「第2線を独立させるべきなのは分かっている。しかし、うちの人員では無理だ」

コンプライアンス体制の構築を任された方から、最も多く寄せられるのがこの声です。3ラインモデルの教科書は、第1線(事業部門)、第2線(管理部門)、第3線(内部監査部門)の分離を説きます。しかし、管理部門に専任者を置けるほどの人員がない組織は、日本の企業・団体の大多数を占めます。

そこで現実的な選択肢として浮上するのが「1.5線」です。

本稿では、1.5線とは何かという定義から、導入すべき組織とすべきでない組織の判断基準、そして独立性を担保するための具体策までを整理します。3ラインモデル全体の枠組みについては【「3ラインモデル」:第2ディフェンスラインの独立性と柔軟な「1.5線」運用の鍵とは】をあわせてご覧ください。


1. 「1.5線」とは何か

1.1 定義

1.5線とは、組織上は第1線(事業部門)に所属しながら、リスク管理・コンプライアンスの専門的機能の一部を担う担当者または担当部署を指します。

第2線には属していません。しかし、単なる事業部門の一員でもありません。第1線の内部にありながら、第2線的な機能を果たす中間的な存在です。

具体的には、次のような形態をとります。

  • 事業部門内に置かれたコンプライアンス担当者
  • 支店・営業店における管理責任者
  • 部門内リスク管理担当(他業務との兼任を含む)
  • 自治体における各部局のコンプライアンス推進員

1.2 金融庁が用いた「第1.5の防衛線」という表現

1.5線は、実務の現場だけで通用する俗称ではありません。監督当局の公表文書に登場する表現です。

金融庁は令和元年6月公表の「コンプライアンス・リスク管理に関する傾向と課題」の第Ⅱ章1【リスク管理の枠組みに関する着眼点】「(1) 事業部門による自律的管理」において、この表現を3箇所で用いています。

まず、金融機関の取組み傾向を述べる箇所です。名称の如何を問わず、事業部門の内部に牽制のための職員(いわゆる「第1.5の防衛線」)を設けるなどして、事業部門におけるリスク管理能力を高める態勢を整備しようとしている金融機関が存在した、と記述しています。

次いで、取組み事例の一覧に「事業部門の内部に牽制のための職員(『第1.5の防衛線』等)を置き、コンプライアンス・リスク管理を実施している事例」が挙げられています。

そして、その事例に付された脚注において、次の留意点が示されています。第1.5の防衛線については、これを導入することのみをもって、より高度なリスク管理を行うことができるというものではなく、管理部門の機能や人員の削減を伴う場合には、総合的なリスク管理の観点からは、かえって弊害が生ずることもあり得る、という指摘です。

注意すべきは、金融庁が「いわゆる」「名称の如何を問わず」という限定を付している点です。当局が定義した制度用語ではなく、実務で用いられている呼称を当局が拾い上げた、という位置づけになります。したがって「金融庁が定めた第1.5の防衛線」という説明は正確ではありません。

それでも、この記述の意義は小さくありません。当局は1.5線の存在を否定せず、実際の取組み事例として紹介しています。その一方で、第2線の縮小と引き換えに導入されることを明確に警戒しています。後述する第6章の失敗類型は、すべてこの脚注の指摘に集約されます。

1.3 「第2線ではない」ことの意味

1.5線をめぐる議論で最も混乱しやすいのが、第2線との境界です。

この点について、PwC Japanグループは、リスク管理機能を担っていても第1線の部門長の監督下に置かれている場合は、独立性の観点から第2線の要件を満たしていない可能性があるとし、1.5線は第1線内での自律的統制としての機能を有するものと解釈するのが適当ではないか、との整理を示しています。あわせて、外形的に第1線の近くに配置されているだけで、実質的に第2線の指揮命令下でリスク管理活動を行っている場合には、第2線として整理されるべきであるとも述べています。

つまり、判断基準は「どこに座っているか」ではなく「誰の指揮命令を受けているか」です。

指揮命令系統位置づけ
第1線部門長リスクオーナー
1.5線部門長(+副次的に第2線・経営層)第1線内の自律的統制
第2線管理部門長/経営層独立した牽制機能

1.5線は、第2線の代用品ではありません。第1線のリスクオーナーシップを強化するための仕組みです。この理解を誤ると、導入は必ず失敗します。


2. なぜ1.5線が必要になるのか:第2線独立を阻む4つの障壁

教科書どおりの第2線が機能しない理由は、組織の怠慢ではありません。構造的な障壁が存在します。

障壁1:人事・評価権の帰属

第2線担当者の人事評価が、実質的に第1線の意向に左右される組織は少なくありません。異動先も、昇進の可否も、事業部門の力学の中で決まる。この状態で「耳の痛いこと」を言える職員は、例外的な胆力の持ち主だけです。

