はじめに

 農業共済団体は、農業保険法に基づき農業災害補償制度(現・農業経営収入保険を含む農業保険制度)の実務を担う公共性の高い組織である。

 平成22(2010)年以降、農林水産省は事務の簡素化による業務効率化、内部監査の充実等による執行体制の強化、農家に対する均質な補償の提供を目的として、1県1組合化への合併を推進してきた。

 この結果、かつて市町村単位・地域単位で数多く存在した農業共済組合は都道府県単位の特定組合へと集約され、北海道においても令和4(2022)年4月に道内組合が合併し、組合と国の2段階運営に移行している。

 合併の政策目的のひとつが「内部監査の充実等による執行体制の強化」であったことは、皮肉な事実として記憶されるべきである。広域化は監査部門の専任化・専門化を可能にする一方で、本所と現場の距離を拡大させ、旧組織時代の属人的な業務慣行を温存したまま形式上の統合だけが先行するという、内部統制の空洞化とも呼ぶべき現象を生んだからである。

公表事例が示すもの――島根県農業共済組合の不祥事件

 具体例として、公表資料により経過を確認できる事案を見る。

 島根県は令和2(2020)年、島根県農業共済組合(本所・出雲市)に対し、農業保険法第208条に基づく報告徴求を行った。同組合から「農業共済団体に対する監督指針」に基づく不祥事件の届出があり、その内容は本所・出雲支所総務課職員による横領であって、内部けん制態勢が有効に機能していないなど、法令等遵守態勢に問題があるおそれが認められたためである。

 なお、この農業共済組合には、過去にも不祥事が組織の西のほうであって、当職が数回、コンプライアンス研修の依頼を受けて前県での研修に訪れてもいるが、なぜか参事の交代からまもなく依頼が消失した。

 県が報告を求めた事項は、再発防止策の策定と取組状況であり、具体的には、法令等遵守に係る経営姿勢と責任の所在の明確化、役職員の法令遵守意識の改革と法令等遵守態勢の確立、監査機能の強化とりわけ内部監査機能の抜本的な見直しと監査後のフォローアップの徹底、厳正な事務処理の徹底と相互けん制機能の充実・強化の4点であった。

注目すべきは、この事案が合併により広域化した1県1組合の本所機能所在地で発生している点である。合併によって監査対象範囲は全県に拡大したが、監査の目が最も届くはずの本所においてすら相互けん制が機能しなかったことは、組織規模の拡大が内部統制の実効性を自動的に高めるわけではないことを示している。

空洞化のメカニズム――三つの構造要因

第一に、属人化の温存である。合併前の各組合で長年特定業務を担当してきた職員が、合併後も同一地域・同一業務を継続する場合、職務分掌と定期的な人事ローテーションという内部統制の基本が機能しない。広域組織の人事権は形式上本所に一元化されるが、地域の実情に通じた職員の代替が困難であるという実務上の理由から、ローテーションは先送りされがちである。

第二に、監査部門と現場の情報格差である。1県1組合の内部監査部門は本所に置かれるが、支所・出張所の数は多く、往査の頻度は限られる。現金・書類の実査が年1回程度にとどまれば、日常的な不正の検出は事実上、支所内の相互けん制と内部通報に依存することになる。前者が属人化により機能せず、後者の体制が未整備であれば、不正の発見経路は外部からの照会や偶然に限られてしまう。

第三に、統合コスト削減圧力である。1県1組合化の政策目的が業務効率化と職員数の削減である以上、管理部門は増員の例外とはなりにくい。監査・コンプライアンス部門が兼務体制で運用される場合、けん制機能は名目化する。

監督指針が求める水準

 農林水産省経営局が定める「農業共済団体に対する監督指針」(令和5年3月)は、農業共済団体の自主的な努力を尊重しつつ、効率的な役員体制を含む適正な業務運営の確保を指導項目として掲げている。監督指針の枠組みは、金融機関に対する監督指針と同様、法令等遵守態勢、内部監査態勢、不祥事件発生時の届出と再発防止を柱とするが、その実装水準は各団体の自主性に委ねられる部分が大きい。

 監督指針が存在することと、現場で内部統制が機能することの間には、島根の事例が示すとおり、相当の距離がある。

実務への示唆

 農業共済団体が広域化のメリットを内部統制の実質に転化するためには、少なくとも次の点の検証が必要である。

 すなわち、支所単位での職務分掌表の整備と現金取扱業務の複数名関与の徹底、内部監査の往査計画とフォローアップの文書化、不祥事件届出基準の職員周知、そして後述する公益通報体制の実効性確保である。

 これらは監督指針が求める事項の具体化にほかならず、外部専門家による態勢点検や役職員研修は、その有効な実装手段となる。

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参考資料

  • 農林水産省「農業共済団体に対する監督指針」(令和5年3月)
  • 農林水産省「農業共済」制度概要
  • 農林水産省・食料・農業・農村白書(1県1組合化の推進経緯)
  • 島根県報道発表資料「島根県農業共済組合に対する農業保険法第208条に基づく報告徴求について」(令和2年)
  • 農業保険法(平成29年法律第74号による改正後、e-Gov法令検索)

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