1. JAS法改正と食の信頼回復への道のり
かつて、日本の食に対する信頼が大きく揺らぐ事件が連続し、食に関わる事業者にはコンプライアンス体制の早急な構築が求められました。そうした背景から、平成21年5月30日には、「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」(通称:JAS法)に非常に重要な法改正が施されました。
この改正の主な目的は、消費者保護の強化と不正行為への厳罰化にありました。
- 罰則の強化: 食品の品質表示基準において虚偽の表示を行った飲食料品の販売者には、2年以下の懲役または200万円以下の罰金が、法人には1億円以下の罰金が直接適用されるようになりました。これにより、従来の行政指導や改善命令を経なければ適用されなかった刑罰が、直接課される**「直罰化」**が実現しました。
- 公表規定の追加: 品質表示基準違反に対する指示または命令が行われる際には、その旨を公表する規定が新たに設けられました。これまでは農林水産省や県の指針に基づく公表でしたが、これにより、違反情報の透明性が大幅に向上し、抑止力が高まりました。
汚染米不正転売事件など、食品偽装が後を絶たない状況の中で、「JAS法は抑止力になっていない」という批判に対応し、消費者の「食の安全」を守るための罰則が大幅に強化されたのです。
2. 食品表示法の登場とJAS法の役割の変化
時代の変化と共に、食品表示に関する法体系も進化を遂げました。2015年(平成27年)4月1日には、JAS法、食品衛生法、健康増進法のうち食品表示に関する部分を整理・統合した「食品表示法」が施行されました。
これに伴い、JAS法から食品の表示基準の策定に関する規定が削除され、JAS法の正式名称も「農林物資の規格化等に関する法律」へと変更されました。JAS法という通称は変わりませんでしたが、その役割はより明確に、日本農林規格(JAS規格)の制定、保護の仕組み、認定機関、そして飲食料品以外の農林物資の品質表示などに限定されることとなりました。
所管官庁は、JAS規格の策定を担う農林水産省と、食品全般の表示基準を担当する消費者庁が共同でその役割を担っています。
3. 「日本農林規格等に関する法律」への改名と国際化への対応
近年、農林水産品・食品の海外展開が日本の重要な課題となる中で、JAS法はさらなる進化を遂げました。農林水産省は、食文化や商慣行が異なる海外市場において、日本産品の品質や特色、事業者の技術や取り組みといった「強み」を効果的に訴求するためには、規格・認証の活用が不可欠であると認識しました。
この方針に基づき、平成30年4月1日から「日本農林規格等に関する法律」として施行された改正では、JAS規格の対象が従来の「モノ(農林水産物・食品)の品質」に限定されず、「生産方法(プロセス)」、「取扱方法(サービス等)」、「試験方法」などにも拡大されました。さらに、国際基準に適合する試験機関を登録する制度が創設され、広告や試験証明書に新たなJASマークを表示できる枠組みが整備されるなど、JAS制度の国際競争力強化が図られました。
4. 日本産農林水産物及び食品の輸出促進を目的とした最新のJAS法改正(令和4年10月1日施行)
そして、令和4年10月1日には、日本産の農林水産物および食品の輸出を一層促進するためのJAS法改正が施行されました。この最新の改正は、グローバル市場における日本産品の競争力向上を目指すもので、その主な内容は以下の通りです。
- JAS規格の制定対象への有機酒類の追加: これまでJAS法の対象外であった有機酒類がJAS規格の制定対象に追加されました。これにより、米国やEUなどと有機認証に関する同等性締結が可能となり、有機酒類の輸出拡大が期待されます。
- 外国格付の表示の貼付に係る枠組みの整備: 他の国の認証を受けた製品に、その国の格付を表示するための新たな認証制度とルールが整備されました。ただし、国内で流通する製品に当該国の認証マークを付すことは、特定の条件を除き規制される点に注意が必要です。
- 登録認証機関間の情報共有に関するルールの整備: 認証プロセスの透明性と信頼性を高めるため、登録認証機関間の情報共有の仕組みが強化されました。
- 同等性の交渉の実施やJAS規格の国際標準化等に関する国の努力義務の規定: 国際的な整合性を高め、日本産品の国際市場での認知度を向上させるため、同等性交渉の推進やJAS規格の国際標準化への取り組みが国の努力義務として明記されました。
これらの改正は、食の安全確保という初期の目的から、JAS法が日本の農林水産物および食品の国際的な「ブランド保護」と「輸出促進」という、より広範な役割を担うようになったことを明確に示しています。食品表示法との連携、そして最新の改正内容を理解することは、現代の食品関連事業者に不可欠なコンプライアンス知識と言えるでしょう。
