1 条文原文

(権限の委任) 第十九条 内閣総理大臣は、この法律による権限(政令で定めるものを除く。)を消費者庁長官に委任する。

本条は第4章「雑則」に置かれ、第18条(内閣総理大臣による情報の収集、整理及び提供)と第20条(適用除外)に挟まれる。第15条から第18条までが内閣総理大臣を主語として権限と責務を定めるのに対し、本条はそれらの権限を誰が現実に行使するのかを指定する組織法的な規定である。

括弧書きが引用する政令は、公益通報者保護法第十九条の規定により消費者庁長官に委任されない権限を定める政令(令和4年政令第9号)である。同政令は本則一箇条のみからなる。

内閣は、公益通報者保護法(平成十六年法律第百二十二号)第十九条の規定に基づき、この政令を制定する。 公益通報者保護法第十九条の政令で定める権限は、同法第十一条第四項の規定並びに同条第五項及び第六項(これらの規定を同条第七項において準用する場合を含む。)の規定による権限とする。

除外される権限の内容を確認するため、第11条第4項から第7項までを引用する。

4 内閣総理大臣は、第一項及び第二項(これらの規定を前項の規定により読み替えて適用する場合を含む。)の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(以下この条において単に「指針」という。)を定めるものとする。

5 内閣総理大臣は、指針を定めようとするときは、あらかじめ、消費者委員会の意見を聴かなければならない。

6 内閣総理大臣は、指針を定めたときは、遅滞なく、これを公表するものとする。

7 前二項の規定は、指針の変更について準用する。


2 旧法との対照

令和7年法律第62号の新旧対照条文には第19条が現れない。傍線を付された改正部分に含まれておらず、条文の文言も条数も動いていない。

事項旧法(令和2年改正法)改正法(令和7年改正法)
条数第19条第19条(変更なし)
見出し権限の委任権限の委任(変更なし)
本文内閣総理大臣は、この法律による権限(政令で定めるものを除く。)を消費者庁長官に委任する。同一
委任の除外を定める政令令和4年政令第9号同一(改正なし)
委任される権限の内容旧第15条の報告徴収・助言・指導・勧告、旧第16条の公表、第17条の照会等第15条の助言・指導、第15条の2の勧告・命令・公表、第16条の報告徴収・立入検査、第17条の照会等

条文が同一でありながら中身が変動する点に、本条の特徴がある。第19条は「この法律による権限」を包括的に委任する方式をとるため、法律本体に新たな権限が創設されれば、政令で除外されない限り、その新権限も当然に消費者庁長官へ移る。令和7年改正に際して第19条の改正も政令の改正も要しなかったのは、この包括委任方式が採用されていたからである。

なお、令和4年政令第9号が引用する第11条第4項から第7項までは令和7年改正の対象外であり、新旧対照条文でも「3~7(略)」と表示されている。政令の引用先がずれていないことは、条文番号の点検上も確認できる。


3 立法沿革

3-1 平成16年制定時

平成16年法律第122号として制定された当初の公益通報者保護法は、全11箇条と附則及び別表から構成され、事業者に対する行政の監督権限を一切定めていなかった。労働者の保護要件と通報先の類型を明らかにし、通報を理由とする解雇を無効とすることが法律の中心であり、行政機関に課されたのは第10条(当時)の必要な調査及び措置と第11条(当時)の教示にとどまる。内閣総理大臣を主語とする権限規定が存在しない以上、権限の委任を定める必要もなかった。

3-2 平成21年の消費者庁設置

消費者庁及び消費者委員会設置法(平成21年法律第48号)第2条第1項は、内閣府設置法第49条第3項の規定に基づいて、内閣府の外局として消費者庁を設置するとし、同条第2項は消費者庁の長を消費者庁長官とする。同法第4条第1項第22号は公益通報者の保護に関する事務を消費者庁の所掌事務とし、内閣府設置法第4条第3項第61号もこれを受けている。この段階で、本法の実務は内閣府国民生活局から消費者庁へ移った。もっとも、当時の法律には委任すべき権限が存在しなかったため、第19条に相当する規定はなお設けられていない。

3-3 令和2年改正による新設

令和2年法律第51号は、第11条に従事者指定義務と体制整備義務を新設するとともに、その履行を確保するため、旧第15条に報告徴収・助言・指導・勧告を、旧第16条に勧告不服従時の公表を置いた。内閣総理大臣を主語とする権限が初めて登場したことに伴い、旧第19条として権限の委任規定が置かれた。

