近年、職場における「モラルハラスメント」への関心が高まっています。しかし、その本質やパワーハラスメントとの違い、そして企業が取るべき具体的な対策について、十分に理解されているとは言えない状況です。モラルハラスメントは、巧妙かつ陰湿に行われる精神的な暴力であり、放置すれば従業員の心身を蝕み、組織全体の生産性を著しく低下させる深刻な問題です。

本記事では、フランスにおけるモラルハラスメントの概念を基に、日本におけるその正確な理解と、企業が講じるべき実践的な対策、そして再発防止に繋がる研修のあり方について、中川総合法務オフィスの知見を交えながら徹底解説します。この記事を通じて、モラルハラスメントの正しい知識を習得し、健全な職場環境の構築、ひいては企業価値の向上にお役立ていただければ幸いです。

1. モラルハラスメントとは何か? – その本質と日本における誤解

モラルハラスメントという言葉は、フランスの精神科医マリー=フランス・イルゴイエンヌ氏の著書『Le harcèlement moral』(邦訳:モラル・ハラスメント―人を傷つけずにはいられない)によって広まりました。原題を直訳すれば「精神的なハラスメント」であり、著者は倫理的な要素も含意していると述べています。フランス語の "harcèlement" には「疲労困憊させる」という意味合いがあり、モラルハラスメントをより正確に捉えるならば「精神的に疲労困憊にさせる行為」、行為手段的に定義すれば「精神的な暴力」と理解するのが適切です。

しかし、日本においては当初、夫婦間の問題として報道されるなど、その概念がやや歪んで伝えられた側面があり、職場における問題としての認識が遅れたきらいがあります。厚生労働省が定義するパワーハラスメントと重なる部分も多いですが、モラルハラスメントはより巧妙で、ターゲットの自尊心を徐々に破壊していくという特徴があり、フランスの社会文化におけるハラスメント現象を的確に説明する分析概念として注目されました。この概念を日本の組織文化の中で活かすには、その本質を正しく理解し、適切な対策を講じる必要があります。

2. モラルハラスメントの発生状況とその類型 – 家庭から職場まで

モラルハラスメントは、家庭や職場など、あらゆる人間関係において発生し得ます。

  • 家庭におけるモラルハラスメント: 夫婦間や親子間で見られ、DV(ドメスティックバイオレンス)、児童虐待、高齢者虐待といった問題と関連しながらも、より精神的な支配・被支配の関係性が特徴です。
  • 職場におけるモラルハラスメント: 上司から部下へ、あるいは同僚間、部下から上司へといった様々な関係性で起こり得ます。パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、アカデミックハラスメントなど、他のハラスメントと複合的に発生することもありますが、モラルハラスメントは、より執拗かつ陰湿な精神的攻撃が特徴です。近年、労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)が改正され、企業にはハラスメント対策の強化が義務付けられていますが、モラルハラスメントの特性を踏まえた対策が不可欠です。

3. モラルハラスメントの巧妙な手口と被害者の心理的影響

モラルハラスメントは、目に見える暴力とは異なり、巧妙な手口で行われるため、周囲に気づかれにくい、あるいは被害者自身もハラスメントだと認識しにくい傾向があります。

主な手口の例:

  • コミュニケーションの拒否・歪曲: あいさつを無視する、業務連絡を意図的に伝えない、会話を歪めて解釈し責任を転嫁する。
  • 人格否定・軽蔑・嘲弄: 能力や人格を否定するような発言を繰り返す、些細なミスを大勢の前で執拗に詰問する、噂や悪口を流す。
  • 矛盾した言動・孤立化: 言っていることと態度が矛盾しており、相手を混乱させる。仲間外れにしたり、不必要な業務を与えたりして孤立させる。
  • プライバシーの侵害・過度な干渉: 私的なことに過度に立ち入る、不必要な監視を行う。
  • 責任転嫁・罪悪感の植え付け: 自分のミスを相手のせいにする、相手に過度な罪悪感を抱かせるように仕向ける。

これらの行為が執拗に繰り返されることで、被害者は徐々に自信を失い、不安、混乱、自己否定、恐怖感、孤立感といった心理状態に追い込まれます。最終的には、抑うつ状態やPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症するなど、深刻な精神的ダメージを受けるケースも少なくありません。

