第10条 住民の定義・役務提供と負担分任

条文原文

第十条 市町村の区域内に住所を有する者は、当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とする。
② 住民は、法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し、その負担を分任する義務を負う。


趣旨・立法背景

地方自治法(昭和22年法律第67号)は、昭和22年の制定当初から「住民」を自治体との権利義務関係の基軸に置いてきた。第10条第1項は、「住所」という客観的事実を唯一の要件として住民資格を定め、国籍・年齢・能力を問わない包括性を採る。これは、明治期の市制町村制が「住民」概念を納税能力と結び付けていたことへの反省を踏まえ、戦後民主主義の理念を地方自治の基礎に据えたものである。

第2項は、住民の権利(役務の均等享受)と義務(負担分任)を一体として規定する。財政民主主義の観点から、受益と費用負担の対応関係を明示した条文であり、地方税・使用料・手数料の根拠規定群(地方税法、地方自治法第225条以下)と連動して機能する。

なお、住民の定義は地方公務員法上も重要で、地公法第3条以下が規定する任用・服務・給与の諸規定は、当該地方公共団体との雇用関係に基づくものであり、住民資格とは独立している。地方公共団体の職員が当該団体の区域外に住所を置くことも法制上は妨げられない。


用語解説

住所 民法第22条は「各人の生活の本拠をその者の住所とする」と定める。生活の本拠とは、その者の生活関係の中心をなす場所であり、単なる滞在地や居所(民法第23条)とは区別される。住民基本台帳への記載は住所認定の有力な証拠となるが、行政上の住所と民法上の住所は一致することが原則であって同一概念である(最判昭和29年10月20日参照)。外国人については、出入国管理及び難民認定法に基づく在留資格を有する者が住民基本台帳法の適用対象となり(同法第30条の45)、地方自治法第10条の「住民」にも含まれる。

普通地方公共団体 地方自治法第1条の3第2項が定める都道府県および市町村の総称。特別地方公共団体(特別区・地方公共団体の組合・財産区)と対置される概念である。

役務の提供をひとしく受ける権利 公平原則(equal treatment)の明文化。個々の住民が特定の給付を受ける具体的請求権を直接生じさせる規定ではなく、法律が定める給付制度を差別なく運用すべき行政の義務を定めたものと解される(プログラム規定的性格)。

負担を分任する義務 地方税の課税根拠となる市民的義務を一般的に宣言する規定。具体的な課税は地方税法および条例によるため、本項のみから直接の納税義務は生じない。


判例・裁判例

最判昭和35年3月2日(民集14巻3号333頁) 住所は客観的な生活の本拠によって決定されるものであり、当事者の主観的意思のみによって定まるものではないとした。地方税の課税自治体をめぐる争いで、実際の居住実態を重視する判断基準が示された。

最判昭和29年10月20日(民集8巻10号1907頁) 住民票上の記載と実際の居住実態が乖離する事案において、生活の本拠を実態的に判断すべきとした。


第11条 選挙権

条文原文

第十一条 日本国民たる普通地方公共団体の住民は、この法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の選挙に参与する権利を有する。


趣旨・立法背景

本条は、住民のうち「日本国民」たる者に地方選挙への参与権を保障する。憲法第93条第2項が「地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する」と定めることを受け、地方自治法が具体的な権利主体を明示したものである。

公職選挙法(昭和25年法律第100号)第9条第2項は、年齢満18年以上の日本国民であって引き続き3ヶ月以上その市区町村に住所を有する者に地方選挙の選挙権を付与する。本条はその前提となる一般的権利宣言である。

外国人の地方選挙権については、最高裁が平成7年に傍論として定住外国人への地方参政権付与を立法政策として許容する余地を示したものの(後掲・最判平成7年2月28日)、現行法制上は法律上の選挙権が付与されていない。