消費者庁が公表する逐条解説は、第15条の解説において権限の主体を次のように説明する。すなわち、内閣府及び消費者庁が公益通報者の保護に関する事務を所掌していることから、当該事務の主任の大臣である内閣総理大臣に報告の徴収、助言、指導及び勧告並びに公表の権限が付与された。その上で、これらの権限は個別具体的な事案において行使されるものであり、公益通報者の保護に関する実務に精通した消費者庁に担わせることが適当であるため、内閣総理大臣の権限を消費者庁長官に委任することとされた、という説明である。第19条の解説も同じ趣旨を繰り返している。

主任の大臣という語は内閣法第3条第1項に由来し、行政事務を分担管理する各大臣を指す。内閣府設置法第6条第2項は、内閣総理大臣を内閣府に係る主任の大臣とする。法律の所管が内閣府にある以上、法律上の権限はまず内閣総理大臣に帰属せざるを得ず、その上で実務を担う外局の長へ委任するという二段構えが採られている。

3-4 令和4年政令第9号による除外

令和4年政令第9号は、令和2年改正法の施行日である令和4年6月1日に合わせて施行された。消費者庁の逐条解説は、除外の理由を、第11条第4項に基づく指針が事業者にとらせる措置の内容に関わるという性質を有し、法体系上の比重が大きいことから、その策定権限を消費者庁長官に委任する権限から除外する旨が政令に規定された、と説明する。

指針は、第11条第1項及び第2項という法律上の義務の内容を具体化する法規命令的な性質を有する。義務の輪郭を決める規範定立の作用と、個別事案において義務違反を是正させる執行の作用とを、異なる機関に配分したのが現行の構造である。第11条第5項が消費者委員会への意見聴取を義務付け、同条第6項が公表を義務付けているのも、規範定立作用に対する手続的統制として理解できる。

3-5 令和7年改正における位置づけ

令和7年法律第62号は、令和7年3月4日に国会へ提出され、同年4月24日に衆議院において修正議決を経て、同年6月4日に参議院で可決成立し、同月11日に公布された。施行日は令和8年12月1日である。衆議院における修正により、附則の検討条項の期間は施行後5年から3年に短縮された。

同改正は、第15条を助言及び指導に純化し、第15条の2を新設して勧告・命令・公表を置き、第16条を報告及び検査に改め、命令違反及び検査拒否等に対する罰則を第21条第2項に設けた。行政措置の強度が一段引き上げられたにもかかわらず、第19条は改正されていない。包括委任方式の帰結として、新設された命令権と立入検査権もそのまま消費者庁長官の権限となる。


4 用語解説

新任担当者が本条を読む際に必要となる概念を整理する。

権限の委任とは、行政庁がその権限の一部又は全部を他の行政機関に移し、受任機関が自己の名と責任において当該権限を行使する仕組みをいう。権限そのものが移るため、法律の根拠を要する。第19条は、その根拠規定である。

委任庁と受任庁は、それぞれ権限を委任した機関と委任を受けた機関を指す。本条では内閣総理大臣が委任庁、消費者庁長官が受任庁である。

専決とは、行政庁の権限に属する事務について、補助機関が行政庁の名で意思決定を行う内部的な取扱いをいう。権限は移らず、対外的な行為の名義も行政庁のままである。代決は、決裁権者が不在の場合に一時的に代わって決裁することをいう。いずれも訓令又は決裁規程によって定められ、法律の根拠を要しない点で委任と異なる。

内部委任という語も同義で用いられることがあるが、対外的な名義が移るか否かで委任と区別される。

主任の大臣とは、内閣法第3条第1項により行政事務を分担管理する各大臣をいう。本法の主任の大臣は内閣総理大臣である。

外局とは、内閣府設置法第49条第1項により内閣府に置かれる委員会及び庁をいう。同条第3項は、その設置及び廃止を法律で定めるとする。消費者庁はこれに当たる。

告示とは、行政機関がその所掌事務について公示を必要とする場合に発する形式をいう。内閣府設置法第7条第5項は、内閣総理大臣が内閣府の所掌事務について告示を発することができると定める。指針が内閣府告示第118号の形式をとるのは、第11条第4項の権限が内閣総理大臣に留保されているためである。

