中川総合法務オフィス代表 中川恒信
850回超のコンプライアンス研修実績・不祥事組織の再構築支援・内部通報外部窓口担当
心理的安全性とは何か −エドモンドソン教授の先駆的研究−
現代の組織経営において、心理的安全性(Psychological Safety)は単なる人事概念を超え、コンプライアンス経営の根幹を支える重要な要素として位置づけられている。この概念は、ハーバード・ビジネス・スクールの組織行動学教授エイミー・エドモンドソン(Amy C. Edmondson)が1999年に発表した論文「Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams」において初めて学術的に定義されたものである。
エドモンドソン教授による心理的安全性の定義は、「チームにおいて、他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰を与えたりしないという確信を持っている状態」であり、より具体的には「対人関係にリスクのある行動をとったとしても、メンバーが互いに安心感を共有できている状態」を指す。これは単なる意見の言いやすさを超えて、組織における学習と成長の基盤となる概念なのである。
組織を蝕む4つの不安 −コンプライアンス違反の心理的背景−
850回を超えるコンプライアンス研修を通じて数多くの組織を見てきた経験から言えることは、不祥事や違反行為の背景には、エドモンドソン教授が指摘する4つの根深い不安が存在するということである。これらの不安は、組織の健全性を根底から脅かす要因となっている。
1. 無知だと思われる不安(Ignorant)
「そんなことも知らないのか」と思われることへの恐れ。この不安により、職員は不明な点があっても質問を躊躇し、結果として誤った判断や法令違反につながる可能性が高まる。
2. 無能だと思われる不安(Incompetent)
失敗やミスを認めることへの恐れ。自己保身や組織防衛の心理が働き、不祥事の隠蔽という最も重大なコンプライアンス違反を招く要因となる。
3. 邪魔をしていると思われる不安(Intrusive)
議論の流れを止めることへの恐れ。リスクや懸念事項について発言することを躊躇し、組織のイノベーションと健全な意思決定を阻害する。
4. ネガティブだと思われる不安(Negative)
否定的な意見を述べることへの恐れ。組織の問題点や改善すべき事項について発言できず、継続的な組織改善の機会を失う。
不祥事隠蔽の心理学 −人間の自然な防御反応と組織風土−
長年にわたり不祥事組織のコンプライアンス態勢再構築に携わってきた経験から明らかになったことは、不祥事の隠蔽行為は決して特異な現象ではないということである。自己保身や組織防衛の心理は、ある意味で人間の自然な防御反応である。しかし、これらの心理的傾向が組織風土として定着してしまうと、率直な意見交換が困難になり、結果として重大なコンプライアンス違反につながるのである。
実務的観点からの重要な指摘:心理的安全性が担保されていない組織では、失敗を分析することで生まれる学習の機会が失われ、人材の流出を防ぐことも困難になる。これは単なる人事問題ではなく、組織の持続可能性に関わる経営課題なのである。
イノベーションと継続的改善の阻害要因
「邪魔をしていると思われる不安」は、組織のイノベーション能力を著しく低下させる。例えば、会議において結論が大体まとまってきた段階で、リスクや懸念事項について発言することを躊躇する風土が形成されると、新しい取り組みや改革への多様な視点が失われる。組織には常に新しい考え方や取り組みが必要であり、保守的な姿勢のみでは競争力を維持できない。
また、「ネガティブだと思われる不安」により、組織の問題点や改善すべき事項について率直な指摘ができない環境では、経済学でいうところの機会損失が継続的に発生することになる。これは単なる効率性の問題ではなく、組織の学習能力そのものを阻害する深刻な経営リスクである。
心理的安全性向上によるコンプライアンス経営の実現
Googleが2015年に発表した「Project Aristotle」の研究結果でも明らかになったように、チームの生産性を高める最重要の因子は心理的安全性である。これは営利企業のみならず、地方公共団体や非営利組織においても同様に適用される原理である。
実践的な改善手法
心理的安全性の向上には、リーダーシップレベルでの意識改革が不可欠である。まず、管理職層が失敗に対して懲罰的ではなく学習機会として捉える姿勢を明確に示すことが重要である。また、多様な意見や反対意見を歓迎し、それらを建設的な議論の材料として活用する組織文化の醸成が必要である。
さらに、内部通報制度の実効性確保も心理的安全性と密接に関連している。通報者が報復を恐れることなく問題を指摘できる環境の整備は、コンプライアンス違反の早期発見と対処において極めて重要な要素である。
哲学的考察 −組織における真理の探究−
古代ギリシャの哲学者プラトンが「国家」において示したように、真理の探究には自由な対話と議論が不可欠である。組織経営においても同様に、真実を明らかにし、問題を根本から解決するためには、メンバーが恐れることなく意見を述べられる環境が必要である。心理的安全性の確保は、単なる経営技法ではなく、組織における真理探究の基盤なのである。
結論 −持続可能な組織発展への道筋−
心理的安全性の確保は、現代のコンプライアンス経営において必要不可欠な要素である。4つの不安を克服し、自由な発言と建設的な議論を促進することで、組織は真の学習組織として発展し、持続可能な成長を実現できる。これは単なる人事施策ではなく、組織の競争力と社会的責任を両立させる経営戦略そのものなのである。
コンプライアンス研修・コンサルティングのご案内
中川総合法務オフィスでは、心理的安全性の向上を通じたコンプライアンス経営の実現をサポートしています。850回を超える研修実績と不祥事組織の再構築経験、現役の内部通報外部窓口担当者としての知見を活かし、実効性のある組織改革をご提案いたします。
研修費用:1回30万円
マスコミからの不祥事企業再発防止に関する意見聴取多数
お問い合わせ📞 075-955-0307