4. モラルハラスメントの加害者と被害者の特徴(傾向)

必ずしも全てのケースに当てはまるわけではありませんが、一般的に指摘される加害者と被害者の傾向は以下の通りです。

  • 加害者の傾向: 自己愛が異常に強く、他者への共感性に乏しい。自己評価が高い一方で、他者を精神的に追い詰めることに無自覚であったり、責任を感じなかったりする。ターゲットを巧妙に支配し、自分の思い通りにコントロールしようとする傾向が見られます。
  • 被害者の傾向: 真面目で責任感が強く、他者への気配りができる人。謙虚で感受性が豊かであるがゆえに、他者の言動を重く受け止めやすく、自責の念に駆られやすい。ハラスメントを受けても「自分が悪いのではないか」と思い込み、声を上げにくい傾向があります。

5. 【重要】モラルハラスメント被害者が取るべき具体的対処法

もし、あなたがモラルハラスメントの被害に遭っている、あるいはその疑いがあると感じたら、決して一人で抱え込まず、以下の対処法を参考にしてください。

  1. 「これはモラルハラスメントかもしれない」と認識する: まず、自分が受けている行為が不当な精神的暴力である可能性を認識することが第一歩です。
  2. 証拠を記録・保全する: いつ、どこで、誰から、どのような言動を受けたか、具体的な日時、場所、内容、目撃者がいればその氏名などを詳細に記録しましょう(録音、メールの保存、業務日誌への記入など)。これは、後に相談したり、法的な措置を検討したりする際に非常に重要な証拠となります。
  3. 信頼できる人に相談する: 社内の相談窓口(人事部やコンプライアンス担当部署など)、上司、同僚、労働組合などに相談しましょう。厚生労働省の「あかるい職場応援団」などの外部機関や、弁護士、心療内科・精神科医といった専門家も頼りになります。
  4. 加害者との距離を取る: 可能であれば、配置転換を申し出るなどして、加害者と物理的・心理的な距離を置くことも有効な手段です。
  5. 法的措置も視野に入れる: 状況によっては、弁護士に相談し、損害賠償請求や名誉棄損での法的措置、労災申請などを検討することも必要です。
  6. 自分自身の心身のケアを最優先する: モラルハラスメントは心身に大きなストレスを与えます。必要であれば、心療内科や精神科を受診し、専門家のサポートを受けてください。

6. モラルハラスメントと混同しやすいケースと見極めのポイント

業務上の必要な指導や注意、一時的な意見の対立、あるいは厳しい労働条件そのものが、直ちにモラルハラスメントに該当するわけではありません。以下の点を総合的に考慮して判断する必要があります。

  • 言動の意図と態様: 相手の人格を否定したり、精神的に追い詰めたりする意図があるか。執拗性、継続性はあるか。
  • 業務上の必要性・相当性: その言動が、業務を遂行する上で本当に必要な範囲内で行われているか。
  • 被害者の受け止め方と影響: 被害者が強い精神的苦痛を感じ、就業環境が悪化しているか。

「モラルハラスメントではないか」と主張する相手への対応としては、まず事実関係を客観的に調査し、ハラスメントに該当するか否かを慎重に判断することが求められます。

7. 【企業向け】組織として取り組むべきモラルハラスメント対策 – 予防と対応

企業は、従業員が安心して働ける職場環境を提供する義務があります。モラルハラスメントを防止し、発生時には適切に対応するために、以下の対策を講じることが極めて重要です。

