はじめに:繰り返される悲劇を防ぐために
2011年に発生した「焼肉酒家えびす」事件(ユッケ集団食中毒事件)は、5名の尊い命が失われるという衝撃的な結果をもたらしました。この事件を契機に、生食用食肉の安全確保に関する法規制が強化されましたが、その後の調査結果は依然として厳しい現実を突きつけています。食の安全を守るためには、事業者だけでなく、行政、そして消費者一人ひとりがコンプライアンス意識を高く持ち、最新の規制を遵守することが不可欠です。本記事では、「焼肉酒家えびす」事件から得られた教訓を踏まえ、生食用食肉に関する現在の法令遵守状況と、食品産業が取り組むべきコンプライアンス対策について詳しく解説します。
1. 生食用食肉と新法令規制による法令遵守
(1) 衝撃的な調査結果と変わらぬ課題
厚生労働省が発表した「生食用食肉を取り扱う施設に対する監視結果」(生食用食肉を取り扱う施設に対する監視の結果について - 厚生労働省)は、生食用牛肉の規格基準において、9割以上の施設が法令違反であったことを示しています(2012年1月27日時点)。具体的には、445施設中、規格基準に適合していたのはわずか27施設(6.1%)に過ぎませんでした。
この結果は、関係者に大きな驚きを与え、食の安全を扱う事業者がルールを十分に遵守していない現状を浮き彫りにしました。国や都道府県による指導の甘さも指摘され、「焼肉酒家えびす」事件のような悲劇が再び繰り返されるのではないかという懸念が募ります。5名の命が失われた教訓が、十分に生かされていないことに憤りを感じざるを得ません。
(2) コンプライアンス遵守の徹底を行政と事業者の双方に求める
事業者だけでなく、行政もまた、マスコミが深く追求しない限り、大きな食品事故が発生するまで漫然と業務を遂行する傾向があるのではないでしょうか。特に、生食用食肉(牛肉)を取り扱っていた445施設のうち、適合施設がわずか6.1%という事実は、飲食店や食肉販売業におけるコンプライアンス意識の低さを示しています。
消費者の口に近いところで事業を営む方々には零細企業が多く、新基準への対応には多大なコストがかかり、専用設備や加熱処理の手間によって採算が取れないという声も聞かれます。しかし、「焼肉酒家えびす」事件で幼い子供2人を含む5人が亡くなったという事実を忘れてはなりません。命の尊さを考えれば、コンプライアンスの要請によってコストが増大することは、まさに時代の要請と言えるでしょう。実際に、地元の京都市でも、不適合事業者に対して中止命令が出されています。
(3) 国の都道府県等に対する要請と最新情報
厚生労働省は、事業者への一層の周知活動、意識向上を促す講習会の提供、そして「表示」と切っても切れない食の関係性において、不適正な表示や不衛生な生肉が幼い子供たちに与える危険性を肝に銘じるよう都道府県等に要請しています。
【最新情報】 「焼肉酒家えびす」事件以降、生食用食肉に関する規制はさらに厳格化されています。特に重要な変更点として、以下の事項が挙げられます。
- 牛レバー(肝臓)の生食提供・販売禁止: 平成24年7月1日より、食品衛生法に基づき、牛レバーの生食用としての販売・提供が禁止されました。(子どもや高齢者は生肉を食べないでください - 目黒区)
- 豚肉(内臓を含む)の生食提供・販売禁止: 豚肉についても、生食用としての提供・販売は全面的に禁止されています。(ユッケは良いが、牛レバーはNG。飲食店が生食用として提供できる肉の種類とは?)
- 「生食用食肉取扱業」の届出制度新設: 生食用食肉の加工または調理を業として行う事業者は、保健所長への届出と「生食用食肉取扱業開始届出済証」の掲示が義務付けられました。生食用食肉取扱者は、特定の講習会受講者や有資格者に限定されます。(生食用食肉を提供するための新しいルールが決まりました - 京都府)
これらの規制は、消費者の安全を最優先するためのものであり、事業者は常に最新の法令と基準を把握し、厳格に遵守する必要があります。
2. 牛の生食による悲劇を繰り返さないためのコンプライアンス徹底
(1) 飲食店等で提供・販売する場合の注意喚起と義務
生食用食肉を提供する飲食店は、以下の注意喚起を店頭やメニューなど、消費者の見やすい場所に表示することが義務付けられています。
- 「一般的に食肉の生食は食中毒のリスクがある旨」
- 「子供、高齢者その他食中毒に対する抵抗力の弱い者は食肉の生食を控えるべき旨」
さらに、容器包装に入れて販売する場合は、上記に加えて生食用である旨を明記し、解体や加工が行われた都道府県名、と畜場や加工施設の名称を表示しなければなりません。
(2) 法的観点から見た規制の強化と罰則
消費者庁による食品衛生法第19条第1項の規定に基づく表示の基準に関する内閣府令(平成23年内閣府令第45号)改正は、法的に権利義務に関わる「法規」の性質を持つ「告示」の形で行われました。ここで定められた基準は食品衛生法の内容を構成するため、これに違反すれば同法違反となります。
【食品衛生法 参照条文】
- 第一八条【規格・基準の設定】: 厚生労働大臣は、公衆衛生の観点から、薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて、販売または営業上使用する器具、容器包装、原材料の規格や製造方法の基準を定めることができる。違反する器具、容器包装の使用や製造は禁止される。
- 第一九条【表示の基準】: 内閣総理大臣は、一般消費者への正確な情報伝達のため、前条の規定に基づき定められた器具または容器包装に関する表示基準を定めることができる。基準に合わない表示がなければ、販売や営業上の使用は禁止される。
- 第八二条【基準・規格の違反等の処罰】: 第十三条第二項、第三項、第十六条、第十九条第二項、第二十条、または第五十五条第一項の規定に違反した者は、二年以下の懲役または二百万円以下の罰金に処される。情状により懲役および罰金が併科されることもあります。
この「二年以下の懲役」は重い刑罰であり、悪質であれば逮捕され、実刑となる可能性もあります。実際に、過去には食品衛生法違反で逮捕された事例も存在します。
(3) 生食用食肉の取扱いマニュアルと最新の衛生管理
農林水産省は、生食用食肉の規格基準、表示基準が定められたことを受け、「生食用食肉の取扱いマニュアル(第2版)」(生食用食肉の取扱いマニュアル(第2版)- 農林水産省)を公開しています。このマニュアルは、生食用食肉を取り扱う外食産業や食肉流通業等における衛生管理上の確認事項、手順、チェック方法などを分かりやすく解説しており、食中毒予防のために現場での積極的な活用が推奨されています。
【HACCPに基づく衛生管理の制度化】 食品衛生法は、2021年6月1日より改正され、原則として全ての食品等事業者にHACCP(危害分析・重要管理点)に沿った衛生管理の実施が義務付けられました。これは、生食用食肉に限らず、食品全体の安全性を高めるための重要な施策です。事業者は、この新しい制度に基づき、より計画的かつ継続的な衛生管理体制を構築・維持していく必要があります。(食品衛生法の改正について - 厚生労働省)
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