内閣府令とは、内閣総理大臣が内閣府に係る主任の行政事務について発する命令をいう(内閣府設置法第7条第3項)。外局の長は、その機関の所掌事務について、内閣総理大臣に対し、案をそなえて内閣府令を発することを求めることができるにとどまる。

処分庁とは、行政不服審査法第4条第1号にいう処分をした行政庁をいう。委任があれば受任庁が処分庁となる。


5 逐条解説

5-1 「この法律による権限」の範囲

第19条は権限を個別に列挙せず、「この法律による権限」と包括的に定める。改正法の下で委任の対象となる権限を条文順に整理すると、次のとおりである。

条項権限の内容委任の有無
第11条第4項指針の策定除外(令和4年政令第9号)
第11条第5項指針策定に先立つ消費者委員会への意見聴取除外(同上)
第11条第6項指針の公表除外(同上)
第11条第7項第5項及び第6項の指針変更への準用除外(同上)
第15条事業者に対する助言及び指導委任
第15条の2第1項従事者指定義務違反の是正勧告委任
第15条の2第2項勧告に係る措置をとるべき旨の命令委任
第15条の2第3項命令をした旨の公表委任
第15条の2第4項体制整備義務等に関する勧告委任
第15条の2第5項勧告不服従の公表委任
第16条第1項報告徴収及び立入検査委任
第16条第2項報告徴収委任
第17条関係行政機関への照会及び協力の要請委任

第18条の情報の収集、整理及び提供は、内閣総理大臣に努力を求める責務規定であって、相手方に対して一方的に法的効果を及ぼす権限ではない。もっとも、当該事務の遂行主体が消費者庁であることは、第18条の解説で述べたとおりであり、公益通報者保護制度相談ダイヤルの運営や施行状況調査の公表は消費者庁参事官(公益通報・協働担当)の所管として行われている。

委任の対象とならないものが二種類ある。

第一に、政令の制定権限である。第2条第3項の別表第8号を受けた公益通報者保護法別表第八号の法律を定める政令(平成17年政令第146号)を制定改廃する権限は、憲法第73条第6号により内閣に属する。内閣総理大臣の権限ではないため、第19条の委任の対象とならない。

第二に、内閣府令の制定権限である。第16条第1項の立入検査をする職員が携帯する身分を示す証明書の様式を定める内閣府令は、内閣府設置法第7条第3項に基づき内閣総理大臣が発するものであり、消費者庁長官が自ら発することはできない。第19条が委任するのは本法による権限であって、内閣府設置法に基づく命令制定権限ではない。この点は形式論に見えるが、令和8年6月に意見募集の結果が公表された当該内閣府令が内閣府令として公布される理由を説明する。

5-2 「政令で定めるものを除く」の意味

括弧書きは、内閣が政令によって委任の範囲を限定することを認めるものである。委任の範囲を法律で確定せず政令に委ねる方式は、行政組織の実情に応じた調整を可能にする反面、法律による行政の原理との緊張を伴う。もっとも、ここで政令に委ねられているのは権限の帰属先という組織内部の配分であって、国民の権利義務の内容ではない。除外の範囲が広狭いずれに変動しても、事業者が負う義務の内容は変わらない。委任の限界を論ずる実益は乏しいというべきである。

現行の令和4年政令第9号が除外したのは、指針に関する第11条第4項から第7項までの権限に限られる。したがって、事業者に直接向けられる行政措置は、例外なく消費者庁長官の権限である。実務書や解説記事が第15条以下の主語を消費者庁長官と書き換えて説明するのは、この帰結による。

5-3 委任の法的効果

権限の委任がされると、委任庁は当該権限を失い、受任庁が自己の名と責任において権限を行使する。第15条の2第2項の命令は、条文上は内閣総理大臣を主語とするが、現実には消費者庁長官名で発せられる。命令書の名義人が内閣総理大臣であった場合、権限を有しない機関による処分として違法となる余地がある。

委任庁は権限を失うが、上級行政庁としての指揮監督権限までは失わない。内閣府設置法上、内閣総理大臣は内閣府の事務を統括し、職員の服務について統督する。消費者庁長官は内閣総理大臣の指揮監督に服する立場にあり、通達又は訓令によって権限行使の方針が示されることは妨げられない。ただし、個別事案について内閣総理大臣が自ら処分を行うことはできない。