牽制機能は、担当者の人格ではなく制度によって担保されるべきものです。制度が担保していないなら、それは第2線として機能していません。

障壁2:情報アクセスの非対称性

第2線が事業部門の実態を把握できるかどうかは、第1線がどこまで情報を出すかに依存します。意図的な隠蔽がなくとも、「わざわざ報告するほどではない」という現場の判断の積み重ねによって、第2線の手元には加工済みの情報しか届かなくなります。

不祥事の多くは、この情報の目詰まりの中で育ちます。

障壁3:人員と専門性のリソース不足

管理部門に配置できる人員が1名、しかも他業務と兼任。この条件下で、事業部門全体を牽制することは物理的に不可能です。実務では、規程の改訂と研修の実施だけで年度が終わります。

自治体においては、人事異動の周期が短く、担当者が専門性を蓄積する前に異動してしまうという固有の困難も加わります。

障壁4:経営陣の理解の欠如

最も根の深い障壁がこれです。経営陣が第2線を「収益を生まないコスト部門」と認識している組織では、いかなる制度設計も持続しません。予算も人員も、真っ先に削られる対象になります。

第2線の独立性は、経営陣が擁護して初めて成立します。擁護する意思がないなら、形だけの第2線を置くよりも、第1線内に実効性のある1.5線を置くほうが現実的です。


3. 独立性を担保する6つの具体策

1.5線は第1線に所属します。したがって放置すれば、部門の論理に飲み込まれます。それを防ぐための制度的な工夫が必要です。

3.0 当局が挙げた4つの工夫

具体策を述べる前に、前掲の金融庁「傾向と課題」が実際の取組み事例として挙げている工夫を確認しておきます。1.5線を置いた金融機関が、その実効性を高めるために実践していたものとして、次の4点が記載されています。

  1. 当該職員が準拠性の検証を行うなど、日常業務におけるリスク管理のPDCAサイクルを、よりフロントに近いところで回す態勢を整備する
  2. 当該職員が業務の現場に常駐し、職員のコミュニケーション(私用携帯、SNS、チャットの利用等)をモニタリングして、不審な動きを即座に発見できる態勢を整備する
  3. 当該職員の資質として、営業経験の多い職員や優秀な成績を残した職員であることを求め、現場における適切な行動を正確に把握していることを要求する
  4. 当該職員のレポーティング・ライン及び評価実施者を管理部門の上席とし、事業部門からの独立性を確保する

このうち4点目が、最も重要です。第1線に所属させながら、報告経路と人事評価権だけを管理部門側に移すという設計は、1.5線の独立性を担保する最も直接的な方法です。当局が実例として挙げているという事実は、この設計が机上の理想論ではないことを示しています。

3点目も見落とされがちです。1.5線に配置すべきは、規程に詳しい職員ではなく、現場で成果を上げてきた職員だという指摘です。現場の実態を知らない者による牽制は、形式的な指摘に終わり、かえって現場の反発を招きます。

以下では、これらを踏まえたうえで、金融機関以外の組織にも適用できる形に整理した6つの具体策を示します。

具体策1:レポーティングラインの複線化

最重要の施策です。

所属部門長への通常の報告経路に加え、内部監査部門・リスク管理委員会・経営トップのいずれかへ直接報告できる経路を、制度として設けます。

要点は「制度として」という部分にあります。「何かあれば相談してほしい」という口頭の了解では機能しません。規程に明記し、担当者に周知し、実際に使われた実績を作ることまでが1セットです。

前掲の当局事例では、報告経路に加えて評価実施者まで管理部門の上席としていました。ここまで踏み込めれば理想的ですが、人事制度上の制約から困難な組織も多いはずです。その場合でも、少なくとも人事評価にコンプライアンス業務の遂行状況を反映させる仕組みは設けてください。

