近年、消費者の食の安全・安心に対する関心はますます高まっています。しかし、依然として食品に関する不当表示は後を絶たず、企業の信頼を揺るがす事態も発生しています。本記事では、不当表示を抑止するための重要な法的枠組みである景品表示法の課徴金制度について解説するとともに、2024年10月施行の改正景品表示法の内容も踏まえ、企業が取り組むべき「食のコンプライアンス」の重要性を改めて考えます。

1. 景品表示法改正と課徴金制度導入の背景

(1) 相次ぐ食品偽装問題と消費者の信頼失墜

2013年度に大きな社会問題となったのが、ホテルやレストランにおけるメニュー表示とは異なる食材の使用です。これらの「食品偽装」や「食品表示等問題」は、産地偽装といった製造過程の問題だけでなく、消費者に直接商品を提供する流通の最終段階においても発生しうることを露呈させ、食に対する消費者の信頼を根底から揺るがしました。これは、単なる表示ミスではなく、消費者を欺く行為であり、重大な「食のコンプライアンス」違反と言えます。

(2) 世論の高まりと景品表示法の段階的強化

こうした事態を受け、食品表示等の適正化と違反行為の抑止を求める世論が高まりました。政府はこれに応え、景品表示法(正式名称:不当景品類及び不当表示防止法)の改正を重ねてきました。 特に、不当表示を行った事業者に対して経済的な不利益を課す課徴金制度は、2014年の法改正により導入が決定され、2016年4月1日から施行されました。 さらに、事業者の自主的な改善を促す「確約手続」の導入や、悪質な違反への抑止力を強化するための罰則規定の拡充などを盛り込んだ改正景品表示法が2024年10月1日から施行されます。これにより、企業にはより一層厳格なコンプライアンス体制の構築と運用が求められます。

(3) 課徴金制度導入の意義と期待される効果

従来の景品表示法では、不当表示に対する主な措置は、行政による措置命令(法第7条第1項)でした。しかし、これだけでは事業者が不当表示によって得た利益が手元に残り、また、消費者の被害回復も困難であるという課題がありました。

課徴金制度は、国が違反事業者に金銭的なペナルティを課すことで、不当表示を行う経済的インセンティブを失わせ、違反行為を未然に抑止することを目的としています。また、事業者が自主的に消費者への返金措置を行った場合に課徴金額が減額される仕組みも設けられており、これにより消費者の被害回復の促進も期待されています。

2. 景品表示法における課徴金制度の概要

課徴金制度の具体的な仕組みについて、主なポイントを解説します。

(1) 課徴金納付命令

事業者が課徴金の対象となる不当表示行為(課徴金対象行為)を行った場合、消費者庁長官はその事業者に対し、課徴金の納付を命じることができます(法第8条)。

(2) 課徴金の対象となる行為

課徴金の対象となるのは、食品に限らず、あらゆる商品やサービスに関する以下の不当表示です。

  • 優良誤認表示(法第5条第1号):商品の品質、規格その他の内容について、実際のものよりも著しく優良であると一般消費者に示す表示。
  • 有利誤認表示(法第5条第2号):商品の価格その他の取引条件について、実際のものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認される表示。

※不実証広告規制の適用 事業者が行った表示が優良誤認表示であるか否かについて、消費者庁長官は事業者に対し、期間を定めて、表示の裏付けとなる合理的根拠を示す資料の提出を求めることができます。事業者が期間内に資料を提出しない場合、または提出された資料が表示の裏付けとなる合理的根拠を示すものと認められない場合、その表示は優良誤認表示とみなされ(推定され)、課徴金の対象となり得ます(法第7条第2項、現行法では第8条第3項で不実証広告に係る課徴金納付命令について規定)。

(3) 課徴金額の算定

課徴金額は、原則として、不当表示の対象となった商品またはサービスの課徴金対象期間における売上額に3%を乗じた額です(法第8条第1項)。 課徴金対象期間は、不当表示行為が行われた期間(最長3年間)とされています。

【2024年改正法のポイント】

  • 売上額の推計規定: 帳簿書類が存在しない等の理由で厳密な売上額の算定が困難な場合でも、合理的な方法で売上額を推計して課徴金額を算定できるようになります。
  • 繰り返し違反事業者への加算: 過去10年以内に景品表示法違反による課徴金納付命令等を受けた事業者が再度違反行為を行った場合、課徴金額が1.5倍(売上額の4.5%)に加算されます。