5-4 委任と専決の区別

消費者庁の内部では、消費者庁長官の権限に属する事務について、決裁規程に基づく専決及び代決が行われる。第15条の助言のように定型的で軽微な行為は、参事官等の専決に付されることが想定される。専決は内部的な事務処理方法であり、対外的には消費者庁長官の行為として扱われる。他方、第15条の2第2項の命令のように相手方に義務を課し刑事罰に接続する処分は、長官決裁を要するのが通例である。

事業者側から見ると、受領した文書の名義が消費者庁長官であるか参事官であるかは、処分性の判断に直結する。命令として争うべき文書であるにもかかわらず参事官名義の事務連絡の体裁をとっている場合、その性質を確認した上で対応する必要がある。

5-5 再委任の不存在

消費者庁には地方支分部局が置かれていない。労働基準行政における都道府県労働局及び労働基準監督署のような執行機関を持たないため、消費者庁長官が受けた権限を地方の機関へ再委任する仕組みは存在しない。第16条第1項の立入検査を行う「その職員」も、消費者庁の職員に限られる。

このことは執行体制の量的制約を意味する。命令と立入検査の対象となる常時使用する労働者の数が301人以上の事業者は全国に多数存在するのに対し、権限を行使できるのは霞が関の一部局のみである。第17条が関係行政機関への照会及び協力の要請を定めるのは、この制約を補うためである。地方公共団体向けガイドラインが消費者庁の役割として各地方公共団体に対する助言、協力、情報の提供その他の援助を掲げるのも、同じ文脈にある。


6 手続法上の帰結

6-1 行政手続法

第15条の2第2項の命令は、名あて人に義務を課す不利益処分である。行政手続法第13条第1項第2号により、命令に先立って弁明の機会の付与が必要となる。聴聞が必要となるのは同項第1号に掲げる場合であり、命令はこれに当たらない。

不利益処分をしようとする行政庁は、行政手続法第12条第1項により処分基準を定め公にするよう努めなければならない。ここでいう行政庁は消費者庁長官である。処分基準が公表されれば、事業者にとっては命令の発動要件を事前に把握する手掛かりとなる。

行政手続法第14条第1項により、不利益処分をする場合には理由を示さなければならない。理由提示の程度については、一級建築士免許取消処分に関する最判平成23年6月7日民集65巻4号2081頁が、いかなる事実関係に基づきいかなる法令適用によって処分がされたのかを名あて人において了知し得る程度の提示を要するとした。命令書における違反事実の特定は、この水準を満たす必要がある。

第15条の助言及び指導、第15条の2第1項の勧告は行政指導に当たり、行政手続法第32条以下の規律を受ける。同法第35条第2項により、行政指導が口頭でされた場合、相手方は書面の交付を求めることができる。求める相手方は消費者庁長官である。

6-2 行政不服審査法

命令に不服がある事業者は審査請求をすることができる。審査請求をすべき行政庁は、行政不服審査法第4条第1号により、処分庁等が内閣府設置法第49条第1項に規定する庁の長である場合には当該処分庁等となる。消費者庁は内閣府設置法第49条第1項の庁であり、その長は消費者庁長官であるから、審査請求は消費者庁長官に対してすることになる。内閣総理大臣に対して審査請求をするものではない。

処分庁が審査庁となる場合であっても、行政不服審査法第9条により審理員が指名され、処分に関与しなかった職員が審理手続を主宰する。審査庁は、裁決をしようとするときは、同法第43条第1項により行政不服審査会に諮問しなければならない。

行政不服審査法第82条により、処分庁は処分に際して不服申立てをすることができる旨、不服申立てをすべき行政庁及び期間を書面で教示しなければならない。教示を誤った場合の救済は同法第83条に定められている。

6-3 行政事件訴訟法

命令の取消訴訟における被告は、行政事件訴訟法第11条第1項第1号により、処分をした行政庁の所属する国、すなわち国となる。訴状には同条第4項により処分をした行政庁を記載しなければならず、ここに消費者庁長官と記載する。国を代表するのは法務大臣である。

行政事件訴訟法第46条第1項により、処分をする際には取消訴訟の被告とすべき者、出訴期間その他の事項を教示しなければならない。

第15条の助言及び指導並びに第15条の2第1項の勧告については、処分性が問題となる。医療法上の病院開設中止勧告について処分性を認めた最判平成17年7月15日民集59巻6号1661頁は、勧告に従わない場合に相当程度の確実さをもって保険医療機関の指定を受けられなくなるという後続の法的仕組みを考慮した。本法において、第15条の2第1項の勧告は不服従が第2項の命令の要件となり、命令違反が第21条第2項第1号の罰金に接続する。同判決の枠組みを当てはめる余地があるが、命令それ自体を争う道が開かれている以上、勧告段階での出訴を認める必要性は低いとみることもできる。いずれにせよ、争う相手方は消費者庁長官を処分行政庁とする国である。


