されること、懲戒処分の種類を問わないことを、人事担当課及び各任命権者に周知したか。
  • 第23条第2項により団体は処罰されないが、任命権者及び関係職員個人は処罰され得るという構造を、幹部研修の内容に組み込んだか。
  • 懲戒処分の起案手続において、対象職員が公益通報者に該当するか否かを確認する段階を要綱又は要領に明記したか。
  • 公益通報窓口の所管課と人事担当課との間の照会手続を、通報者を特定させる事項を伝達しない形式で設計したか。
  • 教育委員会、公営企業管理者、警察本部長、消防長など長以外の任命権者に対しても、同一の手続が及ぶよう制度設計したか。
  • 第20条により第15条から第16条までが適用されないことと、第11条第1項・第2項の義務は適用されることとの区別を、庁内文書において正確に記述しているか。
  • 外部窓口を弁護士に委託している場合、受任者との契約において守秘の範囲と人事部門への非開示を明記したか。
  • 地方公共団体向けガイドライン(令和8年5月29日最終改正)に即した要綱の改正作業を、施行日までの工程表に組み込んだか。
  • 公益通報に該当し得る文書の受領時における初動対応(受領部署、記録方法、通報者特定情報の取扱い)を定めたか。
  • 議会からの資料要求や百条調査に際して、通報者を特定させる事項をどのように取り扱うかについて、あらかじめ方針を整理したか。

十五 参照資料

法令・告示

  • 公益通報者保護法(平成16年法律第122号。令和7年法律第62号による改正後。令和8年12月1日施行)
  • 公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)附則第1条から第9条まで
  • 公益通報者保護法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令(令和7年政令第408号)
  • 公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(令和3年内閣府告示第118号。令和8年3月31日一部改正)
  • 刑法等の一部を改正する法律(令和4年法律第67号。拘禁刑の創設)
  • 労働基準法第89条第9号、第104条、第119条第1号、第120条第4号
  • 地方公務員法第6条第1項、第27条第2項、第29条第1項

行政資料

  • 消費者庁「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」(令和8年3月31日最終改正、令和8年12月1日施行)
  • 消費者庁「公益通報ハンドブック(改正法準拠版)」(令和8年6月30日)
  • 消費者庁「公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)の概要」
  • 消費者庁「令和7年改正に伴う法定指針(内閣府告示)改正内容(概要)」
  • 消費者庁「地方公共団体向けガイドライン」(令和8年5月29日最終改正)
  • 消費者庁「新旧対照条文(公益通報者保護法の一部を改正する法律)」
  • 消費者庁「令和5年度 民間事業者等における内部通報制度の実態調査報告書」(令和6年4月)
  • 消費者庁「民間事業者の内部通報対応――実態調査結果概要――」(令和6年4月)
  • 消費者庁「内部通報制度に関する意識調査――就労者1万人アンケート調査の結果――」(令和6年2月29日)
  • 消費者庁「企業不祥事における内部通報制度の実効性に関する調査・分析――不正の早期発見・是正に向けた経営トップに対する提言――」(令和6年3月)
  • 消費者庁「公益通報者保護制度に関する近時の裁判例」(消費者庁公益通報者保護制度検討会資料)
  • 消費者庁「公益通報者保護法に関するQ&A(基本的事項)」

裁判例

  • 最高裁判所大法廷判決昭和47年11月22日刑集26巻9号554頁(川崎民商事件)
  • 最高裁判所決定昭和48年7月10日刑集27巻7号1205頁(荒川民商事件)
  • 大阪地方裁判所堺支部判決平成15年6月18日労働判例855号22頁(大阪いずみ市民生活協同組合事件)
  • 富山地方裁判所判決平成17年2月23日労働判例891号12頁(トナミ運輸事件)
  • 東京高等裁判所判決平成23年8月31日労働判例1035号42頁(オリンパス事件。最高裁判所平成24年6月28日上告不受理により確定)
  • 東京地方裁判所判決平成25年3月26日労働経済判例速報2179号14頁
  • 京都地方裁判所判決令和元年8月8日労働判例1217号67頁
  • 熊本地方裁判所判決令和2年11月11日労働判例ジャーナル108号22頁
  • 東京地方裁判所判決令和3年3月18日労働判例1260号50頁
  • 東京地方裁判所判決令和3年3月30日労働判例1258号68頁
  • 横浜地方裁判所判決令和4年4月14日判例時報2543・2544合併号104頁

十六 次回予告

次回は第22条を扱う。第12条が定める公益通報対応業務従事者の守秘義務に違反して公益通報者を特定させる事項を漏らした者に対する30万円以下の罰金について、令和2年改正による導入経緯、「公益通報者を特定させる事項」の外延、従事者を退いた後の義務の存続、第21条第1項との競合、範囲外共有との区別を論ずる。指針の解説が定める範囲外共有の防止措置との対応関係にも立ち入る。


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