我々、中川総合法務オフィスが運営する「相続おもいやり相談室」は、この度ウェブサイトを統合し、皆様により洗練された情報をお届けする運びとなりました。京都、大阪を中心に1000件超の無料相談実績を誇る当オフィスの代表は、法律や経営といった社会科学の領域に留まらず、哲学思想、人文科学、自然科学にも深い知見を持つ、人生経験豊かな啓蒙家でもあります。その叡智を反映させ、単なる法改正の解説ではない、物事の本質に迫る記事をお届けします。
今回は、2020年に全面施行された改正相続法の中でも、特に遺言実務に甚大な影響を与える「遺産分割前の仮払い制度」「相続の対抗要件」「配偶者居住権」「特別寄与料」について、その後の法改正や実務の動向も踏まえ、深く掘り下げてまいります。
第一章:遺産分割前の仮払い制度 ― 相続人の当座の生活を守るために
(1) 最高裁判例の変遷と法改正の必然性
かつて、預貯金は相続開始と同時に法定相続分に応じて各相続人に当然に分割される、というのが実務の考え方でした。しかし、平成28年12月19日の最高裁決定は、この長年の慣行に終止符を打ち、「預貯金債権は遺産分割の対象に含まれる」と判断しました。これにより、遺産分割協議が完了するまで、相続人は単独で預貯金の払戻しを受けられないという、厳格なルールが確立されたのです。
この変更は、理論的には整理されたものの、現実の相続現場では深刻な問題を引き起こしました。相続人の一人が協議に非協力的である場合、被相続人の葬儀費用や医療費の支払い、残された家族の当面の生活費さえもが凍結された預金から引き出せず、多くの人々が困窮する事態を招いたのです。これは、法の正義が、時として人々の生活実態から乖離する一面を示した事例と言えましょう。
このような社会情勢を鑑み、法は再び改正へと舵を切ります。相続人の生活を守るという、より高次の要請に応えるため、二つの新たな道が拓かれました。
(2) 家庭裁判所の判断を得て仮払いを受ける方法
一つは、家庭裁判所の保全処分の要件を緩和した家事事件手続法200条3項の活用です。これにより、遺産分割の調停や審判を申し立てた相続人は、債務の弁済や自己の生活費といった緊急の必要がある場合、裁判所の判断を経て、特定の預貯金債権を仮に取得できるようになりました。ただし、これは他の共同相続人の利益を不当に害さないという条件付きであり、相続人間の公平性を担保する司法の役割を色濃く反映しています。
(3) 家庭裁判所を経ずに直接払戻しを受ける方法【上限150万円】
もう一つが、民法第909条の2に創設された、より簡易な払戻し制度です。これは、各共同相続人が、家庭裁判所の判断を経ることなく、単独で金融機関から直接払戻しを受けられるようにする画期的なものです。
その上限額は、「(相続開始時の預貯金額)×(当該相続人の法定相続分)× 1/3」という計算式で算出されますが、加えて「一つの金融機関につき150万円まで」という絶対的な上限が設けられています。この150万円という金額は、標準的な当面の生計費や平均的な葬儀費用を考慮して法務省令で定められたものであり、社会経済の動向を反映した極めて現実的な基準です。
この制度を利用する場合、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本や、相続人全員の戸籍謄本、申請者の印鑑証明書などが必要となります。手続きは簡便になりましたが、金融機関ごとに上限があるため、複数の金融機関に口座が分かれている場合は、それぞれで手続きを行う必要があります。
第二章:相続の効力と対抗要件 ― 取引の安全と遺言の意思の相克
(1) 法定相続分を超える権利承継は「登記」なくして対抗できず
相続における権利関係の明確化と、第三者との取引の安全を両立させることは、近代私法の根幹をなす課題です。改正民法第899条の2は、この難題に対する一つの回答を示しました。
「法定相続分を超える部分の権利の承継は、登記・登録などの対抗要件を備えなければ、第三者に対抗できない」という点です。
例えば、「全財産を長男に相続させる」という遺言(特定財産承継遺言)があったとします。相続人が長男と次男の二人だった場合、悪意の次男が遺言の存在を知りながら、自己の法定相続分(2分の1)について先に相続登記を行い、それを第三者に売却してしまえば、その第三者は有効に権利を取得します。長男は、遺言書を盾にしても、法定相続分を超えて取得したはずの持分を、その第三者から取り戻すことはできないのです。これは、遺言という個人の意思よりも、登記という公示を信頼した第三者を保護し、取引の安全を優先するという、法政策上の明確な意思表示に他なりません。