(4) 課徴金が課されない場合

以下のいずれかに該当する場合、課徴金の納付は命じられません。

  • 事業者が、表示の根拠となる情報を確認するなど、不当表示を行わないために「相当の注意を怠った者でない」と認められるとき(法第8条第1項ただし書)。
  • 算出された課徴金額が150万円未満であるとき(売上額5000万円未満に相当)(法第8条第1項ただし書)。

(5) 自主申告による課徴金額の減額

事業者が、課徴金対象行為に該当する事実を調査開始前に消費者庁長官に自主的に報告し、その他一定の要件を満たした場合、課徴金額が2分の1に減額されます(法第9条)。

(6) 消費者への自主返金措置による課徴金額の減額・免除

事業者が、不当表示により影響を受けた一般消費者に対し、所定の手続きに従って金銭による返金措置(購入額の3%以上)を実施した場合、その返金額に応じて課徴金額が減額され、返金額が課徴金額以上となる場合には納付が命じられないこともあります(法第10条)。

【2024年改正法のポイント】

  • 返金措置の弾力化: 消費者への返金方法として、金銭だけでなく、一定の要件を満たす電子マネー等による返金も認められるようになります。

(7) 確約手続の導入【2024年改正法の新設】

事業者が不当表示の疑いがある場合に、自主的に是正措置計画を作成・申請し、内閣総理大臣(消費者庁)の認定を受けたときは、措置命令や課徴金納付命令の適用を受けないこととする「確約手続」が導入されます。これにより、事業者の自主的な問題解決と迅速な消費者利益の回復が促進されることが期待されます。

(8) 直罰規定の導入【2024年改正法の新設】

優良誤認表示・有利誤認表示に対し、これまでの行政処分に加えて、100万円以下の罰金を科すことができる直罰規定が導入されます。これにより、悪質な表示に対する抑止力の強化が図られます。

※関連情報 課徴金制度や景品表示法の詳細については、消費者庁のウェブサイトで関連ガイドラインや解説資料が公表されていますので、ご参照ください。

3. 「食のコンプライアンス」徹底の重要性

景品表示法の課徴金制度や相次ぐ法改正は、企業に対し、表示の適正化のみならず、より広範な「食のコンプライアンス」体制の構築と徹底を強く求めています。食品偽装や不当表示は、消費者の信頼を著しく損ない、企業存続に関わる重大なリスクとなり得ます。

企業は、景品表示法はもちろんのこと、食品衛生法やJAS法といった関連法規を遵守することは当然として、サプライチェーン全体での品質管理、従業員教育の徹底、内部通報制度の整備・活用など、実効性のあるコンプライアンスプログラムを構築・運用していく必要があります。 特に、2024年10月からの改正景品表示法の施行により、企業の自主的な取り組みを促す確約手続が導入される一方で、繰り返し違反や悪質なケースに対するペナルティは強化されます。これは、企業が平時からコンプライアンス意識を高く持ち、問題発生時には迅速かつ誠実に対応することの重要性が一層増すことを意味します。

「食のコンプライアンス」は、単なる法令遵守に留まらず、消費者の期待に応え、安全で信頼できる食を提供し続けるという、企業の社会的責任そのものです。経営トップの強いコミットメントのもと、全社一丸となって取り組むべき経営の最重要課題と認識する必要があるでしょう。



企業の信頼を守り、持続的な成長を遂げるためには、コンプライアンス体制の構築と実践が不可欠です。特に「食」に関わるビジネスにおいては、消費者の信頼が生命線となります。

中川総合法務オフィスの代表、中川恒信は、これまで850回を超えるコンプライアンス・ハラスメント防止等の企業研修に登壇し、多くの企業の意識改革と体制整備を支援してまいりました。また、不祥事が発生した組織のコンプライアンス態勢の再構築にも深く関与し、実効性のある再発防止策の策定・導入をサポートした実績がございます。

現在も複数の企業・団体において内部通報制度の外部窓口を担当しており、現場の実情に即したアドバイスが可能です。その専門性から、マスコミ各社より不祥事企業の再発防止策等について頻繁にコメントを求められております

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