一 条文原文
(適用除外) 第二十条 第十五条から第十六条までの規定は、国及び地方公共団体には、適用しない。
条文はこの一項のみで、括弧書きも読替規定も置かれていない。法律全体でも屈指の短さでありながら、公的部門における公益通報制度の実効性確保の枠組みを決定づける条文である。
二 新旧対照
| 区分 | 令和7年改正前(現行) | 令和8年12月1日施行 |
|---|---|---|
| 条名 | 第20条(適用除外) | 第20条(適用除外) |
| 本文 | 第十五条及び第十六条の規定は、国及び地方公共団体に適用しない。 | 第十五条から第十六条までの規定は、国及び地方公共団体には、適用しない。 |
| 除外される規定 | 旧第15条(報告の徴収並びに助言、指導及び勧告)、旧第16条(公表) | 第15条(助言及び指導)、第15条の2(勧告及び命令等)、第16条(報告及び検査) |
| 改正沿革 | 令和2年法律第51号により追加 | 令和7年法律第62号により一部改正 |
改正点は二つある。
第一に、引用の方式が個別列挙から範囲指定に変わった。令和7年改正は、旧第15条に含まれていた勧告権限を第15条の2として独立させ、命令権と公表権を加えた。あわせて旧第16条の公表規定を第15条の2第3項及び第5項に吸収し、空いた第16条に報告徴収権と立入検査権を置いた。枝番号を付した第15条の2が第15条と第16条の間に挿入された結果、「第十五条及び第十六条」という列挙のままでは第15条の2が除外の対象に含まれるかが文言上不明確になる。「第十五条から第十六条まで」という範囲指定は、枝番号条文を含む連続した条のまとまりを指す法制執務上の標準的な書き方であり、第15条の2を疑義なく取り込むための技術的な手当てである。
第二に、「国及び地方公共団体に適用しない」が「国及び地方公共団体には、適用しない」に改められた。適用の対象から除かれる主体を明示する係助詞を補い、読点を打ったものであって、規範内容に変更はない。
三 立法の経緯と趣旨
1 令和2年改正による創設
第20条は令和2年法律第51号によって新設された。同改正は、常時使用する労働者の数が301人以上の事業者に従事者指定義務と内部公益通報対応体制整備義務を課し(旧第11条第1項・第2項)、その履行確保のために内閣総理大臣による報告徴収・助言・指導・勧告(旧第15条)と勧告不服従時の公表(旧第16条)を用意した。
ここで問題となったのが、国及び地方公共団体の扱いである。法第2条第1項は「事業者」を「法人その他の団体及び事業を行う個人」と定義しており、国及び地方公共団体は法人として当然にこれに含まれる。したがって体制整備義務等の名宛人となる。しかし、内閣総理大臣が地方公共団体に対して勧告を行い、従わない場合に公表するという仕組みは、地方自治の本旨(憲法第92条)との関係で疑義を生じさせる。国の内部においても、内閣総理大臣が他府省や国会・裁判所に対して行政措置を発動する構図は現実的でない。第20条は、この点を立法的に整理したものである。
2 消費者庁の逐条解説が示す趣旨
消費者庁が公表する令和2年改正法の逐条解説は、第20条の趣旨を次の三段構えで説明している。
第一に、国及び地方公共団体は「事業者」として公益通報対応義務等を負う。第二に、国及び地方公共団体は公益のために法令を制定し、または公益のための秩序維持を図る主体であって、その公益を自ら害することは通常想定し難い。仮に公益通報対応義務等に関係する職務に従事する職員が職務上の義務に違反し、またはその職務を怠った場合には、国家公務員法等の規定による監督措置がとられることとなる。第三に、以上から、国及び地方公共団体に係る公益通報対応義務等については法において履行確保の手段を設ける必要性が低い。
同解説は、国及び地方公共団体以外の公法人、すなわち独立行政法人等については、利益だけを追い求めず公共性の高い事務・事業を行う特徴があるものの、事業として収益を上げている点で半ば民間法人の特徴を併せ持つため、行政措置の対象から除外されていないと説明する。第20条の射程を画するうえで、この記述の実務的価値は高い。
3 令和7年改正における議論
令和7年改正の国会審議では、この立法趣旨の前提そのものが問われた。地方公共団体において公益通報者保護法に違反する対応が行われた場合、消費者庁は一般的な助言または地方自治法第245条の4第1項に基づく技術的助言を行い得るにとどまり、勧告も公表もできない。第20条の存在によって、公的部門の法令違反には民間事業者よりも弱い統制しか及ばない構造が浮かび上がった。
参議院消費者問題に関する特別委員会は、令和7年6月2日、「公益通報者保護法の一部を改正する法律案に対する附帯決議」の第五項において、昨今の地方公共団体における公益通報制度に係る事案を念頭に、消費者庁が地方公共団体に対する地方自治法に基づく技術的助言を行うとともに、地方自治の本旨を踏まえ、本法第20条にある国及び地方公共団体への除外規定の在り方についての検討を行うことを政府に求めた。衆議院消費者問題に関する特別委員会も令和7年4月24日に附帯決議を付している。