7 判例・裁判例

7-1 委任立法の統制

第11条第4項の指針策定権限が内閣総理大臣に留保されていることの意義は、委任立法の限界に関する判例と併せて理解される。

最判平成25年1月11日民集67巻1号1頁は、薬事法の委任を受けた厚生労働省令が一般用医薬品の郵便等販売を規制した事案について、規制の範囲及び程度が法律の委任の範囲を逸脱するものとして当該省令の規定を無効とした。授権法律の趣旨から委任の範囲を画し、下位規範の適法性を審査する枠組みが示されている。

最判平成14年1月31日民集56巻1号246頁は、児童扶養手当法施行令が支給対象児童から父から認知された婚姻外懐胎児童を除外した規定について、法の委任の趣旨に反し違法無効であるとした。政令であっても委任の範囲を超えれば効力を否定される。

指針は内閣府告示の形式をとるが、第11条第1項及び第2項の義務内容を具体化する法規たる性質を有すると解される以上、これらの判断枠組みの下に置かれる。指針の内容が第11条の趣旨から乖離すれば、当該部分を根拠とする勧告及び命令の適法性が争われ得る。策定権限を内閣総理大臣に留保し、消費者委員会の意見聴取と公表を義務付けた第11条第5項及び第6項は、この統制を制度内部で先取りする手続である。

7-2 規制権限の不行使

委任を受けた機関は、権限を行使する立場に立つと同時に、行使しないことの責任を負う立場にも立つ。

最判平成16年4月27日民集58巻4号1032頁(筑豊じん肺訴訟)は、鉱山保安法に基づく省令制定権限を通じた規制権限の不行使について、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、国家賠償法第1条第1項の適用上違法となるとした。

最判平成16年10月15日民集58巻7号1802頁(関西水俣病訴訟)も、水質二法に基づく規制権限の不行使について同様の枠組みを用いて国の責任を認めた

最判平成26年10月9日民集68巻8号799頁(泉南アスベスト訴訟)は、労働大臣が労働基準法に基づく省令制定権限を行使して排気装置の設置を義務付けなかったことを違法とした。

これらは、権限の帰属先が明確であることの裏面として、当該機関の不作為が司法審査に服することを示す。改正法により消費者庁長官に命令権と立入検査権が付与された以上、内部通報体制の不備が具体的な被害に結び付いた事案において、権限不行使の当否が問われる場面は理論的にあり得る。

7-3 立入検査権限の性質

第16条第4項は、立入検査の権限が犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならないと定める。最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号554頁(川崎民商事件)は、旧所得税法上の質問検査について、憲法第35条及び第38条の趣旨が行政手続にも及び得るとしつつ、当該検査が刑事責任追及を目的とするものでないこと等を理由に違憲でないとした。消費者庁長官が委任を受けて行使する検査権限も、この枠内にある。検査を担当する職員は、身分を示す証明書を携帯し関係者に提示しなければならない(第16条第3項)。

7-4 内部通報を理由とする不利益取扱い

行政の執行権限が整備される以前、通報者の救済はもっぱら司法に委ねられていた。

富山地判平成17年2月23日労判891号12頁(トナミ運輸事件)は、闇カルテルを外部に通報した従業員が長期にわたり昇進及び昇格を停止され隔離された処遇を受けた事案について、人事権の裁量を逸脱するものとして損害賠償を命じた。本法制定前の行為に関する判断であり、公序良俗及び人格権を手掛かりとした救済である。

東京高判平成23年8月31日労判1035号42頁(オリンパス事件)は、上司の不正行為を社内のコンプライアンス窓口に通報した従業員に対する配置転換について、通報を理由とする不利益取扱いとして無効とし、損害賠償を認めた。内部通報制度が形式的に存在していても運用が機能しなければ通報者の保護に至らないことを示す事案である。

これらの事案が示すのは、行政による履行確保が制度として用意されるまで、体制整備の不備が民事訴訟の場でしか可視化されなかったという事実である。第19条によって権限行使の主体が特定され、令和7年改正によってその権限が命令と刑事罰にまで届くようになったことは、救済の入口が司法以外にも開かれたことを意味する。