この経路が確保できない組織では、1.5線の導入は見送るべきです。判断基準としてはこの一点が最も重く、担当者の人数や能力よりも先に問うべき条件です。

具体策2:業務比率の明示

兼任者の場合、コンプライアンス業務に充てる時間の比率を、あらかじめ数値で定めます。「業務時間の20%」「週半日」といった形です。

これを定めない兼任は、必ず通常業務に浸食されます。繁忙期にコンプライアンス業務が消滅する組織は、その状態を正常だと認識していないことがほとんどです。

具体策3:権限の明文化

次の3つを規程に書き込みます。

  • 所属部門内の情報・記録への調査権限
  • 重大なリスクを発見した場合の、業務の一時停止を勧告する権限
  • 第2線および内部監査部門への直接の情報提供義務(および、それを理由とする不利益取扱いの禁止)

3つ目が抜けている組織が多く見られます。1.5線担当者が上位ラインへ報告したことを理由に不利益を受けない、という保護がなければ、複線化されたレポーティングラインは使われません。

具体策4:人選——「詳しい人」ではなく「できる人」を置く

当局事例の3点目が示すとおり、1.5線に求められるのは規程の知識ではなく、現場の実態を正確に把握する力です。

規程に詳しいだけの担当者は、条文と現場の乖離に気づけません。結果として、現場から見て的外れな指摘を繰り返し、「あの人に言っても仕方がない」という評価が定着します。そうなれば、情報は上がらなくなります。

現場で成果を上げてきた職員を充てることには、副次的な効果もあります。組織内で一定の信頼と発言力を既に持っているため、指摘が通りやすくなります。

なお、この人選は事業部門にとって痛みを伴います。優秀な職員を通常業務から一部離脱させることになるためです。経営陣が明確に指示しなければ実現しません。

具体策5:専門性の維持

外部研修への参加、資格取得支援、他組織との情報交換の機会を、業務として保障します。

1.5線担当者が孤立し、判断の妥当性を検証する相手を持たない状態は危険です。専門性を欠いた牽制は、過剰か過少のいずれかに振れます。

具体策6:経営陣による位置づけの明示

経営トップが、1.5線の設置目的と権限を、全体に対して明示的に表明します。

これがないと、1.5線担当者は「なぜか細かいことを言ってくる同僚」として扱われます。権限の源泉が経営にあることを組織全体が理解して初めて、担当者は職責を果たせます。


4. 導入事例:地方公共団体における1.5線体制の支援

4.1 導入前の状況

  • 全部局を専任数名で牽制することが物理的に困難であり、規程の整備は進む一方で、現場での運用実態を把握できていなかった

4.2 設計した体制

  • 各部局に1名のコンプライアンス推進担当を配置(兼任)

4.3 導入後の変化

従来は表面化しなかった類型の事案が、重大化する前に把握されるようになった/各部局の実情に応じた運用の差異が可視化され、次年度の研修設計に反映できた

4.4 この事例から言えること

自治体は、民間企業以上に人員配置の硬直性が高く、専任のコンプライアンス人員を大幅に増やすことが困難です。その制約下で実効性を確保するには、各部局の内部に、現場を理解した担当者を置くほうが合理的でした。

重要なのは、これが第2線の縮小を伴わなかったことです。既存の管理部門は維持したまま、その手が届かない領域を1.5線が補完する設計としました。この点が、次章で述べる失敗類型との分岐点になります。


5. 導入可否チェックリスト

1.5線を導入すべきかどうかは、次の12項目で判断できます。各項目について、該当するものを数えてください。

A群:導入の前提条件(1つでも「いいえ」があれば導入は時期尚早)

  1. 経営トップが、1.5線の設置目的を自ら説明できる
  2. 所属部門長を経由せずに上位へ報告できる経路を、規程に明記できる
  3. その経路を使ったことを理由とする不利益取扱いを禁止できる
  4. 既存の第2線(管理部門)の人員・予算を削減しない

B群:適合性(3つ以上「はい」なら1.5線が適している)

  1. 第2線の専任人員が、事業部門の数に対して明らかに不足している
  2. 事業部門ごとに業務内容・リスク特性が大きく異なる
  3. 現場の実務知識がなければリスクを判別できない業務が中心である
  4. 人事異動の周期が短く、専門性の蓄積が難しい
  5. 過去に、現場では認識されていた問題が上位に伝わらなかった事例がある

C群:運用可能性(すべて「はい」が望ましい)

  1. 担当者のコンプライアンス業務時間を、数値で確保できる
  2. 担当者に外部研修等の機会を、業務として与えられる
  3. 担当者の人事評価に、コンプライアンス業務の遂行状況を反映できる