改正法附則第9条は、政府に対し施行後3年を目途とする施行状況の検討を義務付ける。第20条の見直しは、この検討の俎上に載る論点である。
四 用語解説
適用除外
一般的な規律の名宛人から特定の主体または場面を法律上外す立法技術をいう。適用除外規定が置かれた場合、除外された主体には当該規定の効果が及ばない。除外されるのは明示された条文の効果に限られ、それ以外の条文の適用は当然に維持される。第20条が外すのは第15条から第16条までの三箇条であって、義務規定である第11条は外れない。
国
統治団体としての国を指す。行政各部にとどまらず、国会、裁判所、会計検査院、人事院なども国という法人の機関である。したがって、これらの機関が「事業者」として負う体制整備義務についても、第20条により行政措置は及ばない。
地方公共団体
地方自治法第1条の3が定める団体をいう。普通地方公共団体として都道府県及び市町村、特別地方公共団体として特別区、地方公共団体の組合(一部事務組合及び広域連合)並びに財産区が含まれる。一部事務組合や広域連合も第20条の適用除外の対象となる。地方公営企業(水道、交通、病院等の企業局・企業団を含まない直営部門)は地方公共団体の組織の一部であるから、同じく除外される。
これに対し、地方独立行政法人、地方三公社(土地開発公社、地方住宅供給公社、地方道路公社)、第三セクターの株式会社、社会福祉協議会などは、地方公共団体とは別個の法人格を有するため、第20条の適用除外を受けない。指定管理者として公の施設を運営する民間法人も同様である。
第十五条から第十六条まで
条番号による範囲指定である。法制執務上、この書き方は始点の条から終点の条までの間に位置する枝番号条文を含む。第15条、第15条の2、第16条の三箇条が該当する。
五 条文の分析
1 除外される規定の具体的内容
第20条によって国及び地方公共団体に及ばなくなる権限は、以下のとおりである。
| 条項 | 内容 | 国・地方公共団体への適用 |
|---|---|---|
| 第15条 | 第11条第1項・第2項の施行に関する助言又は指導 | 適用なし |
| 第15条の2第1項 | 第11条第1項(義務規定)違反に対する是正措置勧告 | 適用なし |
| 第15条の2第2項 | 勧告不服従時の措置命令 | 適用なし |
| 第15条の2第3項 | 命令をした旨の公表 | 適用なし |
| 第15条の2第4項 | 努力義務規定及び第11条第2項の施行に関する勧告 | 適用なし |
| 第15条の2第5項 | 体制整備義務違反に係る勧告不服従の公表 | 適用なし |
| 第16条第1項 | 報告徴収及び立入検査 | 適用なし |
| 第16条第2項 | 報告の求め | 適用なし |
| 第16条第3項・第4項 | 身分証明書の携帯提示、犯罪捜査目的での解釈禁止 | 適用の前提を欠く |
第16条第3項及び第4項は第1項の立入検査に付随する規律であるから、第1項が適用されない以上、独立して働く場面はない。
2 除外されない規定
第20条の反対解釈として、次の規定は国及び地方公共団体にそのまま適用される。ここを取り違えると、公的部門の実務は根本から誤る。
第11条第1項の従事者指定義務と同条第2項の体制整備義務は、国及び地方公共団体にも課される。同条第3項により、常時使用する労働者の数が300人以下の団体については努力義務に緩和されるが、都道府県及び一定規模以上の市はいずれも義務の対象となる。
第11条の2(通報妨害の禁止等)及び第11条の3(通報者探索の禁止)は令和7年改正による新設規定であり、除外の対象に含まれていない。公益通報をしない旨の合意を求める行為、公益通報をした場合に不利益な取扱いをする旨を告げる行為、公益通報者を特定する目的の行為は、地方公共団体が行っても違法となる。第11条の2第2項により、そのような合意その他の法律行為は無効である。
第12条の従事者守秘義務と、その違反に対する第22条の罰金(30万円以下)は、公務員である従事者にも及ぶ。国家公務員法第100条第1項及び地方公務員法第34条第1項の守秘義務とは別個の、公益通報者を特定させる事項に特化した刑罰規定である。
第3条第1項の解雇等特定不利益取扱いの禁止と、第21条第1項の直罰(6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金)も適用される。一般職の国家公務員等については第9条により第3条第2項及び第3項が適用されず、第3条第1項中「解雇」は「懲戒免職、分限免職」と、第21条第1項中「解雇等特定不利益取扱い」は「分限免職又は懲戒処分」と読み替えられる。地方公共団体の職員に対し、公益通報を理由として分限免職または懲戒処分を行った者は、任命権者であるか否かを問わず、実質的な意思決定をした者やそれに関与した者として刑事罰の対象となり得る。地方公共団体ガイドライン(内部の職員等からの通報)も、この点への留意を促している。
