部長が部下に指示して架空の売上を計上し、有価証券報告書に不実の記載がなされた。公表後に株価は大幅に下落し、直前に株式を取得した投資家が会社に損害賠償を求めた。

争点は、代表取締役が不正を防止するリスク管理体制を構築する義務に違反したかどうかであった。

第一審・控訴審はこれを認めた。しかし最高裁は、義務違反はなかったと判断し、会社の責任を否定した。

最高裁平成21年7月9日第一小法廷判決。内部統制の水準をめぐる、実務上きわめて重要な判例である。


1. 結論——最高裁が示した判断枠組み

最高裁は、次の三点を検討して義務違反を否定した。

検討事項本件での判断
通常想定される不正行為を防止し得る程度の管理体制が整えられていたか整えられていた
当該不正が、通常容易に想定し難い方法によるものか通常容易に想定し難い方法であった
発生を予見すべき特別の事情があったか特別の事情は見当たらない

すなわち、通常想定される不正を防ぎ得る体制が整えられていれば足り、それを超える巧妙な手口による不正まで防止できなかったとしても、予見すべき特別の事情がない限り、義務違反とはならない

これが本判決の核心である。

内部統制は、あらゆる不正を防ぐことを求められているのではない。求められているのは、通常想定される水準の体制である。この線引きを最高裁が明示した点に、本判決の実務上の意義がある。


2. 何が「整えられていた」と評価されたか

最高裁は、会社が次の体制を整えていた点を挙げた。

職務分掌規定等を定めて、事業部門と財務部門を分離していたこと

営業を行う部門と、売上を計上する部門を分けていた。単一の部門で完結しない構造である。

事業部内に、営業部とは別の確認部署を置いていたこと

注文書や検収書の形式面を確認するBM課(ビジネスマネージメント課)と、ソフトの稼働を確認するCR部(カスタマーリレーション部)を設置し、これらのチェックを経て財務部に売上報告がなされる体制としていた。

監査法人との監査契約に加え、財務部自身も売掛金残高確認を行っていたこと

監査法人と財務部が、それぞれ定期的に販売会社あてに売掛金残高確認書を郵送し、返送を受ける方法で残高を確認していた。二重の確認である。

この三点をもって、最高裁は「通常想定される架空売上げの計上等の不正行為を防止し得る程度の管理体制は整えていた」と評価した。

三線モデルに引き直せば、営業部門という第1線に対して、BM課・CR部・財務部という第2線の牽制が置かれ、監査法人という外部監査が働いていた構造である。形式としては機能する設計であった。


3. なぜ防げなかったのか——手口の巧妙さ

にもかかわらず不正が成立したのは、体制の各段階が意図的に無力化されたためである。

事業部長Bは、高い業績を維持するため、部下の営業社員数名に指示して次の行為を行わせた。

注文書の偽造

偽造印を用いて販売会社名義の注文書を作成し、BM課に送付した。BM課は偽造に気付かず受注処理を行った。

検収書の偽造

BM課が作成した検収依頼書は、販売会社に渡ることなく、営業社員らによって検収済みとされたように偽造され、BM課に返送された。実際には大学への納品も、CR部による稼働確認も行われていなかったが、これらがなされたかのような資料が作成された。

売掛金残高確認書の詐取と偽造

ここが最も巧妙な部分である。

財務部と監査法人は、それぞれ販売会社あてに売掛金残高確認書の用紙を郵送していた。営業社員らは、販売会社の担当者に対し「送付ミスであるから、引き取りにいくまで開封せずに持っていてほしい」などと申し向け、未開封のまま用紙を回収した。そのうえで金額を記入し、販売会社の偽造印を押捺して、財務部または監査法人に送付した。

その結果、会社の売掛金額と販売会社の買掛金額が一致しているように見え、財務部も監査法人も、架空売上げによる債権を正常債権と認識した。

最高裁は、これを「通常容易に想定し難い方法」と評価した。

回収遅延の説明も合理的であった

売掛金の滞留について、Bらは、大学におけるシステム稼働の延期、予算獲得の失敗、大学が単年度予算主義であるため支払が期末に集中することなどを理由として挙げていた。

財務部はこれを合理的と判断した。販売会社との間で過去に紛争が生じたこともなく、売掛金残高確認書も受領していると認識していた。監査法人も、平成16年3月期までの財務諸表について適正意見を表明していた。