JAS法・食品表示法違反の企業不祥事事例
JAS法やその後継となる食品表示法に違反した企業不祥事は、消費者の信頼を大きく損ね、企業の存続にも関わる重大な問題として、過去に繰り返し発生してきました。ここでは、JAS法違反、あるいはその精神を受け継ぐ食品表示法違反に該当する代表的な企業不祥事をいくつか挙げ、その類型とともに解説します。
- 賞味期限・消費期限の偽装 食品の鮮度や安全性に関わる最も基本的な情報である賞味期限や消費期限を改ざんする行為は、消費者の健康に直結する悪質な不祥事として、度々報じられてきました。
- 石屋製菓「白い恋人」賞味期限改ざん事件(2007年) 北海道土産として有名な「白い恋人」の製造元が、賞味期限切れの商品を再包装して販売したり、賞味期限の表示を改ざんしたりしていたことが発覚しました。JAS法に違反する行為として、社会的信用を大きく失いました。
- 赤福餅 消費期限偽装事件(2007年) 伊勢名物の「赤福餅」が、製造日や消費期限を偽装して販売していたことが内部告発により発覚。無期限の営業禁止処分を受けるなど、甚大な影響を受けました。これは、JAS法だけでなく、食品衛生法など複数の法律に抵触する事案でした。
- 洋菓子店「シェ・タニ」賞味期限改ざん事件(2024年発覚) 熊本市の洋菓子店が、売れ残った商品の賞味期限シールを張り替えて販売していたことが報道されました。食品表示法違反の疑いで調査が進められています。
- 産地偽装 原料の原産地を偽って表示する行為は、消費者の食に対する「安心」を裏切る行為であり、特に国産志向の強い日本では大きな問題となります。
- 鹿児島産牛肉を「但馬牛」「三田牛」と表示(船場吉兆事件、2007年) 高級料亭「吉兆」グループの船場吉兆が、鹿児島県産の牛肉を「但馬牛」や「三田牛」と偽って提供していたことが発覚しました。この事件は、産地偽装だけでなく、食べ残しの使い回しなど、複数の悪質な不正が複合的に行われていたことで、社会に大きな衝撃を与えました。
- ロシア産シジミを国産と偽装表示(2009年) 秋田県の水産物卸会社が、ロシア産のシジミを青森県産や茨城県産と偽って販売していたとして、JAS法違反の疑いで改善指示を受けました。
- 外国産うなぎの国産偽装(2024年発覚) 愛知県のうなぎ店が、中国産や台湾産のうなぎを「三河産」と偽って提供していたとして、警察の家宅捜索を受けました。これは不正競争防止法違反の疑いでも捜査されていますが、食品表示の信頼を損なう事例です。
- 原材料偽装・品質偽装 使用していない原材料を表示したり、安価なものにすり替えて表示したりする行為です。
- 国産牛肉偽装事件(雪印食品、ハンナンなど、2001年) BSE対策事業の国産牛肉買い取り制度を悪用し、複数の食肉卸売業者が輸入牛肉を国産牛肉と偽って国に補助金を詐取した大規模な事件です。JAS法直接の違反というよりは、不正競争防止法や詐欺罪に問われましたが、食品表示の信頼性が大きく問われる結果となりました。
- 「本わらび」表示のわらびもち事件(2024年発覚) 某菓子店が、「本わらびを使用した」と表示していたにもかかわらず、実際には本わらびを使用していなかった事例が確認されています。また、マーガリンを「バター」と表示するなどの不適切表示も指摘されています。
- 有機JASマークの不正使用 有機JAS認証を受けていない農林物資に、あたかも有機JAS認証品であるかのように表示する行為です。
- 株式会社ハッピーカンパニーにおける乾しいたけの不適正表示(2014年) 登録認証機関の認定を受けていないにもかかわらず、「有機JASマーク」に酷似した表示を商品に付していたことが農林水産省により指摘され、表示の除去・抹消などが指導されました。
これらの事例からわかるように、JAS法や食品表示法に違反する行為は、単なる行政指導で済むだけでなく、刑事罰や社会的信用の失墜、企業活動の停止にまで発展するリスクをはらんでいます。食品関連企業においては、法令遵守の徹底と消費者への透明な情報提供が、企業の存続と成長の根幹をなすことを深く認識する必要があります。
中川総合法務オフィスが提供するコンプライアンス支援
中川総合法務オフィスでは、JAS法や食品表示法をはじめとする企業のコンプライアンスに関するあらゆる課題に対し、実践的かつ効果的なソリューションを提供しております。
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- 【重要参考HP:官公庁等食品関係サイト】
- 農林水産省 令和4年JAS法改正の概要について
- 消費者庁 これまでの食品表示基準の改正概要について
- ラベルバンク 食品表示基準が改正されました
- 食品ITnavi 食品事業者は要チェック!2025年以降の法改正まとめ