第13条(行政機関がとるべき措置)及び第14条(教示)は、処分または勧告等をする権限を有する行政機関としての立場に基づく義務であり、第20条とは無関係に適用される。
第17条(関係行政機関への照会等)は内閣総理大臣の権限を定めるものであって、照会を受ける側としての関係行政機関には国の機関も地方公共団体も含まれ得る。
3 両罰規定との関係
第23条第1項は、法人の代表者または法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が業務に関して第21条第1項または第2項の違反行為をしたときに、行為者を罰するほか法人にも罰金刑を科す両罰規定である。同条第2項は、第1項のうち第1号に係る部分、すなわち第21条第1項違反に対する3000万円以下の罰金刑を、国及び地方公共団体に適用しないと定める。
第20条と第23条第2項は、いずれも国及び地方公共団体を名宛人から外す規定でありながら、条文を分けて置かれている。第20条が行政措置に関する第4章の規定を除外するのに対し、第23条第2項は第5章の刑事罰に関する除外だからである。
なお、第23条第1項第2号が対象とする第21条第2項の違反、すなわち第15条の2第2項の命令違反及び第16条第1項の報告懈怠・虚偽報告・検査拒否等は、第20条により命令も報告徴収も立入検査も国及び地方公共団体には及ばないため、そもそも成立の余地がない。第23条第2項が第1号に係る部分に限って除外を定めているのは、この構造を前提とした整理である。
同じ理由から、第16条第2項の報告懈怠等に対する第24条の過料(20万円以下)も、国及び地方公共団体には発動されない。
4 立法政策上の論点
第20条を支える論理は、公務員法制による監督措置が代替機能を果たすという想定にある。この想定には二つの弱点がある。
第一に、監督措置の発動は当該団体自身の判断に委ねられる。組織の長その他幹部が公益通報対応の不適切さに関与している場合、内部からの是正は期待しにくい。指針が組織の長その他幹部からの独立性確保を求めるのは、この構造的リスクを織り込んだものであるが、独立性確保措置の設計自体を当該団体が行う以上、循環は完全には断ち切れない。
第二に、体制整備義務それ自体の不履行は、個々の職員の職務義務違反として構成しにくい。窓口を設置しない、内部規程を作らないという不作為は、組織としての意思決定の結果であって、特定の職員の懲戒事由に還元されるとは限らない。民間事業者であれば勧告と公表によって外部から是正圧力がかかる場面で、公的部門にはその回路がない。
参議院附帯決議第五項が「除外規定の在り方についての検討」を求めた背景には、この非対称性への問題意識がある。他方、地方自治の本旨との調整という制約は残る。国の機関が地方公共団体の内部組織の在り方に命令を発することは、地方自治法が定める関与の基本原則(同法第245条の3)と整合させる必要がある。附帯決議が「地方自治の本旨を踏まえ」との留保を置いたのは、この点を意識したものと読める。
六 隣接条文との関係
第11条との関係
第11条は義務を課す規定、第15条から第16条までは義務の履行を確保する規定である。第20条が切断するのは後者だけである。国及び地方公共団体が第11条の義務を負うことは、指針の解説の冒頭にも明示されている。
第13条との関係
第13条第2項は、通報対象事実について処分または勧告等をする権限を有する行政機関に対し、二号通報に応じるための体制整備を義務付ける。地方公共団体はこの義務も負う。第20条は第13条を除外していないから、二号通報対応体制の不備は、第11条第2項の内部公益通報対応体制の不備とは別の問題として残る。もっとも、第13条の義務についても法律上の履行確保手段は用意されていない。
第19条との関係
第19条は内閣総理大臣の権限を消費者庁長官に委任する。第15条から第16条までの権限も委任の対象となるが、第20条により国及び地方公共団体に対しては行使の余地がない。消費者庁が地方公共団体に対して行い得るのは、地方自治法第245条の4第1項に基づく技術的助言と、法に基づかない情報提供・研修等の支援に限られる。
第9条との関係
第9条は、一般職の国家公務員、裁判所職員、国会職員、自衛隊員及び一般職の地方公務員に対する不利益な取扱いの禁止について、第3条から第5条までの規定にかかわらず国家公務員法、国会職員法、自衛隊法及び地方公務員法の定めるところによるとしたうえで、第2条第1項第1号に定める事業者に対し、公益通報を理由とする免職その他不利益な取扱いがされることのないようこれらの法律の規定を適用しなければならないと定める。第20条の趣旨説明が援用する「国家公務員法等の規定による監督措置」は、この第9条が想定する公務員法制と表裏の関係にある。