8 企業の内部通報実務への影響

8-1 交渉相手は消費者庁長官である

事業者が本法に関して行政と接触する場面は、次の三つに整理できる。第一に、第16条第2項に基づく報告の求めに応じる場面。第二に、第15条の助言・指導又は第15条の2第1項若しくは第4項の勧告を受ける場面。第三に、第15条の2第2項の命令を受ける場面である。いずれも相手方は消費者庁長官であり、文書の名義もこれに従う。

内閣総理大臣名義の文書が届くことは、指針の改正を告示する場合を除き、想定されない。逆に、指針の改正は内閣府告示として官報に掲載される。事業者の規程改定の起点となる情報源が官報であるのは、この形式による。

8-2 指針と指針の解説の性質の差

指針は第11条第4項に基づく内閣府告示であり、内閣総理大臣が消費者委員会の意見を聴いた上で定め、公表する。これに対し、指針の解説は消費者庁が作成し公表する文書であり、法律上の根拠規定を持たない。両者の法的性質は異なる。

指針の解説は、その構成を次の四層に整理している。

項目内容
①『指針の本文』指針の規定を項目ごとに記載した項目
②『指針の趣旨』指針の各規定について、その趣旨・目的・背景等を記載した項目
③『指針を遵守するための考え方や具体例』指針を遵守するために参考となる考え方(例:指針の解釈)や指針が求める措置に関する具体的な取組例を記載した項目
④『その他に推奨される考え方や具体例』指針を遵守するための取組を超えて、事業者が自主的に取り組むことが期待される推奨事項に関する考え方や具体例を記載した項目

①は内閣総理大臣が留保した権限の産物であり、②から④までは消費者庁の解釈及び運用指針である。指針の解説自身が、本解説の具体例を採用しない場合であっても、事業者の状況等に即して類似又は同様の措置を講ずる等、適切な対応を行っていれば公益通報対応体制整備義務等違反となるものではないと述べているのは、③④が法規たる性質を持たないことの表明である。

この区別は、勧告及び命令に対して争う際の主張構成に影響する。①からの逸脱は義務違反に直結し得るが、④からの逸脱を理由に命令が発せられれば、指針が求める措置を超える負担を課すものとして違法を主張する余地がある。

なお、指針の解説の第1「はじめに」は、内閣総理大臣がこれらの事項に関する指針を定め、必要があると認める場合等には事業者に対して助言・指導・勧告・命令等をすることができる(法第15条、第15条の2及び第16条)と記述している。ここでの主語は法文どおり内閣総理大臣であるが、第19条により、後段の助言以下の行為主体は消費者庁長官である。行政文書の主語をそのまま読むと権限主体を取り違えるおそれがあり、社内資料を作成する際には注意を要する。

8-3 消費者庁への照会と相談

消費者庁は公益通報者保護制度相談ダイヤルを設置しており、法の内容や解釈に関する事業者及び従業員からの問合せ、通報対応に関する行政機関からの相談、適切な通報先に関する問合せを受け付けている。個別の通報の受付は行っていない。

相談件数は次のとおり推移している。

期間件数
令和5年度(令和5年4月1日~令和6年3月31日)3,738件
令和6年度(令和6年4月1日~令和7年3月31日)5,857件
令和7年度(令和7年4月1日~令和8年3月31日)4,854件

令和6年度に大きく増加した後、令和7年度は減少している。令和8年12月1日の施行を控え、令和8年度は再び増加することが見込まれる。この窓口を担当するのは消費者庁参事官(公益通報・協働担当)であり、第15条以下の権限行使を所管する部署と同一である。相談の内容が事実上の情報収集として機能する可能性を踏まえた対応が求められる。


9 地方公共団体における取扱い

9-1 第20条による適用除外

第二十条 第十五条から第十六条までの規定は、国及び地方公共団体には、適用しない。

「第十五条から第十六条まで」には条文の配列上、第15条、第15条の2、第16条が含まれる。国の行政機関及び地方公共団体は、事業者として第11条の義務を負いながら、消費者庁長官の助言・指導・勧告・命令・報告徴収・立入検査を受けない。旧法の第20条が「第十五条及び第十六条」と列挙していたのに対し、改正法が「第十五条から第十六条まで」と範囲指定に改めたのは、新設された第15条の2を除外の対象に取り込むためである。

