企業や店舗において、大声での不当な要求や繰り返しの電話による長時間の苦情といった悪質なクレーマーへの対応は、事業運営上の喫緊の課題となっています。本記事では、こうした悪質クレームに対する法的対応の枠組みと、組織的なマネジメントの重要性について、最新の動向も踏まえて解説します。
1. 悪質なクレーマーに対する法的対応
クレーマーの行為が、単なる苦情の範疇を超え、業務に支障をきたすレベルに至った場合、法的な対応を検討することが可能となります。
1.1. 業務妨害罪の適用
暴行や脅迫を伴わない悪質クレームの多くは、刑法第233条(信用毀損及び業務妨害)および第234条(威力業務妨害)に規定される業務妨害罪が問題となります。サイバー攻撃等に対する第234条の2(電子計算機損壊等業務妨害)も新設され、現代の多様な業務妨害に対応しています。
刑法より抜粋:
- 第233条(信用毀損及び業務妨害) 虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
- 第234条(威力業務妨害) 威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による。
- 第234条の2(電子計算機損壊等業務妨害) 人の業務に使用する電子計算機若しくはその用に供する電磁的記録を損壊し、若しくは人の業務に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与え、又はその他の方法により、電子計算機に使用目的に沿うべき動作をさせず、又は使用目的に反する動作をさせて、人の業務を妨害した者は、五年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。前項の罪の未遂は、罰する。
判断基準と判例:
業務妨害罪の成立は、「その営業等の業務執行行為の円滑な執行を妨げられたかどうかが判断基準」となります。判例では、「威力」とは、犯人の威勢、人数、および周囲の状況から見て、被害者の自由意思を制圧するに足りる勢力を指し、実際に被害者が自由意思を制圧されたことを要しないとされています(最判昭28・1・30)。
具体的には、大声を上げて仕事の遂行を著しく困難にしたり、長時間にわたる電話で業務が停滞するようなケースで業務妨害罪が成立する可能性があります。これは、営業行為が憲法第22条で保障された基本的人権であり、事実上営業が困難になる状況は、相手方に業務妨害罪が成立する可能性が高いことを意味します。
関連判例:
- 営業中の満員の食堂で蛇をまき散らし大混乱に陥れたケース(大判昭7・10・10)
- 執務室の机の引き出しに猫の死骸などを入れ、発見者を畏怖させた行為(最決平4・11・27)
- 公職選挙法上の選挙長の立候補届出受理事務が「業務」に当たるとされたケース(最決平12・2・17)
- 生産管理において、多数の威力をもって会社の事業経営を排除したケース(最判昭27・2・22)
- 違法な営業であっても事実上平穏に行われていれば業務妨害罪の保護対象となるケース(東京高判昭27・7・3、横浜地判昭61・2・18)
- 弁護士の鞄を奪い隠匿し、訴訟記録等の業務を妨害したケース(最決昭59・3・23)
- 電子掲示板やウィキサイトへの虚偽の犯罪予告書き込み、あるいは電話・FAXによる妨害(刑法233条の適用例)
1.2. 妨害に至らない場合の説得と対応
業務妨害罪が成立しない程度の行為に対しては、あくまで任意での説得が基本となります。現代の「クレーム社会」においては、ある程度の負担行為は避けられません。しかし、執拗な電話に対しては、「〇〇時から会議があるため」「〇〇時から人に会う約束があるため」「前回と同様の話であれば、切らせていただきます」「結論は変わりません。職務に影響がありますので切らせていただきます」といった明確な意思表示で電話を切ることも必要です。この際、見え透いた嘘は事態を悪化させる可能性があるため避けるべきです。相手がさらに電話等を繰り返す場合、業務妨害罪が成立する可能性が高まります。
1.3. 不退去罪の成立
店舗や施設への出入りは自由が原則ですが、悪質なクレーマーが退去を求められたにもかかわらず居座り続ける場合、「不退去罪」(刑法第130条後段)が成立する可能性があります。
刑法第130条(住居侵入等):
正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
最近では、行政機関において、再三の退去要求に応じなかったクレーマーが不退去罪で現行犯逮捕される事例も出ています。民間企業においても、同様の対応が参考になります。ただし、強制的な排除は新たな問題を引き起こす可能性があるため、警察への通報を含め慎重な判断が求められます。
1.4. 集団での面会強要と「暴力行為等処罰ニ関スル法律」
集団で面会を強要するような行為に対しては、「暴力行為等処罰ニ関スル法律」第2条2項が適用される場合があります。
暴力行為等処罰ニ関スル法律 第2条2項:
常習トシテ故ナク面会ヲ強請シ又ハ強談威迫ノ行為ヲ為シタル者ノ罰亦前項ニ同ジ。(1年以下の懲役又は10万円以下の罰金)
これは、常習的に正当な理由なく面会を強要したり、強談威迫を行う行為を処罰するものです。
2. クレーム対応におけるマネジメントの視点と最新動向
法的な対応は最後の手段であり、クレーム対応においては初期段階での適切なマネジメントが極めて重要です。ステークホルダーからの信頼を維持するためにも、コンプライアンスの観点から組織的な対応が不可欠です。
近年、「カスタマーハラスメント(カスハラ)」への対策が社会的に注目されています。2025年3月11日には、カスハラ対策強化に向けた法案が国会に提出されており、成立すれば企業にカスハラ防止対策の実施が義務化される見込みです。また、東京都では既に「カスタマーハラスメント防止条例」が施行され、カスハラの禁止が明記されています。
企業は、カスハラに対するクレーム対応マニュアルの作成、従業員向けの研修実施、相談窓口の設置、被害を受けた従業員への配慮など、組織的な対策を講じることが強く求められています。これにより、従業員の就業環境を保護し、事業活動の円滑な継続を図ることができます。
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