七 判例・裁判例
1 懲戒処分に対する司法審査の枠組み
第20条の趣旨は、公務員法制による監督措置に履行確保機能を委ねる点にある。その監督措置の中核である懲戒処分について、最高裁は神戸税関事件(最三小判昭和52年12月20日民集31巻7号1101頁)で判断枠組みを示した。同判決は、懲戒権者は諸般の事情を考慮して懲戒処分をするか否か、いかなる処分を選ぶかを決定する裁量を有し、その判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を濫用したと認められる場合に限って違法となるとした。伝習館高校事件(最一小判平成2年1月18日民集44巻1号1頁)も同様の枠組みを踏襲している。
この枠組みは、懲戒処分が過剰である場合の統制には働くが、懲戒処分をしないという不作為に対しては働きにくい。公益通報対応を怠った職員に対して任命権者が何らの措置もとらない場合、司法的統制の入口が乏しいという構造的な限界が残る。
他方、公益通報を理由とする懲戒処分がされた場面では、この枠組みが通報者側の武器となる。兵庫県の第三者調査委員会が令和7年3月19日の報告書で、告発者に対する懲戒処分を懲戒権者の裁量権の範囲を逸脱・濫用した違法なものと評価したのも、この判例法理に依拠した判断である。
2 規制権限の不行使に関する判例
民間事業者に対して消費者庁が第15条の2の勧告や第16条の報告徴収を行わない場合、その不作為が国家賠償法第1条第1項の適用上違法となるかが問題となり得る。最高裁は、規制権限の不行使が、その権限を定めた法令の趣旨・目的や権限の性質等に照らし、具体的事情の下で許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において違法となるとの枠組みを確立している(最一小判平成7年6月23日民集49巻6号1600頁〈クロロキン薬害訴訟〉、最二小判平成16年10月15日民集58巻7号1802頁〈水俣病関西訴訟〉、最一小判平成26年10月9日民集68巻8号799頁〈泉南アスベスト訴訟〉)。
第20条が働く場面では、そもそも権限が存在しない。したがって、地方公共団体の内部公益通報対応体制が不備であることについて、消費者庁の権限不行使を理由とする国家賠償請求は成り立たない。通報者の救済は、当該地方公共団体自身に対する国家賠償法第1条第1項に基づく請求、または人事委員会・公平委員会への審査請求(地方公務員法第49条の2)等によることとなる。
3 立入検査の性質
第16条第4項は、立入検査の権限を犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならないと定める。行政上の検査と刑事手続の関係については、川崎民商事件(最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号554頁)が、実質上刑事責任追及のための資料取得に直接結びつく作用を一般的に有するものでない検査については、憲法第35条・第38条の保障が及ばない場合があるとした。第20条により国及び地方公共団体にはこの検査自体が及ばないため、公的部門で同種の論点が生じることはない。
八 消費者庁の調査データが示す実態
消費者庁は「行政機関における公益通報者保護法の施行状況調査」を継続的に実施し、結果を公表している。同庁が令和2年2月に公表した地方公共団体向け説明資料は、平成29年度調査の結果として、国・都道府県・市区町村別の通報窓口設置率を比較し、市区町村では低い水準にとどまっていると指摘した。同資料は、窓口を設置している市区町村が、安心して通報を行う環境の整備、不正行為に対する抑止力としての機能をメリットとして挙げる割合が高いことも示している。
窓口設置率の格差は、規模による義務の違いだけでは説明しきれない。第11条第3項により常時使用する労働者の数が300人以下の団体は努力義務にとどまるが、義務対象規模の市区町村においても整備の遅れが指摘されてきた経緯がある。令和7年改正の国会審議では、この施行状況調査の結果が、第20条による除外の当否を論じる材料として用いられた。
民間側の数値と対比すると構造が見えやすい。消費者庁が令和6年4月に公表した民間事業者の内部通報対応に関する実態調査結果概要は、従業員数300人超の非上場事業者の92パーセントが従事者指定義務を認知していると回答した一方、義務を知りながら担当者を指名していないとの回答が全体の11パーセントを占めたことを示している。民間事業者にはこの層に対して勧告・命令・公表・立入検査という段階的な措置が用意されるのに対し、公的部門には用意されない。
九 企業実務への影響
1 自社への行政措置は強化される