用語解説

日本国民 日本国籍を有する者(国籍法第2条以下)。二重国籍者を含む。

選挙に参与する権利 選挙権(投票権)を中核とする。被選挙権(公職選挙法第10条)はこれと区別される別個の権利であり、本条の「参与する権利」に含まれるかについては学説上の争いもあるが、実務上は公職選挙法が一体的に規定する。


判例・裁判例

最大判昭和30年2月9日(民集9巻2号217頁) 選挙権は憲法第15条が保障する固有の権利であり、法律による制限は必要最小限度にとどまらなければならないと示した。

最判平成7年2月28日(民集49巻2号639頁) 永住外国人等の地方選挙権について、「憲法93条2項にいう『住民』とは日本国民を意味する」と判示し、外国人の地方選挙権は憲法上保障されていないとした。他方、法律により定住外国人に地方選挙権を付与することは憲法上禁止されないとの傍論が付された。これが「許容論」の根拠として今日も参照される。


第12条 条例制定改廃請求権・事務監査請求権

条文原文

第十二条 日本国民たる普通地方公共団体の住民は、この法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の条例(地方税の賦課徴収並びに分担金、使用料及び手数料の徴収に関するものを除く。)の制定又は改廃を請求する権利を有する。
② 日本国民たる普通地方公共団体の住民は、この法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の事務の監査を請求する権利を有する。


趣旨・立法背景

本条は、いわゆる直接立法(イニシアティブ)および直接監査を住民の権利として明定する。戦後の地方自治制度設計において、GHQ草案が採り入れた直接民主主義的要素であり、代表民主制を補完する制度として位置付けられる。

第1項 条例制定改廃請求(直接請求) 手続は地方自治法第74条以下が規定する。選挙権を有する住民の総数の50分の1以上の連署を集め、代表者が長に対して請求する。長は意見を付して議会に付議し、議会が審議・議決する(同法第74条第3項)。「成立」即「制定」ではなく、最終的な決定権は議会に帰属する。

除外事項として、地方税の賦課徴収に関する条例・分担金・使用料・手数料の徴収に関する条例が直接請求の対象から除かれている。これらは財政負担に直結し、住民の自己利益による請求濫用を防ぐための立法的配慮である。

第2項 事務監査請求 選挙権を有する住民の総数の50分の1以上の連署をもって、監査委員に対して当該団体の事務の監査を請求できる(地方自治法第75条)。監査委員は監査を実施し、結果を議会・長・関係委員会に報告・公表しなければならない(同条第3項・第4項)。個人の住民監査請求(同法第242条)とは請求権者・対象・効果において異なる。


用語解説

条例 地方公共団体が法令の範囲内で制定する自主法規(憲法第94条、地方自治法第14条)。法律の委任なくして制定できる点で国の行政立法(政令・省令等)と異なる。

分担金 特定の事業から特別の利益を受ける者に課す公法上の金銭給付(地方自治法第224条)。

使用料 行政財産・公の施設の使用の対価として徴収するもの(同法第225条)。

手数料 特定人のためにする事務に対する対価(同法第227条)。

50分の1以上の連署 地方自治法第74条第1項に定める最低署名数。政令指定都市等の大規模団体では人口規模に応じた読み替え規定(同法第74条第8項)がある。


判例・裁判例

最判昭和62年3月20日(判時1232号100頁) 直接請求によって議会に付議された条例案の内容は議会の専権的判断に委ねられ、請求住民が議決の内容を直接争う法的地位を当然には有しないとした。

福岡高判昭和56年3月17日 事務監査請求に基づく監査の実施・結果の公表は、監査委員の職務であり、その結果が住民の期待と異なっても、直接的な行政訴訟の対象とはなりにくいとした。