最高裁は、この状況下で財務部が販売会社に直接照会しなかったことをもって、リスク管理体制が機能していなかったとはいえない、とした。


4. 原審との違い——判断枠組みの転換

控訴審(東京高裁平成20年6月19日判決)は、次のように判断して代表取締役の過失を認めていた。

C事業部が幅広い業務を分掌し、BM課およびCR部が同事業部に直属しているなど、組織体制と事務手続には不正を行い得るリスクが内在していた。それにもかかわらず代表取締役はリスクが現実化する可能性を予見せず、組織体制や事務手続を改変する対策を講じなかった。また財務部は、長期間未回収の売掛金について販売会社に直接確認すべきであったのにこれを怠った。

原審の枠組みは、結果として不正が起きた以上、そこにリスクが内在していたのだから、予見して対策すべきであったというものである。

これに対し最高裁は、不正行為の時点において通常想定される水準の体制が整えられていたかを基準とした。結果から遡って予見可能性を認定する構成を採らなかった。

この転換の意味は大きい。原審の枠組みでは、不正が起きた事実そのものが体制不備の証拠となりかねず、事後的にはいくらでも「こうすべきであった」と指摘できてしまう。最高裁は、その事後的評価に歯止めをかけた。


5. 実務上の意味

5.1 立証構造への影響

本判決の枠組みのもとでは、訴訟における立証の構造が次のように整理される。

会社側は、不正行為の当時、一般に求められる水準の内部統制が整えられていたことを立証する。これに成功すれば、予見すべき特別の事情の存在は、原告側が立証すべき事項となる。

企業として重要なのは、体制を整えた事実を記録として残しておくことである。規程、組織図、決裁ルート、研修の実施記録、監査の記録。これらが存在しなければ、「通常想定される水準を満たしていた」ことを立証できない。

5.2 会社法上の根拠

取締役の内部統制システム構築義務は、会社法に根拠を有する。

取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務の適正を確保するために必要な体制の整備は、取締役会設置会社においては取締役会の決議事項とされ(会社法第362条第4項第6号)、大会社である取締役会設置会社では、その決定が義務づけられている(同条第5項)。

もっとも、体制構築義務の内容そのものは条文に具体的に書かれていない。それを埋めてきたのが判例であり、大和銀行事件(大阪地裁平成12年9月20日判決)以来の流れの到達点が本判決である。

5.3 自治体の内部統制への影響

平成29年の地方自治法改正により、第150条が新設され、令和2年4月1日から施行されている。

都道府県知事及び指定都市の市長は、内部統制に関する方針を定め、これに基づき必要な体制を整備しなければならない。指定都市以外の市町村長については、努力義務とされている。

自治体の内部統制は、財務事務の適正な執行を主たる対象とする点で企業のそれと異なるが、「どこまで整えれば足りるのか」という問いは共通する。本判決が示した「通常想定される不正を防ぎ得る程度」という基準は、自治体においても実務上の指針となり得る。

5.4 同種の論理構造

本判決とほぼ同じ時期の平成21年10月22日判決(いわゆる日経事件のインサイダー取引に関する事案)が、同様の論理構造に立つことは、多くの識者が指摘している。

さらに、災害危機管理や医療過誤に関する判決においても、当時一般に求められる水準の措置が講じられていたかを基準とする判断枠組みは共通して見られる。結果の重大性から遡って義務違反を認定するのではなく、行為時点における一般的水準を基準とする考え方である。


6. この判決から読み取るべきこと

本判決は、内部統制を整えていれば免責されるという趣旨ではない。

最高裁が評価したのは、部門を分離し、確認部署を置き、外部監査と自社による二重の残高確認を行っていたという、具体的な体制の存在である。何もしていなければ、当然に義務違反となる。

同時に本判決は、内部統制の限界も示している。

不正を主導したのは事業部長であった。部下に指示できる立場にあり、部門内の手続を熟知していた。管理職が主導する不正に対して、通常の内部統制は脆い。BM課もCR部も、事業部長の指揮下にあったからである。

三線モデルでいえば、第2線として置かれた部署が、実質的に第1線の統制下にあった構造である。この点は、第2線の独立性をどう確保するかという問題に直結する。

また、不正が発覚したのは、監査法人からの指摘を受けて代表取締役が販売会社と直接話をした結果であった。定型的な手続ではなく、経営トップが自ら外部と接触したことが端緒となっている。

内部の手続だけでは限界があるということでもある。赤福事件が従業員の内部通報によって発覚したことと合わせて考えれば、通常の統制手続を補完する経路——内部通報制度、経営層による直接の確認、外部との照合——の重要性が浮かび上がる。


7. 事案の詳細

以下、判決が認定した事実関係を掲げる。

当事者と経緯

上告人は、ソフトウェアの開発及び販売等を業とする株式会社であり、平成15年2月に東京証券取引所第2部に上場した。Aは、設立以降、代表取締役の地位にある。

被上告人は、平成16年9月13日及び14日、証券会社を通じて上告人の株式を取得した者である。

上告人の事業は、注文に応じてソフトウェアの受託開発等を行うソフトウェア事業と、大学向けの事務ソフト等の既製品を開発し販売するパッケージ事業に大別され、パッケージ事業本部にC事業部が設置されていた。