第20条は民間事業者に対する行政措置を何ら緩和しない。令和8年12月1日以降、常時使用する労働者の数が301人以上の事業者が従事者指定義務に違反すれば、勧告(第15条の2第1項)、命令(同条第2項)、命令をした旨の公表(同条第3項)、命令違反に対する30万円以下の罰金(第21条第2項第1号)と両罰規定による法人への罰金(第23条第1項第2号)という連鎖が働く。体制整備義務違反については勧告と公表(第15条の2第4項・第5項)が用意される。報告徴収と立入検査(第16条第1項)に応じない場合も罰則の対象となる。
なお、旧法第16条に基づく公表が実際に行われた事例は、本稿執筆時点で確認できない。制度創設から施行まで期間が短かったことに加え、勧告に至る前の助言・指導で是正される運用が続いてきたためと考えられる。命令と刑事罰が加わる令和8年12月1日以降は、この運用が変わり得る。
2 公的部門と取引・連携する企業の視点
自治体の外郭団体、指定管理者、公の施設の運営受託者、公共工事の受注者はいずれも民間事業者であり、第20条の適用除外を受けない。自治体側が「うちは行政措置の対象外だから」という前提で連携先に対応を求めた場合、受託側企業だけが行政措置のリスクを負う構図となる。委託契約や協定において、通報対応の責任分担、通報を受けた場合の相互通知、通報者の秘密保持の範囲をあらかじめ定めておく実務的必要がある。
企業グループの中に独立行政法人や国立大学法人を含む共同研究・共同事業がある場合も同様である。これらの法人は国及び地方公共団体とは別法人であり、消費者庁の逐条解説が明示するとおり行政措置の対象から除外されていない。
3 通報者側から見た非対称性
企業の労働者が自社の法令違反を通報する場合と、地方公共団体の職員が所属団体の法令違反を通報する場合とで、法が用意する外部からの是正圧力は異なる。企業のコンプライアンス担当者が公的部門との比較で自社制度を説明する際、第20条の存在を正確に押さえておかないと、通報者に誤った期待を抱かせることになる。
十 地方公共団体における適用
1 法的義務は減じられない
地方公共団体は、第11条第1項の従事者指定義務と同条第2項の体制整備義務を負う。常時使用する労働者の数が301人以上であれば法的義務、300人以下であれば努力義務である。第20条によって外れるのは、消費者庁がこの義務の履行を強制する手段だけである。義務を履行しないことが適法になるわけではない。
2 地方公共団体ガイドラインの位置付け
消費者庁「公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(内部の職員等からの通報)」(平成29年7月31日制定、令和8年5月29日最終改正)は、地方自治法第245条の4第1項の規定に基づく技術的な助言として位置付けられる。法的拘束力はないが、第20条により行政措置が及ばない領域において、消費者庁が地方公共団体の対応水準を示す唯一の公式文書である。
同ガイドラインが求める主要事項は次のとおりである。
- 内部公益通報を部署間横断的に受け付ける窓口を設置し、受付・調査・是正の部署及び責任者を明確に定める。責任者は幹部とする。
- 法、指針及びガイドラインが求める事項について、条例を含む内部規程を作成し、規程に従って運用する。
- 支庁、地方事務所、支所、出張所等を置いている団体は、出先機関等における適切な通報対応のための周知・体制整備その他必要な措置をとる。
- 窓口は全部局の総合調整を行う部局またはコンプライアンスを所掌する部局等に設置し、加えて外部に弁護士等を配置した窓口を設けるよう努める。
- 組織の長その他幹部に関係する事案については、これらの者からの独立性を確保する措置をとる。
- 人員・予算の制約により専用窓口の設置が困難な団体は、秘密保持と個人情報保護に留意したうえで、職員倫理の保持や労務環境の確保を目的とする既存窓口を活用することができる。
3 行政措置に代わる統制手段
第20条により消費者庁の行政措置が及ばない以上、地方公共団体の公益通報対応を規律するのは、次の複数の回路の組合せとなる。
第一に、運用状況の公表である。地方公共団体ガイドラインは、内部公益通報対応体制の運用状況についての透明性を高め客観的な評価を可能とするため、秘密保持・個人情報保護・適正な業務遂行・利害関係人の秘密や名誉等の保護に支障が生じない範囲で、通報受付件数、通報事案の概要、調査結果の概要、調査の結果とった措置、調査対応状況の概要、通報対応に要した期間等を定期的に公表することを求める。あわせて、職員等及び中立的な第三者の意見等を踏まえた定期的な評価及び点検と、継続的な改善を求めている。
第二に、消費者庁の役割である。同ガイドラインは、消費者庁が各地方公共団体に対して必要な助言、協力、情報の提供その他の援助を行うこと、法の施行状況を把握するため窓口の設置及び運用状況、通報への対応状況、職員等への研修の実施状況等について調査を行い結果を公表すること、職員への周知・研修を実施し各団体の取組に協力することを定める。行政措置ではないが、調査結果の公表は事実上の外部圧力として機能し得る。