  1. トップコミットメントと方針の明確化: 経営トップがモラルハラスメントを絶対に許さないという断固たる姿勢を明確に示し、全従業員に周知徹底します。
  2. 就業規則への明記と厳正な対処: モラルハラスメントの定義、禁止行為、懲戒処分について就業規則等に明記し、発生時には厳正に対処する方針を明確にします。
  3. 相談窓口の設置と実効性の確保: 社内外に相談しやすい窓口を設置し、相談者が不利益な扱いを受けないことを保証します。相談担当者には専門的な知識・スキルを習得させ、プライバシー保護を徹底します。厚生労働省の資料(例:「職場におけるハラスメント対策研修 (人事労務担当者等向け:対応検討編)」など)も参考に、体制を整備しましょう。
  4. 実態把握とリスク評価: 定期的な従業員アンケートなどを実施し、モラルハラスメントの発生状況やリスクを把握します。
  5. 研修による啓発と教育の徹底:
    • 全従業員向け: モラルハラスメントの正しい知識、相談窓口の周知、被害者・加害者にならないための意識啓発を行います。
    • 管理職向け: 部下への適切な指導方法、ハラスメントを発生させないためのコミュニケーションスキル、相談を受けた場合の対応方法などを具体的に教育します。特に、相談型リーダーシップ心理的安全性の高い職場づくりの重要性を理解させることが不可欠です。
  6. 発生時の迅速かつ適切な対応: 相談があった場合は、事実関係を迅速かつ正確に調査し、被害者の救済と再発防止策を講じます。行為者に対しては、規定に基づき厳正な措置を取ります。
  7. 職場環境の改善とコミュニケーションの活性化: 風通しの良い職場風土を醸成し、従業員間のコミュニケーションを促進する施策を実施します。ハラスメントやクレーム対応においては、アンガーマネジメントの考え方を導入することも有効です。

8. 国内外の法整備と行政の動き

フランスでは、労働法典や刑法でモラルハラスメントが処罰対象として明記されています。日本においては、改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)により、事業主に対してパワーハラスメント防止のための雇用管理上の措置義務が課せられています(大企業は2020年6月、中小企業は2022年4月から完全義務化)。

厚生労働省は、「あかるい職場応援団」などのウェブサイトを通じて、ハラスメント対策に関する情報提供や研修資料の公開を積極的に行っています。企業はこれらの情報を活用し、自社の状況に合わせた実効性のある対策を講じることが求められます。地方公共団体も、地域企業への啓発活動や相談支援を行っています。

9. モラルハラスメントの事例から学ぶ

民間企業の事例: 特定の従業員に対してのみ、無視や過度な業務量の要求、人格否定的な言動が繰り返され、被害者が休職に追い込まれたケース。企業が適切な対応を怠ったとして、安全配慮義務違反が問われることもあります。

官公庁での事例: 上司による執拗な叱責や孤立化、異動の強要などが問題となるケース。閉鎖的な環境や権威主義的な体質が背景にあることも指摘されています。官公庁においても、ハラスメント防止の取り組みは喫緊の課題です。

これらの事例から学ぶべきは、従来のメンタルヘルス不調者への対応だけでは不十分であり、モラルハラスメントという視点を持って、その発生要因や背景にある組織的な問題にまで踏み込んだ対策が必要であるということです。

10. まとめ:モラルハラスメントのない、誰もが尊重される職場を目指して

モラルハラスメントは、個人の尊厳を傷つけ、組織の活力を奪う深刻な問題です。しかし、その本質を正しく理解し、企業と従業員が一丸となって対策に取り組むことで、必ず防止・解決することができます。

本記事で解説した内容が、貴社におけるモラルハラスメント対策の一助となり、全ての従業員が心理的安全性を感じながら、いきいきと働くことができる職場環境の実現に繋がることを心より願っております。


【中川総合法務オフィスからのお知らせ】真のコンプライアンス体制構築と、健全な組織風土の醸成をご支援します

モラルハラスメントをはじめとするハラスメント問題は、企業にとって看過できない経営リスクです。しかし、表面的な対策だけでは、真の問題解決には至りません。中川総合法務オフィスは、代表の中川恒信が長年培ってきた法律家としての知見と、850回を超える研修・コンサルティング実績に基づき、貴社の実情に即した本質的なコンプライアンス体制の構築と、健全な組織風土の醸成を強力にサポートいたします。

代表 中川恒信 プロフィール

長年にわたり、企業法務、特にコンプライアンス分野において専門性を磨き、数多くの企業の課題解決に貢献。その的確な分析と実践的なアドバイスには定評がある。

  • 組織風土改善のスペシャリスト: 心理的安全性の確保と、部下の主体性を引き出す「相談型リーダーシップ」の浸透を重視し、ハラスメントが起きにくい、風通しの良い職場環境づくりを支援します。
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