第19条との関係でいえば、消費者庁長官が委任を受けた権限のうち、事業者に向けられる措置権限は、その名宛人から国及び地方公共団体が除かれる。第17条の関係行政機関への照会等及び第18条の情報の収集等には第20条の適用がなく、これらは地方公共団体との関係でも機能する。

9-2 消費者庁の役割

地方公共団体向けガイドラインは、消費者庁の役割として次の三点を掲げる。第一に、地方公共団体における内部公益通報対応体制の適切な整備及び運用並びに個別の通報事案に対する適切な対応を確保するため、各地方公共団体に対して必要な助言、協力、情報の提供その他の援助を行うこと。第二に、法の施行状況を把握するため、各地方公共団体における内部公益通報受付窓口の設置及び運用状況、通報への対応状況、職員等への研修の実施状況等について調査を行い、その結果を公表すること。第三に、内部公益通報対応体制の適切な整備及び運用に関して、各地方公共団体の職員への周知、研修等を行うことである。

同ガイドラインは、地方自治法第245条の4第1項に基づく技術的な助言として位置付けられる。技術的な助言は、地方公共団体の自主性及び自立性への配慮を定める同法第245条の3の下で、従うべき法的義務を伴わない関与である。第15条の2の命令が及ばない領域を、非権力的な関与が埋める構造となっている。

9-3 地方公共団体内部の権限委任

第19条が国の機関相互の権限配分を定めるのに対し、地方公共団体においては地方自治法が同じ役割を担う。地方自治法第153条第1項は、普通地方公共団体の長がその権限に属する事務の一部をその補助機関である職員に委任し、又はこれに臨時に代理させることができると定め、同条第2項は、その管理に属する行政庁に委任することができると定める。地方自治法第252条の17の2は、条例による事務処理の特例として、都道府県知事の権限に属する事務の一部を市町村が処理することとする仕組みを設ける。

この点は、通報対応の実務に直接影響する。地方公共団体向けガイドライン(外部の労働者等からの通報)は、協力義務等の項目において、各地方公共団体は、法令に違反する事実について処分又は勧告等をする権限を他の行政機関に委任等をしている場合において、当該法令違反の事実に関する通報がなされたときは、通報に関する秘密保持及び個人情報の保護に留意しつつ、当該他の行政機関と通報及び通報への対応状況に関する情報を共有し、通報対応への助言を行うなど、適切な法執行を確保するために必要な協力、支援等(委任庁が受任庁に対して指揮監督権限を有する場合においては、当該権限の適切な行使も含む。)を行うと定める。

委任庁が指揮監督権限を有する場合にその適切な行使を求める記述は、権限の委任があっても委任庁が無関係となるわけではないという原則を、通報対応の場面に具体化したものである。第2条第4項の「処分又は勧告等をする権限を有する行政機関」の特定に当たっても、委任の有無を確認しなければ通報先を誤ることになる。誤って権限を有しない行政機関に通報がされた場合には、第14条により権限を有する行政機関を教示しなければならない。

9-4 自治体実務における確認事項

地方公共団体の担当職員が確認すべきは、第一に、自団体が受任庁として外部通報を受け付ける対象法令の範囲である。都道府県から市町村へ事務処理の特例により移譲された事務については、当該市町村が権限を有する行政機関となる。第二に、自団体が委任庁として他の機関に権限を委任している場合の連携方法である。第三に、内部の職員等からの通報について、消費者庁の助言と援助を求める窓口が存在することである。

近年、地方公共団体における公益通報文書の取扱いをめぐる事案が社会的な関心を集め、第三者委員会による調査と報告が行われている。これらの事案において消費者庁がとり得る対応が助言及び情報提供にとどまるのは、第20条による適用除外の帰結である。第19条が委任した権限が及ばない領域が制度上存在することを、自治体の側も認識しておく必要がある。


10 附則及び経過措置

第19条は令和7年改正の対象外であるから、本条自体に関する経過措置は置かれていない。令和7年法律第62号の附則第1条により、改正法は令和8年12月1日から施行される。同日以降、第15条の2の勧告・命令・公表及び第16条の報告徴収・立入検査の権限が、第19条により消費者庁長官に帰属する。