第三に、都道府県の役割である。各都道府県は、区域内の市区町村における体制の適切な整備・運用及び個別事案への適切な対応を確保するため、市区町村相互間の連絡調整と、市区町村に対する助言、協力、情報提供その他の援助を行うよう努めるものとされる。市町村の体制整備が遅れている地域では、都道府県のコンプライアンス所管課が実質的な支援主体となる。
第四に、公務員法制である。国家公務員法・地方公務員法に基づく懲戒処分及び分限処分、人事評価、服務監督がこれに当たる。通報者側の救済としては、不利益処分に関する審査請求(国家公務員法第90条、地方公務員法第49条の2)、勤務条件に関する措置の要求(地方公務員法第46条)がある。
第五に、住民及び議会による統制である。住民監査請求及び住民訴訟(地方自治法第242条、第242条の2)、監査委員監査及び外部監査(同法第252条の27以下)、議会の調査権(同法第100条)が挙げられる。国については、会計検査院の検査、国会の国政調査権(憲法第62条)、行政評価・行政相談の仕組みがある。
第六に、国家賠償である。公益通報を理由とする不利益取扱いや、通報者を特定する行為によって職員が損害を被った場合、当該団体は国家賠償法第1条第1項に基づく責任を負い得る。
4 実例――兵庫県の要綱改正
兵庫県では、令和6年3月に元西播磨県民局長が知事らに関する疑惑を記載した文書を報道機関等に送付し、県が同年5月に停職3月の懲戒処分を行った。県が令和6年9月に設置した第三者調査委員会は、令和7年3月19日、当該文書の送付が法上の外部公益通報に当たると認定したうえで、県が通報者の探索を行ったこと及び元局長の公用パソコンを回収したことを法に違反する行為と評価し、懲戒処分は懲戒権者の裁量権の範囲を逸脱・濫用したものであるとの報告書を公表した。
この事案について、消費者庁が県に対して勧告や公表を行うことはできない。第20条が、まさにその権限を封じているからである。県が令和7年12月24日に公表した公益通報に関する要綱の改正は、県自身の判断による是正である。改正要綱は令和8年1月1日に施行され、職員が報道機関等に外部通報した場合も内部通報と同様の保護を受けられることを明記し、県幹部が関わる事案については外部の専門家によるモニタリングを実施して利益相反をチェックする体制を導入した。指針の令和8年3月31日改正の内容を先取りする形での対応である。
この経過は、第20条の下でも自治体が自律的に是正し得ることを示す一方、外部からの強制力がない以上、是正の有無と水準が当該団体の意思に左右されることも示している。参議院附帯決議第五項が「昨今の地方公共団体における公益通報制度に係る事案を念頭に」と書き起こしたのは、この構造を指している。
十一 指針及び指針の解説との関係
1 指針は公的部門にも及ぶ
「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(令和3年8月20日内閣府告示第118号、令和8年3月31日一部改正内閣府告示第15号)は、法第11条第4項に基づく告示である。同指針第2の用語の説明は、「事業者」に法人格を有しない団体、国・地方公共団体などの公法人も含まれるとしている。
「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」(令和3年10月13日、令和8年3月31日一部改正。施行日は令和8年12月1日)は、第1のⅠ「本解説の目的」において、法第11条第1項及び第2項が公益通報対応業務従事者を定めること及び体制整備等の措置をとることを事業者(国の行政機関及び地方公共団体を含む。)に義務付け、内閣総理大臣がこれらの事項に関する指針を定め、必要があると認める場合等には事業者に対して助言・指導・勧告・命令等をすることができる(法第15条、第15条の2及び第16条)と述べている。
指針の解説が同じ一文の中で公的部門への義務付けと行政措置の根拠条文を並べているため、第20条の存在を知らずに読むと、公的部門にも勧告や命令が及ぶかのような誤読を招きかねない。指針及び指針の解説は義務の内容を示す文書であり、履行確保の主体的範囲は第20条が画するという読み分けが要る。
2 四層構造における第20条の位置
指針の解説は、各措置について、①指針本文、②指針の趣旨、③指針を遵守するための考え方や具体例、④その他に推奨される考え方や具体例という四層で記述する。①は告示としての規範、②はその立法趣旨、③は遵守のために求められる水準、④は義務を超えて推奨される取組である。