判定

  • A群に「いいえ」がある:導入前に、経営陣との合意形成が必要です。この段階で制度だけ作ると形骸化します
  • A群すべて「はい」+B群3つ以上「はい」:1.5線が適合します。第3章の6つの具体策に沿って設計を進めてください
  • A群すべて「はい」+B群2つ以下:第2線の強化を優先すべきです。1.5線は必要ありません

6. よくある失敗

金融庁の指摘は、そのまま失敗類型の一覧になっています。

失敗1:第2線の削減と引き換えに導入する

最も多く、最も深刻な失敗です。

「各部門に担当者を置いたのだから、管理部門は減らせる」という判断は、リスク管理態勢を確実に弱体化させます。金融庁が令和元年の文書で明示的に警戒しているのが、まさにこの類型です。1.5線は第2線の代替ではなく、第1線のリスクオーナーシップを強化する仕組みだからです。

第2線が縮小すれば、1.5線を統括し、専門的助言を与え、部門横断の全体像を把握する主体が消えます。残るのは、各部門に散在する孤立した担当者だけです。

失敗2:導入それ自体を目的化する

体制図に「1.5線」と書き込んだ時点で満足してしまう類型です。

金融庁は、導入することのみをもって高度なリスク管理が実現するわけではない、と述べています。問われるのは名称ではなく、報告が実際に上がっているか、その報告が意思決定に反映されているかです。

失敗3:レポーティングラインを複線化しない

所属部門長への報告経路しか存在しない1.5線は、第1線そのものです。部門にとって不都合な事実は、部門長の判断で止まります。

これは担当者の資質の問題ではなく、構造の問題です。止まる構造を作っておいて、担当者の勇気に期待するのは設計の誤りです。

失敗4:兼任者に業務時間を与えない

「通常業務のかたわらで」という前提での指名は、実質的に何も指名していないのと同じです。繁忙期に真っ先に後回しになり、年度末には形式的な報告書だけが残ります。

失敗5:担当者を孤立させる

1.5線担当者は、部門内では「規制する側」、第2線から見れば「部門の人間」という、二重に居心地の悪い位置に置かれます。

この立場を支えるのは、経営陣による明示的な位置づけと、担当者同士の横のつながりです。定期的な連絡会議を設けるだけでも、離職・辞退の防止に相当の効果があります。


7. まとめ

1.5線は、リソースの制約下にある組織にとって現実的な選択肢です。しかし、万能の解決策ではありません。

判断の順序は次のとおりです。

  1. まず、第2線を独立させられるかを検討する。可能ならそれが最善である
  2. 不可能な場合、レポーティングラインを複線化できるかを確認する。できなければ1.5線も機能しない
  3. 複線化が可能なら、第2線を維持したまま1.5線を追加する
  4. 第2線の縮小を伴う導入は、いかなる場合も避ける

制度の形を整えることは、それほど難しくありません。難しいのは、その制度に実効性を持たせることです。そしてそれは、組織ごとの人員構成、意思決定の実態、経営陣の理解度を踏まえなければ設計できません。


参考資料

  • 金融庁「コンプライアンス・リスク管理に関する検査・監督の考え方と進め方(コンプライアンス・リスク管理基本方針)」平成30年10月
  • 金融庁「コンプライアンス・リスク管理に関する傾向と課題」令和元年6月(第Ⅱ章1【リスク管理の枠組みに関する着眼点】(1)事業部門による自律的管理に「第1.5の防衛線」に関する記述および脚注あり) https://www.fsa.go.jp/news/30/dp/compliance_report.pdf
  • IIA(内部監査人協会)「IIAの3ラインモデル ― 3つのディフェンスラインの改訂」2020年7月
  • PwC Japanグループ「3つのディフェンスライン」 https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/viewpoint/grc-column001.html
  • 中川恒信「リスクマネジメントの1・5線 ― 金融機関の内部統制・リスク管理をさらに強化するために ―」
     ⇒金融雑誌「銀行実務」出版社から依頼を受けて、「リスクマネジメントの1・5線 ―金融機関の内部統制・リスク管理をさらに強化するために―」を寄稿。
    ・株式会社銀行研修社 https://www.ginken.jp/
    ・銀行実務 2024年7月号 (発売日2024年07月01日) https://www.fujisan.co.jp/product/1223936/b/2544603/ 

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