(2) 遺言執行者の責任とリスクの増大【2024年相続登記義務化】
この改正は、遺言執行者に極めて重い責任を課すことになりました。遺言執行者は、遺言者の最終意思を実現する使命を帯びていますが、その執行が相続人の妨害行為によって頓挫するリスクが高まったのです。
さらに、2024年4月1日からは不動産の相続登記が義務化され、正当な理由なく怠った場合には過料の対象となります。この法改正は、所有者不明土地問題の解消という国家的課題への対応ですが、遺言執行の実務にも直結します。
もはや、「しばらく様子を見てから」という悠長な遺言執行は許されません。遺言執行者に指定された専門家は、被相続人の逝去と同時に、電光石火の速さで登記手続きに着手する必要があります。これを怠り、他の相続人に登記や財産の処分を許してしまえば、遺言の実現が不可能になるだけでなく、受遺者から善管注意義務違反として損害賠償を請求されるリスクすら現実のものとなります。
預貯金債権についても同様で、承継した相続人が債務者(金融機関)に対して遺言の内容を明らかにして通知することで、対抗要件を備えたとみなされます。いずれにせよ、遺言執行は、法改正により、より迅速性と専門性が求められる、高度な業務へと変貌を遂げたのです。
第三章:配偶者の居住権の保護 ― 財産的価値と精神的安寧の調和
高齢化社会の進展は、家族の形態と財産のあり方に新たな問いを投げかけています。その一つが、残された配偶者の居住の権利です。改正法は、この問題に対し「配偶者居住権」と「配偶者短期居住権」という二つの精緻な制度を創設しました。
配偶者居住権とは、被相続人が所有していた建物に居住していた配偶者が、終身または一定期間、無償でその家に住み続けることができる権利です。この権利は、建物の所有権を「居住する権利(配偶者居住権)」と「負担付きの所有権」に分割する、というユニークな発想に基づいています。これにより、例えば自宅不動産の価値が高く、それを相続すると他の預貯金などを相続できなくなる、といった事態を避け、配偶者は住み慣れた家での生活を続けながら、老後の生活資金も確保しやすくなりました。
しかし、この制度は万能薬ではありません。遺言で設定することも可能ですが、負担付き所有権を取得する子にとっては、固定資産税や修繕費の負担のみを強いられ、自らは利用も収益化もできないという、納得しがたい状況を生む可能性があります。配偶者居住権は、当事者間の深い信頼関係の上に成り立つべき制度であり、安易な設定は新たな家族間の紛争の火種となりかねません。その導入は、家族関係、財産状況、配偶者の生活能力などを総合的に考慮する、深い洞察を要します。
なお、配偶者居住権は、配偶者の死亡により消滅し、二次相続の対象とならないため、相続税対策として活用できる側面も持ち合わせており、専門家としての腕の見せ所でもあります。
第四章:特別寄与料の創設 ― 報われなかった貢献に応える道
相続人ではない親族、例えば「長男の嫁」が、被相続人の介護に長年尽くしてきたにもかかわらず、その貢献が法律上全く評価されない――。このような、これまでの法制度が抱えていた不条理を是正するために「特別寄与料」の制度が創設されました。
これは、被相続人に対し無償で療養看護などの労務を提供し、その財産の維持または増加に特別な貢献をした親族が、相続人に対して金銭(特別寄与料)を請求できる制度です。
しかし、その道のりは平坦ではありません。請求できる期間は相続の開始及び相続人を知った時から6ヶ月、相続開始の時から1年以内と非常に短く、貢献の事実やその価値を自ら立証し、金額を算定しなければなりません。現実には、その立証は極めて困難を伴うことが多いでしょう。
もし、特定の親族の貢献に報いたいという明確な意思があるのであれば、やはり最も確実な方法は、その想いを「遺言」という形で遺しておくことです。生前の感謝を法的に有効な形で遺すことこそ、争いを未然に防ぎ、真に円満な相続を実現する王道と言えるでしょう。
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