第20条が切断するのは、①から③までの水準が満たされない場合に国が介入する手段だけである。①から④の内容そのものは、国の行政機関にも地方公共団体にも等しく妥当する。したがって、公的部門の担当者が指針の解説を読む際、③に記された「遵守するための考え方や具体例」を努力目標として扱うことは誤りである。それは法第11条の義務の内容を具体化した記述であり、行政措置が及ばないことと義務の水準が下がることは別問題である。
地方公共団体ガイドラインが、指針が求める事項の検討に当たっては指針の解説も踏まえる必要があると明記しているのも、この理解に立つ。
3 通報妨害・通報者探索に関する規律
指針の解説は、範囲外共有、通報妨害行為及び通報者探索を防ぐ措置について、法第2条第1項に定める「行政機関等」やその他の外部通報先に対する公益通報についても同様の措置がとられる必要があると述べる。地方公共団体ガイドラインも、組織の長その他幹部からの独立性の確保や利益相反の排除、不利益取扱いの防止及び範囲外共有・通報妨害・通報者探索の防止措置等については、内部公益通報以外の公益通報に対する対応においても同様の措置等をとる必要があるとして、特に留意を求めている。
これらの規律の根拠は第11条第2項及び第11条の2・第11条の3であり、いずれも第20条の除外範囲外である。兵庫県の事案で第三者委員会が問題視した通報者探索は、令和8年12月1日以降は第11条の3の明文に違反する行為となる。
十二 経過措置
令和7年法律第62号の附則は、次のとおり定める。
附則第1条により、同法は公布の日から起算して1年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行するものとされ、令和7年政令第408号により令和8年12月1日と定められた。ただし政令委任に関する附則第8条は公布の日から施行されている。
附則第2条は経過措置の原則として、新法の規定(罰則を除く)は、附則に特別の定めがある場合を除き、施行前にされた旧法第2条第1項に規定する公益通報にも適用するとする。第20条の改正部分は行政措置の適用範囲に関する規定であるから、施行日以後、国及び地方公共団体に対して第15条の2及び第16条が及ばないことが確定する。
附則第6条は、施行前に旧法第15条の規定により報告を求められ、施行の際現に報告がされていないものについてはなお従前の例によるとし、施行前に旧法第15条による勧告を受けた事業者が勧告に従わなかった場合の公表についてもなお従前の例によるとする。国及び地方公共団体は旧法第20条により旧法第15条及び第16条の適用を受けていなかったため、この経過措置が適用される場面はない。民間事業者にとっては、施行前に受けた報告徴収や勧告の処理が旧法の枠組みで続くことを意味する。
附則第7条は罰則に関する経過措置を定め、施行前にした行為及び附則第6条第1項によりなお従前の例によることとされる場合における施行後の行為に対する罰則の適用については、なお従前の例によるとする。
附則第9条は、政府に対し施行後3年を目途として新法の施行状況を勘案した検討を求める。参議院附帯決議第五項が求める第20条の除外規定の在り方の検討は、この規定を受け皿とする。
十三 実務チェックリスト
民間事業者向け
- 常時使用する労働者の数を確認し、第11条第1項・第2項の義務対象か努力義務対象かを判定しているか。
- 従事者指定を書面等により明確に行い、指定の記録を保存しているか。命令違反は罰則に直結する。
- 第16条第1項の立入検査に備え、内部規程、従事者指定記録、通報受付台帳、調査記録、是正措置記録の所在と保存期間を整理しているか。
- 検査時に提示される身分証明書を確認する手順を、受付部門と法務部門で共有しているか。
- 自治体からの受託業務、指定管理、外郭団体への出向を通じた業務について、通報対応の責任分担と相互通知の取決めを契約書または協定に盛り込んでいるか。
- 独立行政法人、国立大学法人、地方独立行政法人、地方三公社、第三セクターと共同事業を行う場合、これらが行政措置の対象であることを前提に体制を確認しているか。
- 通報者に対し、行政措置の有無について正確な説明ができる資料を窓口担当者に配布しているか。
国の機関・地方公共団体向け
- 常時使用する労働者の数を確認し、第11条第1項・第2項が法的義務として課される規模か把握しているか。一部事務組合・広域連合についても個別に判定しているか。
- 第20条により消費者庁の助言・指導・勧告・命令・公表・報告徴収・立入検査が及ばないことと、第11条の義務が減じられないことを、幹部及び所管課が正しく理解しているか。
- 内部公益通報受付窓口を全部局の総合調整部局またはコンプライアンス所管部局に設置し、責任者を幹部として明示しているか。
- 外部に弁護士等を配置した窓口を設置しているか。設置していない場合、その理由と代替措置を記録しているか。
- 組織の長その他幹部に関係する事案について、これらの者からの独立性を確保する具体的手順を内部規程に落とし込んでいるか。外部専門家によるモニタリングの導入を検討したか。