留意すべきは、これらの権限が施行日前の事業者の状態に対して行使され得るかという点である。第15条の2第1項の勧告は、第11条第1項の規定に違反していると認めるときに発せられる。ここでの違反は、勧告時点における継続的な状態を指す。施行日前から従事者を定めていない事業者は、施行日以後も定めていない限り違反状態が継続しているから、施行日以後に勧告及び命令の対象となる。施行日前の期間について遡って責任を問うものではないが、施行日をもって是正が完了していなければ権限行使を免れないことになる。

令和4年政令第9号は令和7年改正に伴う改正を受けていない。したがって、施行日以後も除外されるのは第11条第4項から第7項までの権限に限られる。


11 実務上の確認事項

11-1 民間事業者向け

  1. 本法に関して受領した行政文書の名義が消費者庁長官であるかを確認する。
  2. 文書が助言・指導・勧告・命令のいずれに当たるかを、根拠条項の記載により判別する。
  3. 命令を受けた場合の審査請求先が消費者庁長官であることを、社内の危機対応手順に明記する。
  4. 命令の取消訴訟の被告が国であり、処分行政庁として消費者庁長官を記載することを確認する。
  5. 命令に先立つ弁明の機会の付与に対応する部署及び責任者を、あらかじめ定める。
  6. 命令書の理由提示が不十分である場合に備え、受領時点で記載内容を保全する。
  7. 行政指導が口頭でされた場合に書面の交付を求める運用を、社内で共有する。
  8. 指針の改正は内閣府告示として官報に掲載されるため、官報の確認手順を設ける。
  9. 指針と指針の解説の法的性質の差を理解し、社内規程が指針本文と推奨事項のいずれに対応するものかを区別して記録する。
  10. 社内資料において法文の主語を内閣総理大臣と記載する場合、実際の行為主体が消費者庁長官である旨を注記する。
  11. 第16条第2項の報告徴収に対する回答責任者と回答期限管理の仕組みを整える。
  12. 立入検査を受ける場合に備え、職員の身分証明書の提示を確認する手順を定める。
  13. 消費者庁の相談ダイヤルへの照会内容が記録される可能性を踏まえ、照会前に内部で論点を整理する。
  14. 常時使用する労働者の数が301人以上か否かにより、命令及び刑事罰の適用範囲が異なることを確認する。
  15. 子会社及びグループ会社について、事業者ごとに人数要件を判定する。

11-2 地方公共団体向け

  1. 第20条により、消費者庁長官の助言・指導・勧告・命令・報告徴収・立入検査を受けないことを確認する。
  2. 第11条の義務そのものは免除されていないことを、庁内研修で明示する。
  3. 地方公共団体向けガイドラインが地方自治法第245条の4第1項の技術的な助言であることを、規程の前文等に位置付ける。
  4. 消費者庁による施行状況調査への回答体制を整える。
  5. 自団体が権限を有する行政機関となる対象法令の一覧を作成し、更新する。
  6. 都道府県から移譲を受けた事務について、外部通報の受付窓口を明示する。
  7. 自団体が他の機関に権限を委任している事務について、通報があった場合の情報共有の手順を定める。
  8. 委任庁として指揮監督権限を有する場合の権限行使の判断基準を、内部規程に定める。
  9. 権限を有しない事項について通報を受けた場合の教示手順を、第14条に即して整備する。
  10. 首長の権限に属する通報対応事務のうち、地方自治法第153条により補助機関へ委任している範囲を文書で明確にする。
  11. 委任と専決の区別を庁内で共有し、通報対応の決裁ルートを可視化する。
  12. 内部通報が首長又は幹部に関わる場合に備え、独立性を確保した受付経路を確保する。
  13. 消費者庁の助言、協力、情報提供を求める連絡先を、担当課の手順書に記載する。
  14. 通報対応の運用状況に関する情報の定期的な公表の方法を定める。
  15. 契約の相手方及び補助金等の交付先に対して、法、指針及び指針の解説に基づく取組の実施を求める必要性を検討する。

12 次回予告

次回は第20条(適用除外)を取り上げる。第15条から第16条までの規定を国及び地方公共団体に適用しないとする規定であり、令和7年改正により第15条の2が除外の範囲に取り込まれた。義務は課しながら行政的な担保手段を用意しないという構造の当否、国家公務員法及び地方公務員法上の懲戒処分との関係、第23条第2項が両罰規定の一部を国及び地方公共団体に適用しないとした趣旨、そして公務部門における通報者保護の実効性を確保する代替手段を検討する。


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