Bは、平成12年4月にC事業部の部長に就任した。当時、C事業部には、Bが部長を兼務する営業部のほか、注文書や検収書の形式面の確認を担当するBM課、及び事務ソフトの稼働の確認を担当するCR部が設置されていた。

職務分掌規定によれば、財務部の分掌業務は資金の調達と運用・管理、債権債務の管理等とされ、C事業部の分掌業務は営業活動、営業事務(受注管理事務、債権管理事務、売掛金の管理及び不良債権に対する処理方針の決定を含む。)等とされていた。

本来の事務手続

パッケージ事業は、上告人が販売会社2社に事務ソフト等を販売し、販売会社がエンドユーザーである大学等に更に販売するというものであった。事務手続の流れは次のとおりである。

一 C事業部の営業担当者が販売会社と交渉し、合意に至ると販売会社が注文書を交付する。営業担当者は注文書をBM課に送付し、同課は受注処理を行ったうえ、営業担当者を通じて販売会社に検収を依頼する。

二 CR部の担当者が、販売会社の担当者及びエンドユーザーである大学の関係者とともに、納品された事務ソフトの検収を行う。

三 BM課は、販売会社から検収書を受領したうえ売上処理を行い、財務部に売上報告をする。財務部は、注文書、検収書等を確認し、これを売上げとして計上する。

不正の拡大と発覚

Bらは、当初は契約に至る可能性が高い案件のみを対象としていたが、次第に可能性が低い案件についても手を付けざるを得なくなり、売掛金の滞留残高は増大していった。

平成16年12月ころ、監査法人から売掛金残高の早期回収に向けた経営努力が必要である旨の指摘を受け、代表取締役Aが販売会社と売掛金残高について話をしたところ、双方の認識に相違があることが明らかになり、不正行為が発覚した。

上告人は平成17年2月3日付けでBを懲戒解雇処分とし、その後刑事告発した。Bは有印私文書偽造・同行使の罪で起訴され、有罪判決を受けた。

同年2月10日、上告人は不正行為の事実、パッケージ事業の売上高への影響、多額の損失計上を余儀なくされることなどを公表し、業績予想を修正した。

東証は、過去の有価証券報告書を訂正する旨の報告を受け、上場廃止基準(財務諸表に虚偽記載があること)に抵触するおそれがあるとして、株式を監理ポストに割り当てた。これらの事実が報道された後、株価は大幅に下落した。

適用条文

会社法第350条(代表者の行為についての損害賠償責任) 株式会社は、代表取締役その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。


8. まとめ

  • 最高裁は、代表取締役のリスク管理体制構築義務違反を否定し、会社の損害賠償責任を認めなかった
  • 判断枠組みは、通常想定される不正行為を防止し得る程度の管理体制が整えられていたか、当該不正が通常容易に想定し難い方法によるものか、予見すべき特別の事情があったか、の三点である
  • 原審は結果から遡って予見可能性を認定したが、最高裁は行為時点における一般的水準を基準とした
  • 実務上は、体制を整えた事実を記録として残しておくことが立証上重要となる
  • 本判決は内部統制の限界も示している。管理職が主導する不正に対しては、第2線の独立性、内部通報制度、経営層による直接の確認といった補完的な経路が必要である

参考資料

  • 最高裁判所平成21年7月9日第一小法廷判決 裁判所ウェブサイト判例検索
  • 東京高等裁判所平成20年6月19日判決(原審)
  • 大阪地方裁判所平成12年9月20日判決(大和銀行事件)
  • 会社法(平成17年法律第86号)e-Gov法令検索
  • 地方自治法第150条(内部統制に関する方針の策定等)
  • 【要記入:判例集の巻号頁、お手元の評釈があれば追記】

内部統制・コンプライアンス研修のご相談

本判決が示したのは、「通常想定される不正を防ぎ得る程度の体制」という基準である。では、自社・自団体の体制は、その水準にあるのか。

判断には具体的な検討が要る。部門の分離はできているか。確認を行う部署は、確認される部門から独立しているか。整えた事実は記録として残っているか。

本件で不正を主導したのは事業部長であった。確認部署であるBM課とCR部は、その事業部長の指揮下にあった。形式上は牽制の仕組みがあっても、指揮命令系統が同一であれば機能しない。第2線の独立性が問われる所以である。

中川総合法務オフィスは、全国850回を超える研修実績のもと、企業・自治体の双方に対して内部統制とコンプライアンスの研修を実施している。

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