- 出先機関等における周知と体制整備を行っているか。
- 第11条の2(通報妨害の禁止)及び第11条の3(通報者探索の禁止)に抵触し得る運用――通報者の特定を目的とする聞き取り、公用端末の一斉調査、口外禁止の誓約徴取――を洗い出し、廃止または要件を限定したか。
- 従事者に対し、第12条の守秘義務と第22条の罰金が公務員にも適用されることを研修で明示しているか。国家公務員法・地方公務員法上の守秘義務との違いを説明しているか。
- 公益通報を理由とする分限免職または懲戒処分について、任命権者でなくとも実質的な意思決定に関与した者が第21条第1項の罰則の対象となり得ることを、人事担当部局と共有しているか。
- 運用状況(受付件数、事案概要、調査結果概要、措置内容、対応期間等)を定期的に公表しているか。公表様式と公表時期を規程化しているか。
- 職員等及び中立的な第三者の意見を踏まえた定期的な評価・点検の仕組みを設けているか。
- 都道府県においては、区域内市区町村への連絡調整と助言の体制を整備しているか。市区町村においては、都道府県の支援を活用しているか。
- 二号通報(第13条第2項)に応じるための体制が、内部公益通報対応体制とは別に整備されているか。
- 消費者庁の施行状況調査に対する回答部署と、回答内容の庁内確認手順を定めているか。
十四 次回予告
次回は第21条(罰則)を扱う。令和7年改正により新設された、公益通報を理由とする解雇等特定不利益取扱いに対する直罰規定である。行為者に6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金を科す第1項と、命令違反・報告懈怠・検査拒否等に30万円以下の罰金を科す第2項を、構成要件、故意の内容、第9条による公務員への読替え、第23条の両罰規定との関係に沿って分析する。
参考資料・参照先
- 公益通報者保護法(平成16年法律第122号、令和7年法律第62号による改正後・令和8年12月1日施行)
- 公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)新旧対照条文
- 公益通報者保護法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令(令和7年政令第408号)
- 消費者庁「公益通報者保護法第20条(適用除外)」逐条解説
- 公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(令和3年8月20日内閣府告示第118号、令和8年3月31日一部改正内閣府告示第15号)
- 消費者庁「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」(令和3年10月13日、令和8年3月31日一部改正、施行日令和8年12月1日)
- 消費者庁「公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(内部の職員等からの通報)」(平成29年7月31日制定、令和8年5月29日最終改正)
- 消費者庁「公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(外部の労働者等からの通報)」(平成29年7月31日制定、令和8年5月29日最終改正)
- 消費者庁「公益通報ハンドブック(改正法準拠版)」(令和8年6月30日)
- 参議院消費者問題に関する特別委員会「公益通報者保護法の一部を改正する法律案に対する附帯決議」(令和7年6月2日)
- 衆議院消費者問題に関する特別委員会「公益通報者保護法の一部を改正する法律案に対する附帯決議」(令和7年4月24日)
- 消費者庁「行政機関における公益通報者保護法の施行状況調査」各年度版
- 消費者庁「地方公共団体における公益通報者保護制度の整備運用について(説明用資料)」(令和2年2月)
- 消費者庁「民間事業者の内部通報対応――実態調査結果概要」(令和6年4月)
- 最三小判昭和52年12月20日民集31巻7号1101頁(神戸税関事件)
- 最一小判平成2年1月18日民集44巻1号1頁(伝習館高校事件)
- 最一小判平成7年6月23日民集49巻6号1600頁(クロロキン薬害訴訟)
- 最二小判平成16年10月15日民集58巻7号1802頁(水俣病関西訴訟)
- 最一小判平成26年10月9日民集68巻8号799頁(泉南アスベスト訴訟)
- 最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号554頁(川崎民商事件)
- 兵庫県第三者調査委員会報告書(令和7年3月19日)及び兵庫県公益通報に関する要綱改正(令和7年12月24日公表、令和8年1月1日施行)
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