第13条 議会解散請求権・解職請求権

条文原文

第十三条 日本国民たる普通地方公共団体の住民は、この法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の議会の解散を請求する権利を有する。
② 日本国民たる普通地方公共団体の住民は、この法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の議会の議員、長、副知事若しくは副市町村長、第二百五十二条の十九第一項に規定する指定都市の総合区長、選挙管理委員若しくは監査委員又は公安委員会の委員の解職を請求する権利を有する。
③ 日本国民たる普通地方公共団体の住民は、法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の教育委員会の教育長又は委員の解職を請求する権利を有する。


趣旨・立法背景

本条は、いわゆるリコール(recall)を地方自治法上の権利として規定する。代表機関・役職員に対する住民の不信任を直接的な手続で表明できる制度であり、議会・長・委員等の公選または任命職に対し、それぞれの類型に応じた手続で解散・解職を請求できる。

第1項 議会解散請求(リコール) 選挙権を有する者の総数の3分の1以上(40万人超・80万人超の部分については一定比率)の連署をもって選挙管理委員会に請求し(地方自治法第76条)、住民投票(過半数の同意)によって解散が成立する(同法第78条)。

第2項 解職請求(役職員リコール) 議員・長については同法第80条・第81条が規定し、選挙区単位(議員)または全体(長)で3分の1以上の連署が必要。住民投票で過半数が同意すれば失職する。副知事・副市町村長・指定都市総合区長・選挙管理委員・監査委員・公安委員会委員については、同法第86条が規定し、連署収集後に長(一部は議会)に請求し、議会の議決(3分の2以上出席・4分の3以上同意)により解職となる(同法第87条)。公安委員会の委員については都道府県公安委員会の委員が対象であり、警察法第42条と連動する。

第3項 教育長・教育委員の解職請求 地方教育行政の組織及び運営に関する法律(地教行法)第8条が具体的な手続を規定する。連署数の要件は長・議員リコールに準じる。地方自治法の直接請求規定とは別に、地教行法が特別法として規律する建付けである。

令和7年(2025年)改正では、指定都市の総合区長が解職請求対象に明示的に加えられた(令和7年改正・地方自治法第13条第2項)。令和8年(2026年)施行予定の改正においても関連する見直しが継続している。


用語解説

3分の1以上の連署 解散・解職のリコール請求に必要な連署数の下限。有権者総数が40万人を超える場合は逓減方式が採用される(地方自治法第76条第4項)。

総合区長 地方自治法第252条の19第1項に規定する指定都市の区の長。一般区の区長は市長が選任するが、総合区長は市長が議会の同意を得て選任する(同法第252条の20の2)。指定都市の総合区制度は平成26年改正により創設された。

公安委員会の委員 都道府県公安委員会(警察法第38条)の委員。知事が都道府県議会の同意を得て任命する(同法第39条)。地方自治法上の解職請求とは別に、知事による罷免規定も警察法に存在する(同法第43条の2)。

教育長 地方教育行政の組織及び運営に関する法律(地教行法)第4条が規定する教育委員会の最高責任者。平成26年の地教行法改正により教育委員長が廃止され、教育長が合議制の執行機関である教育委員会の代表者として一元化された。


判例・裁判例

最大判昭和28年11月17日(民集7巻11号1279頁) リコール投票の効力をめぐる事案。リコールの成立要件たる「過半数の同意」の算定方法について、投票総数(有効投票)を基準とすべきことを示した。

最判昭和38年3月12日(民集17巻2号318頁) 解職請求の署名収集手続における瑕疵が、その後の住民投票の効力に直ちに影響するわけではないとし、手続上の瑕疵の治癒可能性を認めた。

大津地判昭和47年11月30日 解職請求の対象となった議員が任期満了により退職した場合、解職請求の手続は終了し、請求権の実現が不能となるとした。この論点は、任期と請求手続の時間的競合という実務上頻出の問題に関わる。


第13条の2 住民基本台帳の整備義務

条文原文

第十三条の二 市町村は、別に法律の定めるところにより、その住民につき、住民たる地位に関する正確な記録を常に整備しておかなければならない。


趣旨・立法背景

本条は、市町村に対して住民記録の常時整備義務を課す。第10条が定める「住所による住民資格」を行政上確実に把握・管理するための制度的基盤として位置付けられる。「別に法律の定めるところ」とは住民基本台帳法(昭和42年法律第81号)を指す。

住民基本台帳制度は昭和42年に現行制度として整備され、その後、平成11年の住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)整備、平成21年の外国人住民の住民基本台帳への編入(平成24年施行)、さらにはマイナンバー制度(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律、平成25年法律第27号)との連携と、段階的な制度拡充が行われてきた。

令和6年(2024年)以降のマイナンバーカードと健康保険証の一体化政策(マイナ保険証)、令和7年(2025年)の運転免許証との一体化施策は、住民基本台帳を基礎とした国民ID基盤の拡充として連続する政策過程にある。地方公務員は窓口業務・税務・福祉・選挙管理の各局面で住民基本台帳法の運用に直接関与するため、その制度的位置付けを理解することが実務上不可欠である。


用語解説

住民基本台帳法 市町村が住民票を編成して住民基本台帳を作成し、住民の居住関係の公証、選挙人名簿の登録、国民健康保険・国民年金の適用等の行政事務の基礎とするために制定された法律。氏名・生年月日・性別・住所の4情報が基本記載事項である。

住民票 住民基本台帳の基礎単位。世帯を単位として編成され(住民基本台帳法第6条)、個人を単位とする住民票の写しが各種行政手続で広く利用される。

常に整備 単なる形式的記録にとどまらず、現実の居住実態に即した正確な記録の維持継続を義務付けるものと解される。転入・転出・転居・出生・死亡の各事由に応じた届出義務(住民基本台帳法第21条以下)と市町村の職権記載制度(同法第8条)がこれを担保する。


判例・裁判例

最判平成17年9月14日(民集59巻7号2087頁) 住基ネットによる住民情報の管理・利用は、情報の正確性確保のための適切な措置が講じられており、プライバシー権(憲法第13条)を侵害しないとした。住基ネットが設計上・運用上「個人情報を一元的に管理できる機関又は主体は存在しない」構造を採ることが合憲性の根拠として重視された。

大阪高判平成18年11月30日(判時1962号11頁) 大阪府下の一部住民が住基ネット参加拒否を認めるよう求めた事案。一審(大阪地判)の違憲判断を覆し、住基ネットを合憲と判断した。


関連条文の構造的整理

第10条から第13条の2は、地方自治法の「住民」章(第2章)の中核をなし、次の構造で連接している。

条文内容権利主体
第10条住民資格の定義・役務享受・負担分任住民(国籍不問)
第11条選挙権日本国民たる住民
第12条条例制定改廃請求・事務監査請求日本国民たる住民
第13条議会解散請求・解職請求日本国民たる住民
第13条の2住民記録整備義務(市町村の義務)―(市町村の義務規定)

第11条・第12条・第13条は「日本国民」に限定されているのに対し、第10条第1項の住民資格・第2項の権利義務は国籍を問わないことに注意を要する。外国人住民が行政サービスを受け、地方税を負担することは地方自治法上当然の帰結であるが、選挙・直接請求・リコールといった参政的権利は現行法制上、日本国民に限られる。


参照条文・関連法令

  • 地方自治法第2条(地方公共団体の責務)
  • 地方自治法第14条(条例制定権)
  • 地方自治法第74条〜第88条(直接請求手続)
  • 地方自治法第224条〜第228条(分担金・使用料・手数料)
  • 地方自治法第242条(住民監査請求)
  • 地方自治法第252条の19・第252条の20の2(指定都市・総合区)
  • 住民基本台帳法(昭和42年法律第81号)
  • 公職選挙法第9条第2項(地方選挙の選挙権要件)
  • 地方教育行政の組織及び運営に関する法律第4条・第8条
  • 警察法第38条〜第43条の2
  • 憲法第13条・第15条・第93条・第94条

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